倒産法制の改正問題と労働債権保護
2004/10/1
1 倒産法制を巡る全体的動向
法務省の法制審議会倒産法部会は、1996(平成8)年以降、倒産法制の全面的な見直し作業を行ってきた。法務省は、同審議会でとりまとめのできたものから順次、立法化の作業を行ってきた。
これらの作業を経て、旧和議法の廃止と民事再生法の制定(2000年4月1日施行)、旧会社更生法の廃止と全面改訂された新会社更生法の制定(2003年4月1日施行)、旧破産法の廃止と全面改訂された新破産法の制定(2005年1月1日施行)に至った。法制審議会とその部会には労働団体からも委員が選出されて、検討作業に加わり、また、日本労働弁護団や労働団体から様々な立法提言も出された。この結果、これらの新しい倒産法制は、様々な問題点を内包しつつも、労働債権の法律上の地位(他の債権との優劣)や弁済手続の整備、労働組合等の関与について、幾つかの前進が見られる。
また、これと並行して、先取特権に関する民法等改正がなされ、先取特権による保護を受ける就労者の範囲が拡大された。
その一方で、倒産時の労働債権への弁済に当てられるべき原資の確保を困難とする法律案(将来の売掛金や在庫商品・原材料等に担保設定を行うための動産・債権譲渡に関する登記制度創設)が準備され、早ければ本年秋の臨時国会に上程される見込である。
このため、倒産法制と労働債権保護を巡っては、一方において、法律制度上の権利の水準については前進しつつも、他方で、企業破綻時に当該企業の有する売掛金債権や在庫商品・原材料を一部債権者が担保として持ち去ってしまい、労働債権の弁済に当てられるべき原資が残らなくなり、権利の実効性が失われるという、極めてねじれた状況が生じつつある。
2 民事再生手続をめぐって
(1) 動向
民事再生手続のうち、個人再生(小規模個人再生及び給与所得者等再生)については、2002年の新受件数が1万3千件台であったのに対して、2003年には2万3千件台となり、事件数も増えて、広く活用されている。これに対し、通常再生の新受件数は、2001年1110件、2002年1093件、2003年942件と減少傾向にある。
(2) 問題点
民事再生手続の開始要件は厳格でなく、企業が「窮境にある」と自ら述べさえすれば、手続が開始される。また、経営者が退陣する必要もなく、経営者が自ら再建案を作れることから、再建見込に乏しい事案についても安易に申立がなされ、結局再建に至らない割合が8~9割に達している。このため、制度への信頼性が低下している。
さらに、労働債権については、民事再生手続の枠外におかれており、企業が自発的に弁済しない場合には、法律上は、労働者が自ら先取特権行使等の手続を講じなければならない。企業が民事再生手続開始を口実に労働債権への支払を行わない例も生じている。
3 会社更生手続をめぐって
(1) 動向
会社更生手続の新受件数は、1994~1999年は17~36件の範囲にとどまっていたが、2002年には88件、2003年には63件と増えている。
旧会社更生法においては、手続開始要件が厳格であり、更生の見込とその具体的裏付けがなければ手続が開始されなかったが、2003年4月施行の新会社更生法では、手続開始要件が緩和され、企業が事業の一部を切り売りし、当該事業を「更生」させり、企業全体を「安楽死」させることも可能となった。このため、会社更生法の利用は今後ますます増える可能性が高い。
(2) 留意すべき事項
会社更生手続が開始された場合においては、「企業」の更生がなされようとしているのか、それとも一部事業だけの切り売りによる「事業」の更生がなされようとしているのか、それとも、急激な事業停止による社会的影響を緩和させるために事業を段階的に縮小しつつ「企業」を「安楽死」させようとしているのかを見極めながら、対応策を検討する必要がある。
4 破産法改正の内容と評価
(1) 動向
破産事件の新受件数は、1994年には43,161件(内、自然人が40,613件、その内で自己破産が40,384件)であったが、2003年においては251,799件(内、自然人が242,849件、その内で自己破産が242,377件)へと急増している。この統計によっても明らかなように自己破産を中心とする自然人の破産が約6倍となり、これを除外した法人等の破産も約4倍となっている。
(2) 全面的法改正の概要
前記のように破産申立件数が飛躍的に増えている状況の下で、破産法の全面改正がなされた。2005年1月から施行される新破産法においては、破産手続全般の迅速化・簡素化(債権者集会の任意化、従前の債権者集会の議決事項について裁判所の許可事項化、債権届出の期間限定、小規模破産事件の配当手続簡易化)がなされ、また、個人破産・免責手続の見直し(破産手続と免責手続の一体化、被免責債権の拡張、自由財産の範囲の拡張)等がなされた。
(3) 労働分野での改正事項
労働分野に関しては、倒産実体法の見直しがなされ、従来労働債権より租税債権が全面的に優先していたのが一部修正された。すなわち、労働債権については、従前は優先破産債権であったのを、破産手続開始前3月間の給料及び破産手続の終了前に退職した者の退職手当の請求権のうち3カ月間の給料に相当する額について、財団債権に格上げされた(149条)。これに対し、租税債権は、優先範囲の縮小がなされ、破産手続開始時点で納期限が到来していないか又は納期限から1年を経過していないものに限定して、財団債権とすることとなった(149条)。そして、財団不足になった場合には、財団債権額に応じた按分がなされることになった(152条)。これは、労働債権保護に関するILO173号条約の水準に近づいたものであり、評価できる。
また、住宅ローンの支払い等による困窮に対応するため、労働債権に対する随時弁済を裁判所が許可する制度が設けられた(101条)。
これに加えて、労働組合等の手続関与等に関する規定が設けられた。具体的には、① 裁判所は破産手続開始の決定を、過半数労働組合(ないときは過半数代表)に通知しなければならないこと(32条)。なお、ここでの過半数は、事業所単位ではなく、企業単位である。② 裁判所は営業譲渡の許可をする場合には、労働組合等の意見を聴かなければならないこと(78条)。③ 労働債権者に対する破産管財人の情報提供努力義務が定められたこと(86条)。これは、破産管財人の団交応諾義務の一部を確認する趣旨で設けられたものである。④ 労働組合を含む利害関係人の文書等閲覧謄写請求権の新設。
これらは、日本労働弁護団や労働団体の意見を反映したものであり、一応評価できる。
5 先取特権に関する民法改正
(1) 先取特権を巡る旧法の問題
従前、労働債権に関する先取特権については、民法と商法で規定が異なり、旧民法308条では、先取特権の範囲を「雇人給料」に限り、しかも、最後の6カ月分の給料に限定して肯定していた。これに対し、旧商法295条では、「会社ト使用人トノ間ノ雇傭関係ニ基キ生ジタル債権ヲ有スル者ハ会社ノ総財産ノ上ニ先取特権ヲ有スル」とされ、民法よりはるかに広く先取特権が認められていた。
ではあるが、旧商法の規定する「会社ト使用人トノ間ノ雇傭関係」という文言の意味について労働契約に限定して解釈する例が見られるなど、その解釈を巡る問題が存在した。
(2) 法改正と解釈の統一
2003年6月に民法と商法の一部改正法案が可決成立し、旧商法295条が削除され、民法308条が改正されて、旧商法295条と同じ文言に改正された。
また、新民法308条の「使用人」という文言の意義について、衆議院法務委員会での平成15年6月6日の審議の場において、建設業の手間請従事者や傭車運転手、在宅ワークその他の法形式上は請負人や事業主の形態をとっている者を例に挙げた質疑がなされ、法務省民事局長が「今回の改正によりまして、その契約の形式ではなく、実態として債務者に対して労務を提供して生活を営んでいる者であるかどうか、こういう実態に着目した判断が可能となり、かつ、保護の範囲も、そういう雇用関係から生じた債権全般に及ぶということになりましたので、もちろん個別的な事案によることではございますが、保護の対象になり得るようにという改正でございます。」との答弁を行い、先取特権による保護対象となり得ることが確認され、解釈の統一が図られた。
6 動産・債権譲渡の担保制度の拡大
(1) 従前の債権譲渡特例法
従来、企業倒産の場合に労働債権の弁済の原資を確保する重要な一つの手法として、企業が有する売掛金債権等の債権や機械設備・在庫商品・原材料を確保することがあった。しかるに、バブル崩壊後の不動産価格の低迷により、ローン会社等の金融機関や商社等においては、不動産担保による融資の新規実行や不動産売却による貸付金等の回収が困難になり、それを打開するために、売掛金等の債権に担保設定を行なう必要が生じた。
債権譲渡特例法(1998年施行)は、こうした金融機関や商社等の必要に応えるものであった。特例法成立後、倒産直前に売掛金の大半について債権譲渡登記がなされ、労働債権への弁済が困難となる等の紛争が頻発した。
この債権譲渡特例法については、債権譲渡登記をしたことが関係業界内に知られて信用不安を引き起こしやすい等の問題が指摘され、より利用しやすい制度に改めることが強く要求されていた。また、在庫商品・原材料等の日々変動する動産について包括的に担保設定を行うことができる登記制度の創設を要求する声もあがった。
(2) 動産・債権譲渡に関する要綱
これを背景にして、2004年8月24日、法制審議会動産・債権担保法制部会は、「動産・債権譲渡に係る公示制度の整備に関する要綱案」を取りまとめるに至った。
その主な内容は、担保目的の動産譲渡(法人が譲渡人の場合に限る)に関する登記制度を創設すること及び債務者不特定の将来債権の譲渡について登記制度を創設することであり、従前からある債権譲渡登記制度については、第三者に公表される情報の範囲を従前より狭くすることである。
(3) 問題点
かかる立法の必要性について、不動産等をもたない企業への新規資金供給が円滑化されるとの主張がなされているが、これが実現される保障はどこにもない。むしろ、既存の債権の追加担保として活用される可能性が高いと言わざるを得ない。また、動産・債権譲渡登記のなされている企業は、破産手続に至った場合にみるべき配当原資を有しない可能性が高いから、かかる企業に対しては一般債権者が取引を控える信用収縮さえ起きかねない。
また、理論的にみても、動産譲渡が真正譲渡か担保目的かの判断が容易でないケースも少なくなく、混乱が予想される。
そして、かかる立法がなされたときには、企業倒産時に、めぼしい動産と債権は、金融機関または商社等がそっくり確保してしまい、当該企業を支えてきた労働者や一般債権者に対する配当原資が確保できないケースが少なからず生じることは確実であり、到底許容することができない。
7 今後の課題
衆議院は、破産法案に対する附帯決議で政府に対する格段の配慮を求めており、配慮を求める事項の筆頭に、「倒産時における賃金債権、退職金債権等の労働債権の優先順位については、労働者の生活保持に労働債権の確保が不可欠であることに鑑み、ILO条約や諸外国の法令を勘案し、引き続き検討に努めること」が掲げられている。
このため、労働債権保護とりわけその優先順位についての検討が引き続き求められている。
これには、さまざまな立法政策があり得るが、フランスの制度を参考とし得る。フランスの倒産法制の下においては、60労働日分の労働債権について、超優先権(優先的先取特権)が認められ、労働者債権保障管理協会が手続開始後15日以内に立て替え払いを行う。そして、同協会は立替払いをした労働債権について、超優先権に基づき、倒産手続の過程で、抵当権その他の担保権を有する者や租税債権者に優先して弁済を受けることが可能となっている。また、如何なる場合でも、労働者代表が倒産手続を担う機関として参加しなければならず、上記の立替金を代表して受領し、各労働者に配分し、また、解雇等についての異議申立等をも行なうこともできる。
万が一にも、今後、動産・債権譲渡法制が実現した場合においては、このような抜本的法整備の必要性が益々高まるであろうことが確実である。
以 上