均等法改正に向けて
2004/10/3
1 均等法の「機能不全」
(1) 均等法施行18年
86年4月に施行された均等法は、99年4月からの一部改正(採用等の規定を努力義務から禁止規定に、セクハラ配慮義務の新設等)を経て、施行後18年を経過した。
この間、女性差別に対する社会意識の向上、定年差別の是正、セクシュアル・ハラスメント対策への認識など一定の改善はみたものの、実質的な男女平等の実現にはほど遠い現状である。男女賃金格差は、是正どころかパート等非正規雇用労働者を加えると逆に拡大傾向にすらあり、また、役職者に占める女性割合も極めて低い(係長相当職以上の女性比は5.8%、厚労省平成15年度「女性管理基本調査」)。国際的にみても特異なほど、深刻な差別状況である。
(2) なぜ差別是正が進まないのか?
均等法が差別規制・是正策促進の機能を果たしていないことが、その大きな理由の一つである。
まず第一に、現行均等法には間接差別の規定がなく、差別形態の変化に対応できていない。
すなわち、男女の不平等は、かつては、あからさまな「男女別」処遇から生じていたが、現在では、「コースの違い」や「パート・契約社員等契約形態の違い」等を理由とした差別処遇により生じている。大手企業の約半数が「コース別雇用管理」を採用し(厚労省「女性雇用管理基本調査」では平成15年度で5000人以上規模で46.7%が導入)、また、女性労働者の半数以上はパート・派遣・契約社員等の非正規労働者である(総務省「平成14年就業構造基本調査」)。性差別の課題は、直接差別から間接差別へと移行している。もはや、「男女別」を明示した直接差別を規制するだけでは、多くの女性たちが直面している問題を解決することはできない。性中立的な基準でも女性に不利益な影響を与える「間接差別」に対して規制を加えていくことが不可欠である。にもかかわらず、現行均等法には間接差別禁止規定がなく、コース間、パート等の差別が女性を低処遇に追いやっている状況は放置され、男女格差は拡大するばかりである。
第2に、均等法は「男性と比べ不利益取扱いすること」を禁止するが、「男女の仕事と生活の担い合い、仕事と生活の両立」が平等の前提であることが明確にされていないため、「平等=男性なみに生活を犠牲にした働き方」が前提になってしまっている。これでは、一部の「男性なみに働ける女性」は「平等」の恩恵を受けても、多くの女性たちは家族的責任をかかえ「平等」の埒外に置かれ低処遇が当然視されてしまう。妊娠女性や育児・介護を抱えた女性は「非効率な労働力」として不利益に取り扱われ、排除され、非正規化され、女性管理職や総合職も少数にとどまったままとなろう。
第3に、均等法のポジティブ・アクション規定の効力が極めて弱く、平等実現施策が企業内で進んでいない。
差別を是正するには、「差別を禁止する」だけでなく、積極的な平等実現策(教育研修や透明公正な処遇制度の構築、育児・介護支援、過去差別を受けてきた人へのサポート等)を講じ、差別を生み出す土壌を改善し、また、女性が能力を生かせる環境づくりをすることが重要である。ところが、現行均等法は、企業が自発的に措置を講じる場合に国が援助できることを規定するに止まっている。しかし、コスト削減競争が激化する下、企業の自発性を待っているだけで施策が進むはずがない。
第4に、差別救済手段の未整備である。
均等法上の機会均等委員会・均等室等行政救済機関は、強制調査権限もなく、是正・救済の意欲に欠け、実際の動きも極めて鈍い。
裁判所による司法救済も、資料収集手段の未整備、差別推定や立証責任の転換(分配)の規定を欠き、救済内容も未整備(昇格やポジティブアクションを命じうる権限規定がなく、クラスアクション制度もない)等、救済制度として不備が多い。
こうした均等法の欠陥ないし限界ゆえに、差別が社会に蔓延しているにもかかわらず、救済申し立て、差別訴訟に至るケースは極めて僅かで、圧倒的多数が泣き寝入りを強いられている。しかし、差別は人権侵害であり、均等法等の「機能不全」は直ちに改正・解消されなければならない。均等法改正は、もはや議論の段階ではなく、具体的に改正手続きが取られるべきときである。
(3) 均等法改正にむけての進捗状況
97年の均等法改正の際に、すでに労働側は間接差別禁止等を要求している。しかし、使用者側がこれに強く反対した結果、法改正には盛り込まれず、衆参両院で、①男女双方に対する差別を禁止する「性差別禁止法」の実現を目指すこと、②「間接差別」について何が差別的取扱いであるかを引き続き検討すること、③ポジティブ・アクションの促進のための対策強化、④改正法施行後適当な時期に法規定を検討し必要な措置を講ずること、等が附帯決議されたに止まった。
その後、均等法の限界は前述したとおり更に顕著になり、国際的にも差別批判を受け、03年7月には、国連女性差別撤廃委員会(CEDAW)から、日本政府に対し、国内法の女性差別の定義に間接差別を盛り込むよう求めた勧告も出された(日本レポートに対する同委員会最終コメント)。
厚労省は、03年にようやく学識者からなる男女雇用機会均等政策研究会を設置し、同研究会は、04年6月22日後記報告を発表した。厚労省は、これを受けて、04年9月から労働政策審議会均等分科会(労使および公益委員で構成)で均等法改正に向けた審議を開始した。同分科会は、05年末の報告とりまとめを予定しており、上記研究会報告を土台に分科会で議論を重ねて改正法案の内容を固め、06年の通常国会へ均等法改正案が上程される予定である。
2 男女雇用均等政策研究会報告の内容と検討
(1) 基本的な姿勢と方向
「研究会」は、厚労省事務局から提示された4点(男女双方に対する差別の禁止、妊娠・出産等を理由とした不利益取扱い、間接差別の禁止、ポジティブ・アクションの効果的推進方法)について検討し、それらに関し法規制する意義や外国法制分析・我が国での導入を検討する際の留意点等々を今後の議論にむけて提供する形で報告をまとめた。研究会での議論は国際水準の国内導入を基本に、法改正についても前向きな内容であったにもかかわらず、「報告」は、積極的な法改正等の提言の形をとっていない。今後の労使意見の対立を意識してか、抑制的で、また、厚労省事務局が提示した4点以外の検討も行われていない。
ただし、抑制的ではありつつも、報告は、冒頭の総論部分で、上記4点について「いずれも前向きな対応が望まれる」「適切な対応、措置が講じられることを願う」等、論議に終始せず具体的な施策を進めることへの期待を示している。また、「4つの事項はそれぞれ重要な事項…相互に関連し合っている」とし、一部のつまみ食いではなく間接差別禁止も含め4項目全部への対応・措置を求めている点は留意したい。
(2) 男女双方に対する差別禁止
「報告」は、現行均等法が「女性に対する差別」のみを禁止しているのに対して、男女双方に対する差別を禁止する意義を強調し、法改正を色濃く示唆している。
「報告」が、双方禁止を、単に「男も差別されている」レベルでは捉えず、「現在においてもなお…より問題であるのは女性に対する差別」との認識に立った上で、「(法の)福祉的な色彩から脱却(を明確化)」、「男女間の職域分離の是正」等と位置づけている点に留意したい。
(3) 妊娠出産理由の不利益取り扱い
職場では妊娠・出産による退職や身分変更の強要等不利益扱い事例が多発している(例えばアエラ04年6月21日号)が、現行均等法には、解雇以外の不利益扱いについて禁止規定がなく、また、厚労省は「好ましくないのは当然だが女性を理由としたものではなく、均等法の対象外である」との解釈をしている。
これに対し、「報告」は、規定がないことの不備を強く指摘した。そして、更に、不利益取扱いが法的に許容されるか(合理性)の判断について、「妊娠出産したこと自体」「妊娠出産に起因する症状(※注:悪阻等)による能率低下・労働不能」「出産休業、母性保護措置等を受けたこと」に分けて、詳細に検討している。この検討で、報告が「出産休業後は原職(原職相当職)への復帰」に合理性ありとしたことは当然として、問題は、能力低下・労働不能の場合である。妊娠出産保護を加味し私病による休業時を超える措置が必要か、「報告」は、「不利益扱いを禁止すれば、女性がコスト高の労働力になり採用が敬遠される」「妊娠出産保護がある以上、私病とは異なる扱いをすべき」と両論を併記し、論点整理に止まった。今後の争点の一つとなろう。
(4) 間接差別の禁止
均等法改正の最大の争点である。コース別、パート、家族手当等、まさに現代の差別と低処遇を生み出している雇用構造の存立に関わる問題であり、使用者側からの徹底した反対が予想される。
「報告」は、この部分についてはとりわけ慎重で抑制的なスタンスをとっているが、CEDAWの指摘にも触れ「現行の規制では対応が困難になっている問題に対処していくためには」と間接差別禁止規定が必要であることを基本前提に置いている。検討上の留意点でも、諸外国では間接差別禁止規定があること、間接差別法理は「不必要・不合理な障壁を取り除き、実質的に機会の均等を確保する」意義を有していることを指摘して、法理導入の必要が強調されている。日本の判例でも雇用以外の分野ではあるが明確に間接女性差別を違法とした判例のあること(被災者自立支援金事件大阪高判平14.7.3)、欧米諸国・EUで実施されている間接差別法理等が詳しく紹介されており、間接差別法理導入が、差別理論、国際動向、権利保障の観点からすれば不可避であることが読み取れる。
また、「報告」には、間接差別のイメージを示す7つの典型例が示され、具体的に、使用者の抗弁も例示している。間接差別禁止を規定した場合、その対象範囲が具体的に問題となるが、身長・体重基準の他、コース別、転勤要件、世帯主条項、パートを理由とした差別等、現在問題となっている差別類型も挙げられている。また、「報告」は合理性・正当性について「使用者の抗弁」とし、その立証責任が使用者にある旨を明示した点は評価しうる。ただし、抗弁内容については、EU等が基準等の「目的の正当性」と「目的実現の手段が適切かつ必要であること」の両面から限定していることを基本的には踏まえつつ、しかし、「使用者に過大な負担を生じる」「原資の配分上合理的」等コストを理由に格差に合理性を認める姿勢を示しており、大いに疑問である。
安易に対象範囲を限定したり抗弁内容を緩めれば、「間接差別規定は導入されたが役に立たない」状況もありえるのであり、今後の法案議論にあたって注意が必要である。
(5) ポジティブ・アクション
研究会の議論では「(均等実現にむけ)間接差別禁止とポジティブ・アクションが車の両輪」と重要性が強調されていたが、「報告」では法改正の方向には全く触れられておらず、見るべき点はない。我が国での検討に当たっての留意点でも、「計画の策定を義務付ける等の規制的方法もあり一定の成果が上がることが期待される一方、企業及び行政それぞれにコストを伴う」等、義務づけと奨励的方法と両論を併記し、消極的な姿勢が顕著である。コスト競争が激しくなる中、奨励的方法では施策が進まないことは明確になっており、既に、少子化対策では行動計画策定が法的に義務づけられているのであり、権利問題である差別については、より強い要請として施策が推進されるべきである。それが同時に、企業間競争の公正という点からも、施策を積極的に推進する企業を支援することになると思われる。今後の議論で巻き返していくことが必要である。
3 均等法改正にむけての視点と取り組み
今後、厚労省労政審議会分科会の討議を経過するなかで、法案内容が固められていく。労働者側の要求を法律に入れ込むためには、これから来年の夏から秋にかけての分科会が報告を取りまとめるまでが最大の山場である。
(1) 平等実現の武器になる法律に
研究会報告は、厚労省事務局が提示した4点の検討のみに止まっているが、労働側として、女性労働者の権利について全体的検討をし、このチャンスに是非とも必要な改正を勝ち取りたい。
① まず、均等法改正の叩き台をあげると以下の通り。
ⅰ 均等法の目的理念に、「仕事と生活を両立させた差別ない働き方」の実現を入れる。
ⅱ 男女双方の差別を禁止する。
ⅲ 間接差別禁止規定を新設する。
ⅳ 妊娠・出産を理由とした不利益取扱を禁止する。
ⅴ 賃金差別や事実上の差別も含んだ包括的差別禁止法とする。
ⅵ セクシュアル・ハラスメントに関する労働者の権利規定を設ける。
ⅶ 差別是正についての行動計画策定を使用者に義務づけるとともに、公企業が取引する際の判断 要素に行動計画策定の有無等を考慮できるようにする。
② また、差別救済機関に関しては、次のとおり。
ⅰ 均等法上の行政救済機関を、独立した、強制調査権限を持ったものとし、救済命令等を新設。
ⅱ 司法救済における、文書開示・提出命令等資料収集手段の整備、差別推定や立証責任の転換(分配)規定の明記、昇格やポジティブ・アクションを命じうる権限規定の新設、クラスアクション制度の導入等の整備
(2) 均等法改正にむけて運動の高まりを
職場では、均等法改正についての認識がまだまだ遅れている。また、間接差別法理をはじめ改定の議論は必ずしも分かりやすいものではなく、現実の職場の実態に則した形で伝えることができていない。問題を広く伝え、運動を広げ均等法改正のうねり生み出していくことが急務である。
以 上