労働基準関係法制研究会に対する意見書
2024/10/31
労働基準関係法制研究会に対する意見書
2024年10月31日
日本労働弁護団
会 長 井上 幸夫
第1 はじめに
1 厚生労働省は、2024年1月、「今後の労働基準関係法制について包括的かつ中長期的な検討を行うとともに、働き方改革関連法附則第12条に基づく労働基準法等の見直しについて、具体的な検討を行うことを目的」として、「労働基準関係法制研究会」(以下「研究会」)を設置した。研究会の検討事項は、①「新しい時代の働き方に関する研究会」報告書を踏まえた今後の労働基準関係法制の法的論点の整理、②働き方改革関連法の施行状況を踏まえた労働基準法等の検討、とされている(開催要項)。具体的には、労働基準法の事業、労働基準法上の労働者性、労働時間制度、労使コミュニケーションなどの課題が議論されている。
2 研究会は、「今後の労働基準関係法制について包括的かつ中長期的な検討を行う」ものとされ(開催要項)、以上のように幅広い課題について検討されているものの、雇用労働者の4割を占める非正規労働者に関する課題(入口規制、均等均衡待遇等)、配置転換等に関する課題、ハラスメント規制等、早急に議論が必要な諸課題については検討されていない。これらの課題についても、今後、速やかに検討される必要がある。特に、非正規労働者の均等均衡待遇については、労働時間制度と同じく働き方改革関連法附則第12条に基づいて、検討を加える必要がある(同条3項)。
また、上述のように労使コミュニケーションなど労働組合が当事者たる事項が検討されているにもかかわらず、研究会の委員は全て研究者で占められており、労働組合関係者は含まれていない。今後、公労使三者委員で構成される労働政策審議会において具体的な議論がなされるべきであり、研究会での議論で方向性が決められることはあってはならない。
3 研究会の検討事項の一つである、上記①「新しい時代の働き方に関する研究会」報告書(2023年10月20日)の問題点については、当弁護団はすでに指摘した(「これからの労働関係法令の在り方に関する幹事長声明」〔2023年10月24日〕)。つまり、「新しい時代」においても、労働基準法制を遵守する義務を負うのは使用者であり、その実効性を確保する労働基準監督行政の適性な人員配置を行う必要があることを前提として、❶労働者概念の見直しが急務であること、❷労働時間規制については上限規制の引き下げやインターバル規制の導入が必要であって、労働者の同意による適用除外等の柔軟化は許されないこと、❸労働者の健康確保は使用者の責任によるものであること、などを指摘した。
以上の指摘は、研究会に対しても妥当する。以下では、労働時間規制の適用除外等の範囲拡大は認められないことを再度指摘したうえで(第2)、研究会で議論されている労働基準法上の労働者性(第3)、労働時間制度(第4)、労使コミュニケーション(第5)、労働基準法の事業(第6)の各論点について、当弁護団の意見を述べる。
第2 労働時間規制の適用除外・柔軟化の拡大は認められないこと
1 「新しい時代の働き方に関する研究会」報告書は、「働き方の個別化・多様化」を前面に押し出し、「これからの労働基準法性の検討の基礎となる視点」の1つに「働く人の求める働き方の多様な希望に応えることのできる制度を整備すること」(支え方)をあげた。また、同報告書には「企業においては労働時間と成果がリンクしない働き方をしている労働者については、労働者の多様で主体的なキャリア形成のニーズや、拡大する新たな働き方に対応できるよう、労働者とコミュニケーションを図り同意を得た上で労働時間制度をより使いやすく柔軟にしてほしいという希望も見受けられた」という記載もなされた。「働き方の個別化・多様化」、「労働時間と成果がリンクしない働き方」という概念は、労働時間規制が緩和される際に常にあげられてきたものであって、同報告書が労働時間規制の柔軟化・適用除外を念頭に置いていることは明らかであった。
2 その後、日本経済団体連合会(経団連)は「労使自治を軸とした労働法制に関する提言」(2024年1月16日)なるものを公表した。同報告書は、「労使自治を重視/法制度はシンプルに」という基本的な視点のもと、①【過半数労働組合がある企業対象】労働時間規制のデロゲーションの範囲拡大、②【過半数労働組合がない企業対象】労使協創協議制(選択制)の創設などを求めるものであった。経団連は、過半数労働組合がある企業、及びない企業のいずれにおいても、「労使自治」を労働時間規制緩和のツールとして位置づけた。
しかし、労基法は、労働者が人たるに値する生活を営むため、雇用と労働条件の最低基準を保障するものである。特に労働時間規制については、労働者の生命・健康はもとより、労働者の生活時間を保障するためのものでもあって、「新しい時代」においても変わるものではなく、その適用除外・柔軟化は安易に認められるべきものではない。それは、たとえ労使自治という名の下においても許されるものでもない。個別合意はもとより集団的な合意によっても、労基法の最も重要な労働時間規制が大幅に緩和(適用除外・柔軟化)されることは、その労基法の強行法規性の放棄につながりかねない極めて危険なものである(以上について、その他の問題も含めて、当弁護団「経団連『労使自治を軸とした労働法制に関する提言』に対する幹事長談話」〔2024年1月19日〕を参照)。
3 研究会においても、労働時間規制及び労使コミュニケーションがともに検討されているところであるが、以上のような「労使自治による労働時間規制の緩和」につながる議論は許されるものではない。研究会は、「労働時間規制」の「議論の視点」として、「仕事に対する価値観や生活スタイルが個別・多様化する中で、働く人の心身の健康を確保することを大前提とした上で、働く人の求める多様な希望に応えることのできる制度を整備することが重要」という点をあげており(第9回資料)、上述した「新しい時代の働き方に関する研究会」報告書、経団連「労使自治を軸とした労働法制に関する提言」と同様の危険性がある。
研究会では、これまでのところ、具体的に「労使自治による労働時間規制の緩和」が議論されているわけではないが、労働時間規制については、労働者の生命・健康はもとより、労働者の生活時間を保障するためのものでもあって、逸脱が安易に認められるべきものではないことは改めて指摘しておく。
第3 労働者性について
1 上述のとおり、研究会では、労働基準法上の労働者性がテーマの一つとして取り上げられ、検討されている。第8回の資料では、「労働基準法の労働者の判断基準(昭和60年労働基準法研究会報告)をどのように考えるか」との論点が設定されたうえで、「これまでの議論を踏まえた考え方(案)」が示された。そこでは、まず、「労働基準法第9条に定める「労働者」の定義自体について、どのように考えるか」という点が示されている。次に、「労働基準法の「労働者」の判断基準(昭和60年労働基準法研究会報告)等について」、「①昭和60年判断基準に盛りこむことが適当な要素があるか、②プラットフォームワーカーなど個別の職種に関するより具体化した判断基準を作成することが可能かどうかについて、裁判例などを通じて、国際動向も踏まえながら、検討する必要があるのではないか。そのうえで、契約関係や役務の提供の実態を踏まえ、労働基準法の「労働者」に当たらないプラットフォームワーカーであっても、労働基準関係法令などにおける特別の取扱いの必要性についてどう考えるか。」との検討課題も示された。
2 研究会では、労働者性の推定規定についても議論されてきたが、上記第8回資料のうち「これまでの議論を踏まえた考え方(案)には、労働者推定規定の創設の記載がない(「これまでの議論の整理」には記載がある)。さらに、今後の進め方について、研究会では結論を出さず、別途、専門的な議論を重ねるべきとの意見も出されている(第12回資料参照)。
しかし、現在、アルゴリズムなど新しいテクノロジーの普及も相まって、本来は労働関係法令の保護の対象となる「労働者」に該当するにもかかわらず、「労働者」として扱われていない、いわゆる偽装フリーランスの疑いのある事例は多くある。内閣官房が2020年5月に発表した「フリーランス実態調査結果」においても、自身が「フリーランス」であると回答している者のうち、「業務内容や遂行方法について具体的な指示を受けている」が約4割、「勤務場所や勤務時間が指定されている」も約2割あり、この点からも偽装フリーランスの疑いのある事例が広く存在していることが分かる。
偽装フリーランスに関する労働問題の大きな特徴は、紛争が長期化してしまうため、事実上、労働法による保護を享受することが困難となっている点である。労働者性は、実態に基づき、客観的に判断されるものであって、契約の形式によって判断されるものではない。
しかし、使用者は、契約形式において労働契約ではなく業務委託契約や請負契約とされているような事案においては、当然ながらその労働者性を争ってくる。そのため、就労実態からすれば労働者であるとしても、形式上、業務委託や請負とされてしまうと、判決等で労働者が肯定されるまで、いつまでも労働関係法令による保護を受けることができない。当弁護団所属の弁護士も、偽装フリーランスから相談を受けることが少なくないが、相談者は、経済的余裕も時間的余裕も乏しいことが多く、紛争長期化のリスクは、権利行使にとって大きな障壁となっている。
このように、本来「労働者」である者が非労働者として扱われることにより、労働基準法に定めた最低限の労働条件の実現を妨げられ、団体権・団体交渉権・団体行動権という労働基本権を侵害されるという重大な人権侵害が生じており、かかる事態に対処することは喫緊の課題である。
3 このような事態を解消するためには、速やかに、立法により、労働者性推定規定を創設し、就労者について、一定の基準のもとで労働関係法令による保護が受けられるようにすべきである。労働者側は、労働者性を基礎づける証拠に乏しいことがほとんどである一方、使用者側は証拠を豊富に有していることが多いため、一定の基準のもとで労働者性を推定させてうえで、使用者側に立証責任を転換させたとしても不合理ではない。
なお、研究会においては、労働基準法は刑罰法規であるから、強く押し付けると非労働者化を誘発しかねないとの、労働者推定規定の創設について否定的、慎重な意見とも取れる意見が出されている(第6回資料参照)。
しかし、各要素を総合考慮するという予見可能性の低い現在の労働者概念よりも、むしろ、推定規定を創設して総合考慮に方向性を付けた方が予見可能性は高まり、法的安定性に資する。
ILOは、2006年の雇用関係に関する198号勧告において、加盟国に対して雇用関係にある労働者を保護するための政策として、雇用関係が存在することについて、被用者と自営業者とを効果的に区別する指針を設けるとともに、「自営を偽装した雇用」(ディスガイズド・エンプロイメント=偽装雇用)に対する雇用関係に対処することを求めている。そして、同勧告は、加盟国に対して、「雇用関係の存在についての決定を容易にするため、この勧告に規定する国内政策の枠組みにおいて、次の可能性を考慮すべきである。」とし、「一又はそれ以上の関連する指標が存在する場合には、雇用関係が存在するという法的な推定を与えること。」等の可能性を考慮することを求めている。諸外国においても、アメリカ・カリフォルニア州法におけるABCテストを立法化したAB5、さらにプラットフォーム労働遂行者について一定の要件のもとで雇用関係を法的に推定するEUプラットフォーム指令案のように、既に、労働者性推定規定の検討・導入が進められている。
4 また、上記第8回資料の「これまでの議論を踏まえた考え方(案)」にあげられているとおり、労働基準法上の労働者性の判断基準の見直しも不可欠である。特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律の審議において、参議院附帯決議17項は、「労働関係法令の適用対象外とされる働き方をする者の就業者保護の在り方について、本法の施行状況や就業実態等を踏まえ、本委員会において参考人から出された現場の意見も参考にしながら、労働者性の判断基準の枠組みが適切なものとなっているか否かについても不断に確認しつつ検討し、必要な措置を講ずること」としている。
研究会においても、昭和60年労働基準法研究会報告を所与の前提とせず、一から専門的な検討すべきとの意見が出されてり(第8回会議)、速やかに、現在の労働実態に即した、新しい判断基準の検討を速やかに行うべきである。
5 当弁護団は、諸外国の例も参考に、研究会において、速やかに、推定規定の創設に関する具体的な議論を進め、労働者性の推定規定(労働者みなし規定も含む)を創設するとともに、現在の労働実態に即した、新しい労働基準法上の労働者性の判断基準の検討を進めるよう求めるものである(日本労働弁護団第66回全国総会「労働者性の推定規定の創設など『自営を偽装した雇用』に対する効果的な対策を求める決議」〔2022年11月12日〕も参照)。
6 研究会では、家事使用人についても、「労働基準法制定当初からの状況変化や、家事使用人の働き方の変化を踏まえ、労働基準法を適用する方向で具体的施策を検討すべきではないか」と検討課題にあげられている。この点については、家事使用人について労基法の規定全てを適用除外とする労基法116条2項の規定は、憲法27条2項の勤労条件法定主義の要請との関係で問題である。また、家庭内で行われる労働であるが故に、外部の目が届きにくく、長時間労働による重大な健康被害や、賃金不払など搾取の問題等が放置されるなどしてきた。これらからすれば、家事使用人については、速やかに労働基準法の規定を適用する改正が行われるべきである(日本労働弁護団「家事使用人に対する労基法適用を排除する労基法116条2項の改正を求める幹事長声明」〔2023年1月18日〕も参照)。
第4 労働時間制度について
1 研究会において最も時間を割いて議論されているのが、労働時間制度である。議論の視点としては、「働き方改革で導入した時間外・休日労働時間の上限規制は、全体の労働時間の縮減に一定の効果を示していると評価できる。長期的には、「時間外労働の上限規制等に関する労使合意」(平成29年3月)にあるように、時間外労働の上限を36協定の原則である月45時間、年360時間に近づける視点や取組が重要」、及び「労働時間規制には、過労死防止・健康確保、ワークライフバランスの確保、労働者のキャリアアップなど重層的な意義があると考えられる。また、仕事に対する価値観や生活スタイルが個別・多様化する中で、働く人の心身の健康を確保することを大前提とした上で、働く人の求める多様な希望に応えることのできる制度を整備することが重要」、という2つが示されている。そのうえで、「労働基準法における労働時間制度については、①最長労働時間規制、②労働からの解放の規制(労働解放時間)、③割増賃金規制に大別できる」として、これら3つの事項のそれぞれについて議論されている(研究会第11回資料)。
2 ①最長労働時間規制については、多くの委員が指摘しているとおり、労基法36条に基づく上限規制をさらに引き下げ、原則である月45時間、年360時間に近づける必要がある。ただし、この「原則」についても、現行法では休日労働は除外されており、休日労働も含めた「原則」について検討が加えられるべきである。
関連して、労働者の「希望」「キャリア形成」という観点から一律の上限規制の強化等に疑問が示されるなどしているが、暴論と言わざるを得ない。そもそも、そのような労働者の「希望」なるものが自由な意思によるものなのか疑問が呈されているところであるが(研究会第1回)、上限規制について、「仕事と生活の両立」という観点も必要であるところ、希望によるダンピングを防ぐ必要があること、時間の安売りを許してはならないことが指摘されている(研究会第6回)。これらの趣旨も踏まえ、上限規制の引き下げを速やかに行うべきである。
①最長労働時間規制については、その他、時間外・休日労働時間等の企業外部への情報開示など市場誘導的な手法により短縮を図ることや、企業内部への情報開示により自主的な短縮を促すことなどソフトローによる対応も示されている。上述した上限規制の引き下げが大前提であるものの、これら企業内外への情報開示を積極的に進めるべきである。企業外部への開示については、求職者にとって重要な情報となるし、企業間競争による労働条件改善も図られることになる。企業内部への開示についても、36協定を締結する過半数労働組合、衛生委員会などにとって重要な前提情報になる。
3 ①最長労働時間規制については、テレワークの普及に関連して、「フレックスタイム制度やみなし労働時間制など緩やかな時間管理の下でテレワークを行えるようにすることについて、どのように考えるか」という課題も議論されている。具体的には、業務遂行の方法や時間配分について使用者の指示を受けた上で働き、かつ、事業場における労働とテレワークが混在している働き方について、労働者が希望に応じて柔軟な働き方を選択できるよう、現行法制におけるものよりも規制を柔軟化する方向での選択肢を増やすべきではないかという考え方が示されている(研究会第10回資料等)。
しかし、テレワークにおいて求められるのは、規制の緩和ではなく、むしろ規制の強化である。なぜならば、テレワークは特に長時間労働を誘発しがちであるという実情があるからである。連合が2020年6月30日に発表したテレワークに関する調査では、通常の勤務よりも長時間労働になることがあったと半数超(51.5%)が回答している反面、時間外・休日労働をしたにも関わらず申告していない回答者が 6 割超(65.1%)に上った。申告しなかった理由は、「申告しづらい雰囲気だから」(26.6%)や「時間管理がされていないから」(25.8%)が上位に挙がっており、いずれも使用者の労働時間把握が不十分であり、長時間労働の実態が野放しにされていることを示すものであった。
現に、当弁護団の会員が担当した事例では、テレワーク従事者に対して事業場外みなし労働時間制度が適用され、労働時間の管理・把握が適切に行われていなかったために、長時間残業が放置されてしまい、対象となった労働者が精神障害を発病するに至ったという顕著な弊害も見られている。このことについて、2024年3月8日、横浜北労基署は精神障害の発病と過重労働との因果関係を認め、労災認定を行った。その上、横浜北労基署は当該企業に対し、労災認定に先立ち、同制度の適用が違法であったことを前提とした賃金の支払いまでも命じている。
テレワークは、ほとんどがPC等のモバイル端末を事業場外で使用させることで実施されている。そのため、使用者の義務である実労働時間の管理・把握は、PCのログを集計するなどすることで、極めて正確かつ容易に履行できるはずである。前述のようなテレワーク従事者の健康被害を防止するために求められるのは、労働時間規制のさらなる緩和などではない。PCのログ、メールの送信時刻、文書作成時刻等の作業時刻の記録等から実際の労働時間との乖離を認識することに技術的な困難が少ないことを前提に、使用者が適切に労働時間を管理する責任を負うことを強調し、長時間労働が行われている企業に対する厳格な指導を行うことである。
しかし、研究会では、労働時間規制を緩和することで、使用者の労働時間把握義務を軽減し、あろうことか上限規制や割増賃金支払義務等の労基法上の責任の免責を易々と認める可能性を示唆する見解が示されている。このような制度を導入すれば、テレワーク勤務に従事している労働者に対する労働法上の労働時間規制は、実質的に空文化してしまうことになるのであり、単に経営者の利益・都合のみを重視するものと言わざるを得ない。
この点については、テレワーク従事者の過重労働を抑制し、適切に労働時間規制が適用される方策を議論すべきである。
4 ①最長労働時間規制については、管理監督者等の規制の適用除外や、みなし労働時間制、裁量労働制、高度プロフェッショナル制度といった特別規制についても議論されている。この点、上記のテレワークの場合を除き、新たな特別規制等が具体的に議論されているわけではないが、上述したとり労働時間規制の緩和は認められるべきではないことは改めて指摘したい。むしろ、労働時間規制を破壊する「高度プロフェッショナル制度」の廃止も含めた特別規制の見直し等を行うべきである(同制度の問題については、日本労働弁護団「「働き方改革関連法」で成立した高度プロフェッショナル制度に関する意見」〔2018年11月5日〕を参照)。
5 ②労働からの解放の規制(労働解放時間)についても多岐に議論されているが、以下の点については、速やかに改正が必要である。
- 法定休日制度について、労基法35条2項の変形週休制(4週4休)においては相当長期間にわたって勤務させることが可能となっており、撤廃が必要である。
- 現行法では36協定の休日労働について日数の上限規制が設けられておらず、一定の上限の導入が必要である。
- 勤務間インターバル制度について、現在は労働時間等設定改善法に基づく努力義務であり、導入企業割合も6%に留まっており、休息の量的確保のために義務化する必要がある。最低でも、EU並の11時間が妥当である(11時間でも月間の時間外労働は80時間程度となってしまうため、あくまでも最低基準である)。
- ICT技術の発展によって、時間外・休日の業務連絡が問題となっているところ、いわゆる「つながらない権利」について何らかの法的規制を設けるように議論すべきである。
6 最後に、③割増賃金規制について、これを不要とする指摘もなされているが、割増賃金規制が長時間労働の抑止という趣旨も含まれていることを考えれば、あり得ない指摘である。使用者は、労働者の雇用を増やすよりも、既存の労働者に時間外労働に従事させることによって、社会保険料等も含めた人件費を抑制していることは従前から指摘されていたことである。求められるのは、割増率を上げ、時間外労働に従事させることを経済的な損失とし、長時間労働抑止の実効性を確保することである。また、時間外労働の割増率は、月60時間を超えると50%に引き上げられるが、上記上限規制の原則が月45時間であることに鑑み、割増率の引き上げは月45時間以上の時間外労働とすべきである。
副業・兼業について、少なくとも割増賃金規制に関しては通算することに疑問が示されているが、上記と同様の趣旨により、割増賃金規制も含めて通算制度を維持すべきである。政府が副業兼業を推進するのであれば、それに付随して生じ得る長時間労働に対する規制は、さらに重要性を増すことになる。
第5 労使コミュニケーションについて
1 研究会においては、上述のとおり、「労使コミュニケーション」も検討されており(主に研究会第4回)、研究会第6回の資料では、「これまでの議論の整理」として、「集団的労使コミュニケーションの意義と課題」と「過半数代表者による労使コミュニケーションの課題」の二つが整理されていて、いわゆる過半数代表者に関する議論も進んでいる。
2 そもそも、いわゆる「労使コミュニケーション」の文脈において、労働者側で最も重要なアクターは労働組合である。労働組合は、憲法によって保障された、職場において自主的に組織され、使用者との間で対等な立場で交渉することができる団体である。研究会第9回の資料は、労働組合の組織率の低下に触れつつ、課題として、「労働組合を労使交渉の一方の担い手とする労使コミュニケーションの活性化が改めて望まれているのではないか」と指摘している。また、経団連も、上述した提言において、労働者の意見集約や協議・団体交渉という観点から労働組合が果たす役割が従来よりも増しているとし、「労働組合法の理解を高めるための周知啓発や教育を通じ、労働組合の組織化が図られることなどが期待される」としている(同提言の問題は上述したとおりである)。
研究会は今後、労働組合を通じた労使コミュニケーションを活性化するために必要な、労働組合の組織率向上や権限強化に関する具体的な政策的議論を行うべきである。たとえば、労働組合法の改正等を通じて、労働組合活動を積極的に保証すること(具体的には、賃金控除をしない組合活動時間の認容、行政による「あるべき使用者側の対応」をガイドライン等で提示すること、使用者に対する財務諸表等の開示を義務付けるなどの団交応諾義務内容の明確化)や、労働組合を維持した会社あるいは労働組合に対して助成金を交付したり、社会保険料等の減免措置を行うなどの積極的な労働組合を組織化することの行政からのアプローチが考えられる。また、当弁護団が従来から提言している「ワークルール教育推進法」を制定することにより、労使において、労働組合の権利を含めた労働法教育を充実させることが考えられる。なお、ここでいう労働組合の組織率向上等の諸政策によって、労働組合の自主性が損なわれてはならないことは当然のことである。
3 以上を前提にして、なお労働組合が組織されている職場が少数であるという現状、また、事業場において過半数労働組合が組織された場合には当該組合が当該事業場の過半数代表の地位を得ることとなることをも踏まえて、過半数労組がない場合における過半数代表者の選出手続等を実定法に明記することが積極的に検討されるべきである。現行の労働関係諸法令において、過半数代表者は、法定基準を解除する効果をもたらす労使協定に関与する(たとえば労働基準法36条)ほか、意見聴取の対象などにもされていて(たとえば労働基準法90条1項や労働者派遣法40条の2、破産法78条4項など)、多様な権限を付与されている。前者の法定基準解除効との関係では、過半数代表者の選出手続に瑕疵がある場合における労使協定の効力が無効になることが確立した判例法理となっており(最二小判平成13年6月22日労判808号11頁(トーコロ事件))、過半数代表者の選出手続が適正に実施されていることは実定法により要請されているものといえる。そして、選出手続が適正に実施されていることは、当該事業場における労働者の多数の意見が適切に反映されることに対する要請の現れともいえるところ、後者の法定基準解除効以外の場面でも重要であることは変わらない。過半数代表者の選出手続を、労働基準法に限らず、各種労働関係諸法令との関係で共通するように明文化することは不可欠である。そして、あわせて、選出手続に瑕疵があった場合における法的効果も明文化されるべきである。
第6 労働基準法の「事業」について
1 研究会は、労働基準法の「事業」概念についても検討を重ねている。具体的には、同法の適用対象と適用の場所的単位、過半数労組との労使協定や意見聴取等の法定手続の単位について、主として場所的観念から定められる「事業」によることが妥当か否か検討されている。そこでは、企業単位なども検討すべきではないかが指摘されるなどしている。
2 この点、労働基準監督署は、所在地ごとに事業場を管轄し、指導を行っており、現在、全国321の労働基準監督署が置かれているところである。つまり、労働基準法の適用単位である「事業」は、この労働基準関係行政の体制に対応するものであって、維持する必要がある。これによっても、違法な長時間労働等が複数の事業場で認められた企業に対しては、企業単位での指導・公表が行われるなど、必要に応じて柔軟な対応もなされており、あえて適用単位の見直しをする必要性はない。
労使協定や意見聴取等の法定手続の単位についても、やはり「事業」ごとによることを維持すべきである。法定時間外労働を免罰化する36協定など労使協定等については、事業場ごとの労使コミュニケーションによって当該事業場の実態や労働者の意向を踏まえてなされるべきであって、企業単位で包括的に行われるべきものではない。また、労働組合が、ある事業場の労働者の過半数を組織しているものの、企業単位では労働者の過半数を組織していないようなケースにおいて、当該労働組合は企業単位では過半数労働組合ではないことになり、労働組合として重要な機能を失ってしまうことにもなり、妥当ではない。なお、事業場ごとに過半数代表者が分断されてしまい、実質的な労使コミュニケーションが果たされているのかという疑問も示されているが、それは企業単位にして解決されるものではない。
3 研究会では、「テレワークの浸透など、働き方の多様化等を踏まえ、物理的な空間・場所を基礎とする既存の『事業』や『事業場』概念によって規制を敷くことがそぐわない場合が生ずることも考えられるのではないか」などの疑問も示されているが、企業単位等の別の概念で規整することで解決される問題か疑問である。テレワークで就労する労働者についても、その所属する部署等の事業場を単位として労働基準法の規制を及ぼしつつ、その就労実態等への対応は別途細やかに行うべきである。
また、研究会では、事業場のなかでも様々な職種や雇用形態の労働者がいることをもって、法定手続等の単位を事業とすることに疑問も示されている。この点についても、事業単位を維持しつつ、過半数代表者等への各職種・雇用形態の就労実態や意見の反映が適切に行われるような仕組みを別途検討するべきである。
以上