「ジョブ型人事指針」に対する幹事長談話

2024/10/4

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「ジョブ型人事指針」に対する幹事長談話

 2024年10月4日
日本労働弁護団 幹事長 佐々木 亮

 内閣官房及び経済産業省、厚生労働省は、本年6月21日に閣議決定された「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2024年改訂版」に基づき、8月28日、「ジョブ型人事指針」(以下、「本指針」という)を発表した。

本指針では、企業に対して「ジョブ型人事」制度への移行を推し進める必要性として、「日本企業の競争力維持」を挙げる。そして、「個々の企業の企業戦略や歴史など実態が千差万別であることに鑑み、自社のスタイルに合った導入方法を各社が検討できる」よう、企業20社における具体的導入例を示し、「自社のスタイルに合った導入方法を検討いただきたい」として、企業に対して「ジョブ型人事」制度の導入を求める内容となっている。

 本指針がいう「ジョブ型」が正しい意味でのそれではないことは措くとしても、本指針は、「指針」という名称であるにもかかわらず、20社の導入事例が「個々の企業の特徴が分かるよう情報提供」として示されるのみで、「ジョブ型人事」の大枠や導入における注意点などの導入方針を明確に示すものではない。そもそも「ジョブ型人事」を導入する必要性及び可能性については、個々の企業における労使協議を通じて、具体的に検討される必要がある。

通常、労働者の賃金にも影響を与えうる新たな人事制度の導入は、労働者の従前の労働条件に影響を及ぼす可能性があることから、労働組合や労働者個人との十分なコミュニケーションを前提とした労使双方の理解と納得が不可欠である。特に、新たな賃金体系を導入するとなると、導入後に賃金が減少する労働者が生じることも当然想定される(本指針の各事例においても、そのことが前提とされているものがある)。個々の労働者の承諾なしに賃金の減額などの労働条件の不利益変更がなされることが許されないことは言うまでもなく、「ジョブ型人事」制度の導入が賃金減額、人件費削減のために利用されないようにすべきである。

 「ジョブ型人事」制度については、人件費削減につながる、解雇がしやすくなるなどと、誤った理解に基づく報道がなされることもある。

しかし、「ジョブ型人事」制度においても、現行法における不利益変更禁止原則が適用されないわけではないから、人事異動などによる職務内容の変更に際し当然に賃金の切り下げが行われるなどの不利益変更は許されない。

また、「ジョブ型人事」制度を導入したからといって、現行の解雇権濫用法理が緩和されるわけでもない。能力不足を理由とした解雇が容易になるわけではないし、「ジョブ」の消失を理由として労働者を解雇しようとしても、整理解雇の4要件を満たさない限りその解雇が違法であることは言うまでもない。

 「ジョブ型人事」について、労働者の「やる気」やスキル次第で高い報酬が得られるということを謳いながら、労働者にもメリットがあるものであるかのように説明されることもある。しかしながら、労働者のスキルを評価して配置を行うのは使用者である企業であることからすれば、「将来に向けたリ・スキリングがいきるかどうかは人事異動次第」であることは、「ジョブ型人事」制度か否かで変わるものではない。政府が「ジョブ型人事」制度の利点のみを強調し導入を勧めることで、条件の整わない企業が本指針における導入事例を見て半ば強引に「ジョブ型人事」を導入し、労働者が不当に不利益を被る可能性があることは否定できない。

日本労働弁護団は、政府に対して、企業が「ジョブ型人事」制度を誤った理解のもと導入することのないよう、本指針の位置付けを明らかにするよう求めるとともに、労働者に対する不利益変更や不当解雇の問題が生じないよう十分に周知することを求める。