(意見書)労災保険の民営化に反対する意見書
2003/12/19
労災保険の民営化に反対する意見書
2003年12月10日
日本労働弁護団
会長 宮 里 邦 雄
総合規制改革会議
議長 宮 内 義 彦 殿
当弁護団は、労働者・労働組合の権利擁護のために活動すべく、1957年に結成された弁護士の職能集団である。
貴会議では本年12月に予定される最終報告において労災保険の民営化を検討・実施課題として提起する方向であると報じられているが、この問題は、労働災害にかかわる労働者の権利保障を揺るがす極めて重大な問題である。
当弁護団は、労災保険の民営化には断固、反対するものであり、以下、理由を述べるので、最終報告の論議にあたり、十分に検討されるよう、強く申入れる。
1 労災保険制度の趣旨
労災保険制度は、被災労働者に対し「迅速かつ公正な保護をするため」に、全事業主の共同責任として設計された制度であり、確実な保護を受けうるよう強制保険として、事業主による加入手続や保険料納付の有無に拘らず、保険給付が行われる制度である(制度設計時には、民営保険と国営保険の択一制度との意見もあったが否定された)。その基本理念は生存権(憲法25条)の公正な補償にあり、憲法27条及び労働基準法、労災保険法によって具体化されている。この補償を「迅速かつ公正」に行いうるのは国家であって、利益を追求する民間営利企業ではない。民間企業にこれを委ねた場合、以下指摘するような重大な弊害が生じることは明らかである。
2 民間保険による弊害
(1) 保険契約の締結
民間企業が利益を前提とする以上、保険料は産業、職種、さらには事業場毎に区々になる。現行労災保険より負担が低くなる産業・企業は民間保険会社と契約するであろうが、これが高くなる産業・企業は契約しないことが考えられ、さらには保険会社から契約を拒否される企業まで出てこよう。即ち、偶々入社した企業によって労災保険制度があるかないかが分かれ、保険給付を受けうる労働者と受け得ない労働者が存在することとなる。生存権に基づき全労働者を対象とすべき補償制度は崩壊する。
(2) 保険料の徴収
現行労災保険制度では、事業主が保険料納付を怠っていても被災労働者の権利に消長を来たさないし、国家は保険料を強制徴収できる。しかし、民間企業には保険料を強制徴収する術はない。保険料の支払を求めて民事訴訟を提起する方法はあるが、営利企業が時間とコストをかけてかかる方法を採るとは考えられない。契約解除をするのが最も合理的である。保険料未納企業は保険契約を解除される。その結果、保険給付を受けえない労働者が増大する。
(3) 保険給付の内容
まず、保険会社毎に給付認定が区々になることは避け難い。国家がどんなに基準を精緻化しようが、その具体的運用を各民間会社に行わせる以上、国家による一律かつ平等の認定と同レベルになることはありえない。また、保険金の支払をできるだけ抑制するために給付認定は厳しくなり、結果として被災労働者が給付を受け得ない事態が増大するおそれもある。
公正な補償を行うためには、正確かつ客観的な事実の把握が前提となる。そのためには、保険機関に強制調査権限がなければならないが、民間企業にその術はない。保険会社は契約者(お客)たる事業主の、都合のよい説明に基づいて事実認定することは必至であり、その結果、労働者の権利が侵害される。
給付内容も給付認定と同様に保険会社毎に区々となり、これを低下させる方向での競争となることは、営利企業である以上、十分予測される。しかも、民間企業には倒産のリスクが常にあり、偶々契約した保険会社が倒産すれば、全く補償を受けえない危険がある。
3 労災保険の民営化には断固反対する。
以上、基本的事項に関して指摘しただけでも多々、民営化により重大な弊害が生じることは明白である。
労災保険制度は、強制保険として全労働者に公正な保護を与えるべく、最低労働基準を定めた労基法第8章の使用者の災害補償責任と不可分一体のものとして制度設計され、かつ、運用されなければならない。これを適正に行いうるのは国家であって、労災保険の民営化は、この制度の根幹を危うくするものであり、断固、反対する。
以 上