(意見書)動産・債権担保法制に関する意見書

2003/12/10

2003年11月21日

法制審議会 動産・債権担保法制部会 御中

                    日本労働弁護団    
                    幹事長  鴨田 哲郎

 

動産・債権担保法制に関する意見書

 

 貴部会において現在、審議されている動産・債権担保法制は、企業が破綻した場合、破綻企業が有する資産またはその換価代金をどのような債権者が取得するのかという重要な問題であり、労働債権保護にも重大な影響を及ぼす。

 

 企業が破綻した場合、破綻企業が有する不動産は抵当権や根抵当権を有する金融機関や商社等への弁済に充てられ、余剰金がない限り、労働債権や一般債権の弁済には充てられない。これに対し、破綻企業が有する売掛金等の債権は、個別の債権譲渡等がなされていない限り、労働債権や一般債権の弁済のための原資となり、破綻企業が有する機械類や原材料や在庫商品等の動産も、特別な問題がない限り、労働債権や一般債権の弁済のための原資となった。
  しかるに、バブル崩壊後の不動産価格低迷に起因して不動産担保制度が十分に機能しなくなる状況の下で、1998年に債権譲渡特例法が制定され、債権譲渡の対抗要件として確定日付のある証書による通知に代わり、登記制度が導入された。債権毎の通知の必要がなく、一括して登記ができるため金融機関の融資や商社等の与信の担保として、債権譲渡登記は多用されている。
  この法律ができて以降、破綻企業が有する売掛金等の債権を金融機関や商社等が担保権者として優先的に確保し、破綻企業に勤める労働者の労働債権の弁済原資がなくなるという問題が各地で頻発しており、労働債権保護を図ることが急務となっている。

 ところが、貴部会では、このような実情を無視し、債権譲渡登記制度の一層の緩和と動産登記制度の創設が審議されている。
  前者については現行法では、譲渡債権の債務者を特定しなければ債権譲渡登記ができないのを改め、債務者不特定の将来債権についても譲渡登記を認め、これによって第三者に対する対抗要件を具備することができるものとすると構想されている。例えば、商社が問屋に対する卸売代金を保全するために、問屋が小売店に対して有する売掛金債権を債権譲渡させる場合、現行法では、商社と問屋と小売店の3者の名前を特定して債権譲渡登記をする必要があるが、小売店の名前を特定しなくても債権譲渡登記ができるようになるのである。
  また、後者については、明認方法(現行であれば、機械等に貼る所有者の表示のプレート)に代わる、包括的な登記制度が構想されている。例えば、金融業者がメーカーの工作機械を担保にして融資をする場合、現在は、一つ一つの機械に金融業者が所有権を取得した旨のプレートを張り、企業破綻時に工作機械を金融業者が引き上げて換価する方法で融資を回収している。登記制度が導入されれば、一つ一つの動産にプレートを貼る必要はなくなり、機械類、原材料、在庫商品等の動産を包括して登記する方法で第三者に対抗できるようになるのである。しかも、金融業者等が引き上げた動産の価値が融資額を上回る場合に差額を精算する必要があるのか等の問題については、判例法理に任せ、法律の整備を見送る見込である。

 今回の債権譲渡登記制度の緩和及び動産登記制度の創設がなされれば、企業破綻時に破綻企業の機械・原材料・在庫商品等の動産と売掛金等の債権はこれらに担保設定登記をした金融機関や商社等が独占的に確保し、無担保のみるべき資産はほとんど存在しないこととなって、労働債権の弁済原資は著しく乏しくなる。このため、労働債権保護の上で著しい困難が生じることは明らかである。

 今回の債権譲渡登記制度の緩和及び動産登記制度の創設について、法務省は、企業の資産を担保提供しやすくすることによって企業が融資を受けやすくし、資金繰りの安定や新規投資に資するためであると説明をしている。しかしながら、現実には、そのような役割は到底期待できない。なぜなら、担保設定された債権や動産は、企業活動に伴って日々内容が変動するのであり、企業破綻時に債権や動産がどれだけの価値を有するかは全く予測がつかないのである。このような内容の予測がつかないものを担保にとる者としては、ハイリスク・ハイリターンを期待する再生ファンド等の金融業者やリース会社等が想定されるのである。そして、また、企業経営が不安定・困難となった企業が、自転車操業を継続するために、動産や債権を金融機関等に担保提供し、高い金利を払って融資をうけるために使われるであろうことも、容易に予測される。
  すなわち、自転車操業による企業資産の減殺と、これに乗じた金融業者の利益確保のために、動産・債権譲渡登記制度が使われることは明らかなのである。
  今、求められるのは、破産法改正等においても指向されているように、企業の資産を日々、営々と築いてきた労働者の労働債権を手厚く保護することであり、これに逆行する動産・債権譲渡登記制度は到底許されない。また、労働債権保護という法の基本精神を蹂躙して、金融業者の債権のみを確保する動産登記制度を創設し、債権譲渡登記制度を緩和する必要性はない。

 日本では企業破綻時に法的手続がとられる例は2割程度しかない。この法的手続の代表的なものとして破産手続がある。破産手続の過程で、破産管財人の行う最重要な業務の一つは、破綻企業の機械・原材料・在庫商品等の動産を換価し、売掛金等の債権を回収して労働債権にまず配当し、残りがあれば一般債権に配当することである。今回の動産登記制度の創設と債権譲渡登記制度の緩和がなされれば、破産管財人の業務の相当部分が消え失せることになり、破産手続の制度にも大きな影響を及ぼすことが明らかである。

 現在検討されている動産・債権担保法制の改悪が強行されるなら、金融・リース業界に莫大な利益をもたらす一方で、労働債権はほとんど全く確保されないことになる。
 日本労働弁護団は、このような不正義を断じて容認することはできない。

以 上