内閣府が労働関係諸法規の脱法を容認するアイデアを表彰したことに強く抗議する談話

2024/7/14

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内閣府が労働関係諸法規の脱法を容認するアイデアを表彰したことに強く抗議する談話

2024年7月14日
日本労働弁護団 幹事長 佐々木 亮

 内閣府は、「賃上げを幅広く実現するための政策アイデアコンテスト」を開催し、「残業から副業へ。すべての会社員を個人事業主にする。」と題する応募アイデアを「優勝アイデア」として表彰した(内閣府2024年6月14日ホームページ)。

この「優勝アイデア」は、①「残業を禁⽌」したうえで、②「従業員は定時以降、個⼈事業主として残業相当分の業務を・・・受託する」というスキームを内容とする。これによって、企業は残業代に対応する社会保険料相当額をコストカットでき、労働者も残業代に対応する社会保険料と所得税の負担を免れて、手取額がアップする、としている。

 上記アイデアは、労働法を無視した荒唐な夢想というだけに留まらず、働く者にとって非常に危険な内容である。言うまでもなく、労働基準法等をはじめとする労働法は、労働者の生命・健康、生活時間等を保護し、さらには事業者間の公正競争等を保証している。しかし、このアイデアは、これら法の価値を一切無視し、その適用を免れる脱法的な内容となっている。さらに、相互連帯によってセーフティネットを構築する社会保険制度に対しても、その目的と価値を完全に無視する内容となっている。

ところが、内閣府は、あろうことかこのようなアイデアを「優勝アイデア」として表彰した。その結果、内閣府、ひいては政府が、脱法的なスキームを喧伝するという事態を発生させている。上記アイデアは多くの問題が含まれているが、以下、特に3つの問題を指摘しておく。

⑴ 労働基準法は、労働者の生命や健康を保護するために労働時間及び割増賃金に関する定めを置き、使用者にその遵守を義務付けている。ところが、上記アイデアは、労働者を「個人事業主」扱いすることで、労働基準法の適用そのものを免れようとするというものである。労働基準法の適用を免れようとする使用者は、労働時間管理を怠り、経済的負担も免れ、その結果として労働者はより長時間労働に駆り立てられることになる。結果として、労働者は過重労働に陥り、生活時間が失われるだけでなく、その生命と健康が危険にさらされることになる。仮に、個別の労働者が労働基準法等の適用を望まなくても、自発的な長時間労働も労働者の命や健康を脅かすことは、過労死等防止教育における基礎的なものである。上記アイデアは、こうした労働法の基礎的な理解を無視するものであって、危険極まりないものである。

⑵ また、このような脱法的な働かせ方は、事業者間の公正競争を害し、労働者全体の労働条件の水準を保つことも阻害することにもなる。社会保険料(健康保険料・年金保険料・労災保険料など)の負担も同様である。社会保険制度は、社会相互扶助の精神によって社会全体(事業主・労働者)が幅広く負担を分かち合って成り立っている制度である。にも拘わらず、一部事業者や労働者の「自分だけ良ければいい」という愚かな発想から生まれた脱法行為によりその負担を免れることを認めてしまえば、他の事業者や労働者の負担がより増大していくのであって、そのような発想は反社会性を帯びるものと言わざるを得ない。

⑶ さらに、上記アイデアは労働者性に対する無知を前提に作られたものである。労働関係諸法規が適用される基準となる「労働者」は、当事者間の主観によって決定されるものではなく、客観的に判断されるものである。上記アイデアは、「残業相当分の業務」について「個人事業主」として行わせるとしているが、当該業務はまさしく「労働者」として行われていたものであって、客観的には「労働者」と判断されることになる。上記アイデアの唱えるスキームは端的に言って違法である。近時、本来は「労働者」として保護されるべき就労者が、「フリーランス」「個人事業主」などとして労働法の適用が妨げられていることが社会問題となっており、厚生労働省や内閣府「規制改革推進会議」でも労働者性の問題が議論されているところである。上記優勝アイデアは、そのような社会問題の存在やそれに関する議論をも全く無視するものである。

 このように、上記アイデアは、本来労働者として保護されるべき者を「個人事業主」扱いすることで労働法の適用を回避しようというものであり、断じて容認できるものではない。そして、このアイデアを「優勝アイデア」として表彰した内閣府の態度も許容することはできない。日本労働弁護団は、内閣府がかかるアイデアを表彰したことで、こうした違法なスキームを模倣する企業が出てくることを強く危惧するものである。本来内閣府がやるべきことは、このアイデアとは全く反対の、社会に蔓延する労働関係諸法規の脱法を許さず、各法規の遵守を求めるための政策を企画・立案することである。

日本労働弁護団は、内閣府に対し、上記アイデアが労働法上の誤りを含むものであることを説明する文書を公表することを求める。また、なぜこのような脱法的スキームを提案するアイデアが表彰されたのか、その事態に至った経過と原因について説明を求める。

以上