「中間とりまとめ」に対する見解
2005/7/25
「中間とりまとめ」に対する見解(その2)
今後の労働契約法制のあり方に関する研究会 御中
2005年7月25日
日本労働弁護団
幹事長 鴨 田 哲 郎
当弁護団は、「中間とりまとめ」に対し4月27日付で見解を公表し、さらに、貴研究会の進め方に関し、7月5日付で要望書を提出してきたが、最終報告に向けた作業が急ピッチで進行している状況に鑑み、多々ある検討課題、問題点のうち、最終報告をまとめるからには十二分な検討がなされなければならない最も重要な二点、即ち、第1に、労働条件の自主的決定システムとして重要な位置づけをしている労使委員会制度、第2に、解雇における使用者の金銭解決申立て制度について、改めて見解を明らかにし、本見解で指摘する点につき、貴研究会において真剣な検討がなされることを強く求めるものである。
第1.労使委員会制度について
- 対等決定の前提たる当事者の独立を、そもそも欠いている
時短推進委員会に源を発すと思料される労使委員会は「賃金、労働時間その他の労働条件に関する事項を調査審議し事業主に対し意見を述べることを目的とする委員会」(労基法38条の4)と定義されており、単なる意見具申機関にすぎず、その設置は使用者が任意に行うものとなっている。本来、労働条件の決定は労使対等の立場で決定すべきものであり(労基法2条1項)、対等性が確保されるにはまずもって、労使が当事者としてそれぞれ独立し対向的立場に立っていることが大前提である。しかるに、現行の労使委員会は労使同数とはいえ、労使が混在する一つの機関であって、過半数組合が存在しない場合において労働者委員(又はその集団)は使用者から独立した当事者として存在するものではなく、また、使用者からの独立を担保する制度的保障も何ら施されていない(かろうじて過半数代表者が委員を指名するというのみであり、もっとも中核となる過半数代表者制度が、独立性や対等性の担保には程遠いものであることは後述のとおり)。「中間とりまとめ」はこのような現行労使委員会制度を前提に、これの延長線で、その機能を拡大し、より多くの権限を付与しようとするものである。
労使が「実質的に対等な立場で決定を行うことを確保するため」の制度として労使委員会を構想するのであれば、何よりもまず、使用者から完全に独立した「労働者代表制度」が、一方当事者として設定されねばならない。労働者側の独立を欠く労使委員会制度は、対等の立場に基づく当事者間の協議・合意を論ずる前提に欠けるものである。 - 構想されるべき「労働者代表制度」のあり方
労働条件決定に関与する「労働者代表制度」は、複数の労働者代表によって構成される常設の、使用者から独立した機関(労働者代表機関)として設置され、その権限等が法によって保障されるものでなければならない。独立性と権限保証のない「労働者代表制度」は、使用者による実質的決定を容認・追認するだけのものとなりかねない。
(1) 労働者代表の民主的選出
労働者代表は、一定の従業員数に一人の割合で定数が定められ、全従業員の無記名・秘密投票によって選出されねばならない。
労働者代表機関を構成する労働者代表が、民主的な選挙によって選出されることは労働者代表制度の、使用者に対する自主性・独立性・対向性と従業員組織としての民主制を担保する不可欠の条件である。
(2) 労働者代表に対する保護と便宜
労働者代表については、民主的な選出手続が保障されるだけでは足りず、「不利益な措置に対する効果的な保護」(ILO135号条約第1条)と「任務を迅速かつ能率的に遂行することができるように、企業における適切な便宜」(同2条1項)が法的に保障されなければならない。
不利益措置からの保護は、労働者代表がその任務を全うできるために必要不可欠なものであり、その内容は、労働者代表に対する一切の不利益取扱いを禁止するものでなければならない(現行労基則6条の2第3項は、努力義務規定にすぎず、不十分である)。また、与えられる便宜とは、少なくとも、就業時間中に賃金カットされることなく、あるいは、有給の休暇で懸案事項について調査・研究や従業員とコミュニケーションする権利と関係情報を十分に企業から提供される権利が含まれなければならない(ILO第143号勧告Ⅲ及びⅣ)。
(3) 問題意識の欠如
この点、現行過半数代表の選出が、民主的とは到底評しえない実態にあることは、労働省調査(89年、92年、97年。結果として出てきた数字の信用性については大いに疑問があるが)からも十分に推認されるところである。また、「労使委員会に対する職場からのチェック機能」として導入された労働者側委員に対する信任制度は03年改正により廃止されており、民主性、代表性についての担保はなされていない。しかるに「総論に関する中間とりまとめ以降の論点と考え方について」(24回資料11)においても、この根本的・本質的な問題点について、事務局レベルでは何の問題意識も有していないと考えざるをえない。
第2.解雇訴訟における使用者からの金銭解決申立て制度について
- その必要性の不存在
既に、4月27日付の「見解」でも指摘をしたところであるが、上記使用者申立て制度を導入すべき必要性、現状において解決すべき問題点を「中間とりまとめ」は何ら示していない。「原職復帰できる状況にはないケースもかなりあることから使用者側の申出にも一定の意味があるとの意見があった」というのみである。
「原職復帰」できないのは、解雇無効判決が確定しても、労働者が職場復帰しうる法的手段が用意されていないからであって、「原職復帰」は和解等による使用者の任意の履行でしか実現しないからである。この重大な「問題点」を解決するには、就労請求権を法定し、その不履行に対する強力な間接強制をかけるしかない(ドイツでは、継続就労命令判決違反に対し、2万5000ユーロ(約350万円)の過料が課せられるので、通常の使用者は任意に復職させている)。ところが、「中間とりまとめ」は、就労請求権を労働契約法に規定することは「適切でない」としてこの点の問題意識を欠き、前向きに検討する姿勢がみられないのは極めて遺憾である。
また、「職場復帰ができない労働者にとっては、解決金を得られる方がメリットがあるのではないか」(「中間とりまとめで示された方向性等に対する指摘と考え方について(労働関係の終了)(修正版)」第24回資料3)との事務局意見があるが、事務局が解雇訴訟の実務を理解しているのかについて大きな疑問がある。事務局は、解雇無効判決が確定すれば「原職復帰」するのが現行法上の制度との理解に立っていると考えられるが、この前提理解がそもそも誤っている。前述の通り、解雇無効判決が確定しても使用者が任意に応じない限り、日本の被解雇労働者は職場復帰できないのである(就労請求権がないとされることから使用者は賃金を支払えばよい)。では、そのような労働者は解雇無効判決によって、何を得るのか。労働契約上の地位があることの確認(これによって、社会保険の被保険者資格の回復等が図られる)と判決が支払いを命じた賃金の請求権であり、使用者が復職させない限り、事実上定年まで賃金を受けうる。定年まで賃金を受けうる者にとって、金銭解決判決時(この点は検討されていないので不明確であるが)までの賃金と解決金を得ることによる解決のどこに「メリット」があるのか。解決金の額が定年までの雇用によって得られるはずの利益を補償するものになるとは考えられないから、解決金を得ても雇用喪失に伴なう不利益を考慮すれば労働者に「メリット」がないことは明らかである。
時間がかかり、費用もかさみ、勝訴しても職場復帰できないから、今後の職業人生を考え、やむをえず金銭解決による和解を選択している解雇訴訟の実例が少なくないのであって、解決金を得る「メリット」を論ずるのは実情無視も甚だしい。貴研究会は、職場復帰を強く求めたにも拘らず何故金銭解決に応じざるをえなかったかについて、直接、被解雇者から実情を聞くべきである。
結局、使用者申立て制度は、一度解雇し職場から排除した者の復帰など認めるわけにいかない、往々にして長期となる解雇争議・紛争を早期に収束させたい、解決金の「額の基準」が予め定まっていれば、十分な予測可能性があり、「予算」化もできるといった使用者のあからさまな欲求に応える制度として機能することになる。 - 「違法な解雇を有効とするものではない」との弁明はについて
また、先の「見解」でも指摘したところであるが、「中間とりまとめ」は本制度は「違法な解雇が金銭により有効となるものではない」と弁明する。「中間とりまとめ」後の議論を参考に善解すれば、判決において、「解雇無効が確認されたうえで、解決金の支払いによりその後の労働契約関係の解消が宣言される」、即ち、判決までは無効な解雇であるので地位は継続し賃金請求権があり、これに加えて契約関係解消の「代償」として解決金も支払われるのであるから、違法な解雇を有効にするものではないと。
しかしながら、そもそもこのような問題の立て方が誤っている。問題は、解雇の有効無効ではなく、無効であるのに職場復帰の途を解決金支払いによって閉ざすことができるところにある。いかなる法的説明をなそうが、解雇無効とされ本来職場復帰させるべき労働者を職場から放逐する制度という本質は何ら変わらないのである。 - まとめ
本制度は、ドイツ解雇保護(制限)法9条に基づく解消判決制度を参考とするものと思料される。しかしながら、本家のドイツにおいては、解消判決が申立てられること自体極めてまれであり、使用者申立てが認容されることはほとんどない。
他方、日本において解雇無効判決に基づき使用者が任意に労働者を職場復帰させるケースの多くは、前記の通り、定年まで賃金等(社会保険料の使用者負担など)を支払い続けなければならない負担、デメリットを考慮して使用者は職場復帰を決断するのであって、使用者の金銭解決申立て制度の導入は、この職場復帰の可能性を奪うものでもある。
以上のとおり、使用者からの金銭解決申立てを認めるべき必要も理由も全くない。
労働契約法制は、労使の力関係の格差、非対等性を直視し、これをできる限り、対等に近付けるべく雇用のあらゆるステージにおいて労働契約の効力(要件と効果)を定めるものでなければならないが、雇用の入り口や途中において適正な立法がなされたとしても、雇用の出口において十分な規制がなされない限り、労働契約法上の権利を主張する者は絶えず解雇の恐怖に曝され、安心して権利主張しえないことは明白な道理である。かかる意味で解雇規制こそが労働契約法の要である。
本制度は、解雇規制法理(労基法18条の2)の規範性を著しく弱め、雇用保障を空洞化させるだけのものであって、その導入には断固、反対する。
以上