労働組合法改正と運用の実態

2007/10/1

1 法改正の趣旨と内容

 労働委員会制度にかかる改正労組法が2005年1月より施行されている。

 法改正の趣旨は、労働委員会審理の迅速化と、命令の的確化であるとされ、改正内容は「①忌避・除斥・宣誓など、審問廷の秩序維持にかかる改正(的確化)」「②部会・常勤制などの審査体制の改善(迅速化・的確化)」「③審査の目標期間の設定・審査計画の作成(迅速化)」「④証人等出頭命令と物件提出命令の新設(迅速化・的確化)」⑤和解の制度整備(迅速化・的確化)」等となっている。

 改正法施行3年目の現在、改正が実務に大きく影響していると言える上記②③④の3点の運用実態などについて紹介し、その上で、迅速化・的確化が実現されているかどうかについて述べる。なお、以下において数字の情報は逐一出典を示さないが、いずれも労働委員会作成の統計や資料によるものである。

2 部会・常勤制など審査体制の改善

(1)改正労組法24条の2により、公益委員の一部5名の合議体で審査等を行えることとなった(部会制)。

 実際に、中労委は、審査等を原則として部会(第1~第3部会)で行っており、全体公益委員会議で審査等を行うことはごく例外的となっている(後述の「埼玉県労委物件提出命令」の取消決定は全体公益委員会議による)。一方、都道府県労委では、部会制は全く用いられていない。

(2)また、都道府県労委において公益委員を条例により常勤とすることができることになったが(法19条の12第6項)、実際に常勤公益委員を置いている都道府県労委はなく、常勤設置の方向で検討をしている都道府県もない。中労委では、法改正より前から、公益委員を常勤にできることになっていたが、法改正を機に、初めて実際に常勤委員を置くこととなり、公益委員のうち2名が常勤委員(学者+裁判官OB)となっている。

(3)部会制及び常勤制については、そのメリットとデメリットの双方が既に顕在化している。

 部会制で審査等を行えば合議が効率化されるから、迅速化のために一定のメリットがあることは否定できない。しかしながら、全体公益委員会議で叡智を集めて幅広く議論をすることができなくなるという大きなデメリットもある。実際に、最近の一部の中労委命令・決定には強い批判があるが(大量観察方式を事実上無意味なものにし、初審の救済命令をほとんど取消したJR貨物富山昇進事件平18・10・18中労委命令、神奈川県労委の証人出頭命令を安易に取消した高橋運輸事件平18・11・15中労委決定)、これらはいずれも「第3部会」による命令・決定であり、これらについては「中労委が全体公益委員会議できちんと議論をしていればこういう誤った命令・決定にはならなかったのではないか」という観点からの批判もある。

 また、常勤制の問題については、常勤公益委員に人材を得れば、審査の効率化・迅速化に資することは言うまでもないが、常勤委員は、必然的に、個別担当事件に限らない部会全体の審査等及び運営、さらには労委全体の運営において実際上の影響力が大きくなるものと思われ、そうだとすると、常勤委員に人材が得られない場合には最悪の事態となる。上記批判の強い2件の命令・決定の「第3部会」にも、裁判官OBの常勤委員がいて同命令・決定に関与していた(ただし同常勤委員は、2006年秋の改選で既に退いている)。今後も常勤委員の人選については注視が必要である。中労委の方針としては学者ないし実務法律家を選ぶとの由であるが、例えば、厚生労働省OBの天下りポストにさせないなどの「監視」は必要である。

3 審査の目標期間の設定・審査計画の作成

(1)改正労組法では、各労委ごとに審査の目標期間を定めることとされた(法27条の18)。

 各都道府県労委が公表している目標(命令まで)は、「1年6カ月」程度とするのが過半数であるが、1年以下とする労委も少なくない。東京・長野の2年というのがもっとも長く、北海道の「平均処理日数180日」というのがもっとも短い。「単純な団交事件は6カ月」などと、事件類型による例外を定める労委も若干ある。

 中労委は、①新規申立事件については当面1年6カ月以内のできるだけ短い期間内に終結させる、②申立から1年6カ月以上係属している事件(滞留事件)の数を、3年後の2007年末までに2005年初(205件)から半減させるという、2本立ての目標期間を定めている。

 21の労委が、2005年、2006年を通じて目標を完全に達成したとしており、目標を達成できなかったとする労委の多くは、長期係属案件を処理した・和解を試みたなどを理由にしている。中労委は、①2005年1月1日以降の新規申立事件のうち、2006年末までに申立から1年6カ月を経過した事件48件中、目標どおりの1年6カ月以内に終結したものは29件(全体の60. 4%)であるとし、②2006年末時点で滞留事件(申立から1年6カ月以上係属している事件)は105件となったと発表している。しかし、次々に1年6カ月を経過した事件は増え、2007年末までに終結させなければ新たに滞留事件となるものが50件あるので、目標どおり2007年末までの半減が果せるかどうかは不透明である。

 結果的に、迅速化が果されているといえるかどうかについては後述する。

(2)さらに、改正労組法においては、審査の目標期間の外、個別事件について審査計画を作成することとされた(法27条の6)。

 個別事件について、当事者双方の意見を聞いた上で、「提出予定の人証・書証」「審問期日」「証人名」「尋問予定時間」等を盛込んだ終結までのタイムスケジュールを定め、紙ベースの「審査計画」とする取扱が一般である。この、審査計画の現実の運用実態について、労働委員会側は、迅速化に有効だったと見ている。団員弁護士からも、審査計画において命令交付時期が示される点などは評価する声が多い。

 一方、「審査計画」作りが自己目的化すると問題であるとの指摘がある。

 すなわち、審査計画は、迅速かつ実体的真実発見のための審査計画でなければならないが、不当労働行為事件においては、重要な資料・証拠、例えば、査定に関する資料、労働組合所属別の昇進・昇格の実態の資料等、いろいろなものが使用者側から出るか出ないかで、合理的な審査計画が立てられるかどうか違ってくる。よって、調査の段階で、労働委員会サイドとしては、使用者側からそういう資料を提出させる努力をしなければならず、それをさておいて、紙の審査計画を作るために、いつから審問に入るとか、証人尋問を双方何人にするのか、その順序をどうするのかというような議論のみ行い、単に双方の証人の数と順序に矮小化した「審査計画」など作っても、真実発見には役に立たないものとなるとの指摘である。むろん労委の公益委員らも「計画は目的ではない。あくまでも手段である」とは述べているから、代理人弁護士としては、これら批判的視点も持って、役にたつ審査計画が作成されるよう努力する必要がある。

4 「証人等出頭命令」「物件提出命令」をめぐる問題

(1)改正の内容と運用実態

 迅速化・的確化の双方を目的として、労働委員会における証拠収集手段が充実強化された。改正法の目玉と言われた、法27条の7の「証人等出頭命令」及び「物件提出命令」である。証人等出頭命令( 法2 7 条の7 第1 項第1 号) は、「事実の認定に必要な限度において、当事者又は証人に出頭を命じて陳述させること」ができるとした制度であり、物件提出命令(同条同項第2号)は「当該物件によらなければ当該物件により認定すべき事実を認定することが困難となるおそれがあると認める」場合に当該物件の提出を命じることができるという制度である。

 ところが、現在のところ、労働委員会はこの制度の活用に極めて消極的である。

 2006年末までに、証人等出頭命令は都道府県労委において2件が申立てられ、1件が認容、1 件が棄却された( 中労委での申立はなし)。一方、物件提出命令は、同年末までに、都道府県労委で14件が申立てられ、1件が認容され、3件が棄却され、中労委では5件が申立てられ、3件が却下された(その余は繰越し)。

 このように、消極的な運用の中、都道府県労委で認容された証人等出頭命令・物件提出命令が各1件あるが、いずれも使用者側から異議申立があり、いずれも中労委は初審による命令を取消してしまった。まず、2005 年の埼玉県労委による全国初の物件提出命令(2005年6月23日)を、中労委は取消し、強い批判を受けた(同年9月21日決定、2006年版労働者の権利白書104頁・106頁参照)。これに引続き、2006年、中労委は、神奈川県労委による、全国初の証人出頭命令も取り消してしまった。

(2)神奈川県労委の証人出頭命令の中労委取消決定

 本件は、同族経営の中小企業における不当労働行為事件「高橋運輸事件」( 得意先工場への、組合役員の入構禁止等の不当労働行為性が争点)において、神奈川県労委が2006年9月25日付で証人出頭命令を発出したところ、2006年11月15日に中労委がこれを取消してしまったものである。同出頭命令は、任意の出頭を拒否し続けた、会社の最高権力者である「T専務取締役」に対するものであった。

  1. 神奈川県労委の証人出頭命令は、①立証命題たる事実の争点としての重要性、②事実認定の必要性、③証人の重要性の三点から「証人尋問の必要性」を理由付けた。これに対し、中労委は「証人尋問の必要性」がなく「証人出頭命令の必要もない」と判断して、証人出頭命令を取り消した。
    中労委は、まず証人出頭命令の対象を「不当労働行為の有無に関する事実」立証のためのものに限るとした上で、「労働委員会における不当労働行為の審査手続における主張、立証は、先ずは当事者双方が任意の方法により自ら収集した資料等に基づいて行われるのが手続運用上の原則であると考えられるところ、証人等出頭命令は、強制力を用いて証人等に出頭を求めその陳述を得ようとするものであるから、真に事実認定のために必要であるのか、他の証拠等によることはできないかなど、なお、その必要性について慎重かつ個別具体的な検討が必要であるといわなければならない。」とし、証人出頭命令は例外的な場合にのみ発出されるべきと強調した。
    その上で、中労委は、「組合活動嫌悪の情や不当労働行為意思については、これを直接Tの証言により認定を期待することには限界があり」「本件入場禁止措置をとっている理由の真否、合理性等の観点から、既に調べたO及び社長の証言等のほか、陳述書を含む多数の書証を検討すべきであり、それは本件において可能であると考えられる。」とし、証人尋問の必要性を否定したものである。
  2. この取消決定の最も重大な問題は「法文にない要件を加重し、高いハードルを設け、証人等出頭命令を発出しうる場合を著しく限定してしまった」点である。
    物件提出命令の条文においては、「当該物件によらなければ当該物件により認定すべき事実を認定することが困難となるおそれがある」とあるが、証人等出頭命令の条文においては、「事実の認定に必要な限度において」とあるだけで、物件提出命令と証人等出頭命令は条文上明確に区別されている。しかるに、中労委は証人出頭命令についても「真に事実認定のために必要であるのか」「他の証拠等によることはできないか」「必要性について慎重かつ個別具体的な検討が必要である」などとして、物件提出命令との条文体裁の違い、すなわち立法者の意思すら無視し、物件提出命令におけるのと同様な「代替証拠によらず、当該物件によらなければ事実認定が困難」という要件を追加しているものである。法文にない要件を追加して、より高いハードルを設定することは、法の想定する証人等出頭命令の意義・機能を著しく制限するものであり不当である。
  3. また、「既存の証拠等で十分認定可能だから、証人尋問の必要がない」との断定も極めて問題である。
    そもそも、個別事件の初審の命令手続において、第一次的な事実認定の権限と責任を有するのは都道府県労委であって、都道府県労委は調査・審問において、全ての主張立証及び審問の全趣旨ともいうべき当事者の活動を実際に見分し、その権限と責任に基づいて証人の要否を検討している。その結果、都道府県労委(現場)が事実認定に必要と考えた上での証人等出頭命令なのであるから、中労委はかような「事実認定の手続に関する事柄」については、基本的に都道府県労委の裁量を尊重すべきである。しかも、現に都道府県労委に事件が係属している段階では、尚更である。現に事件を進行させている都道府県労委の、事実認定に関する作業を中労委が阻害するがごとき取消決定は、都道府県労委がその裁量権を逸脱濫用しているというような、まさに例外的な場合以外、なされるべきではない。
    また、他の証拠から認定可能ではあっても、不当労働行為の事実を、より、確実・強固な証拠構造のもとに認定し、的確に、動かぬものとするために当該証人が必要かどうかという視点も必要であると考える。このような「証拠固め」のための証人も、当然のことながら、中労委言うところの「不当労働行為の有無に関する事実」についての立証のためのものにほかならない。近年、中労委は初審命令を取り消したり、初審命令を後退させたり、後退した事実認定をしたりということが多く、主に労働側から批判を受けているところであるが、そのような対応を正当化する論理の一つが「行政訴訟に耐えうる命令」という題目である。そうであれば、「より取り消されにくい事実認定」を求め、「行訴に耐えうる命令」にするために立証を強化するための証人を、「既存の証拠等によって認定可能であるから必要性がない」などと安易に排除することはできないはずである。
    さらに、事実認定を、より的確・迅速にすべき証拠も、「不当労働行為の有無に関する事実の認定に必要」な証拠ではないのか。中労委取消決定には、「他の証拠から何とかやりくりして認定できるのであれば、証人等出頭命令は回避したい」との発想がはっきり見える。実際、中労委取消決定は、神奈川県労委に対し、敵性証人の尋問など役に立たず、既に終わった証言と「陳述書を含む多数の書証」を検討すべきと「訓示」している。しかし、このように「多数の書証を検討」するなどして他の証拠から何とかやりくりをして事実認定をするなどという作業は迂遠であり、かような作業こそが審理及び命令作成作業長期化の原因にもなる。そのような、迂遠な事実認定作業を避け、迅速かつ的確な事実認定をできるようにするための一つの方策が、今回の労組法改正による証拠収集手段の拡充だったはずである。
  4. 本件の証人は、同族経営の中小企業において、代表取締役社長の叔父であって専務取締役であり、会社の労務管理に強い影響力を及ぼしうる立場にあり、本件入構禁止処分にも関与していたと見られる余地があり(神奈川県労委の認定)、かつ申立人組合は、証人の組合に対する敵意こそが不当労働行為の根本であると主張しているのであって、かような「会社の労務施策決定の主役と目される、経営陣主要メンバー」に直接事実関係を尋ねるということは、事実認定の上で非常に意義があると言うべきである。「間接的な資料を云々するより、張本人に聞いてみよう」というのは、およそ世の中において、事実を調べ真相を探るという作業の上では基本的かつ自然な姿勢である。
    また、個別の争点に関する当該証人の供述も重要であるが、それにもまして、本件証人のような立場の者の尋問を実施すれば、本件労使紛争の全体像を、より明らかにすることができる。そうすれば、他の証拠資料等の評価も容易になり、事実認定はより迅速・的確に行えることとなることは明らかである。

5 迅速化・的確化は実現しているか

 法改正による迅速化・的確化は実現していると言えるであろうか。

(1)まず、遅延及び事件の滞留が著しかった中労委について、「処理状況」を見ると、法改正後、年間終結件数は急激に増えている。

 また、前記の発表からすると、部会制・常勤制・審査計画などによる迅速化について、一定の成果が上がっていることは否定できない。ただ、統計数字は、その背景を見る必要もある。中労委の終結件数が増えたのは、2006年にJR東日本関連の事件が大量に一括和解解決したことも大きな影響がある。これについては、中労委自身の制度改革によるものとは言い難い。

 次に、都道府県労委について言えば、審査の目標期間の関係は前記のとおりであり、また、中労委調べによれば、都道府県労委では、平成14年末時点と比べると、2年以上係属している事件は大幅に減少(318件→260件)、結審後(命令を出さずに)6カ月以上係属している事件も大幅に減少(92件→8件)しているとのことである。

 しかしながら、都道府県労委において、審査の目標期間が達成できたり、長期滞留事件が減ってきているように見えるのは、労働組合の労働委員会離れ現象などにより、新規申立が顕著に減り、都道府県労委の負担が軽くなってきたからとも言え、年間終結件数は増えていない。統計の数字はいかようにも解釈できるのであって、未だ改正労組法による迅速化効果は検証の対象であり、確たる結論が出ているとは言えない。

(2)一方、「的確化」については、不十分というほかない。物件提出命令・証人出頭命令の取消に見られるように、中労委は実体的真実発見に対する意欲が不十分である。また、本案の救済命令を見ても、中労委・都道府県労委に共通して、一部県労委を除き、その命令水準は切下げられている。

 この点、「的確化」と言うときに、立場によってニュアンスの違いがある。労働側から見れば「実体的真実に則した、労働組合の団結権擁護のための労働組合法を正しく解釈適用した命令」が出てこその「的確化」である。しかし、労働委員会側、すなわち公益委員らの一部には、ひたすら「行政訴訟で取消されないこと」を至上命題にしている向きがあるように見られ、そう取られても仕方がない発言を公の場で行っている者もいる。

 むろん行政訴訟で取消されないこと自体は大事なことであるが、それら公益委員の発言・態度等からは、裁判所の水準が低いことを所与の前提とし「労委命令の水準、すなわち団結権擁護の水準を切下げ、もって行政訴訟でも取消されないようにしよう」という発想が透けて見える。その結果、労委命令の水準は、全体的に低くなっているのである。

 しかし、本来は、改正労組法を活用し、迅速に審査等を行い、的確な、労働者の団結権を擁護する立場の水準の高い命令を出して、それが行政訴訟で維持されるべく労委の総力をあげて奮闘するというのが正当な発想であって、「命令水準を切下げて、行訴で維持されるように」という発想は本末転倒なものであることを銘記すべきである。

 

初審(都道府県労委)

再審査

取扱件数

終結件数

取扱件数

前年繰越

新規申立

前年繰越

新規申立

1997年

1,076

332

1,408

387

274

52

326

1998年

1,021

354

1,375

353

281

51

332

1999年

1,022

405

1,427

358

277

51

328

2000年

1,069

384

1,453

392

271

64

335

2001年

1,061

341

1,402

521

279

64

343

2002年

881

393

1,274

419

279

66

345

2003年

855

363

1,218

396

262

65

327

2004年

822

311

1,133

375

270

83

353

2005年

758

294

1,052

407

281

90

371

2006年

645

329

974

355

249

77

326

以上