「地方公務員の労使関係制度に係る基本的な考え方」についての意見

2011/7/6

   「地方公務員の労使関係制度に係る基本的な考え方」についての意見

                                                          2011年7月6日
                                                     日本労働弁護団
                                                  幹事長   水 口 洋 介

第1,原則として全ての地方公務員労働者に団結権を保障すべきである
1,「地方公務員の労使関係制度に係る基本的な考え方」では,消防職員の団結権については「付与することを基本的な方向としつつ,必要な検討を進める」とするものの(制度の概要「1」),警察職員の団結権には何ら触れない。
  しかし,憲法28条は,基本的人権としての団結権を全く留保なく全ての「勤労者」に保障しており,上記職員の団結権を保障することは,一般公務員労働者と同様憲法上の要請であり,これを禁止するのは憲法上重大な疑義がある。国際労働基準であるILO87号条約は,消防職員や監獄職員の団結権を保障しており,警察及び警察と同視すべき若干の職務については国内法で定めると規定している。そして,同条約を批准しているアメリカ,ドイツ,フランスなどの諸国では軍人等以外の上記職員には団結権を認めている。
2,この点,総務省は,2010年1月に設置した「消防職員の団結権のあり方に関する検討会」で取りまとめられた報告書を,同年12月14日にすでに公表している。同報告書では,消防職員に団結権を認めることで懸念されるとされてきた事情を具体的に検討し,消防職員に団結権を認めることも今後の選択肢として示されている。警察職員についても,団結権を認めることで生ずる客観的具体的懸念があるとは言い難い。
  速やかに消防職員,警察職員にも団結権を認めるべきである。

第2 団体交渉権及び協約締結権に対する制限を撤廃すること
1,協約締結権の対象となる地方公務員労働者
   「地方公務員の労使関係制度に係る基本的な考え方」は,従来,地方公務員法第55条2項が,職員団体と地方公共団体の当局との交渉制度には,「団体協約を締結する権利を含まないものとする」としていた点を改め,一般職の地方公務員に労働協約締結権を認める点で,遅ればせながら,地方公務員労働者に大きな権利面での前進をもたらすものである。
   ただし,団結権を制限される職員,重要な行政上の決定をおこなう職員及び地方公営企業等に勤務する職員等はこれら公務員労働者から除かれている(制度の概要「1」)。
   しかし,憲法28条が全くの留保なく全ての「勤労者」に団結権・団体交渉権を保障していることに照らせば,団体交渉権と協約締結権は,全ての公務員労働組合に保障すべきである。
  
2,労働組合の構成員の過半数が職員であることを要件とすべきではない
(1)「地方公務員の労使関係制度に係る基本的な考え方」は,都道府県労働委員会の認証を得て協約締結権が認められる労働組合について,「構成員の過半数が同一地方公共団体に属する職員であること」を要件としている(制度の概要「2」「(1)」)
   しかし,憲法28条は,全ての「勤労者」が自らの意思で自らの選択する労働組合を結成し,使用者と団体交渉を行う権利を保障しているのであり,労働組合がどのようにその組合員を構成するかは,当該組合の自主性に委ねられている。ILO第87号条約2条は,労働者が,事前の許可を受けることなしに,自ら選択する団体を設立する権利を保障している。また,ILO第98号条約4条は,締約国の責務として,労働協約により雇用条件を規制する目的をもって行う団体交渉のための手続きの十分な発達及び利用を奨励し,かつ,促進するため,必要がある場合には,国内事情に適する措置を執らなければならないとしている。
      過半数に足りない少数組合について協約締結権は保障されるべきであり,構成員の過半数が同一地方公共団体に属する職員であることを労働協約締結権付与の要件とすることは,以上のとおり,憲法28条,ILO条約第87,98号条約に違反するものであり,許されない。
(2)都道府県労働委員会による適格性審査を認めるべきではない
   「地方公務員の労使関係制度に係る基本的な考え方」は,都道府県労働委員会に認証された労働組合に,協約締結権を認めることとしている(制度の概要「2」「(1)」)。
   しかし,これは,現行地方公務員法53条が,法の定める事項に適合する規約を有する職員団体として人事委員会又は公平委員会に登録された団体(登録団体)にだけ団体交渉権を認めている職員団体登録制度を実質的に温存するものである。職員団体登録制度は憲法28条に違反するだけではなく,労働者は自ら選択する団体を設立し,及び加入する権利をいかなる差別もなしに有することを規定するILO第87号条約に違反しているだけでなく,この間,ILOも職員団体登録制度の改変を一貫して勧告してきた。「地方公務員の労使関係制度に係る基本的な考え方」が敢えて上述の制度を設けたことは,強く批判されなければならない。

3, 団体交渉事項の範囲を制限すべきではない~「管理運営事項」について
    「地方公務員の労使関係制度に係る基本的な考え方」は,現行地方公務員法55条3項を温存し,団体交渉ができない事項として,「地方公共団体の事務の管理及び運営に関する事項」を挙げている(制度の概要「3」「(2)」)。
    しかし,右のいわゆる「管理運営事項」の概念は抽象的であり,どの範囲の事項が団体交渉事項の範囲内あるいは範囲外となるのか一義的に確定できない。また,「管理運営事項」は,従来,労働組合が当局に対して交渉を要求した際に,当局が「管理運営事項」を恣意的に拡大し,団交拒否の口実として利用してきた。しかし,労働組合法には,このような団体交渉事項を限定するような規定はない。
    当弁護団の2004年2月2日付意見書にも触れたとおり,ILOもこの問題に関し,1965年のドライヤー報告において,管理運営と勤務条件の双方に影響を及ぼすべき多くの問題があることを認めなければならないと指摘し,1994年条約勧告適用専門家委員会報告も,雇用条件に関するものなど一定の問題を団体交渉から除外することはILO第98号条約の諸原則に反すると指摘し,管理運営事項に係るものであっても,雇用条件・勤務条件に関する事項は交渉事項に含めるべきであるとしているところである。
    以上から,「管理運営事項」に関する規定は設けるべきではない。仮に,「管理運営事項」についての規定を設ける場合には,地方公務員労働者の経済的地位の維持・向上に関連する事項である限り,広く団体交渉の対象となることを明記すべきである。
     
4,団体交渉の議事の概要及び労働協約の公表について
   「地方公務員の労使関係制度に係る基本的な考え方」は,労働組合の当局との団体交渉について,その議事の概要や締結した団体協約を公表しなければならないとしている(制度の概要「3」「(4)」)。
   しかし,これを敢えて制度として定める必要性に疑問があるだけでなく,その公表の時期や公表の仕方によっては,労働組合の団体交渉権に対する事実上の制約として機能するおそれがある。
   それ故,団体交渉の議事の概要や労働協約の公表について,制度として定めることには反対する。

5,勤務条件決定の際に民間事業の従業者の給与等を考慮する点について
      「地方公務員の労使関係制度に係る基本的な考え方」は,職員の給与について,「住民への説明責任を果たし,住民の理解を得る観点から,民間の給与等の実態を調査・把握する」としている(制度概要「5」「(3)」)。
      地方公務員労働者に団体交渉権・労働協約締結権を認めるということは,地方公務員の給与を含む労働条件について労使の自治に委ねることを基本とするのであり,民間事業の従業者の給与水準は,交渉の際の一つの指標となることはあっても,労使がそれに拘束されるものではない。団体交渉の結果締結された労働協約に定める給与が仮に民間事業従事者の給与水準を超えることがあっても,それは労使の自主的な決定として尊重されるべきであり,それに対する住民の批判は,地方公共団体における予算の否決,あるいは交渉の一方当事者である当局の責任として解決されるべきである。
      また,交渉の一方当事者である使用者機関が民間の給与等の実態の調査・把握をする場合,その公正さが担保される保障はない。それ故,調査・把握は公正な第三者機関に委ねることを検討すべきであるが,少なくとも調査の方法については労使の交渉事項となることを明記すべきである。

6,交渉不調の場合の調整システム
    「地方公務員の労使関係制度に係る基本的な考え方」は,労使間の団体交渉が不調の場合の調整システムとして,都道府県労働委員会によるあっせん,調停及び仲裁の制度を設けることとしている(制度の概要「7」)。
    争議権の付与が見送られたことにより,争議行為を背景とした団体交渉を行うことができない状況にあっては,こうした調整システムの導入は不可欠と言える。しかし,交渉の行き詰まりは,原則としては労使間の自主的な努力によって解決されるべきものであり,労使自治の理念に反するような調整システムであってはならない。
  
第3 不当労働行為の禁止について
     地方公務員の労使関係制度に係る基本的な考え方」は,不利益取扱い禁止に加え,団体交渉拒否の禁止,支配介入の禁止等についても規定を設けるとともに,都道府県労働委員会が不当労働行為事件の審査を行うものとしている(制度の概要「4」)。
   現行地方公務員法は,不利益取扱いの禁止の規定を置くものの(地方公務員法56条),支配介入の禁止,団体交渉拒否等の禁止を明記していないし,不当労働行為からの救済を制度的に保障していない。
   この点,主な不当労働行為を法律上明記することは評価すべきであり,不当労働行為が行われた場合の救済規定が設けられることも一定の前進である。
   ただし,不当労働行為の救済機関が都道府県労働委員会が相応しいかは,議論の余地がある。公務労働の特殊性を十分に踏まえた委員による審査がなされなければ,不当労働行為からの実質的な救済は図れない。
   また,都道府県労働委員会が行う仲裁裁定の効力については記述がないが,裁定内容については,内容に実施義務を認めるべきである。当局を実質的に拘束しないのであれば,仲裁裁定は地方公務員に争議権を付与しない代償措置と評価することはできない。

第4 争議権について
    「地方公務員の労使関係制度に係る基本的な考え方」においては,地方公務員の争議権について何ら触れていない。   
   しかし,憲法が保障する労働条件決定過程への労働者の参加(自律的決定)の権利及び憲法28条が保障する団体交渉権と協約締結権を基礎とする労使自治は,争議権の保障があって初めて実現するものである。争議権の保障を欠いたままでありながら,協約締結権を付与(回復)したという限度の労使自治の名のもとに,安易な地方公務員の労働条件の切り下げが横行する事態の出現に対する危惧は決して根拠のないものではない。現在でも一部地方公務員に協約締結権が認められているものの,必ずしも労働条件向上に結びついていないのは,争議権が保障されていないこととは無縁ではないと思われる。争議権の保障を欠いたままでは,憲法が保障する労働基本権の真の意味での回復とは言えない。 

                                                                                                                以上