「解雇の金銭解決制度」の検討を速やかに取りやめることを求める緊急声明

2023/1/20

(202KB)

「解雇の金銭解決制度」の検討を速やかに取りやめることを求める緊急声明

2023年1月18日
幹事長 佐々木 亮

1 議論の経緯-「解決金」の水準調査の実施

厚生労働省が2018年6月12日に設置した「解雇無効時の金銭救済制度に係る法技術的論点に関する検討会」(以下、「論点検討会」という。)は、2022年4月12日に報告書を取りまとめ(以下、「論点検討会報告書」という。)、同報告書が、同年4月27日に開催された第173回労政審労働条件分科会に提出された。同分科会では、労働者側委員からは制度そのものが不要であるとの意見が出されたものの、使用者側委員が制度導入を検討するにあたって現在の解決金水準を調査すべきとの意見を出し、荒木尚志分科会長(東京大学教授)が、今後の議論に資するよう実態把握に努めるべきとの意見を取りまとめたため、解決金水準の実態把握のための調査が行われることとなった。

2022年10月26日に開催された第181回労政審労働条件分科会において、資料「解雇に関する紛争解決制度の現状と労働審判事件等における解決金額等に関する調査について」が示され、同資料のうち、「労働審判事件等における解決金額等に関する調査について」という部分において、独立行政法人労働政策研究・研修機構(JILPT)によって実施された調査(以下、「本件調査」という。)の概要が示されている。

本件調査では、2020年から2021年までの2年間に、調査対象庁(1庁)において、労働審判手続における調停・労働審判(785件)、または、労働関係民事通常訴訟上の和解(282件)で終局した解雇等紛争事案について、労働者の属性(勤続期間、年齢、雇用終了の事由等)、企業の属性(企業規模等)、請求内容の別(地位確認のみ、地位確認+バックペイ、地位確認+バックペイ+損害賠償等)、請求金額の内訳(バックペイ、解雇前の未払賃金、損害賠償等)、解決金額等を調査している。そして、これをもとに、今後、労政審労働条件分科会において、論点検討会報告書で示された、解雇無効の判決又は審判時にバックペイとは別に支払うこととされる「労働契約解消金」の水準を議論するものと思われる。

2 本件調査の問題点

しかしながら、本件調査には、次に挙げるように複数の問題があり、解雇無効時の金銭解決制度を検討するために参照するものとしては妥当なものとはいえない。

まず、本件調査の対象には、すでに指摘したとおり、地位確認請求のみの事案、地位確認請求と賃金請求(バックペイ)の双方を請求した事案、さらには、損害賠償請求や残業代請求を併合請求した事案も含まれていることから、本件調査によって和解等により終結した際に支払われる「解決金」には、論点検討会報告書が「労働契約解消金」として想定する労働者の地位等の対価以外の請求も含まれていることは明らかである。そのため、「労働契約解消金」の水準を検討する際の参考とは、そもそもなり得ない。

また、本件調査には、「本調査の結果の分析に当たっては、①対象事件の記録は解雇が無効であるなど労働者が雇用契約上の権利を有する地位があると判断されるべき事案に限られる訳ではなく、裁判官等が解雇無効等の心証を得るに至らなかった事案も含まれ得ること…〔中略〕に十分留意する必要がある」との注記が付されており、本件調査の対象となった「解決金」には、解雇が有効もしくは明確に無効とまでは言い切れない場合に支払われた事案も相当数含まれていることは明らかである。他方で、論点検討会報告書は、あくまでも解雇無効時の金銭解決制度を検討しているのであって、この点からも、本件調査によって明らかとなった「解決金」の水準は、同制度が想定する「労働契約解消金」とは全く異質というべきであり、本件調査の結果は、同制度の「労働契約解消金」を検討する際の参考とは到底なり得ないものである。

これに加えて、本件調査には、「新型コロナウイルス感染症の感染拡大及び緊急事態宣言の発出並びにこれらに伴う裁判所業務の縮小等の影響が考え得ることに十分留意する必要がある」との注記もある。本件調査の対象となっているのは、2020年及び2021年に終結した事案であるところ、新型コロナウイルス感染症の拡大によって使用者側の支払能力との関係から、裁判所から解雇無効の心証が示されながらもバックペイ部分の減額を迫られた事案もあるものと考えられる。そのため、本件調査による解決金の水準を前提に「労働契約解消金」の議論をすることは、本来支払われるべき「解決金」水準よりも低い金額を基準として議論することになることは必定である。こうした誤った前提で制度構築のための議論をすることは許されない。

以上のことから、本件調査の結果は、「労働契約解消金」の水準を議論することに資するものでは全くない。

3 改めて解雇の金銭解決制度導入に反対する

そもそも、当弁護団がこれまでも繰り返し主張してきたとおり、解雇事件については現行の民事訴訟制度の和解手続及び労働審判制度の調停(和解)・審判手続を活用することによって解決が図られているところであって、解雇の金銭解決制度自体が不要である。解雇事件が裁判又は労働審判において解決するに至るまでには、労働者側、使用者側双方の主張・立証が十分され、裁判所から一定の心証開示がなされた上で、解雇無効の心証の場合においては、労働者側に対して、原職復帰を目指すのか、金銭の支払いによる和解をするのかの意思確認をするという段階を踏むのである。そして、金銭の支払いによる和解をするにあたっては、裁判所は、紛争解決のために、バックペイ、損害賠償、未払残業代のほか、勤務年数や年齢、就労可能年数のほか、当事者の感情に対する配慮等事案に応じて具体的な様々な要素を考慮し、双方が納得できると考えられる解決金を含めた和解案を提示するのである。それを踏まえ、当事者双方ともに、将来の敗訴リスクや弁護士費用を含む訴訟追行費用、紛争が継続した場合の心的負担や紛争のために要する時間など、同じく様々な要素を勘案して、裁判所の提示する和解案の受諾の肯否を決するのである。

このような解決方法が実務上定着している以上、徒にこれを変容するような新制度を設ける必要は全くない。

仮に導入した場合には、すでに当弁護団が指摘してきたとおり、解決金の算定式が参照され、それによって柔軟な解決が阻害され、現在定着している訴訟実務に悪影響を及ぼすことや、今後、使用者側による金銭解決の申立権に拡大し解雇規制の緩和がさらに進行する危険性がある。

当弁護団は、本件調査が、論点検討会報告書が示す「労働契約解消金」の議論に資するものではないことを指摘するとともに、改めて、解雇の金銭解決制度の導入に強く反対する。

以上