労働審判手続の直接口頭原則を尊重すべき意見書

2022/11/16

労働審判手続の直接口頭原則を尊重すべき意見書

2022年11月16日
日本労働弁護団
会長 井上幸夫

1 中間試案とこれに対する労働弁護団の意見

 2022年8月5日、法務省法制審議会民事執行・民事保全・倒産及び家事事件等に関する手続(IT化関係)部会は、「民事執行・民事保全・倒産及び家事事件等に関する手続(IT化関係)の見直しに関する中間試案」をとりまとめた。

 同中間試案の第7「労働審判」のうち、4項「期日におけるウェブ会議又は電話会議の利用」では、「裁判所は、相当と認めるときは、当事者の意見を聴いて、…ウェブ会議又は電話会議によって、労働審判手続の期日における手続(証拠調べを除く。)を行うことができる」とする。また、同項の(注)では、「労働審判手続の証拠調べにおけるウェブ会議又は電話会議の利用については、後記8で取り上げている証拠調べの規律が優先的に適用されることを前提としている。」、8項「その他」の(注1)では、「ウェブ会議・電話会議を利用する参考人等の審尋…など、ITを活用した証拠調べ手続について、民事訴訟手続と同様の規律を設けるものとする」として、参考人又は当事者本人の審尋について、裁判所が相当と認めれば、ウェブ会議を用いて行うことができ、当事者双方に異議がないときは電話会議を用いて行うことができるとされている(改正民訴法187条3項4項参照)。

 しかしながら、IT技術の著しい進展をもってしても、労働審判手続は安易にウェブ会議又は電話会議によって行われるようなことになってはならない。以下の通り、労働審判手続は直接口頭により手続及び審尋が行われるべきが原則であり、ウェブ会議や電話会議を利用できるのは、証人尋問の場合と同様の相当性が認められる例外的場合に限られるべきである。

2 労働審判の直接口頭原則

 労働審判手続は、2006年4月から導入され、申し立てられた労働審判事件の約70%が調停成立により解決し、約15%の労働審判のうち約4割が異議申立て無しで審判が確定して解決している。つまり、年間3500件を超える労働審判事件の約8割弱が労働審判手続内で解決している。しかも、労働審判手続は3回以内の手続で終える事件が98%であり、第1回期日及び第2回期日で終了する事件が78%に達している。

 労働審判導入以前は、厳しい労使対立が想定される個別労働紛争の解決には、長期間の審理が必要であると考えられていたが、労働審判手続の導入によって上記のように迅速かつ適正な実効的な解決が実現した。

 このような労働審判手続での大きな成果の実現は、労働審判手続の第1回期日において当事者双方及び関係人が出頭し、対面で直接主義及び口頭主義に基づき、争点整理をした上で、適宜柔軟に質疑応答や証拠調べの審尋等を実施できていることが大きな要因である。

 労働審判手続は、「労働審判委員会は、第1回期日において、当事者の陳述を聴いて争点及び証拠の整理をし、第1回期日において行うことが可能な証拠調べを実施する」(労働審判規則21条1項)と定められているが、これが実際に労働審判実務で実践されてきた。

 労働審判制度の創設に大きく関与された菅野和夫、定塚誠ほか著の「労働審判制度」(弘文堂)では、「争点整理、証拠整理」に関して、「法15条1項は、労働審判委員会は、速やかに、当事者の陳述を聴いて争点および証拠の整理をしなければならない旨定め、規則21条1項前段は、労働審判委員会は、第1回期日において、当事者の陳述を聴いて争点および証拠の整理をしなければならないと定める」(同書147頁)。また、「本人や関係者の審尋等」に関しては、「もとより、前述のように第1回期日で行われる争点整理のために、当事者本人等のプレゼンと質疑応答がされるのであり、本人に対する広義の審尋は第1回期日で一般的に行われることになろう。審尋手続は、その無定型なところに実際上の効用があるのであり、労働審判委員会が争点整理を念頭に本人と質疑応答を行う過程のやりとりをする最中に『ここまでが主張整理で、ここからは証拠調べです』などというような形式を踏む必要はなく、適宜質疑応答により真実に迫ることができるところに非訟事件としての労働審判の醍醐味がある。」とされている。

 このように労働審判手続の期日において、争点や証拠の整理に関する事情聴取や証拠調べとしての審尋の際に、労働審判委員会が直接・口頭で、当事者本人及び参考人に対して適宜質疑応答し事情聴取が行われるコミュニケーションによって、早期の心証形成や調停成立への説得につながっており、これらがひいては個別労働紛争の迅速かつ適正な解決に資するものとなっているとの評価は争いがないところと考える。

3 労働審判手続でウェブ会議を利用できる場合について

 確かに、近時のIT関連技術の進展によりウェブ会議の画像の鮮明化、会話のタイムラグの消失など技術的な進歩が著しいことは否定しないし、関係者が遠隔地にいる場合や、ハラスメント事案等で被害者が相手方の面前で圧迫を受けて証言をすることができない場合など、労働審判手続でもウェブ会議等のITを有効活用できることがあることは否定しない。

 この点、ウェブ会議等を利用した証人尋問については、証人尋問を行う受訴裁判所は、証言内容のみならず、証言を行う証人の表情や声、動作や態度等を総合的に考慮した上で心証形成するものであるため、近年のITの発展を踏まえても、ウェブ会議等による証人尋問を行う場合に、現実に相対して証人尋問を行う場合と同様の心証形成が可能であるとまでいえるかどうかについては、慎重な検討が必要であるとされており(民事訴訟法(IT化関係)等の改正に関する中間試案の補足説明78頁・令和3年2月法務省民事局参事官室)、改正民訴法204条においても、ウェブ会議の方法により証人尋問ができる場合を、①証人の年齢、住所又は心身の状態その他の事情により、証人が受訴裁判所に出頭することが困難であると認める場合、②事案の性質、証人の年齢又は心身の状態、証人と当事者本人又はその法定代理人との関係その他の事情により、証人が裁判長及び当事者が証人を尋問するために在席する場所において陳述するときは圧迫を受け精神の平穏を著しく害されるおそれがあると認める場合、③当事者に異議がない場合、①~③のいずれかの場合であって、相当と認めるときに限っている。

 このように、証人尋問では、当事者及び関係者の直接対面でのコミュニケーションを通じた表情や声、動作や態度等をも総合的に考慮した上で心証形成がされるのであるが、まさに労働審判手続もまた、上記の通り、裁判所及び当事者及び関係者がフェイス・トゥ・フェイスで直接対面してのコミュニケーションによる手続進行を行うことが重要であって、この点において証人尋問に共通し、この直接口頭による労働審判手続こそが個別的労働民事関係紛争の迅速かつ適切な解決を実現するために必要である。また、上記の通り、労働審判手続は、主張整理や証拠調べの手続が明確に区別して行われることはなく、主張整理や証拠調べの手続が一体となって行われるため、労働審判手続の期日における手続と証拠調べとを区別して定める実益に乏しい。

 そこで、労働審判手続の期日における手続及び証拠調べ(審尋)について、ウェブ会議で行うことができるのは、証人尋問に準じ、①当事者及び参考人の年齢、住所又は心身の状態その他の事情により、当事者等が受訴裁判所に出頭することが困難であると認める場合、②事案の性質、当事者等の年齢又は心身の状態、参考人と当事者本人又はその法定代理人との関係その他の事情により、供述者が当事者等が存在する場所において陳述するときは圧迫を受け精神の平穏を著しく害されるおそれがあると認める場合、③当事者に異議がない場合、①~③のいずれかの場合で相当な場合に限るものとするべきである。

以 上