雇用機会均等法改正法案に対する意見

2006/4/24

 

雇用機会均等法改正法案に対する意見

参議院厚生労働委員会 御中
衆議院厚生労働委員会 御中

2006年4月24日

日本労働弁護団
幹事長 鴨 田 哲 郎

 はじめに
 86年4月に施行された均等法は、99年4月施行の一部改正を経て、18年を経過した。この間、女性差別問題に対する社会意識の向上、セクシュアル・ハラスメント対策啓発など一定の前進はみたものの、実質的な男女平等の実現にはほど遠い現状にある。逆に、低賃金で雇用が不安定な非正規雇用労働者として働く女性が増加し、また、長時間過密労働の進行により、「男性なみ」の無限定な労働を行うことのできない家族的責任を負う労働者が差別的取扱いを受けたり働き続けること自体ができなくなるなど、実態としては差別がますます深刻化している。日本の男女格差は国際的にみても特異な状況であり、国連女性差別撤廃委員会やILOなどの国際機関からも繰り返し指摘を受けているところである。
こうした状況の下で、今国会に雇用機会均等法改正法案が上程された。しかし、その内容は、男女双方に対する差別禁止や妊産婦に対する解雇を原則無効とする規定など前進面はあるものの、差別是正・男女平等を実現するには極めて不十分であり、また問題点を多く含んでいる。
男女が平等に人間らしく働きその能力を発揮していく権利は、日本国憲法の保障する基本的人権であり、この人権を保障していくことは国の責務である。男女差別を解消しうる実効性ある均等法とするために、法案を下記通り修正されるよう求める。

1 改正法案第2条の基本的理念に「仕事と生活の調和」を目指す旨を規定すること。

 均等法が保障する「平等」は、「仕事と生活が調和された働き方」「男女の仕事と家族的責任の担い合い」を前提としたものである。職場の長時間過密労働が深刻化するなかで、育児・介護などを担っている多くの女性労働者が「男性なみの長時間残業や休日出勤ができない」「転勤を命じにくい」等の理由により低処遇にとどめられたり、働き続けることすら困難な状況が生じている。
法律の基本理念に「仕事と生活の調和」を目指す旨を規定し、「平等」が単なる「(現在の長時間過密労働に従事している)男性なみの平等」への女性の統合ではないことを明確にするとともに、これを均等法解釈の基本とすべきである。

2 賃金も間接差別禁止の対象となるようにすること。

 法案は、直接差別禁止対象となる雇用ステージを限定する現行法の枠組みを維持したまま、間接差別禁止事項(雇用ステージ)を定めているため、賃金という、差別において最も重要かつ切実な問題を間接差別禁止の対象から外している。賃金も間接差別禁止対象とすべきである。

3 間接差別禁止の対象は「実質的に性別を理由とする差別となるおそれがある措置」の全てとすること。

 法案第7条は、禁止される間接差別の対象となる措置を省令に委任し特定するものとしている。しかしながら、これは、次のとおり多くの間接差別を容認し、その是正をより困難にさせるものであり、省令委任の方式により対象を限定すべきではない。仮に、省令で定める場合には、典型的な措置を例示するにとどめたうえ、これに限られるものではないことを明示すべきである。

(1)多くの間接差別が「省令」から除外され事実上容認される

そもそも「差別は動く標的」であって常に新たな形態で現れる。それを省令で限定して対象とするのでは、省令に入らなかった多く間接差別は事実上容認されることになり、逆に、差別を拡大するものと言わなければならない。
厚生労働省が、当面、省令で定める予定とされているものをみても、厚労省研究会報告が「間接差別として考えられる例」として示した7つのうち、僅か3つに過ぎず(しかも、そのうちのコース別雇用については「募集又は採用における」との限定付である)、現在の女性差別で是正のための最重要課題となっているパート等雇用形態を基準とした差別は対象外である。後述する合理性判断とあわせ鑑み、およそ差別是正の実効性を有しない内容である。
厚労省は、均等法で禁止される間接差別と民法90条ないし不法行為で違法とされる間接差別とは別個であり、私法上の間接差別を限定するものではないと説明する。しかし、男女コース別差別についての判決等にみられるように、均等法で禁止対象とされているか否かを民法90条の解釈の要素とするのが現在の判例水準であって、省令で間接差別禁止の対象となる基準等を限定することは、裁判を通じた差別是正に対しても重大な悪影響を与えるものである。

(2)「間接差別法理」の変質

国際的に形成されてきた間接差別禁止法理は、「性中立的な規定から一方の性に生じている差別的な事実を元に、何が一方の性にとって障害となっているかを恒常的に検証し是正していく」機能を有する法理である。すなわち、この法理は「動く標的」に対応しうるよう、使用者に対し、制度等の導入・遂行過程で、それが性差別的効果を生じていないか・正当事由があるかの恒常的な検討と説明を求めるものである。ところが、法案は、使用者に、差別を生じ平等の障害となっているものが何かを常に検討し除去していく義務を課さないばかりか、省令事項の遵守を求めるのみである。これは、間接差別法理の本質の理解を欠くものであり、「間接差別禁止法理の導入」は名ばかりのものと言わざるをえない。
諸外国には、法案のような何が間接差別かを予め特定・限定・固定するような間接差別禁止制度は存在していない。法案によれば、日本における間接差別禁止の制度が、諸外国の「間接差別法理」と異なった、全く不十分な制度となってしまうのであり、今後に大きな禍根を残すものである。また、国連女性差別撤廃委員会からの日本政府に対する勧告の趣旨にも反するものである。

4 法案第9条2項の婚姻を理由とする差別禁止について、解雇以外の不利益な取り扱いも禁止することを規定すること。また、男性に対する差別も禁止すること。

 第9条2項は、婚姻を理由とする差別禁止について解雇のみを規定するが、他の事由による差別(例えば、同条3項)と同様、あらゆる不利益な取り扱いが禁止されるべきである。
また、今改正後の均等法は男女双方に対する差別を禁止するものであり、男性に対する婚姻差別も禁止すべきである。

5 ポジティブ・アクションを使用者に義務づける措置を導入すること。

 差別を是正するには、「差別を禁止する」だけでなく、積極的な平等実現策(教育研修や透明公正な処遇制度の構築、育児・介護支援、過去差別を受けてきた人へのサポート等)を講じ、差別を生み出す土壌を改善し、また、女性が能力を生かせる環境づくりをすることが重要である。しかるに、現行均等法は、企業が自発的に措置を講じる場合に国が援助できると規定するに止まり、コスト削減競争が激化する下、平等施策は一向に進んでいない。企業へのポジティブアクション(例えば、行動計画の策定や入札に際して行動計画策定の有無を考慮要素とする等)義務づけへ進むことが必要である。

6 3年後の見直し規定を附則に置くこと

 上記各修正をしたとしても、今回の法案では実効的な救済機関の実現に触れていないこと等不十分な点が多々あり、また、差別是正をより実効的に実現するためには定期的な法制度の見直しと法律改正が必要である。法実施3年後の見直しを法律に盛り込み、そのための厚労省における調査・研究活動を成立後すみやかに開始すべきである。

以上