「労働契約法制及び労働時間法制の在り方について(案)」に対する意見

2006/6/26

 

「労働契約法制及び労働時間法制の在り方について(案)」に対する意見

労働政策審議会
労働条件分科会 御中

06年6月26日

日本労働弁護団
幹事長 鴨 田 哲 郎

厚生労働省は、去る6月13日、貴分科会に対し「労働契約法制及び労働時間法制の在り方について(案)」(以下、「案」という)を提示した。4月に提示された「検討の視点」に基づく貴分科会での審議を踏まえ、中間とりまとめに向けて提出された文書と位置づけられるが、「検討の視点」(以下「視点」という)の内容と対比すると相当程度の変更や具体化がなされているので、当弁護団の本年2月22日付「労働時間法改正論議にあたっての意見」及び5月17日付「『労働契約法制及び労働時間法制に係る検討の視点』に対する意見と当面の立法提言」を前提に、改めて意見を述べる。これまで当弁護団の意見書においても強調してきたところであるが、「拙速」との批判を受けないよう、十分かつ慎重な審議を行われるよう強く申入れる次第である。

第1.「検討の趣旨」及び「総則事項」

「案」は、相も変わらず、「多様化」「自律的」「選択」をキーワードとする。
多様化や選択により実現が求められるのは、労働者の個人的・家庭的生活(非労働時間)と企業が求める働き方(労働時間)とを個々人の事情に応じ適切に折り合いをつけること(ワーク・ライフ・バランス)であり、具体的には、長時間・過重労働の規制を中心として、短時間勤務正社員制度、パート(短時間労働)と通常勤務(通常労働時間)との転換制度、在宅勤務制度、業務の複数者担当制度、育児介護休暇制度の充実などを実現することである。
現行法にこれらの制度の実施を阻害する規定は全く存在せず、現行法の下でこれらの諸制度を実施することは十分に可能である。
他方、労働者は雇用形態も含め企業が提示するメニューの中から選択するしかない。
従って、ワーク・ライフ・バランスは、企業の(労使協議を経た)決断によっていくらでも実施方策を採りうるのであって、そのために法を制改正する必要などなく、これを実施する責任は専ら企業にある。
問題は、多様化等と称して、低賃金・低労働条件・使い捨ての非正規労働者を大きく増加させてきた使用者の雇用政策にある。この点の検討をしないままあたかも労働者のニーズに沿うための法の制改定と描くのは、明らかに労働現場の実情を無視した、偏頗な論議である。
実情の無理解は、労使の「実質的対等」に資するものとして、「契約内容についての情報の提供」しか掲げない点にも如実に示されている。労使の力関係の格差・隔絶は、ことに大多数を占める過半数組合が存在しない事業場においては、単に労働者側の情報不足によるものではない。使用者に対向しうる労働者組織不存在の中、使用者の一方的決定を黙認・擁護してきた司法と労働行政の積重ねが今日の現実を招来しているのであり、この点の反省・抜本的見直しなくして「実質的対等」に向けた取組みは前進しない。
また、この点の反省なきまま、提起されている「書面で明示の上(の)説明」が多用されれば、「書面で(の)確認」が書面合意に転化してしまい、結局、使用者による一方的「説明」が「合意」にスリ替えられてしまう危険が十分にある。
労働現場、ことに、労働組合が存在しない事業場の「契約」状況の実態を、十分に把握したうえで審議がなされなければならない。

第2.労働時間法制

1.「自律的労働にふさわしい制度」

「案」は、「視点」が「自立的労働時間制度」とネーミングした制度を、「自律的労働にふさわしい制度」とまたまた変更した(本意見書では、「新・適用除外制度」と呼ぶ)。

(1) 新制度の必要性―現行制度に「阻害要因」はあるのか

「案」は「新適用除外制度」の創設の必要性につき、「高付加価値の仕事を通じたより一層の自己実現や能力発揮を望み、緩やかな管理の下で自律的な働き方をすることがふさわしい仕事に就く者」が、「一層の能力発揮をできるようにする観点から、現行の労働時間制度の見直しを行う」とする。即ち、現行法が「一層の能力発揮」を阻害しているというのである。しかし、具体的にどの規定がどのように「能力発揮」を阻害しているのか、「時間研報告」以来全く指摘がない。当弁護団は「阻害要因」があるとする「立法事実」を示したうえ、十分な論議がなされるべきと指摘したが、全く「回答」は示されていない。
「緩やかな管理の下で(の)自律的な働き方」が、必要なときは(法定時間を超えて)働き、他方、まとめて休むという働き方を指すとすれば、まず、まとまって休む(休ませる)ことを阻害する規定は現行法に全く存在しない。また、まとまって働く(働かせる)についても、みなし時間制においては現行解釈例規による限り、これを阻害する規定は存在しない。さらには、通常の時間制度においてすら36協定の限度時間は私法的効力を有せず行政指導の対象でしかなく、しかも無限定な特別協定時間まで認められ、法定休日労働の限度回数の規定も存在しない(これらについて「案」は全く関心すら示さない)という状況にあって、まとまって働くことを実質的に阻害している状況には全くない。要するに、いうところの「能力発揮」を阻害している規定は現行法・制度には存在しないのである。にも拘らず、闇雲に適用除外の拡大を指向するのは、みなし時間制における職種・業務の制限と割増賃金の支払義務が桎梏であるという使用者の規制撤廃要求を丸飲みにするものでしかない。新・適用除外制度の導入には、断固反対する。

(2) 管理監督者の範囲と働かされ方

「案」では審議未了のため具体的な提起がされていないが、現在既に適用除外となっている管理監督者について、「視点」は「事業主と一体的な立場にある」ライン職に特化させると提起し、実質的に現行実務の追認を指向する。
しかし、厚労省調査で、課長クラスを管理監督者と取扱う事業場が63.5%、さらには、課長代理クラスまでも管理監督者とする事業場が7.6%も存在する(企業実務の「常識」は、少なくとも課長は管理監督者である)。これについて厚労省は何のコメントもしない。ところが、厚労省委託研究である日本労務研究会「管理監督者の実態に関する調査研究報告書」は実態調査に基づき課長クラスを管理監督者として扱うのは不適切と明言している。適用除外制度を見直すのであれば、まずもって現行法と現状の正しい認識から出発しなければならない。
そして、「案」の文脈からは、現在管理監督者と扱われている者の働かされ方には何ら問題がない(あるのは深夜手当による阻害要因のみ)ことを前提としていると断ぜざるをえないが、これまた誤りであることは既に十分指摘したところである。

(3) 対象者の要件

  1. 「案」は対象者の実体要件につき、概ね「視点」を踏襲する。最も基幹的要件であるはずの「自己の業務量をコントロールできること」(時間研報告。同研究会の水町委員によれば、過剰な業務指示に対し「業務の優先順位を自ら決めたり業務の一部をやり過ごす」ことが認められていること)が、「既存の業務との調節」(業務量調整制度の対象者)に質的に転換されており、到底要件などと評価できないことは既に指摘のとおりである。
  2. 「案」は、「休日確保(週休2日相当、連続特別休暇など)」要件につき、「通常の労働者に比し相当程度の」との修飾語を冠せた。この「比し相当」とは、通常労働者より相当「多くの」の意なのか、一定程度「少なく」てもよいとの意なのか読み取れない。仮に前者だとすれば、今日週休2日制は通常のレベル(特に、「案」が想定するような労働者にとっては)なのであって、週休2日相当では「相当程度」に該らず、また、後者だとすれば、通常労働者より負荷が高いと思われる労働者にとって不十分であろうし、逆に通常労働者は週休2日でなくてよいとのメッセージともいえ、いずれにしても極めて不適切である。
  3. 「案」が新たな要件としたのが「出勤日・休日の予めの確保と出退勤の確保」である。後者は現行みなし時間制との関連でみれば、健康確保措置実施の前提としての労働(在社)時間把握義務の設定とみられるが、これが「業務量の適正化、健康確保」に直接結びつくわけではなく、とても要件とはいえない。また、前者については前項と合わせ、確定・確保(合意)された休日が現実に約束通り休め、かつ、心身ともに業務から開放される手立てが十分に整備されなければ、現行35条同様、ほとんど画餅に帰す。「案」は休日労働規制については全く触れておらず、現行法通りであれば、行政的にも休日労働は無限定のままということである。全く尻抜けの要件にすぎない。
  4. なお、個別書面合意については、個別労使関係上の力の格差の下で「強制された自発性」が支配する日本の企業社会においては何らの歯止めとならない。
  5. また、導入手続としての労使合意については既に指摘したとおりである(なお、「複数の適正代表者」については、後述)。

2.その他の労働時間制度

(1) 時間外労働の削減

「案」は、健康確保休日(例えば、月間40時間超の時間外労働で1日、75時間超で2日など)の付与義務や割増率の引上げ(例えば、月間30時間を超えれば5割)を提起する。
しかし、実労働時間の上限規制はもとより、36協定制度の強化すら一切触れない。健康確保休日は、前記新・適用除外制度における休日確保と同様、現実に休める手立て―休日労働規制―が伴わなければ画餅である。
健康確保休日やわずかな割増率の引上げなどの新たな制度の前に、36協定に限っても限度時間の私法上の規制、1日の限度時間の法定、休日労働の規制(原則禁止)、特別協定制度の廃止など、現行法上の規制を強化すべき事項はいくつもある。これらに全く関心を示さない「案」が、真に時間外労働の削減を希求しているとは到底考えられない。

(2) 年休制度

「案」は、計画年休制度未実施事業場での、5日程度の年休付与義務と労使協定による時間休制度の導入を提起する。
しかし、前者の付与義務については違反に対するサンクションが全く示されておらず、実効性があるとは思えない。年休取得率向上策の基本は全従業員が所定年休全部を取得しうる要員を確保する使用者の義務の措定である。これに手を付けずに制度をいじってみても―計画年休制度同様―効果はないであろう。
また、時間休制度については、必要な時間の就労免除を認める病休制度、看護休暇制度の導入をまず図るべきであり、これらの整備がなければ、年休を「制度本来の目的に沿って」連続取得する社会には移行できないことは明らかである。

第3.就業規則法制等

1.就業規則と労働契約の基本的関係(契約内容規律効)

「案」は、「労基法を遵守して定めた就業規則」(従って、過半数代表からの意見聴取のうえ、労基署に届出られ、周知されたもの)がある場合は、その内容が合理的でない場合を除き、「就業規則に定める労働条件によるとの合意」が労働契約締結の際に「成立したと推定する」と提起する。「視点」が「周知手続の実施」のみを手続要件としていたことに比べれば、過半数代表の意見聴取及び労基署届出を手続要件に加えたことは手続規定としてみれば、その限りでは前進ではある。
しかしながら、就業規則の実体的効力という点では、入職者にとっては、労働契約締結前において既に定められた規定内容を合意したものと扱われてしまうのであり、後述の変更就業規則における場合と同様、「合理的」である限り、使用者が一方的に定めた就業規則条項が合意したものとして労働者を義務づけるという、就業規則万能法の本質(5月意見書第1.2.(2))は何ら変わらない。
さらに、手続の点についても、意見聴取の対象である過半数代表者のあり方については不十分かつ不明確である。
この点、「案」は、「過半数代表者の選出要件を明確化した手続」(「民主的な選出手続」と「多様な労働者の利益を公正に代表できる手続」)を定め、この手続で選出された「事業場の全ての労働者を適正に代表する者(複数)」についても、「事業場の労働者を代表する者」として認めるか検討すると提起し、さらに「それらの者との間での合意」を「労使委員会の決議」に代えうるか併せて検討するとする。
この提起によれば、現行の単数を前提とする過半数代表者は制度として廃止され、複数の「適正代表者」に代わることになるが、複数の適正代表者の個々の権限の内容、集団性・組織性の確保の有無、従業員集団とのコミュニケーション確保策、活動保障等々あまりにも不明確な点が多い。そして更に「労使委員会」である。「案」では「労使委員会」なる用語はここで1度出てくるだけで、その内容については全く触れていない。従って、現行労使委員会との異同(少なくとも過半数代表者が指名するとの制度はなくなる)、「複数の」適正代表者との関係(「労使委員会の委員とすることが適当」との注がある)など、これまた不明確なことだらけである。
我々は、過半数代表者制度を抜本的に改革したうえ、意見聴取ではなく協議とすべしと提言している。「案」が前者につきどの程度前進したものかは具体的内容が明確になった段階で論評するが、協議義務化については、推定効を定めるとするならば、最低限の条件であると考える。

2.変更就業規則の契約内容規律効

「案」は、労基法を遵守した変更手続により、変更された就業規則の内容が合理的(変更の必要性、内容の合理性、協議状況等の事情で判断)であるときは、「変更後の就業規則に定める労働条件によるとの合意」が「あるものと推定する」としたうえ、過半数組合との合意ある場合は、「その合意があるものと推定する」と提起する(推定が「合理的である」ことまで及ぶのかは、文面上は不明)。
しかしながら、就業規則の変更により既得の労働条件を不利益に変更することはできないとするのが確立した判例法理の大原則である。この点が法律にまずもって、明確に定められなければならない。「案」ではこの大原則の確認が抜け落ちている。
問題は、集団的な合意(過半数組合による合意)の存在がどうして個別合意の存在を推定しうるのか、その根拠についての納得性ある説明がなされていない点にある。過半数組合の所属組合員については労働協約の規範的効力類似の効力との「説明」ができるかもしれない。しかし、非組合員については、なぜ自己に無関係な組合が合意したことが自らの合意の存在を推定してしまうのか、到底説明がつかないところである。
そして、圧倒的多数を占める過半数組合が存在しない事業場(93.4%)の場合、(前述の通り、あまりにも不明確な点が多いが)「複数の適正代表者」との合意が何故自己の合意の存在を推定してしまうのか。契約法理において他人の行為が自己に法的効果を直接及ぼすのは、適正な代理関係にあるときのみである。「適正代表者」は代理人ではなく、個々の労働者はその権限の規制もしえないのであるから、明らかに契約法理に反する。
「案」の考え方によれば、結局、「合理的」である限り、使用者は就業規則を自由に制定・変更することができ、それが事実上、合意したものとして労働者を義務付けることに帰着する。合意の推定はフィクションと言わざるをえず、現実の労働者の認識・意識と隔絶しているのである。「案」は、使用者が最終的に制定変更権限を有する就業規則をもって「契約合意」に変えるという法的操作を通じて、労働契約内容を事実上決定することを、使用者に「保障」することになりかねない。
就業規則やその変更の効力を労働契約法においてどのように位置付けるか、その場合、個別合意たる労働契約との関係をどう整序するかについてはさらに議論を尽くす必要がある。

3.個別契約事項の変更申入れに対する異議留保付きの承諾

「案」は、「個別の労働契約により決定されていた労働条件について、使用者の変更の申入れ」に対し、「労働者が異議をとどめて承諾した場合」は、「異議をとどめたことを理由とした解雇はできない」とする。
この限りでは、評価しうる提起であり、有期労働契約の更新時における労働条件変更申入れについても適用されるべきである。

第4.その他

1.解雇の金銭解決制度

「案」は、未だに、「労働者の原職復帰が困難な場合」、審判又は裁判において金銭で一回的に解決できる「仕組み」の検討を掲げている。
再三指摘してきたとおり、解雇の金銭解決制度はどのような理屈をつけようが、「金で解雇を買う制度」との本質は不変であり、解雇規制が労働契約法の要―これがしっかりしていなければ、どんなに立派な契約法の条項も現実には役に立たない―である以上、金銭解決制度は、断固、反対である。
なお、「案」は、普通解雇につき、「解雇をしようとする理由の明示その他普通解雇の態様に応じて是正機会や弁明機会を付与することなど必要な手続をとるようにしなければならない」とすることを検討、懲戒(解雇を含む)につき、就業規則(又は協約)の根拠なき懲戒は無効とするとしている。いずれも当然の規定である。

2.有期雇用

「案」は、a.有期雇用とする理由明示の努力義務、b.更新を重ねた場合の請求者(希望者)に対する、「期間の定めのない契約の優先的な応募機会の付与」義務の検討、c.更新の有無が契約締結時に書面明示されなかった場合の「同一条件での更新」の検討等を掲げる。
b.は「視点」を具体化したものであり、c.は「視点」にはなかった提起である。
何らの規定もない現状に比べれば、有期雇用労働者の保護にとって前進と評価できる面もあるが、有期雇用労働者がおかれている状況を改善するには極めて不十分である(例えば優先的応募機会付与義務をとっても、期間の定めのない労働者を募集する場合には、応募の機会を与えよとするだけで、採用義務はなく、また付与義務違反のサンクションもない)。
有期雇用については、既に指摘したように、そもそもこれを「良好な雇用形態」とする基本認識が抜本的に改められねばならず、有期契約を締結しうる事由の規制、平等処遇原則(「案」は総則で「均衡の考慮」を定めるのみ)など、より抜本的な規制が求められる。

以上