労基法を速やかに改正し賃金等請求権の消滅時効を改正民法に合わせることを求める声明<
2019/10/18
労基法を速やかに改正し賃金等請求権の消滅時効を改正民法に合わせることを求める声明
2019年10月18日
日本労働弁護団
会長 徳住堅治
第1 賃金等請求権の消滅時効に関する議論状況
1 改正民法の施行に向けて開催されてきた検討会
2020年4月1日に施行される改正民法に関連した労基法115条の在り方について、2017年12月26日より厚労省「賃金等請求権の消滅時効の在り方に関する検討会」にて労働法学者等の専門家による検討が行われてきた。
2 検討会報告書の内容
2019年7月1日、上記検討会は「賃金等請求権の消滅時効の在り方について(論点の整理)」と題する報告書を発表した。
そこでは、賃金等請求権の消滅時効を将来にわたり2年のまま維持する合理性は乏しく、労働者の権利を拡充する方向で一定の見直しが必要であるとしながらも、労使の意見に隔たりが大きいことから、具体的な消滅時効期間については厚労省の労働政策審議会で検討し、労使の議論を踏まえて一定の結論を出すべきであるとされた。
3 労政審での議論の開始
上記検討会報告書が発表された同日、労働政策審議会(労働条件部会)にて賃金等消滅時効について労使の議論が交わされた。労働者代表委員らからは、労働者保護という労基法の趣旨からすれば民法を下回ることはあってはならず、早急に議論をすすめ、改正民法施行と同時に5年の消滅時効期間とすべきである旨の意見が出された。
一方、使用者代表委員らからは、賃金台帳等の関連する記録の保存期間の延長に伴うコスト増が企業経営に影響を与える、未払い賃金が請求された場合には様々なものを残しておかなければ対応できないが実務的に非常に困難である、時効期間が2年から5年になれば税理士や弁護士等に依頼する費用も2.5倍になる、現状で不都合があることでもないので現状通りとすることを求める、といった意見が多く出され、引き続き議論を続けていくこととされた。
第2 賃金等請求権の消滅時効を速やかに改正民法に合わせるべきである
日本労働弁護団は、既に2018年7月9日付で「賃金等請求権の消滅時効及び有給休暇の取得促進に関する意見書」にて賃金等請求権の消滅時効を速やかに改正民法に合わせて5年とすべきである旨の見解を発表しているが、改めて以下に当弁護団の意見を述べる。
1 労基法の理念に矛盾する状態を生じさせるべきではない
労政審労働者代表委員の指摘するとおり、民法よりも労働者に酷な条件を労基法において維持するということは、労働者保護を目的とする労基法と根本的に矛盾する。2020年4月の改正民法の施行により法体系に矛盾が生じる事態は避けなければならない。使用者側からの反対意見があることを理由に結論を先延ばしにするようなことは決してあってはならず、労働者保護を目的とする労働基準法の根幹を保ち、法の支配を実現するという公益的観点から、速やかに改正民法に合わせた労基法改正がされる必要がある。
2 現場の労働者にとって2年の消滅時効は極めて大きな弊害となっている
労政審において使用者代表委員からは、現状の労基法で不都合はない旨の見解が出されているが、実態を全く反映しない議論である。実務上、2年という短期の消滅時効は現場の労働者に酷な状況を生んでいる。残業代等の賃金不払いは刑事罰も課されるほどの悪質な違法行為であるにもかかわらず、2年の消滅時効の壁により、本来労働者が得ることができたはずの生活の糧である未払い賃金の多くが請求時には消滅しているということは多くの事案で生じている現実的かつ切実な不都合である。この不都合を正当化できる根拠は何ら存在しない。
3 使用者側のコスト増は理由にならない
労政審において使用者代表委員が強調していたのは、賃金台帳等の記録の保存期間の延長に伴うコスト増が企業にとって負担となるという点である。
しかし、記録保存は電子データ化等により技術上容易であって、記録保存を2年分から5年分にすることに伴うコスト増などというものは微々たるものであって考慮に値しない。帳簿書類については税法上原則としてその事業年度の確定申告書の提出期限から7年間の保存義務があるとされていることとの関係からも、企業において労働者の賃金に関わる資料についてのみ帳簿書類と異なり保存が困難であるという事情は特段存在しない。仮に電子データ化に困難を抱える中小企業が存在するならば、必要な支援を政府が検討し実行すべきであって、記録保存のコスト増は労働者の賃金等請求権に対する保護を他の債権に対する保護よりも劣後させることを正当化する根拠にはなり得ない。
賃金を全額支払うというのは労働契約上及び労働基準法上の使用者の当然の義務である。法律上の義務を果たすためにコストが生じるということは労働問題に限らず企業経営においては当然のことである。
4 未払い賃金を発生させないことを考えるべき
そもそも、使用者が労働基準法を遵守し、残業代等を含む賃金を全額支払っていれば、賃金等請求権を巡る紛争はまず生じない。時効期間が2.5倍になることに伴う紛争時の費用の心配をする前に、賃金を全額支払うという当然のことを実行すべきである。
これまで実務上問題となっているのは、本来払うべきものを払わずに済ませている悪質な企業が野放しになっているということであり、現行の短期消滅時効がかかる企業の横行を助長する一つの要因となっている。
労基法に基づいて賃金を全額支払っているまともな企業を守るという公正競争の観点からも、賃金の時効期間を5年とし記録保存を促すということはメリットが大きい。記録保存に困難を抱える中小企業に対しては必要な支援策を別途検討すべきであるが、そのことと、消滅時効期間の問題は全く別の問題として議論されなければならない。
5 施行日以降に支払日が到来した賃金請求権を適用対象とすべきである
なお、時効期間の問題とは別に、消滅時効制度の適用対象に関して、改正民法附則10条1項を根拠として、施行日以降に支払日が到来した賃金等請求権を適用対象とするのではなく、施行日以降に締結した労働契約に基づく賃金等請求権のみを適用対象とすべきとの意見がある。すなわち、施行日前に入社した労働者については賃金等請求権の消滅時効期間は改正法施行後も2年間に据え置かれる、という扱いである。
しかし、それでは施行日前に締結された労働契約が終了するまで長ければ40年間以上にわたり当該労働者には2年の消滅時効期間が適用されることになるのであって、法改正の趣旨に反するとともに労働者間での不公平が著しく、あまりに不合理である。
新たな消滅時効制度の適用対象に関しては、施行日以降に支払日が到来した賃金等請求権を適用対象とすべきである(2018年12月28日付日本労働弁護団「賃金等請求権の消滅時効の在り方に関する検討会に対する申入書」参照)。
6 結論
以上より、賃金等請求権の消滅時効の見直しについて、使用者側の抵抗があることを理由にして改正民法が施行される2020年4月1日より遅らせることは許されず、改正民法に合わせる形で速やかに必要な法改正をすべきであり、その際には、改正法の施行日以降に支払日が到来した賃金等請求権を新しい時効期間の適用対象とすべきである。
以上