「在り方研」報告に対する見解

2005/9/30

 

「今後の労働契約法制の在り方に関する研究会」報告に対する見解

2005年9月30日

日本労働弁護団     
幹事長 鴨 田 哲 郎

はじめに

 「今後の労働契約法制の在り方に関する研究会」(座長・菅野和夫・明治大学法科大学院教授)(以下、「在り方研」という)は、9月15日、「報告書」(以下、単に「報告」という)を公表した。本年12月に予定される「今後の労働時間法制に関する研究会」(座長・諏訪康雄・法政大学大学院教授)(以下、「時間研」という)の報告と共に厚生労働省労働政策審議会労働条件分科会において、労働契約法の制定及び労働基準法(労働時間法制)の改正が本格的に論議されることになる。
 日本労働弁護団は、「在り方研」の発足以来、「労働契約法制の基本的性格についての意見書」(04.6.24。以下、04年意見書という)、「『中間とりまとめ』に対する見解(05.4.27。以下、見解1という)、「今後の進行についての要望書」(05.7.5)及び「『中間とりまとめ』に対する見解(その2)」(05.7.5。以下、見解2という)を公表し、「在り方研」の論議を注視し、適宜意見を述べる一方、本年5月、「労働契約法制立法提言2005年版」(労働者の権利260号。以下、05提言という)を発表し、あるべき労働契約法の内容について提言をしてきた。さらに、「時間研」に対しても近々、意見書を提出すべく準備中である。
 両報告をきっかけとする労働契約法及び労働時間法の制改定論議に資するべく、本見解を述べる。労働契約法の労働契約の成立、展開、終了に関する各論的事項については今後に譲り、とりあえず、05提言を、また、労働時間法に関する各論的事項については「時間研」に対する意見書をそれぞれ参照していただきたい。

第1 労働契約法の必要と基本的性格

  1. 公正・適正な労働条件の保障
     使用者と労働者を結ぶものは労働契約であり、本来、その内容は対等の立場で決定されるべきところ、現実には、労働契約の成立時においても、その展開過程においても、労働契約内容は主として使用者が一方的に制定・変更する就業規則によって規律されている。この点は「報告」が「『自律的な働き方』への対応が求められる」とする創造的・専門的能力を有するとされるエグゼクティブな労働者においても同様であり、対等かつ自主的に自己の契約内容を決定しうる労働者(契約内容に合意できなければ他に転職または自ら起業して、提示内容以上の労働条件を相当期間継続して享受しうる労働者)は文字通り、ほんの一握りにすぎない。
     使用者が一方的に決定変更する契約内容(労働条件)は公正さ、適正さを欠くものである場合が多々あるものの、労働者がこれに異議を唱え、これを是正させるにはいわば職業人生をかけて訴訟に持込む以外方法がない。しかし、かかる選択をしうる労働者は極くわずかである。
     かかる労使不対等の現状を直視し、労働者が人間らしく生活しうることを保障するルールを定めるものとして、労働契約法が制定されねばならない。
     労働契約法は、個人尊重(憲法13条)、生存権の保障(同25条)、労働権の保障と労働条件の法定(同27条)を基本理念とするものでなければならず、「人たるに値する」生活の最低基準を刑罰を以て保障する労働基準法と共に、適正な労働条件を実現する民事法として定めることが求められているのである。
  2. 労使対等の欠如を補う内容と手続
     労働契約をめぐる問題の本質が労使対等の欠如、使用者による一方的決定にある以上、労働契約法は、公正・適正な労働条件を強行法として定める(一方的決定や不適正な内容の排除)とともに、対等決定にできるだけ近づけるシステム(決定手続)として構築されねばならない。われわれが04年意見書において、強行法規、裁判規範、行為規範たる労働契約法を求めたのはかかる立場からであり、「見解1」においてもこの点を強調したところである。
     しかし、「報告」の基本的立場はそうではない。「報告」は、「労働契約法制の制定に当たっては労使自治を尊重することが基本である」との基本的な考え方に立ち、労働契約法を「労働契約に関して労使当事者の対等な立場での自主的な決定を促進する公正・透明な民事ルールを定めるもの」と位置付け、「実質的対等性」の確保策として、一定の強行規定の設定と協議機会の保障(具体的には「労使委員会の活用」)を提起するにとどまる。
     今日、「報告」も指摘する「使用者の労務管理の個別化」が進展しているが、労働条件の個別的決定の場面での労使「対等」の決定(=実質的な合意)は明らかに虚構であり、集団的決定の場面においても、相当程度に組織された自律的な労働組合が存する場合を除き、労使「対等」決定は極めて困難である。労働契約法の対象となる民間労働者約4800万人中、2550万人(約53%)は300人以下の事業場で就労しているが、その組合組織率はわずか1.2%である。民間労働者全体をみても、その組織率は16.8%(6人に5人は組合とは無縁)にすぎず、サービス労働化と非正規の拡大の趨勢からすれば、早急に組織率低下に歯止めをかけることは困難であろう。
     労働契約法がかかる環境にある労働者に必要とされる内容とその実効性の担保策を欠くものであれば、「誰のための、何のための労働契約法」かが根本的に問われ、制定の意義を大きく損うこととなる。ましてや、労働契約法が「自律的な働き方」を望むとされる極く一部の労働者のために、適正な労働条件基準を緩和、あるいは任意規定化するものであってはならない。
     「労使自治の尊重」「自主的決定の促進」を標榜するには、その一方当事者である労働者の権限が「対等」(少なくともそれに近い)と評価しうるだけのシステムが不可欠である。それが構築しえないのであれば、強行法規として労働契約法を制定する以外、労働契約内容の適正を実現する方策はない。

第2 「労使委員会」は「実質的対等性」を保障しない

  1. 「報告」が提起する労働契約法上の労使委員会
     「報告」は、労使の「情報の質・量と交渉力」の格差を是正して、「実質的に対等な立場で決定を行うことを確保するためには、労働者が集団として使用者との交渉、協議等を行なうことができる場が存在することが必要」で「常設的な労使委員会の活用は、当該事業場内において労使当事者が実質的に対等な立場で自主的な決定を行うことができるようにすることに資する」として、労使委員会の設置及び協議を「促進することが適当」であり、そのために「労使委員会において合意が得られている場合等には一定の(法的)効果を与えることが適当」とする。なお、「報告」は現状の過半数代表制・労基法上の労使委員会等について、問題点として多様な利益が代表されないことと常設でないことを挙げるのみであり、また、現行労使協定等の効果として免罰効を指摘するのみである。
     「報告」は、労使の格差を是正して「実質的対等」を確保するために、集団的交渉・協議が「必要」としつつ、具体策においては、労使委決議に過半数組合の同意とほぼ同等(例えば、変更就業規則の合理性推定効)あるいは労働協約と類似あるいはそれ以上の(例えば、解雇における使用者申立金銭解決制度の設立)の効力を付与するとし、重要な法的効力あるいは制度創設の権限を付与するとしている。
  2. 過半数代表制の整備が先決
     まず、現行の過半数代表者による労使協定は、免罰効を持つのみならず、協定内容の就業規則化等を通して実質的に労働条件設定機能を発揮している現実を素直に認めなければならない。であるとすれば、労働契約内容(労働条件)の適正を第一義とする労働契約法において過半数代表者制度及び労使協定制度の検討・見直しは絶対に避けて通れない課題である。
     さらに、過半数代表者の最大の問題点は、その選出が民主的に行なわれていないことである。就規変更の意見聴取の対象者たる過半数代表者の選出方法は、選挙(投票)16.9%、信任16.0%、話合い14.8%、職場代表者等の話合い13.5%、社員会等の代表者17.1%。事業主の指名13.1%である。選挙といっても無記名投票は53.0%にすぎず(挙手42.3%、記名投票4.4%)、選挙権者に部長まで含むが11.8%あり、信任の場合の候補者選定は、従業員会等の代表者36.3%、事業主の指名26.5%であり、信任方法も挙手27.5%、特段の異議申出ない限り信任21.6%、回覧板19.1%、拍手17.0%である。これらの結果、過半数代表者となった者は、係長・主任39.1%、一般従業員33.0%、部課長13.7%、工場長・支店長5.9%である。以上からすれば「選挙」における立候補者の選定にも事業主の意向が相当に働いているとみなければならず、これを度外視しても民主的に選出される者はわずか8%程度にすぎない(JIL「労働条件の設定変更と人事処遇に関する実態調査」04年12月。なお、これ以前の89年以降の労働省による同種調査でもバラツキはあるものの、略同様の状況が見てとれる)。この点を問題ととらえない「報告」は現状認識を基本的に欠くといわざるをえず、新・労使委員会の労側委員の選出方法として「全労働者による選出」(選挙による選出とはされていない)を掲げてみても、民主的選出方法とはにわかに評価し難い。
  3. 独立した労働者代表機関の必要
     労使の委員が一つの機関を構成する労使委員会は、「審議」する場ではあっても、集団的交渉・協議の場にはなりえない。「報告」は労働者委員の権限・保護・便宜供与に何ら触れず、労働者委員個人について「不利益取扱いはしてはならないこととすることが考えられる」とするのみであって、労働者代表にふさわしい制度とするために、現行規定(労基則6条の2第3項)をどれほど改善しようとするのか不明である。これでは、労働者意思の集約、委員相互の意思疎通、集団的討議の場の保障等が保障されず、個々バラバラの委員が委員会に召集され、いきなり会社提案に対する賛否を求められるという図柄が最もありうる姿として想定される。
     「実質的対等」を実現するためには、使用者と対向しうる労働者代表集団が存在しなければならず、使用者から独立した、独自の機関としての労働者(従業員)代表機関が法定されねばならない。これなくして、「実質的対等」が可能であるかの如く論じるのは、あまりにも現実を無視した幻想である(見解2参照)。
  4. 労働者代表機関の構想と今後の論議
     なお、「中間とりまとめ」においては不明確であった現行労使委との関係については、具体的な提起がない。労基法上の労使協定・労使委決議の代替効を付与するとの記述からは、現行(労基法上の)労使委とは全く別個の、労働契約法上の労使委を新たに設置するとするものとも読める。この点はまず何よりも現行過半数代表制の見直しの中で論議されるべきものである(立法資料によっても、過半数組合と並ぶ機関として過半数代表者が挿入された経緯は不明確であり、十分な検討がなされた形跡はうかがえない)。
     当弁護団は、95年の労働契約法制立法提言・緊急5大項目の1つとして従業員代表制の必要とその構想を提起した。その後も労使協定事項が拡大されながら現行制度見直しの検討がされることなく放置されてきた。また、従業員代表制度の具体的構想、特にいかなる事項につき、いかなる権限・効力を付与するかについては、学会においても、労働界においても、十分な議論も検討もなされずに推移している。
     労働契約法に労働者代表制を盛込むとしても、その在り方は労働組合・労働協約との関係等調整すべき事項を含め、時間をかけて慎重かつ十分に検討する必要がある。「報告」は、労働者代表制とは到底評価しえない労働契約法上の労使委員会を提起するのみであるが、研究会としての性格からすれば本来、いくつかのモデルを提示し問題点を指摘して、今後の議論の参考として供すべきであった。しかし、これがなされなかった以上、十分な時間をかけた各方面からの誠実な論議が望まれるところである。

第3 就業規則法制

  1. 就業規則の効力
    (1) 「報告」内容
     「報告」は、秋北バス最判(昭43.12.25)以降の判例法理に基づくものとして、「就業規則の内容が合理性を欠く場合を除き、労働者と使用者との間に、労働条件は就業規則の定めるところによるとの合意があったものと推定するという趣旨の規定を設けることが適当である。この場合、この推定は反証を挙げて覆すことができる。」旨の規定を設けること及び就業規則の規定が「労働契約の内容となる効力が生じるために必要な「要件」(労働者に対する義務付け規定の要件)として、1) 周知手続(フジ興産事件・最判平15.10.10)、2) 過半数代表からの意見聴取、3) 監督署長への届出の3点を要件とすることが「適当である」とする。また、最低基準効(労基法93条)の効力発生要件(労働者の権利主張の根拠となる要件)は「実質的な周知」で足りるとする。
     しかし、意見聴取を過半数代表の同意に変更することは、「強制仲裁が必要となるなど時間・費用がかかり企業運営への影響が大きいので適当でない」として、また、過半数代表との協議を義務付けるについても「監督機関がどのようにチェックするのかなど慎重に検討を要す」として消極である。
    (2) 見解
     「報告」の基本的内容は「中間とりまとめ」と同様であり、「一方で情報の質量及び交渉力の格差があるが故に対等な交渉がなしえないとされる労働者に対し、協議手続を保障せずに、一方的に制定・変更される就業規則に拘束力を(たとえ、推定規定とはいえ)法定しようとするのは、就業規則が持つ現実的拘束力に照らし、労使間の格差を埋めるものとは言い難い。また、3点セットに関しては、拘束力の要件とするのであれば、周知手続という極めてあいまいな(労使の「見解が異なる場合」がままある)要件ではなく、労働者への書面交付を要件の1つとすべきである(このような要件を定めても使用者にとって不都合はない)。」との我々の批判・提起(見解1)に何ら応えていないのは遺憾である。
     ことに、「協議」については、一方で労働者代表制度と銘打って労使委員会制度の活用を推進し、そのインセンティブとして、変更就規についての労使委合意に合理性推定効まで付与するとしながら、他方で協議手続を保障しないのは明らかにバランスを欠く。元来、意見聴取については、労基法制定時(昭和21年)においてすら、単なる意見聴取ではなく、協議又は同意と規定すべしとの有力な意見があり、立法資料をふまえた近時の研究は意見聴取とはただ聞き置くのでは足らず「限りなく同意に近い」関与を要すと解すべきと指摘している(学会誌95号69頁)。また、改正高齢法附則5条1項は、継続雇用対象者の基準を定める就規について「事業主が協定をするために努力したにもかかわらず協議が調わないとき」との要件を課しており、今後の就規法制全般の方向として大いに参考にすべく、かかる条項を置くことは十分に可能である。なお、協議導入に反対する論拠として監督困難を持出すのは、民事法としての契約法という「報告」の基本的立場との整合性を欠き、理解し難い(同様の問題は上記高齢法附則5条でもおこりうる)。
     過半数代表制度の抜本的見直しを含む労働者代表制度全体との関連において、労働者代表と就業規則との係わりが論議されるべきである。
  2. 変更就業規則の効力
    (1) 「報告」内容
     「報告」は、「中間とりまとめ」と同様に、就規変更による労働条件変更をスムーズにトラブルなく行いうる方策として。「案1) 「就業規則による労働条件の変更が合理的なものであれば、労働条件は当該変更後の就業規則の定めるところによるとの合意が、労使当事者間にあったものと推定する。」旨の規定を設け、この推定は反証を挙げて覆すことができることとする。」(「本規定によれば、就業規則の変更による労働条件の変更は、労使当事者間の合意の範囲内のものであって、労働契約そのものの変更ではないとされ、契約の一方当事者(使用者)に契約の変更権を与えるものではな」く、「信義則上相当な手続を取ることは要求されるにせよ、必ずしも厳密な手続は必要ではない。」)と「案2) 「就業規則による労働条件の変更が合理的なものであれば、労働者はこれに拘束される。ただし、労使当事者間で当該労働条件について就業規則によっては変更しないことの合意がある場合には、この限りでない。」旨の規定を設ける。」(「厳密な手続や代償措置を求める必要性やその内容については、議論を深める」)を提起したうえ、「一部の労働者に対して大きな不利益のみを与える変更の場合を除き、労働者の意見を適正に集約した上で、過半数組合が合意した場合又は労使委員会の委員の5分の4以上の多数により(これより労働者委員の過半数は変更に賛成していることが確保される。)変更を認める決議があった場合には、変更後の就業規則の合理性が推定されるとすることが適当である。」とする。
    (2)見解
     我々は、「変更就業規則の効力については、「就業規則の制定・変更によって、既得の権利を奪いあるいは労働条件を不利益に変更することはできない」という大原則を法定すべきであり(判例上もこれが大原則である)、その上で例外要件として、「高度の必要性と合理性がある場合」に限り、労働者を拘束しうる旨の規定とすべきである。」「判例上も、多数組合の合意についての評価は大きく揺れており、「報告」のような一般的規定を置くことは妥当ではない。ましてや、その公正代表性について全く手続的担保がない労使委員会決議にまで推定効を付与することについては到底了解し難い。」(見解1)と強く指摘した。
     これらの点につき「報告」は、「使用者が変更後の就業規則の合理性について推定を受けるためには、一部の労働者に対して大きな不利益のみを与える変更ではないことを立証しなければならないので、変更内容の合理性に立ち入った立証を一定限度で課されているといえる。また、使用者は、過半数組合や労使委員会の労働者委員が労働者の意見を適正に集約したという事実を立証しなければならず、これは変更内容の合理性を手続的に検証する役割を果たすものといえよう。」あるいは、「(労使委)決議の効力は合理性の推定にとどまるものであるし、さらに、労使委員会について法令で規定する委員の選出方法、意思決定方法等が遵守されている場合に限って推定が働く(ただし、使用者からの不当な支配介入があった場合を除く。)とすることで対処できると考えられる。」「労使委員会の全会一致の決議が必要との指摘もあるが、労働者委員の過半数でも合意できれば、労働者の多くの意見を民主的に集約したものと考えられる。」とする。
     しかし、前述した通り、基本的な問題は、労働者代表制度をどう制度設計するかであり、立証責任に限られた問題ではない。ことに「合理性の推定にとどまるもの」とか「労働者委員の過半数でも合意できれば、労働者の多くの意見を民主的に集約したものと考えられる」とする点は、本問題の重大性についての認識が極めて希薄であるといわざるをえない。

第4 個別的労働条件の変更(雇用継続型契約変更制度)

  1. 「報告」内容
     「報告」は、「統一的集団的変更法理たる就業規則の変更法理では対応できない」個別合意によって決定された労働条件の変更を「労働者の保護に十分留意」して行う制度として、「中間とりまとめ」と同様、「案1) 労働契約の変更の必要性が生じた場合には、使用者が労働者に対して、一定の手続にのっとって労働契約の変更を申し込んで協議することとし、協議が整わない場合の対応として、使用者が労働契約の変更の申入れと一定期間内において労働者がこれに応じない場合の解雇の通告を同時に行い、労働者は労働契約の変更について異議をとどめて承諾しつつ、雇用を維持したまま当該変更の効力を争うことを可能にするような制度を設ける。
     その際、労働契約の変更が認められる場合としては、例えば、変更が経営上の合理的な事情に基づき、かつ、変更の内容が合理的である場合に限ることが考えられる。(上記手続を遵守した)場合の解雇の通告を有効とする。この場合であっても、労働者が労働契約の変更について異議をとどめて承諾した場合には、この解雇の通告は効力を生じないこととし、また、労働者が異議をとどめて承諾したことを理由とする解雇を無効とする。さらに、就業規則変更法理など、他の手段によって労働条件の変更を実現することができず、本制度によってしか労働条件の変更を達成できない場合に限られることとする必要がある」
     「案2) 労働契約の変更の必要性が生じた場合には、変更が経営上の合理的な事情に基づき、かつ、変更の内容が合理的であるときは、使用者に労働契約の変更を認める制度を設ける。」 「案2) を取る場合には、相応の手続・代償措置が必要となる。
     その際の手続としては、労使当事者間の協議等を基礎とした手続とすることが適当であり、例えば、本制度による変更権の行使は、労働者と十分な協議を行った場合であって、就業規則変更法理などの他の手段によっては労働条件の変更を実現することができず、本制度による変更を行わざるを得ない場合に限るとすることが考えられる。
     また、代償措置としては、労働者が使用者の変更権の行使に従って就労しつつ当該変更の効力を争っている場合に当該争いを理由として行われた解雇は無効とすることが考えられる。さらに、使用者が本制度による変更権を行使することによって解雇を回避できるにもかかわらず、これを行使せずに労働者を解雇したときには、当該解雇は無効とすることについても議論を深める必要がある。」と提起し、「案1) 2) のいずれであっても、整理解雇が認められる場合と均衡のとれた要件が必要であると考えられる。そこで、手続としては、上記のとおり、労働者への変更の内容とその必要性の十分な情報提供、熟慮期間の付与、一定の協議期間の保障等が必要である。」とする。
  2. 見解
     「中間とりまとめ」に対して我々は、いずれの案も結果として労働者に提訴を強いること、変更解約告知(案1) )については、解雇制度として機能する事実を軽視すべきでないこと、変更権付与(案2) )については、内容が不明確であり、手続・代償措置が実効を欠き、無内容であることを指摘した(見解1)。「報告」はこれらのわれわれが指摘した危惧と疑問について十分に答えていない。
     ことに、変更解約告知制度による解雇及び変更権行使を拒否したことを理由とする解雇については、労働条件変更に合意しないことを理由とする解雇としてではなく、改めて解雇権濫用法理により判断されることを明らかにすべきである(ドイツの変更解約告知(解雇保護法2条)と同様、第1段階として解雇の正当性、そして第2段階として変更内容の当否が判断される枠組みとすべきである)。解雇権濫用法理による一般的保障がなければ「雇用継続型契約変更制度」はその名に反し、解雇のおどしで変更を強要する制度と堕すであろう。「解雇のおどし」としないためには、解雇の正当性を要件としなければならない。なお、就業規則変更が無効とされた場合でも、個別に変更解約告知等を利用しうるものとすれば、就業規則による労働条件保障効(最低基準効)を無視するものであり、不当である。

第5 解雇における使用者申立の金銭解決制度

  1. 「報告」内容
     「報告」は、「現実に職場復帰できない労働者にとっては、違法(無効)な解雇を行った使用者からの申立てであっても解決金を得られる方がメリットがある場合は実際上あり得るのであって、そのような措置はまた紛争の早期解決にも資する。」として、労働者側からの強い反対(見解1など)にも拘らず、使用者申立による金銭解決制度(以下、解決金制度という)を撤回していない。
     なお、「解決金の性質は、雇用関係を解消する代償であり、和解金や損害賠償とは完全に一致しないと考えられる。」としている。
  2. 見解
    (1) 基本的認識
     しかし、「報告」はそもそもの前提が誤っている。本制度は労働者にとって何の「メリット」もない(見解2)。「現実に職場復帰できない」のは何故か、どこに問題があるのかを全く検討せずに、安易に解決金制度を提起することは、たとえ以下のような、批判に対する「解消方法」を検討したにせよ、到底容認しえないものである。
     職場(原職)復帰できないのは、使用者がこれを拒否し、拒否する使用者に復帰を強制する法的手段が用意されてないからである。適正で、労使対等な契約関係を樹立するには、裁判所で解雇無効と判断された場合は使用者がこれに従い、労働者を復職させる法的制度と社会的認識の形成がまず行われなければならない(見解2参照)。
    (2) 金銭で「解雇を買う」制度に変わりはない
     「報告」は、「違法な解雇が金銭で有効となる。解雇を誘発する」との批判に対して、「解雇が無効であると認定できる場合に、労働者の従業員たる地位が存続していることを前提として、解決金を支払うことによりその後の労働契約関係を解消することができる仕組み」を構想すればよく(なお、裁判を必要とすることについて、「検討を深める」)、「いかなる解雇についてもこの申立てを可能とするものではなく、人種、国籍、信条、性別等を理由とする差別的解雇や、労働者の正当な権利行使を理由とする解雇を行った使用者による金銭解決の申立ては認めないことが適当である。さらに、使用者の故意又は過失によらない事情であって労働者の職場復帰が困難と認められる特別な事情がある場合に限る」と答え、「解決金制度の濫用の懸念」との批判に対しては、「使用者の申立ての前提として、個別企業おける事前の集団的な労使合意(労働協約や労使委員会の決議)がなされていることを要件とすることが考えられる。」と答える。
     しかし、これらは、労働側からみて「多くの懸念が払拭できる」内容とは到底評しえない(見解1、2参照)。
     なお、解決金を代償金と性格付けるとすれば、少なくとも損害賠償請求権の一部は残存することとなり、紛争の1回的解決とはならないことを付言しておく。
    (3) 解雇法制は契約法の根幹
     不当な解雇からの労働者の保護は、労働契約法の根幹である。いかに個別の条項において労働者の権利が保障されようが、解雇からの保護が十分に規定され、かつ、実効あるものでなければ、それらの規定はほとんど効力を発揮しえない(解雇をおそれる労働者は各規定に基づく権利主張をなしえない)。
     解決金制度の導入には、これまでもわれわれは強く反対してきたが、改めて断固、反対することを表明する。

第6 有期雇用

  1. 基本的問題点
     「中間とりまとめ」に対し、我々は基本的問題点として、以下の通り指摘した。
     「その実態から雇用安定の欠如、労働条件格差など種々の問題が指摘され、その規制の立法上の必要が様々提起されている有期雇用について十分な検討をなした形跡がうかがえず、その一方で、有期雇用を無制限に締結できる契約類型として容認し、さらには新たな不安定雇用類型まで導入しようとするものである。
     日本における有期雇用が、雇用期間が限定されているという単なる雇用の長さの問題ではなく、有期雇用者が期間の定めのない雇用者とは異なる身分にある者として扱われている点に最大の是正されるべき問題があることはつとに指摘されてきたところである。欧州各国では有期雇用契約の締結自体が、解雇制限法制の潜脱を防ぐ目的も含めて厳しく規制されており(EU有期労働に関する枠組み協定指令など)、日本における有期雇用者の相当の部分を占めるパート労働者についても、均等待遇(労働時間の長さに比例する権利の量の区別のみ認め、身分差別は認めない)が社会的規範となっている(EUパートタイム労働枠組協約、ILO175号条約)。
     現在、有期であるが故に、権利を奪われあるいは権利主張をなしえない労働者に対して、本来の権利が行使しうる条件を整備することこそ、有期雇用法制における喫緊の課題である。「報告」はこの点について、是正の方向を目指すのではなく、逆に、現状を追認し、差別の固定化、拡大となりかねない内容であって、賛同しえない。」
     そして、雇止め法理の崩壊の危険と「試行雇用契約」の創設への重大な疑問を提起した(見解1)。
  2. 極めて遺憾な問題意識の欠如
     しかし、「報告」は、「有期労働契約については、過度の規制を加えるのではなく、労使双方にとって良好な雇用形態としてその活用が図られるよう最低限の条件整備を行うという観点から検討した。」として、上記の「基本的問題点」を完全に無視する立場を貫いたことは極めて遺憾である。
     また、「雇止め法理の崩壊」に関して、「単に手続を踏めば雇止めが有効となるものではない。雇止め判例法理は労働者が有する契約の更新に対する期待を保護するものであるから、現在でも手続の在り方は雇止めの有効性の判断において考慮要素とされるものであり、使用者の手続履行を労働契約法制上求めることは現在の判例法理を変更するものではなく、現在よりも労働者が不利になるものではない。」とし、さらに、「試行雇用契約」に関しては、「現在、有期労働契約をどのような目的で利用するかには制限はない中で、試行雇用契約は常用雇用につながる契機となって労使双方に利益をもたらすものとしてすでに活用されており、上記の提案は、上記神戸弘陵学園事件最高裁判決を踏まえて試行雇用契約を法律上位置付けるものにすぎず、決して試行雇用契約を「新設」するものではない。」とする点は形式論にすぎない。前者については、既にこれを先取りし有期雇用労働者の権利を侵害する裁判例(近畿コカ・コーラボトリング事件・大阪地判05.1.13労判893号)が出現しており、法規定の設定が労働現場にどのような影響を及ぼすか顧慮していないものといわざるをえず、甚だ遺憾である。

第7 時間法制の見直し

 「報告」は、「中間とりまとめ」と同様に、「労働者の働き方の多様化に応じた労働時間法制の在り方についても検討を行う必要がある。
 また、仮に労働者の創造的・専門的能力を発揮できる自律的な働き方に対応した労働時間法制の見直しを行うとすれば、労使当事者が業務内容や労働時間を含めた労働契約の内容を実質的に対等な立場で自主的に決定できるようにする必要があり、これを担保する労働契約法制を定めることは不可欠となる」とするのみである。
 詳細な批判は、時間研に対する意見書に譲るが、「働き方の多様化」の要因、「自律的な働き方」なるものの内容と現実を検討した形跡はみられず、これを所与のものとする「報告」は事実を無視するものである。
 また、抽象的な問題提起のみで、何ら「担保する法制」の具体的内容について触れないのも無責任である。
 さらに、契約法としては、基準法では対応できないがルールを定めるべき事項が多々ある(05提言参照)にも拘らず、全く検討を行っていないことは遺憾である。

第8 労働契約における書面の重視

 「報告」は、「合意の内容を明確にして紛争を予防する観点から、書面明示の在り方について検討を行った。」として、各所で、「書面」の「明示」や「交付」を規定する。
 しかし、指摘する「書面」はほとんど使用者が一方的に作成するものであって、労働者が個々の内容について異議等を述べる機会はないものである。
 かかる「書面」を「合意内容を明確」化するものと位置付けることは、事実上、使用者の一方的決定を容認するものであり、「書面」の法的価値については、労働者の合理的意思をふまえ、現実に即した規定を総則に置くべきである。

第9 指針の多用について

 「報告」は、「労働契約法制における指針は、それ自体では法的拘束力はないものの、労使当事者の行為規範としての意味はあると考えられる。また、合理的な内容の指針は裁判所において斟酌されることが期待され」、また、「労使当事者の参考となるガイドラインとして指針を定めることが、規範が適切に運用されることとなり意義がある」として、「書面で通知された留保解約事由以外の理由による採用内定取消の場合の取扱い、就業規則の変更について合理性の推定が働かない場合の考慮要素、配置転換に当たって使用者が講ずべき措置、解雇や整理解雇に当たって使用者が講ずべき措置など」を挙げる。
 しかし、指針の例として挙げられている事項は、可能な限り立法化する方向で検討すべき事柄である。
 そもそも、純粋の民事法において、指針などという発想自体が当を得ないものである。実定法の解釈・適用は司法(裁判所)の専権であって、一行政機関に過ぎない厚労省が定める指針の内容を裁判所が斟酌することを期待するという姿勢は、立法努力の責任を放棄するものというべきであろう。

第10 その他

 労働契約の展開等の個々の項目については、とりあえず「05提言」に譲るが、「報告」は前述のとおり、残業義務の考え方など労働時間に係わる契約の展開に関し、何らの検討もしないばかりか、自ら検討課題として挙げている企業変動における契約関係についても全く検討していない。
 これらを含め、今後の審議会等での検討は幅広く、あらゆる契約問題が検討されねばならない。

以 上