労働基準関係法制研究会「報告書(案)」におけるテレワーク時のみなし労働時間制度創設と副業・兼業の割増賃金規制の除外について断固反対する緊急談話
2024/12/20
労働基準関係法制研究会「報告書(案)」におけるテレワーク時のみなし労働時間制度創設と副業・兼業の割増賃金規制の除外について断固反対する緊急談話
2024年12月20日
日本労働弁護団 幹事長 佐々木 亮
1 厚生労働省に設置されている「労働基準関係法制研究会」では、第15回(2024年12月10日)に「労働基準関係法制研究会報告書(案)」(以下「報告書案」という)が示された。第16回(同年12月24日)には、その取りまとめが予想されている。
報告書案には、評価できる点、不十分な点など様々あるが、労働時間法制に関連して看過できない危険な内容が含まれている。テレワーク時のみなし労働時間制度創設と副業・兼業の割増賃金規制の除外の2点である。
2 まず、報告書案は、「テレワークに適用できるより柔軟な労働時間管理」として、①フレックスタイム制の見直し(改善)、②テレワーク時のみなし労働時間制の導入の2つの方策を検討したとし、「継続的な検討が必要である」としている。
このうち、②テレワーク時のみなし労働時間制の導入については、長時間労働等を助長させるものであって、検討課題の選択肢に入れるべきではない。報告書案は、「テレワーク時の労働時間の管理について、フレックスタイム制であっても使用者による実労働時間管理が求められる以上、自宅内での就労に対する過度な監視や、一時的な家事や育児への対応等のための中抜け時間など実労働時間数に関する労使間の紛争が生じ得ることといった課題」も考えられるとして、「こうした課題に対応するため、また、仕事と家庭生活が混在し得るテレワークについて実労働時間該当性を問題としないみなし労働時間制がより望ましい働き方と考える労働者が選択できる制度として、一定の健康確保措置を設けた上で、自宅等でのテレワークに限定したみなし労働時間制を設けることが考えられる」としている。
この新たなみなし労働時間制は、実労働時間該当性を問題とせず、さらには使用者による実労働時間管理を求めないものが想定されている。しかし、テレワークは、家庭生活と密接することによって、かえって労働時間が長時間化しやすいことはこれまでも指摘されてきたとおりであるし(2024年10月31日付の当弁護団「労働基準関係法制研究会に対する意見書」7頁参照)、研究会においても「テレワーク下での長時間労働の問題も出ており、留意が必要という意見」も出されていた(研究会第13回資料参照)。長時間労働の抑制にとって、最も重要な施策は厳格な労働時間管理である。実労働時間管理をしなくて良いことになれば、長時間労働の抑制がなくなってしまい、「いつでも働けてしまう」テレワークにおいては極めて危険な事態となる。実際、当弁護団の会員が担当した事案でも、テレワーク従事者について、労働時間の管理・把握が適切に行われていなかったために、長時間労働が放置されてしまい、対象となった労働者が精神障害を発病するに至っている(前掲意見書7頁参照)。このような例は1つ2つではなく、テレワークにおける長時間労働の問題は現在まさに増加傾向にある。そうしたことからすれば、テレワークについては、むしろ実労働時間管理を厳格に行わせることこそ必要である。
なお、実労働時間管理を行うからといって、「自宅内での就労に対する過度な監視」に繋がるものではない(カメラ等のモニタリングは、実労働時間管理に不要である)。中抜け時間についても、上記①のフレックスタイム制等によって対応は可能である。
以上のとおり、当弁護団は、②テレワーク時のみなし労働時間制の導入について、検討課題の選択肢に入れることに強く反対する。
3 報告書案は、兼業・副業の労働時間通算について、「労働者の健康確保のための労働時間の通算は維持しつつ、割増賃金の支払いについては、通算を要しないよう、制度改正に取り組むことが考えられる」として、「現行の労働基準法第38 条の解釈変更ではなく、法制度の整備が求められる」としている。
当弁護団は、上記の提案に強く反対する。割増賃金規制には長時間労働の抑止という趣旨も含まれていることを考えれば、割増賃金の支払いについて労働時間を通算する制度を維持する必要がある。報告書案は、「使用者が労働者に時間外労働をさせることに伴う労働者への補償や、時間外労働の抑制といった割増賃金の趣旨は、副業・兼業の場合に、労働時間を通算した上で本業先と副業・兼業先の使用者にそれぞれ及ぶというものではないという整理が可能である」などとするが、副業・兼業を行うことで本業だけの労働時間よりも長時間化することからすれば、時間外労働の抑制(長時間労働の抑制)という観点からは、労働時間を通算し、かつ、割増賃金の支払いを義務付ける必要性はむしろ高い。
また、報告書案の提案に基づき法改正をすれば、使用者が、割増賃金規制を免れるために、法人格を形式的に切り分け、2つの法人のもとで労働者を就労させることが十分に考えられる。これは、当弁護団の会員が担当した事例において実際に行われていたことである。現行法(副業先の労働時間を通算して割増賃金規制を及ぼす制度)のもとでもそのような事例があることからすれば、それを撤廃すれば、このような悪質な手法を助長することになり、確実にそのような事案が増えることになる。報告書案は、「事業場を異にする場合には通算することを要しないこととした場合においても、同一の事業者の異なる事業場で働いている場合や、労働者が出向先と出向元で兼務する形態のように、使用者の命令に基づき異なる事業場で働いているような場合においては、引き続き通算することが妥当である」とするが、法人格を分ける上記のような想定には対応できない。現行法における労働時間通算と割増賃金支払いの義務付け規定は、上記のような悪質な使用者の手法を予め防ぐ機能を有している。この規制を緩和することは、悪質な使用者を跋扈させることになるのであって、直ちに議論の俎上から排除すべきである。
なお、報告書案は、「副業・兼業の場合に割増賃金の支払いに係る労働時間の通算が必要であることが、企業が自社の労働者に副業・兼業を許可したり、副業・兼業する労働者を受け入れたりすることを困難にしている」などと指摘するが、報告書案の提案においても健康確保としての労働時間の通算は維持されるのであって、結局は通算のための労働時間の把握は必要になるため、割増賃金規制だけに通算を否定する理由にはならない。
以上より、当弁護団は、副業・兼業について、割増賃金の支払いに関して通算を要しないとする報告書案の提案に強く反対し、その撤回を求める。
以上