仕事をしたのに使用者が賃金を支払ってくれません。どうしたらよいでしょうか?

2016/10/9


労基法違反として労働基準監督署へ申告

賃金は、原則としてその全額を支払わなければなりません(労基法24条1項)。給与所得税の源泉徴収、社会保険料の控除、財形貯蓄金の控除や、過半数労働組合(それがない場合は労働者の過半数を代表する者)との協定により一部を控除することは、例外的に許されます。この例外に該当しない以上は、原則どおり全額支払わなければなりません。支払わない場合は、労基法違反となります。この労基法違反には罰則が用意されています(労基法120条1号)。

従って、この労基法違反について、所轄の労働基準監督署に申告すると、労基署が使用者に対して調査して賃金支払いを勧告し、その結果賃金が支払われる場合があります。

ただし、労基署への申告は、文書ですることをお勧めします。また、その際に、未払賃金額算定の裏付けとなる資料(賃金規程、過去の給与明細書、辞令、労働時間記録、業務記録など)を添付すると、労基署に短時間で理解してもらうことができ、良いでしょう。 → 参考書式

裁判所の利用

1. 労働基準監督署への申告によっても、未払賃金が支払われない場合、裁判所の利用を考えてみましょう。

利用方法としては、裁判所に未払賃金請求訴訟を起こすのが一般的です。弁護士を代理人にして訴訟を起こすこともできますし、弁護士に委任せずに自分で訴訟を起こすこともできます。請求する未払賃金の額が140万円以下の場合は、簡易裁判所に提訴します。140万円を超える場合は、地方裁判所に提訴します。

簡易裁判所も地方裁判所も各地にあります。そのうちのどの裁判所に訴訟を起こすかが問題になります。法律では何通りも定められており簡単に説明するのは難しいのですが、未払賃金請求訴訟の場合、一般的には被告である使用者の所在地を管轄する裁判所に訴訟を起こします。使用者が法人で事務所や営業所を有している場合は、事務所または営業所の所在地を管轄する裁判所に訴訟を起こします。

2. 訴訟を起こすには、訴状という書類を作成して裁判所に提出します(被告に送る分も提出するので2部提出します)。

訴状の見本 → 未払賃金請求訴訟の訴状の見本  残業代請求訴訟の訴状の見本

訴状を裁判所に提出する際には、所定の金額(請求する未払い賃金の金額に応じて決まります)の収入印紙を貼り、所定の枚数と金額の郵便切手を予納します。簡易裁判所には訴状のひな型があります。

訴状の書式は、2001年1月からはA4判横書きになりました。

訴状には、原告である自分の住所・氏名被告である使用者の住所・氏名を記載します。使用者が法人の場合は、法人の所在地と名称と代表者名を記載しますし、法人の資格証明書(法務局で登記事項証明書をとってきます)を添付します。

次に、訴状には、被告である使用者に対していくらの未払賃金を請求するのかを、「請求の趣旨」という見出しをつけて記載します。

 「1.被告は原告に対し、金○○万○○○○円及びこれに対する平成×年×月×日から支払い済みまで年△%の割合による金員を支払え 2.訴訟費用は被告の負担とする  との判決並びに仮執行の宣言を求める。」と書きます。

「平成×年×月×日から支払い済みまで年△%の割合による金員」というのは、賃金支払期日を過ぎて以降の遅延損害金です。利率は、使用者が営利企業など商法上の「商人」にあたる場合、年6%です(根拠は商法514条。一部の例外を除き殆どの相談例がこれにあたります)。なお、退職した日以降も賃金が支払われない場合は、退職日の翌日からについては利率を14.6%で請求できます(根拠は賃金の支払の確保等に関する法律6条1項、同法律施行令1条)。

訴状には、請求の趣旨のあとに、「請求の原因」という見出しで、未払賃金を請求できる理由を書きます。具体的には、①被告である使用者が何を業としているのか(法人である場合はどのような法人なのか)、②原告である労働者がいつから労働契約関係を締結して就労していたのか(退職している場合にはいつ退職したのか)、③賃金の支払いは毎月何日締めで何日払いなのか、④賃金額はどのように計算されるのかなどについて書きます。

3. そして、これらのことについて、第三者である裁判所が判断できるように、未払賃金額を裏付ける証拠資料も訴状に添付して提出します。裁判所に提出するのは、証拠資料のコピーでかまいませんが(被告の分も提出するので合計2部)、後日の裁判期日には、原本(ある場合です)を裁判所に提示します。証拠資料としては、賃金規程、過去の賃金明細書、労働時間記録(時間外手当を請求する場合)などがあります。

 

4. なお、請求額が60万円以下の場合には、少額訴訟制度(民事訴訟法368条以下に定められています)を利用することも可能です。この制度では、原則として第1回期日で裁判が結審し判決が言い渡されます。そのかわり、事前に十分な証拠をそろえて提出しておかねばなりません。

 

5. また、訴訟を起こしたからといって必ず判決に至るわけではなく、途中で相手と裁判所で和解する場合もあります。被告である使用者が賃金の支払条件を提案してきて、あなたがそれを受け入れることが可能ならば、和解をするのも有効な方法です(裁判所から勧められることもあります)。

和解にならずに判決となる場合、勝訴判決が得られれば、それをもとにして使用者に支払いを求めることになります。

それでも使用者が支払いに応じなければ、使用者の財産を差し押さえて回収することになります(使用者が控訴して判決が確定しない場合は仮執行をします)。従って、使用者の財産状況を把握しておくことは大切です。

6. ここまで述べた裁判所の利用方法は、訴訟を起こすという方法でした。裁判所の利用方法には、これ以外に、民事調停支払督促といった方法もあります。

 

7. 最高裁判所のホームページ(http://www.courts.go.jp/)には、全国の裁判所、裁判手続案内、簡裁民事手続案内についての説明が書かれており、簡易裁判所での手続の概要(訴訟、調停、支払督促など)についての電話とFAXによる案内サービスが紹介されています。これを参考にするのも良いでしょう。

倒産状態の場合には他の方法があります。

使用者が倒産状態に陥っていて多数の従業員の賃金が支払われない場合は、個々人がバラバラに動くよりも、労働組合を結成するなり既存の労働組合に加入するなりして、団体交渉・団体行動を行うことが有効です。労働組合が使用者と労働協約を次々と締結して、労働債権確保と雇用確保に動くことが大切です。

法的な倒産手続が開始される前なのか、開始された後なのかにより、対応策は異なってきますが、まずは従業員の未払賃金等の労働債権の裏付けとなる資料が散逸しないように、責任者に保管させるなり労働組合が保管するなりして、確保することが大切です。使用者に未払労働債権の内容と金額について証明書を発行するように求め、作成してもらうことも有効です。法的な手段をとったり、未払賃金の立替払制度を利用する際に利用できるからです。

労働債権の支払いの原資となりうる財産がないか調査し、散逸しないように管理することも重要です。知らないうちに財産を処分されないように、注意しなければなりません。場合によっては、労働債権の担保として、労働協約を締結して労働組合が使用者から財産の譲渡を受けておくという方法もあります。

法律に基づく未払賃金の立替払制度があります。企業が「倒産」したために、賃金が支払われないまま退職した労働者に、その未払賃金の一定範囲について労働福祉事業団が事業主に代わって支払う制度です。請求手続き用紙は、労働基準監督署にあります。この制度の詳しい説明は、神奈川労働局のホームページに掲載されています(ホーム→労働基準部→賃金制度→未払賃金の立替払制度と入る)。何故か、労働福祉事業団のホームページにはこの制度の詳細が掲載されていません。

 

倒産時の対応策について詳しくお知りになりたい方は、労働弁護団発行の「倒産対策実践マニュアル」をご覧下さい。