「芸術家等個人の尊厳ある創造環境向上のための文化芸術団体の機能等に関する検討会議報告」に対する幹事長声明
2024/12/23
「芸術家等個人の尊厳ある創造環境向上のための文化芸術団体の機能等に関する検討会議報告」に対する幹事長声明
2024年12月20日
日本労働弁護団幹事長 佐々木亮
1 文化庁は、2024年6月24日、「我が国独自の文化的な土壌の中で、多様な芸術家が尊厳をもって自由に創造活動を行う環境を醸成する」ことができるようになるよう、文化芸術団体に求められる機能等を整理し、その内容の実行にあたり必要な方策を検討するため、「芸術家等個人の尊厳ある創造環境向上のための文化芸術団体の機能等に関する検討会議」(以下、「検討会議」という。)を立ち上げた。検討会議は、8月30日、「芸術家等個人の尊厳ある創造環境向上のための文化芸術団体の機能等に関する検討会議報告」(以下、「検討会議報告」という。)を発表した。
文化芸術家、特に実演家の労働者としての権利については、業界における慣習の強さや、「労働」の既存のイメージとの距離感から、これまで十分な議論がなされてこなかった分野である。しかし、実演家を含め、文化芸術分野で働く芸術家らも、働く者として当然の権利が守られるべきである。
検討会議報告では、文化芸術団体において特に対応すべき課題として、ハラスメントの課題、芸術家等の資格や地位の課題、創造活動の自由に関する課題、就業環境に関する課題、契約に関する課題の4つを挙げ、個々の課題について、文化芸術団体が果たすべき役割が示されている。その内容としては、ハラスメントに関し第三者機関による検討・指導を要するとされていることや、各芸術分野に存在する慣習を可能な限り明文化・客観化すること、ジェンダーバランスの視点、契約の形式に関わらず働き方の実態によって労働関係法令が適用され得ることなど、昨今報道されるようになった芸術家等の働く権利を保護しようとする方向性が具体的かつ的確な指摘に基づき示されていることから、一定の評価をすることはできる。
しかし、検討会議報告は、その議論過程及び報告内容において、個人である芸術家等と彼らの文化芸術活動によって文化芸術産業における利益を得ようとする各種制作会社などの企業との経済格差や情報格差、立場の強弱、さらには、芸術家等の団結権行使やそれによる労働条件の向上など、働く者の側の視点にも鑑みた議論が欠落しているように見える。
そこで、当弁護団は、すべての働く者の権利を擁護する立場から、検討会議報告を受けて、より掘り下げた検討が必要だと思われる事項について、意見を述べる。
2 まず、検討会議報告は、文化芸術家の尊厳を保護し自由な活動環境を確保するために、文化芸術団体に求められる取り組み及び、文化庁が講ずべき方策を示したものの、検討会議報告が今後どのような具体的な施策に活かされるのかが示されなかった。検討会議報告を踏まえ、文化芸術団体が講ずべき取り組みのガイドラインの策定や、文化庁主導の新たな制度などの具体的施策が早期に提案されるべきである。
3 次に、検討会議報告では、文化庁が講ずべき方策として6項目が示されたが、そのほとんどが、「文化芸術団体の自律的な取組を促すため」の対策であり、文化庁が主体となる取り組みは相談窓口の設置や周知啓発などの補充的な施策に留まる結果となった。
文化庁としては、施策のみを示して実際の改革は文化芸術団体に任せるのではなく、実際に文化庁の責任の下、検討会議報告に則った改革が実施されているのかどうかを確認し、促進する体制を整備すべきである。例えば、文化庁において文化芸術団体の活動に補助金等を支給する場合、その主催団体において検討会議報告を踏まえた芸術家保護のための施策が設けられていることや、契約適正化ガイドラインに則っていることを支給要件として設けることで、継続的に制度が保たれるような、一定の仕組みを設けるべきである。
特に、契約の適正化については、契約適正化ガイドラインの内容を踏まえて各分野に適した契約書モデルや参考資料の作成等を検討することが示されているものの、契約適正化ガイドラインでは、文化芸術分野一般に関する契約上の重要な項目についての説明とひな型が示されるのみで、各文化芸術分野の特徴やこれまでの慣習などを踏まえた内容は示されていない。文化芸術分野において、芸術家等と制作会社等の企業との間の不平等状態が長い間続いてきたことに鑑みれば、芸術家等からの契約解除など、芸術家保護の観点から契約自由の原則に対する一定の制約を課すべき場面についても検討がなされるべきである。
この点については、韓国において「芸術人福祉法」に基づき設立された財団が、各種文化芸能の分野別標準契約書及び付属合意書を作成し、無料配布する取り組みを行ったことが参考となる。韓国で作成された標準契約書は、美術、工芸、公演芸術、マンガ、アニメーション、大衆文化(アイドル歌手など)、放送、映画、出版の9分野に及び、著作財産権一般に関する契約書も含め、全65種に及ぶ。分野ごとに様々な特徴や歴史的経過、慣習などがある以上、契約適正化ガイドラインをさらに拡充する具体的な検討が早期に開始されるべきである。
4 いま述べた契約関係の適正化とあわせて重要なこととして、芸術家等と制作会社などの企業が対等に話し合うことができる基盤を築くことが挙げられる。
文化芸術活動が、純粋に人々の情緒や感性を刺激する文化的活動であるにとどまらず、経済発展にとって欠かすことのできない一大産業へとなっている現代日本社会においては、芸術家等が自らの文化芸術能力を制作会社である企業に労務の形で提供し、報酬を得るという側面もあることを軽視することはできない。そして、労務ないし役務の提供としての文化芸術活動には、個人である芸術家等と各種制作会社との間に、その契約形式に関わらず、立場の強弱が存在することが常である。この立場の強弱こそが、検討会議報告が指摘する4つの課題のいずれにも通ずる問題の核心である。
そして、この問題を解決するための方策として、個人である芸術家等を集団化し、制作会社ら企業と対等な交渉力を持つ労働組合などの利益代表組織を結成することが考えられる。
日本の文化芸術分野には労働組合が非常に少なく、特に大きな影響力を持つ俳優やタレントなどの実演家による労働組合は存在しないが、世界に目を向ければ、2023年にアメリカ・ハリウッドにて、全米映画俳優組合(SAG-AFTRA)がおよそ3か月に及ぶストライキを敢行したことは日本でも大きく報道された。結果として組合は、交渉議題であったAIの使用やストリーミングサービスにおける二次使用料について、スタジオ側の代表である全米映画テレビ製作者協会(AMPTP)と合意に達した。このような成果は組合を結成し団結していなければ達成し得なかったことである。
また、労働組合の役割は、芸術家等らの利益代表者として制作会社らと対等な立場で交渉をするだけではなく、芸術家等個々人の権利意識を向上させ、交渉力を高めることにもある。個々の芸術家等の権利意識が高まれば、個人が自らの判断で不平等契約や不合理な条項を事前に拒絶することができるし、問題にいち早く気づいて集団的対応に発展させることも可能である。
検討会議でも指摘されている通り、日本においては「業務委託契約」など一見して労働契約ではないかのごとき契約によって文化芸術活動を行っている芸術家等が多いが、その中でも、実際には労働基準法上の労働者性が認められ、労働基準法により保護されるケースは多い。また、仮に労働基準法上の労働者性が認められないとしても、労働組合法上の労働者性が認められる余地はある。文化庁は、少なくとも芸術家等が団結権を行使できる可能性があることを積極的に表明すべきである。
ちなみに、文化庁は「文化芸術活動に関する法律相談窓口」を設置しているが、同相談窓口は主に芸術家等本人の権利としての知的財産権に関して対応しているようである。しかし、上述の通り文化芸術活動は、著作物を対象とした取引行為に留まらず芸術家等の労務ないし役務提供の側面があり、さらには、ハラスメントに関するトラブルが絶えない現状にも鑑みれば、就労に関する権利やトラブルを相談できる体制を整えることも必要である。
5 文化芸術分野においては、その取引関係において、様々な団体や個人が関与していて、複雑なサプライチェーンを構成している。昨今注目を集めている「ビジネスと人権」の観点からは、放送局、出版社、広告などの、各文化芸術業界及びその関連業界のキー企業(国・地方公共団体も含む)らがハラスメントの防止や芸術家等との契約の適正化を自らの義務とするとともに(コード・オブ・コンダクト)、取引先に対しても契約の条件として要求し、業界全体で問題を見逃さない法的根拠を整備する必要がある。
特に、文化芸術分野には、通常の取引関係では関与することの少ない、未成年などの年少者が取引関係に関与する機会が多いし、他の産業と比べて比較的女性の参画が多い業界でもある。年少者や女性は、「脆弱な立場にあるステークホルダー」に分類されるところ(2022年9月「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」)、各取引先企業は、被害が発生する蓋然性が高いものとして、「負の影響」を特定するための人権デューディリジェンスを積極的に実施するようにすべきである。
6 検討会議報告は、これまでほとんど業界慣習によってのみ規律されてきた文化芸能分野について、政府が主導して芸術家等の保護のための取り組みが検討され始めたという意味において、大きな意義がある。そして、文化芸術分野において働く者の権利擁護の機運が高まっているいまこそ、あわせて以上に指摘した点についての検討もなされることにより、芸術家等の権利及び利益のさらなる向上を期待することができる。
日本労働弁護団は、今後文化庁において、芸術家等のよりよい就労環境や就労条件の実現のために、実現可能性を高めるためのさらなる具体的かつ積極的な施策の検討を求める。