労働審判制度運用に関する要望書

2006/12/26

 

労働審判制度運用に関する要望書

最高裁判所事務総局行政局 御中

2006年12月26日

日本労働弁護団
幹事長 鴨 田 哲 郎

労働審判制度が本年4月1日から開始され半年を経た。この間、日本労働弁護団及び所属弁護士も労働紛争の解決において画期的なこの制度が定着し大きな役割を果たすよう努力してきたところであるが、制度の適正かつ充実した運用を図るため、下記の点につき、早急に検討されたく要望する次第である。

はじめに
労働審判制は、裁判官たる審判官と労使の審判員3名で構成され、それぞれが対等な評決権を持つ合議体である。審判手続に関する指揮権は審判官にあるとはいえ、審理の基本は3名の合議によって決せられるべきものである。しかるに、審判官が審判員の意見を聞くことなく手続を進めている例が散見され、また、後記1の通り、審判員が事前にはもちろんのこと、期日中においてすら書証を十分に検討できないなど審判員を対等な合議体の構成員として遇していないと評さざるをえない事態がある。
労働審判制が労使の審判員の知識・経験を生かし活用する制度として創設された本来の趣旨に則り、十分に斟酌し、以下指摘の運用につき、速やかな改善を要望するものである。

1.審判員に書証の控えを交付すること

(1) 労働審判規則では、申立書及び答弁書に添付される書証(甲・乙号証)は2部、即ち正本(委員会分)と写し(相手方分)のみの提出を求め、審判員用の提出を求めていない。貴局の解説によれば、当事者の負担を考慮してとのことである。裁判所内には、当事者の一方からのみ提出されたものを審判員に交付することは不公平である,あるいは,審判員の負担になるとの意見もあると聞く。
しかし、第1回期日にできる限り委員会として事案の内容を把握するためには、審判員が申立書・答弁書と共に甲・乙号証を検討することは不可欠であり、それ故、当弁護団は2006年2月16日付要望書にて、裁判所の責任において書証も審判員に送付すること(少なくとも、当事者が審判員用の写しを提出した場合は、これを審判員に送付すること)を求めたところである。
当弁護団の調査によれば、提出された審判員用書証の取扱いは、受領拒否、相手方の同意があれば交付、期日においてのみ手元に置く、相手方の同意を得ずに交付など裁判所、審判委員会によって、区々である。
(2) 当事者の負担という点では、審判員用書証控えの提出を義務づけるのではなく,提出があれば審判員に交付する扱いとすれば問題は生じないと考えられる。
公平の点では、他方当事者に対しても審判員用書証控えの提出があれば審判員に交付する旨を、申立書等送達の際に告知しておけば、問題は解消されるはずである。
審判員の負担の点は、当弁護団の知る限り、負担を感じている審判員がいるとは考えられず、かえって、事案の把握に熱心な審判員が期日前に裁判所に赴き、書証正本を閲覧する、あるいは第1回期日直前の委員会打合せにおいて1部しかない書証を3人が短時間で読まざるをえないという事態が生じていると聞いている。
書証の内容を把握することは、権利義務関係の判断だけでなく、調停案の検討においても重要なものである。審判員は審判官と対等な立場で審理に関与するものであり、審判員が積極的に審理に関与し、審判官と対等な立場で評議・評決するためにも、審判員が書証も手元に持つことは必要なことである。
(3) よって、規則を改正し、提出部数を4部に改めるのが最も適切と考えるが、当面改正の意向がないのであれば、裁判所自身が書証のコピーを審判員に申立書・答弁書と共に交付すべきである。少なくとも、当事者が提出した審判員用書証控えは審判員に速やかに交付することを求める。

2.答弁書提出期限遵守を促すこと

労働審判規則は、労働審判官は答弁書の提出をすべき期限を定めなければならないとし、実際の運用では、第1回期日の1週間から10日前を期限とすることが多いようである。3回以内の期日において審理を終結しなければならない労働審判手続においては、第1回期日から充実した審理を行う必要があることは当然であり、そのためには、事前に充実した答弁書が提出されることが極めて重要である。また、事前提出の必要性は、答弁書に限られるものではなく、書証についても同様である。
しかしながら現実には、提出期限を過ぎても答弁書及び書証が提出されない例が散見され、かかる例においては第1回期日から充実した審理を実施するに支障が生じている。
したがって、答弁書提出期限を遵守させ、期限までに答弁書及び書証が提出されない場合には、その提出を強く促すことが必要である。例えば、申立書と共に送付される注意書きに、具体的な答弁がなされない場合には第1回期日で審判がなされることもありうる旨記載する、定められた提出期限の前に担当書記官が電話で確認・催告するなどが考えられるところであり、検討されたい。

3.争点及び証拠の整理と証拠調の関係

労働審判は争点及び証拠の整理と証拠調の手続を定めている。労働審判手続において調停が成立しない場合には労働審判がなされるが、労働審判は審理の結果認められる当事者間の権利関係を踏まえたものでなければならないことから、証拠調は重要である。この点は、証拠調べの方式が尋問ではなく審尋であったとしても変わるところはない。
然るに、争点及び証拠の整理と証拠調とが不分明なまま手続が進められ、当事者間の権利関係を踏まえないまま調停による事件処理に偏重した運用がなされるケースがあり、権利関係を踏まえた解決を図るという法の趣旨が没却されかねない状況が生じている。
したがって、事案に応じ、当事者、ことに申立人の意向を確認して争点及び証拠の整理と証拠調との関係を明らかにしたうえで手続の進行をなすこととされたい。

4.審判において実質的な理由の要旨を記載・告知すること

大多数の裁判所で、審判において法が要求している「理由の要旨」を、定型文言(例えば、「当労働審判委員会は、審理の結果認められる当事者間の権利関係及び本件労働審判手続の経過を踏まえ、本件に最も適切な解決案として、主文のとおり審判する」)として記載・告知する運用がなされている。
しかし、理由の記載・告知は、異議申立をなすか否かの判断において重要な判断材料であり、当弁護団は2006年2月16日付要望書にて、簡潔でもよいが実質的な判断理由の要旨を記載することを求めたところである(審判書に代わる調書の場合も同様)。現に、労働審判において争点につき実質的な判断理由が示されたことにより両当事者の納得が得られ、異議が申し立てられずに確定した事例が当弁護団に報告されている。
したがって、重ねて、審判(審判書またはこれに代わる調書)において、実質的な判断理由の要旨を記載・告知することを求める。

5.事件の配点につき、審判員を平等に取り扱うこと

一部の裁判所においては、事件の配点にあたり、審判員本人と直接電話で連絡が取れなかった場合には極めて短時間で当該審判員への事件配点を止め、他の審判員に事件を配点していくと聞く。申立てがされた日から40日以内の日に第1回期日の指定をしなければならない労働審判手続においては、速やかに期日指定を行う必要性が存することは理解できる。
しかしながら、かかる運用により、現役である審判員に比し、現役を引退した審判員等連絡を取り易い審判員に事件の配点が偏るという問題が生じている。
したがって、適切な方法(例えば、相当時間回答を待つなど)を講じて、審判員に対する事件の配点が平等となるよう十分に配慮されたい。

6.外国人が当事者の場合、通訳人につき十分配慮すること

一部裁判所において、外国人が申立人である事件について、申立人が同行した通訳人による通訳を認めず、法廷通訳に通訳をさせ、その費用を申立人に負担させる運用がなされている。
しかしながら、労働審判は安価で使い易い制度たることが法の趣旨であり、手数料も低額とされている。
したがって、法の趣旨を実現するため、申立人が同行した通訳人による通訳を認めたり、法廷通訳費用を負担させないなど適切な運用を検討されたい。

以上