賃金請求権の消滅時効について「当分の間3年間とする」との公益委員見解に反対する声明

2019/12/26

賃金請求権の消滅時効について「当分の間3年間とする」との公益委員見解に反対する声明

2019 年12 月26 日
日本労働弁護団
幹事長 水野 英樹

 2019 年12 月24 日に開かれた第157 回労働政策審議会労働条件分科会(部会長:荒木尚志東京大学教授。以下「部会」という。)において、「賃金等請求権の消滅時効の在り方」について「公益委員見解」が示された。

 これは、2020 年4 月1 日に施行される改正民法に関連した労基法115 条の在り方に関するものであるが、労働者代表委員と使用者代表委員の意見の隔たりが大きいとして、「異例な取扱い」として示されたものであり、その内容は要旨以下のとおりである。
 ⑴ 賃金請求権の消滅時効期間は5 年とする。起算点は、現行の客観的起算点を維持する。
 ⑵ ただし、当分の間、消滅時効期間は3 年間とする。
 ⑶ 年次有給休暇請求権を含む賃金請求権以外の請求権の消滅時効期間は現行の2 年を維持する。
 ⑷ 労働者名簿や賃金台帳等の記録保存義務については、原則として5年としつつ、当分の間は3年とする。
 ⑸ 付加金の請求期間も原則は5年としつつ、当分の間は3年とする。
 ⑹ 施行期日は民法一部改正の施行日(2020 年4 月1 日)とする。
 ⑺ 施行期日以後に賃金の支払期日が到来した賃金請求権の消滅時効について改正法を適用する。
 ⑻ 改正法の施行から5年経過後の施行状況を勘案しつつ検討を加える。

  以上の公益委員見解のうち、⑴は労基法の労働者保護規定としての性格等からすれば、改正民法よりも短い時効期間となることはあり得ず当然のことである。また、⑹施行期日を改正民法に合わせること、⑺適用対象について賃金債権発生時を基準としたことも妥当である。

しかし、⑵「当分の間、消滅時効期間は3年間とする」という適用猶予は、全く合理的理由のないものであり、労働基準法に違反して賃金全額の支払いをしなかった使用者を不当に免責するものでしかなく、到底受け入れることはできない。

 公益委員見解は、「①賃金請求権について直ちに長期間の消滅時効期間を定めることは、労使の権利関係を不安定化するおそれがあり、②紛争の早期解決・未然防止という賃金請求権の消滅時効が果たす役割への影響等も踏まえて慎重に検討する必要がある」としている(①、②は引用者)。この説明は、賃金を全額支払うという労働契約上及び労働基準法上の当然の義務を果たさなかった使用者の責任を正当化できるものではなく、理由にならない。そもそも、①については、短期消滅時効が廃止されたのは、賃金債権だけでないにもかかわらず、なぜ「労使の権利関係」のみその「不安定化」を持ち出すのか不明である。②については、労基法115 条の賃金請求権の時効期間は、現行民法174条1号では1年とされる時効期間では労働者に酷であることから、「労働者保護」の観点より延長されたものであり、「早期解決・未然防止」が趣旨にあるものではなく、端的に誤りである。

 また、「当分の間」とし、⑻施行5年後の検討規定も設けられるようであるが、いつ、⑴原則の5年の消滅時効期間が適用されることになるのかは不明である。2008年の労働基準法改正では、時間外労働の割増手当について、1 ヶ月60 時間を超える時間外労働に5 割以上の割増率が義務づけられたが(37 条1 項但書)、中小企業には「当分の間」適用しないとされ(138条)、結果、2018 年の労働基準法改正まで廃止されなかった(施行期日は2023 年4 月1 日)。このような例からみても、⑵の適用猶予が長期間維持されることも懸念される。

民法よりも労働者に酷な条件を労働基準法において定めることは、労働者保護を目的とする労働基準法と根本的に矛盾する。公益委員見解のうち⑵の適用猶予は、労働基準法に違反して賃金の支払いを怠っているにもかかわらず、その支払いを免れるための使用者側の居直りを受け入れたものであって、到底受け入れることはできない。労働政策審議会においては、⑵の適用猶予を削除し、⑴の賃金請求権の消滅時効期間、⑷の記録保存義務、⑸の付加金の請求期間のいずれについても原則どおり5年と取りまとめられるべきである。

以上