今後のパートタイム労働対策について(建議)に対する意見

2012/10/10

今後のパートタイム労働対策について(建議)に対する意見

 

20121010

日本労働弁護団

 

第1 はじめに

 厚生労働省は、平成23年2月「今後のパートタイム労働対策に関する研究会」(座長:今野浩一郎 学習院大学教授)を設置し、同研究会は平成23年9月15日「今後のパートタイム労働対策に関する研究会報告書」(以下「パート研究会報告書」)を公表した。パート研究会報告書を受けて、同省労働政策審議会均等分科会(座長:座長:林紀子弁護士)は、同月より「短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律の一部を改正する法律」(平成19年法律第72号)附則7条の検討規定に基づき、同法により改正後の「短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律」(平成5年法律第76号。以下「パートタイム労働法」という)の施行状況等を勘案し、同法の見直し等を含めた、今後のパートタイム労働対策の在り方について審議し、平成24年6月21日「今後のパートタイム労働対策について(報告)」をとりまとめ、同日、労働政策審議会(会長:諏訪康雄 法政大学教授)は、厚生労働省設置法第9条1項第3号の規定に基づき、厚生労働大臣に対して同報告のとおりの建議を行った。

 日本労働弁護団は、平成24年1月26日、幹事長意見書「パートタイム労働法改正にあたっての意見書~均等待遇の実現に向けて」を発表し、パートタイム労働法8条(差別禁止規定)の適用対象者を大幅に拡大すべきこと、パートタイム労働法9条の定める「均衡待遇」の私法的効力を明確にすべきことを求めてきたところであるが、平成24年6月21日付けの厚生労働省「労働政策審議会」建議を踏まえ、改めて、短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律(以下「パートタイム労働法」という。)第8条「通常の労働者と同視すべき短時間労働者に対する差別的取扱いの禁止」及び第9条「賃金」について以下のとおり意見を述べる。

 

第2 パートタイム労働法第8条および第9の意義と問題点について

1 「パートタイム労働法」(平成19年改正法)は、現行労働法制の中で、労働契約法3条2項のほかに、異なる雇用形態における均等・均衡処遇の原則を実定法化した点で、画期的な意義を有する法律である。すなわち、同法第8条は「均等待遇の原則」に基づき、一定の要件を満たす「通常の労働者と同視すべき短時間労働者」について、賃金を含めたすべての労働条件について差別的取扱いを禁止することを定めており、雇用・就労形態の異なる労働者間の処遇差別を違法としうる私法的効力を有し、また、また、第9条は、「均衡処遇の理念」に基づき、「賃金」について均衡処遇の努力義務を事業主に課している。

 均等・均衡処遇の原則は、正規・非正規間のみならず、多様な正社員の名のもと典型的正社員と限定的正社員に分断されつつある正社員間においても重要な共通課題であり、パートタイム労働法第8条および9条およびその運用状況は、今後の労働政策の全般的な在り方に大きな影響を及ぼすものである。

2 他方、パートタイム労働法第8条は適用要件が極めて厳格であり、適用対象となる労働者が極めて限定されてしまっていること、また、パートタイム労働法第9条は、事業主に「賃金」についてのみ均衡処遇の努力義務を課すのみであり、私法的効力がないこと、さらに、同条の定める「賃金」が職務関連賃金に限定され、通勤手当や退職手当などの職務と直接関連しない賃金や賃金以外の労働条件が含まれないことから、いずれの規定も差別是正の根拠規定としての実効性が極めて乏しいことが指摘されてきた。

 

第2 建議の内容

  以上の問題点を踏まえ、建議はパートタイム労働法第8条(通常の労働者と同視すべき短時間労働者に対する差別的取扱いの禁止)および第9条(賃金の決定に関する通常の労働者との均衡処遇の努力義務)のより実効的な改正に向けて具体的な方向性を示した。すなわち建議は、有期労働契約法制の動向を念頭にパートタイム労働法第8条について「①3要件から無期労働契約要件を削除すること」、「②職務の内容、人材活用の仕組み、その他の事情を考慮して不合理な相違は認められないとする法制を取ること」とし、さらに、同法第9条2項については、削除すること、同法9条1項については均衡確保の努力義務の対象となる「賃金」から通勤手当を対象外とすることは適当でないことを明かにすることとしている。

特に、建議は、パートタイム労働法8条に関しては、具体的な法律案を示していないが、上記の建議の指摘からすると、「期間の定めのあることによる不合理な労働条件の禁止」を定めた改正労働契約法第20条の規定との整合性確保の見地から「パートタイム労働者の労働契約の内容である労働条件が、パートタイム労働者であることにより同一の使用者における通常の労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度、当該職務の内容及び配置の変更、その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない」との法文になることが予想される。

 

第3 パートタイム労働法第8条について

1 均等待遇の原則は維持すべきである。

 上記「第2」」のとおり建議は、有期労働契約法制との整合性の見地から、パートタイム労働法第8条の適用要件として「職務の内容、人材活用の仕組み」に「その他の事情」を考慮要素として加え、さらに、均等待遇の原則に基づく絶対的差別禁止規定から「不合理な相違は認められない」(すなわち、相違があることを前提に、それが合理的な範囲に留まっていれば違法ではない)とする均等待遇の原則に基づく規定への改正を示唆しているが、反対である。

 パートタイム労働法8条は、前記のとおり、均衡待遇の原則に基づき、事業者に対して、差別的取扱を禁止した画期的な条項である。均等処遇の実現は、非正規労働者、正社員を問わず、すべての労働者の重要な共通課題であるところ、均等待遇の原則を定めたパートタイム労働法第8条は、雇用契約形態を超えて均等待遇の原則を実現するための労働法の指導的な条項であるといえる。また、建議は「パートタイム労働者の均衡待遇の確保を一層促進していくとともに、均等待遇を目指していくことが求められる」と指摘しているが、パートタイム労働法第8条を合理的な相違であれば許容するという均衡処遇の原則に後退させることになれば、建議の趣旨に反する。建議が指摘する「職務の内容、人材活用の仕組み、その他の事情を考慮して不合理な相違は認められないとする法制を取ること」はパートタイム労働法第9条の改正によるべきであり、第8条の改正によるべきではない。

パートタイム労働法第8条は、均等待遇の原則の基本理念を定める規定として、現行の3要件を緩和する方向でのみ改正をすべきである。

2 無期要件の削除に賛成である

 パート法第8条の均等待遇原則に基づく差別禁止規定は維持すべきであるが、適用要件は緩和すべきである。

 パートタイム労働法第8条は、①職務内容(業務の内容と業務に伴う責任の程度)、②退職するまでの全ての期間において人材活用の仕組み・運用の範囲(職種変更や転勤を含めた配置の変更の見込み)、③契約期間(期間の定めがないこと若しくは更新を繰り返し期間の定めのない契約と同視することが社会通念上相当と認められること)の3つについて、「通常の労働者」と同一であることを条件として、これらの全てを満たすパートタイム労働者を「通常の労働者と同視すべき労働者」とし、「短時間労働者であることを理由として、賃金の決定、教育訓練の実施、福利厚生施設の利用その他の待遇について差別的取扱いをしてはならない」と規定している。

 パートタイム労働者の8割以上が有期契約労働者であること、「期間の定めのない労働契約と同視することが社会通念上相当と認められる」有期契約労働者は極めて限定されていること、通常の労働者との間の均等待遇の確保の要請は、期間の定めの有無にかかわらず存在するとこからすれば、建議の指摘するとおり、パートタイム労働法第8条の適用要件から「無期要件」を削除すべきである。

3 「人材活用の仕組・運用要件」は削除すべきである。

 建議は、パートタイム労働法第8条の適用要件のうち、無期契約要件は削除するものの「職務の内容」および「人材活用の仕組み」については、労働条件の相違の合理性の判断要素として残すとしている。無期契約要件の削除には賛成であるが、パートタイム労働法第8条は、均等待遇原則を定める規定として、現行の3要件を削除ないし緩和する方向でのみ改正をすべきであり、合理的な相違を許容する均衡処遇を原則とすべきではないことは上記のとおりである。

 また、パートタイム労働法第8条の適用要件については、人材活用の仕組・運用と言った将来の見込みや企業の労働者に対する将来の期待を判断要素とすべきではないこと、パートタイム労働者の約7割を占める女性パートタイム労働者の多くが育児や介護など家庭の事情等からあえて転勤や残業のないパートタイム労働を選択せざるをえないことを考慮すると「人材活用の仕組・運用要件」、特に、転勤要件を課すことは、男女共同参画社会やワークライフバランスの実現と逆行する効果をもたらすことになること等からすれば、「人材活用の仕組・運用要件」は削除すべきである。

4 「職務内容の同一性」は実質的な同一で足りる

 以上のとおり、パートタイム労働法8条の適用要件は「職務内容の同一性」のみとすべきである。そして、パートタイム労働法8条に言う「職務の内容」とは業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度を言うところ、同一性の判断基準は、基本的、全体的に実質的に同じ職務と評価できれば十分なのであって、均等待遇の原則や同一労働同一賃金の原則の趣旨に適うものであることが要請される。

 しかし、現在の「職務の同一性についての判断基準」は厳格に過ぎる。わずかな職務の違いで同一性が否定され、比較対象たる通常の労働者が不存在とされる場合もあり、同条による救済は極めて制限され、実効性を有する範囲が極めて狭い。

 また、「責任」を果たすために無限定な労働を強いられている正規労働者との同一性を求めることは、パート労働者にも無限定な労働を求めることになり、法の趣旨に反する。

 したがって、パートタイム労働法のパートタイム労働者の労働条件の改善という趣旨を実現させ、均等待遇の原則や「同一労働同一賃金の原則」に適うものとするためには、同法8条は、「厳格な職務の同一性」を要求するのではなく、実質的な同一性で足りるものに改正するべきである。具体的な法文については、EU等の諸外国の立法例で、「同一の又は類似の職務」と定めていることも参照されるべきである。

 

第4 パートタイム労働法第9条について

1 パートタイム労働法第9条に関する建議の内容

 パートタイム労働法第9条は、パート労働者が、同法第8条の要件を満たさない場合であっても、事業主に「賃金」について均衡処遇の努力義務を課している。そして、建議は、第9条について、同条2項は削除すること、同条1項については均衡確保の努力義務の対象となる「賃金」から通勤手当を対象外とすることは適当でないことを明かにすること」を指摘するのみで、法文の大幅な改正を示唆していない。

2 9条2項の削除に賛成である。

 建議が、第9条2項を削除するとしている点は妥当である。

 同条第2項は、事業主に対し、職務内容が同一で、かつ、一定の期間、人材活用の仕組・運用が同一であれば、当該期間においては、パートタイム労働者について、通常の労働者と同一の方法により賃金を決定にするよう努力する義務を課すものである。しかし、既述のとおり、均等・均衡待遇の理念は、契約期間の有無・長短に左右されるものではなく、また、パートタイム労働法第8条の適用要件を「職務の同一性」のみに改正するならば、通常の労働者と職務の内容が同一の労働者に関しては、同法第8条の適用対象となるため、同法第9条第2項は不要となる。したがって、第9条第2項は、削除されるべきである。

5 9条を不合理な労働条件の禁止に改正すべきである。

 建議は、同条1項については均衡確保の努力義務の対象となる「賃金」から通勤手当を対象外とすることは適当でないことを明かにすること」を指摘するのみである。しかも、同条1項が「賃金」の均衡処遇の努力義務規定に留まるものであることから極めて実効性に乏しいことについて何ら言及していない。事業主に「賃金」について均衡処遇の努力義務を課しても、仮に違反があったとしても、なんら私法的効力が認められないのであれば、均衡処遇の原則に基づく差別是正規定として実効性はないに等しい。

 そこで、建議の指摘する「(すべての労働条件について)職務の内容、人材活用の仕組み、その他の事情を考慮して不合理な相違は認められないとする法制を取ること」は、均衡処遇の原則に基づく規定であるパートタイム労働法第9条1項の改正によるべきである。パートタイム労働法第9条1項を、賃金に限定することなく、すべての労働条件の不合理な相違を禁止するように改正することにより、給付の性質・目的に応じて労働条件の相違の合理性を判断すれば足りることになる。したがって、同条の定める「賃金」の範囲に非職務関連賃金である「通勤手当」等が含むべきか否かは、法改正における争点ではなくなることになる。

6 不合理な労働条件の禁止

(1)労働条件の相違の合理性の立証責任について

 有期労働契約に関する改正・労働契約法第20条の規定との整合性確保の観点から、均衡処遇の原則に基づく不合理な労働条件の禁止については「パートタイム労働者の労働契約の内容である労働条件が、パートタイム労働者であることにより同一の使用者における通常の労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度、当該職務の内容及び配置の変更、その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない」との法文になるものと思われる。

 しかし、労使間の情報格差、労働者側の立証の負担を考慮すると、公平の観点から、労働条件の相違については労働者側が立証責任を負うが、その相違が合理的あるとの立証責任は事業主が負う趣旨であることを明確にすべきである。この点を明確にするために、法文としては「不合理と認められるものであってはならない」ではなく、「合理的なものでなければならない」とすべきである。

(2)違反の私法的効力について

 不合理な労働条件の禁止規定を実効的に機能させるためには、先ず、不合理な労働条件の定めた労働契約の当該部分を無効とする効力を明確にすべきである。その上で、当該無効となった部分については、通常の労働者と同一の労働条件を付与する補充効力規定も明記すべきである。

以上