医師の長時間労働を容認する医療法改正に反対する声明

2021/5/20

医師の長時間労働を容認する医療法改正に反対する声明

2021年5月20日
日本労働弁護団
幹事長 水野英樹

 政府は、2021年2月2日、「良質かつ適切な医療を効率的に提供する体制の確保を推進するための医療法等の一部を改正する法律案」(以下「改正医療法案」という)を閣議決定し、同日、衆議院に提出した。同年4月8日、衆議院本会議において可決され、現在、参議院で審議されている状況にある。

 医師については、法定時間外労働に対する上限規制(労働基準法)が2024年3月31日まで適用猶予とされ、その後も「特別の規制」に服するものとされているが、改正医療法案はこの2024年4月1日以降の「特別の規制」に関わるものである。

 この「特別の規制」については、厚生労働省「医師の働き方改革に関する検討会」が報告書(以下「報告書」という)を、同「医師の働き方改革の推進に関する検討会」が中間取りまとめ(以下「中間取りまとめ」という)を公表している。報告書は、「医療機関で患者に対する診療に従事する勤務医」(診療従事勤務医)についての時間外労働の上限水準(A水準)を定め、その例外として「地域医療確保暫定特例水準」(B水準)及び「集中的技能向上水準」(C水準)を設けた。中間取りまとめは、これら上限水準について「医事法制・医療政策における措置を要する事項」を議論したものである。

 改正医療法案に診療従事勤務医の時間外労働の上限が定められているわけではなく、時間外労働の上限自体は、厚生労働省令により定められることになる(この点については労基法附則141条も参照)。改正医療法案には、B水準が適用される「特定地域医療提供機関」等、C水準が適用される「技能向上集中研修機関」「特定高度技能研修機関」の都道府県知事による指定に関する定め、いわゆる健康確保措置としての「面接指導」、「休息時間の確保」などについて定めるものであり、報告書及び中間取りまとめの内容を前提とするものであるが、このことには少なくとも以下の問題点が存在する。

 まず、厚生労働省令で定められることになる時間外労働の上限水準が極めて問題である。

 A水準は、臨時的に限度時間(月45時間・年360時間)を超えて労働させる必要がある場合に延長することができる時間数として、1か月あたり原則100時間未満(休日労働込み)、1年960時間(休日労働込み)としている(1か月あたりの上限には例外も認められているが、その例外に上限はない)。B・C水準に至っては、1年あたりの延長することができる時間数の上限を1860時間(休日労働込み)としている。
そもそも、1か月あたりの上限を過労死ラインを超える水準(100時間未満)に設定することは容認できない(その100時間ですら「原則」であり、上限なき「例外」を認めている)。さらに、

 B・C水準については、年間の上限時間を1860時間まで認めているが、A水準の2倍近い水準であり、月に換算すると155時間となり、極めて異常な水準となっている。医師も、その長時間労働によって心身等に負荷がかかることは他の労働者と同様であり、いわゆる過労死ラインは当然医師にも妥当する。それを超える水準を正面から認めることは許されず、当弁護団は強く反対する。

 改正医療法案は、「面接指導」「休息時間の確保」などの健康確保措置について、報告書と同様、「特定地域医療提供機関」「技能向上集中研修機関」「特定高度技能研修機関」等にのみ義務付け、その他の病院は努力義務としている。医師については、その長時間労働、連続勤務が問題とされており、その是正のためにはこれら健康確保措置は広く義務化すべきである。

 中間取りまとめは、医師の副業・兼業先の労働時間の把握について、他の労働者と同様、それを自己申告制としている。しかし、医師については、病院が主導又は関与して副業・兼業している例も多く、病院側において副業・兼業先の労働時間を把握することが可能な場合もある。医師の長時間労働の要因の一つに副業・兼業によるものもあることからすれば、副業・兼業先の労働時間把握は極めて重要であり、それを全て自己申告制とすることには疑問である。中間取りまとめは、「地域医療支援を行うために医師を他の医療機関へ派遣している場合」においても自己申告としているが、少なくともそのような場合においては病院側の副業・兼業先での労働時間把握を義務づけるべきである。

 以上のとおり、改正医療法案並びにこれが前提とする報告書及び中間取りまとめにはいくつかの問題がある。特に、厚生労働省令で定められることになる時間外労働の上限については、極めて危険な水準となっている。改正医療法案の審議にあたっては、この厚生労働省令も含め、勤務医の生命・健康の確保が十分に確保される内容となるように議論を行う必要がある。

以上