雇用対策法改正法案の審議にあたっての意見

2007/4/20

 

雇用対策法改正法案の審議にあたっての意見

2007年4月20日

日本労働弁護団
幹事長 鴨 田 哲 郎

第1 意見の趣旨

改正法案が設けようとする全外国人労働者に関する届出義務の創設は、雇用対策法及び職業安定法が目的とする職業の安定や雇用形態・管理の改善に資するとは考えられず、治安対策のみを目的とするものと言わざるをえない。また、外国人労働者のプライバシー侵害等ともなるものであり、総合的かつ抜本的に十分かつ慎重な審議をされたい。

第2 意見の理由

1 改正法の概要

政府は、今通常国会に雇用対策法改正法案(以下、「法案」という)を6本の労働立法の1つとして上程し、衆議院厚生労働委員会において審議が開始された。
「法案」の最大の改正点(28条1項)は、全ての事業主に対して、全ての外国人労働者(特別永住者を除く)の雇入れ及び離職にあたり、その氏名、生年月日、在留資格、在留期限、国籍等の届出をなすべきことを罰則(31条1項2号―30万円以下の罰金)を以って義務付ける点にある。
現行の届出制度としては、雇用対策法28条に基づく大量雇用変動の届出及び職業安定法53条の2並びに同法施行規則34条に基づく外国人雇用状況に係る資料提供の求めがあるが、いずれも「再就職の促進」(雇対法28条3項)、「労働力の需要供給の適正かつ円滑な調整」(職安法53条の2)を目的とするものであり、個々の外国人労働者のデータの届出等を求めるものではなく、グロスの届出を求めるにすぎない。その目的からして、個々のデータを収集する意義はないからである。
「法案」は、雇対法の目的(1条)を達成するための国の講ずべき施策として、「労働に従事することを目的として在留する外国人について、適切な雇用機会の確保が図られるようにするため、雇用管理の改善の促進及び離職した場合の再就職の促進を図るために必要な施策を充実すること」を加え、その具体的方策として前記の届出義務を定めるものであり、提案理由も「外国人労働者の雇用管理の改善、再就職の促進等のための措置を構ずる必要がある」としている。

2 外国人労働者に関し改善されるべき点

今日、外国人労働者は、(1)在留資格に沿って稼動する、専門職等労働者(在留資格「技術」「技能」)、(2)許可された資格外活動としての留学生・就学生等のアルバイト(在留資格は「留学」「就学」)、(3)技能実習として稼動する実習生(在留資格は「特定活動」)や日系二世等の労働者(在留資格は「定住者」)、(4)在留資格のない、あるいはこれを失った「不法在留者」である不法(無資格)就労者、(5)労働者とすら扱われない研修生(在留資格は「研修」)に大きく分かれると思料されるところ、(1)については雇用管理上憂慮すべき問題があるとは考えられない一方、(2)、(3)については労働保護法が十分に機能しているとは言い難く、また(3)については低賃金の点も深刻であり、(4)、(5)については最賃を大幅に下回る超低賃金、労働者としても、人間としても何らの保護が受けえない無権利状態に多数の労働者が置かれており、不法在留あるいは研修生との地位の故に自らの人間として、労働者としての権利を主張しえない状況にある。

3 何ら改善とはならない

雇用管理の改善を図り、促進するためには低賃金・無権利状態に置かれている外国人労働者がこれを心おきなく申告しうる状況、環境が作られなければならない。
本届出制度はこれに資するであろうか。(5)の労働者は研修生の名目故に届出の対象外と思料されるが(従って、本制度により外形的には変化、影響はないが、最も問題である労働者としての権利の保護―担当は労働基準行政―にも全く資さない)、届出の対象となる(2)、(3)の労働者及び実習生、アルバイトについては、職安に届出がなされるとしても、縦割り行政のため本来、労働基準の確保のために監督すべき労基行政とは連動しないし、本制度上も「職業安定機関が指導・助言」(28条2項)を行なうのみであって雇用管理の改善のための具体策は何ら提起されておらず、最も問題である(4)無資格就労者に関しては「法案」により事業主が届出をなすとは想定されず、かえって、事業主のリスクが高まる分、違法状態が深く沈潜し以て、増々外国人労働者の無権利状態が厳しくなるものと思われる。また、本制度により取締りがなされたとしても、雇用管理が改善される前に、無資格就労者は不法在留者として強制送還されてしまうのであって、実効性は全く期待できない。

4 総合的、抜本的論議の必要性

外国人労働者の「雇用形態の改善」(雇対法4条1項6号)を促進するためには、「必要な施策を総合的に講」じなければ実効はあがらず(同法1条1項)、個人データの収集のみを目的とする本制度だけでこれに資するものではなく、低賃金・無権利を前提とした発注や価格設定等を改めさせねば「国民経済の健全な発展」も「企業経営の基盤の改善」(同法4条2項)も図られないのであり、根本的には、俗に3Kと言われるような製造やサービスの末端現場に外国人労働者を受入れ、活用するのか、その際に労働者としての権利をいかに擁護するのかについて、現に雇入れている現場を含めた国民的コンセンサスが図られねばならないところ、その議論を欠くところが最大の問題である。
外国人労働者の雇用管理の改善を論じるにあたっては、このような総合的かつ多様な視点から抜本的な議論がなされるべきところ、本制度はこれらの論議を欠落させ、立法経緯からみれば外国人の管理強化と治安対策としてのみ論じられていると言わざるをえない。これは労働法制を治安対策に利用しようとするもので、労働者の人たるに価する生活を保護するための労働法とは相容れないものである。
なお、本制度は雇用管理上は問題のない(1)の労働者まで含め、外国人労働者のプライバシーを侵害するものであり、また、永住者の就職差別の助長ともなりかねないものでもある。

5 まとめ

以上指摘した問題点を踏まえ、十分かつ慎重な審議がなされるよう、強く期待するものである。