労働者の現状と労働法制の課題

2007/10/2

1 労働者の現状

(1)概況

 日本の雇用者数06年Ⅳ期(10~12月)で5483万人であり、役員を除く雇用者数は5132万人である。この内、正規雇用者は3443万人(67.1%。07年Ⅰ期では3393万人で66.3%)、非正規雇用者1691万人(33.0%、07年Ⅰ期では1726万人で33.7%)である。非正期の内訳は、パート・アルバイト1117万人(21.8%)、契約・嘱託等431万人(8.4%)、派遣143万人(2.8%)である。1985年では、非正規655万人・16.4%(パート等が499万人・12.5%)だったのであり、数では約2.6倍、率では2倍(30%を超えたのは03年)と急増している。

 完全失業率は、01年Ⅳ期から03年Ⅱ期の5.4%をピークに、06年Ⅳ期には4.0%まで下がったが、15~24歳層では男8.8%、女7.2%と依然高い水準にある。求人にしめる派遣の割合は、06年12月で9.4%(62, 770人)、生産工程での請負の割合は、14.2%(15, 312人。但し、05年1月には27.5%、35, 602人であった)であり、請負の割合が下がったとはいえ、若年者が派遣や請負でしか雇用されない状況を示している。

(2)正規労働者

 正規労働者は、労基法18条の2(解雇規制)が直接適用されるという意味で、法的には雇用の安定が図られているといえよう(但し、社会的実態として定着しているかは別問題)。しかし、その働かされ方は、成果主義の名の下に、働き盛りを中心として長時間過密労働を余儀なくされ(週60時間以上雇用者割合は10.8%、正社員では13.3%。なお、パート等で1.4%、契約等で5.6%、派遣で4.6%も存在する点は注目しなければならない。06年労働力調査)、メンタルヘルス上の休業者も増加している(事業所計では、休業者がいる事業所は3.3%だが、1000人以上では82.0%、500~999人で66.3%、300~499人で40.9%。05年厚労省「労働安全衛生基本調査」)。長時間労働の主因は仕事量の多さである(従業員調査で57.2%(企業調査でも47.6%で1位)。週60時間以上の者で68.7%、週40~60時間未満の者で55.8%、週40時間未満の者でも48.9%。第2位は「突発的な業務がしばしば発生」で45.9%。JILPT「経営環境の変化の下での人事戦略と勤労者生活に関する実態調査」07.7.17)。

 さらに、賃金においても大卒・ホワイトカラーで格差が大きく広がり、30台後半以降で格差が拡大しているが(厚労省「賃金構造基本統計調査」)、その主因は成果主義の導入である(各年代とも概ね30%前後で第1位。前記JILPT調査)。その一方で、小零細企業で男性正社員の賃金は減少しており(10~99人規模で99年を100として、05年は94)、30~34歳男性の年収300万円未満者は21.5%(88.5万人。02年)だが、その7割は正規労働者である(後藤道夫「ワーキングプアと国民の生存権」。かかる中、長時間・サービス残業の実態も含め「派遣以下正社員の悲劇」との特集を組んだ週刊誌もある)。

(3)非正規労働者とは、単なる雇用形態や雇用期間が異なる労働者ではない。身分の違いである。それ故に、低賃金・低労働条件での使い捨てが当然視され、人権・人格の無視・蹂躙が横行するのである。換言すれば、ヒトではなく、モノとして扱われているのである。政府や経済界は、多様化した働き方の中で労働者が自ら選択したものだと主張するが、企業調査でも、非正規社員の雇用理由第1位は断トツで「賃金節約」(51.7%)であり(これに「賃金以外のコスト節約」22.5%が加わる)、「雇用量の調節」(26.5%)、「業務量変化の対応」(17.6%)等である。従業員調査(選択理由)では、男性では、第1位「正社員として働ける会社がない」24.5%、第2位「専門的な資格・技能」(20.3%)であり、女性では、第1位「家計補助」(34.0%)、第2位「都合良い時間に働ける」(26.9%)、第3位「通勤時間」(26.8%)で、「正社員として働ける会社がない」は21.6%で第6位であるが、15~34歳層では26.5%で僅差の第3位である(第1位は「家庭との両立」で26.8%)(厚労省「就業形態の多様化に関する総合調査」03年)。正社員雇用を希望する男性や若年女性に対し、企業がその途を閉ざし、責任も負担も軽い非正規雇用を拡大する政策を推進してきたことは明らかである。他方、女性の選択理由からも透けて見えるように正社員の無限定(時間だけでなく、就労場所、業務内容等も)で責任ばかり問われる働かされ方も主要な要因であり、その背景に強固な役割分業意識とこれに基づく社会制度が存在する(そのシワ寄せを最も受けているのがシングルマザーであろう。ここでは、ダブルジョブは生活維持のために必要不可欠とすらいえる)。

 正規と非正規の身分の違いの労働契約に最大の要因は解雇規制の有無・程度といえよう。非正規労働者のほとんどが有期雇用であり、解雇規制を免れる方法として有期雇用が活用されていると評さざるをえない。その意味では、非世紀拡大の原因を規制緩和とする論調も多いが、社会的にはともかく、少なくとも朗同法上は、もともと有期雇用を規制する実定法が存在しないことが最大の要因であり、規制緩和――法的に解禁・拡大されたのは派遣だけであり、常用型(  )派遣ではそれ程の問題は生じていない――が主犯ではない。

 非正社員の正規との賃金格差の存在は改めて指摘するまでもないが、パート等では年収50~149万円層が79%にのぼり、派遣では149万以下が23.5%、199万以下が20.1%、249万以下が29.9%(以上計73.5%)で200万台が44%である(総務省「就業構造基本調査」02年)。また、一般労働者とパートの時間当たり所定内給与額の格差は95年から00年に縮まったのが、05年には男女とも拡大している(厚労省「賃金構造基本統計調査」)。

(4)ワーキング・プア―貧困・格差の拡大・固定非正期の拡大とその低賃金・雇用不安の中で、貧困・格差の拡大と固定化が強く指摘されるようになり、「ワーキング・プア」が一般用語となり、象徴として、日雇い(スポット)派遣やネットカフェ難民が度々報道されたのが今年の特徴であろう。

 「貧困」の定義は様々だが、低い貧困ラインである相対的貧困――平均所得の5割以下――でみても、「6世帯に1世帯が貧困ライン以下」(橘木俊昭「日本の貧困研究」)、あるいは、これを補正して「ワーキングプア世帯は(現在)勤労世帯の2割。総世帯数では25%超」(前掲・後藤)といわれる。「母子世帯、単身高齢者世帯に加えて、若年・壮年・中年を世帯主とする単身世帯の貧困が90年代半ば以降目立ってき」ており、「特に貧困率が高いのは、失業者を世帯主とする世帯と「1年未満の契約の雇用者」が世帯主である世帯」(橘木)であり、「ワーキングプアの最大部隊は単身世帯ではなく、子育て世帯を含む複数人数世帯」である(後藤)。なお、最賃未満労働者の世帯において貧困世帯は約3割であり最賃未満労働者が世帯主であるのは15%である(橘木)。

 登録派遣労働者数は250万人にのぼり(就業者数は常用換算で81万人)、日雇い派遣の灯篭九社数は500万人(グッドウィルで274万人、フルキャストで174万人。フルキャストは1日1万2千人を派遣している)で日雇派遣で生計を立てる者は100万人ともいわれる。これと部分的には重なる形で業務請負があり、100万とも200万ともいわれる。製造現場での(日雇)派遣・(偽装)請負の拡大は電機、自動車を中心とした日本を代表する企業、業界がコストダウンを推進するのが最大要因であり、事務系での拡大も金融・商社等に見られるようなコストダウンのための「もっぱら派遣」の横行やアウトソーシングにあり、流通・小売などでは日々の業務量への対応が主たる要因と考えられる。

 ことに、単純労働の日雇派遣では、低賃金(ピンハネ率3分の1前後)、長時間労働・拘束、安全無視等のうえ、「データ装備費」等の名目による更なるピンハネが横行し、労働法も人格も無視された目をおおうばかりの劣悪な条件化にあり、継続安定して仕事が保証されるわけでもなく、つき10万円前後の収入で到底自らの生計すら立てえない状況にある。

 親等家族からの支援が受けえないとネットカフェ、24時間営業のファーストフード、野宿(ホームレス)とならざるをえない。厚労省推計によれば、ネットカフェ難民は約5400人(07年6~7月調査)であるが、その数字の当否はともかく、正社員が約300人であり、20代・26.5%に次いで、50代が23.1%と2位である点も注目しなければならない。離職により、直ちに、家賃が払えない、あるいは寮等を追い出された労働者が多数を占める。岩田正峯教授の調査でも、野宿者のうち、直前に常用雇用だった者が28.1%にのぼり、これに管理的・自営的職業従事者を加えると33.5%にもなる(「現代の貧困」)。離職後のセーフティネットの機能不全は明らかであり、一度住居を失うとこれを自力で確保するのは、前家賃、手数料等を考えると、到底不可能である。「我が国では、失業と貧困との相関が非常に強い、いわば、失業と貧困は隣りあわせといっても過言ではない」(橘木)

2 労働法制の当面の課題

 労働者とその家族が日本の人口の8割を占める以上、人間らしい、人たるに価する生活を確保するには、何よりも、生活を維持しうる賃金を得られる職・仕事が継続的・安定的に保障されることが必要条件である。

(1)最低賃金制

 生活できる賃金の最低限を法的に保障するのは最低賃金制度である。最賃の大幅引上げと実効性の確保が求められる。しかし、たとえ時給1000円となっても法定2000時間労働で年収200万円にしかならないのであり、とても十分とはいえず、しかも、最賃以下の世帯主は15%にすぎず、根本的な解決には程遠い。この解決の方策として立場の違いを超えて職種別賃金(職務給)の導入が提起されている点は留意しなければならない(橘木、後藤、八代尚宏)。

(2)解雇規制と有期規制

 仕事の安定を保障するのは、解雇規制であり、有期雇用規制である。法的には、期間の定めのない雇用には労基法18条の2が適用され、有期雇用であっても、一定の条件の下にこれが類推適用される。しかし、解雇は自由ではないことを十分に意識し、これに留意して人事を行なっている経営者がどれ程いるであろうか。解雇規制の存在が日本の(企業)社会に定着しているとは言い難い。しかも、日本には有期雇用自体を規制する法制が全くなく、結果として、解雇規制の潜脱を許している。解雇規制を社会的に定着させ、有期雇用を規制する法制が必要である。なお、この際、ILO158号条約の意義を強調することにも留意すべきであろう(フランスのパリ控訴院は、07年7月、「新採用契約」(CNE)――07年冬に撤回に追い込まれた「初採用契約」(CPE)の親法で、20人未満企業につき、2年間の試用期間における解雇の自由と解雇時の手当8%を定めている――がILO158号条約2条2項b項及び4条に違反すると判示し、また、ILOは、「多国籍企業及び社会政策に関する原則三者宣言」(77年)の「適用に関する争いを規定の解釈に基づいて審議する手続」において多国籍企業の工場閉鎖に対し、158号条約違反と認定している)。

(3)雇用保険の充実

 次いで、失業・離職直後の生活補償の充実が図られねばならない。この点ではまず、非正規労働者の加入資格制限――が撤廃・緩和されねばならず、また、受給資格も拡げ、かつ、受給内容も充実させねばならない。失業したらホームレスという転落を確実に防ぐ、文字通りのセーフティネットが、必要に応じ、利用し易いものとしてキメ細かく張られねばならない。この点では、雇用保険給付と生活保護をつなぐ制度が検討されるべきで、例えば改悪されたものとはいえ、ドイツのヘルツ法TVによる失業手当Ⅱなどが参照されるべきで、連合では、「就労・生活支援のための新たな給付制度」の導入を提言(08~09年度政策・制度要求と提言)している。

(4)生活保護受給の取組み

 さらに、当面の、緊急避難的制度として、生活保護制度があり、これが必要な人に速やかに適用されるよう労働運動、労働弁護士も尽力することが求められよう。いわゆる「水際作戦」により労働年齢層の者は申請書すら交付されず、餓死する例まで報道されるが、「60年代初頭では、生活保護世帯の5割以上が勤労世帯」(後藤)であったのであり、文字通り、生活権を保障する最後の制度がその存在意義を発揮しなければならない。

3 労働国会

 07年通常国会は、年初には、「労働国会」「格差国会」と銘打たれ新聞紙上をもにぎわせたが、結局、成立したのは、パート法改正、雇用保険法改正、雇用対策法改正などである一方、産業活力再生法の16年までの延長・拡充や電子記録債権法なども成立し、最賃法改正及び、労働契約法、労働基準(時間)法は継続審議となった。

(1)パート法

 パート法改正は、極く一部の「通常労働者と同視すべき短時間労働者」について処遇差別を禁止する等、パート労働者(パート法が適用されない擬似パートも含む)の待遇改善に対する実効は期待できないものではあるが、既に、政省令も制定され、格差是正、均等(均衡ではない)処遇、さらには、有期労働の規制に向けて、活用できるものは活用しつつ、更なる改善を継続して求めていかねばならない(詳細は、第4章第5参照。なお、法案につき、07.2.21「パート・有期労働者の権利保障のための立法を求めて」、同日「労働法制に関する見解3項格差是正に有効な方策を」)。

(2)雇用保険法

 雇用保険法は近時、「改正」を重ねてきたが、今次改正により、被保険者資格の一本化(短時間労働被保険者区分の廃止)に伴い受給資格が大きく変わったので注意を要する。受給資格は大きく、特定受給者と一般受給者に分かれ、「特定」はほとんど倒産・解雇に限定される(法23条、規則34、35条。正当理由により自己都合退職し給付制限のない労働者も「一般」である)。「特定」は離職前1年間に6ヶ月以上被保険者期間が必要だが(従前どおり)、「一般」はこれが2年間で12ヶ月以上と「改正」された。即ち、従前は、正当な退職(平5.1.26職発26号)として給付制限(3ヶ月の待機期間)なく受給しえたものが、12ヶ月要件を満たさないため受給しえなくなることが想定される。国会答弁では、省令で対応とはあるが、その内容は不明である。そして、「一般」の中で、給付制限の有無が判断されるのは従前どおりである。

 被保険者資格の一本化、さらには日雇派遣労働者に「日雇い労働求職者給付金」の支給を認める措置はセーフティネットの充実に向けた措置であり、また、育児休業における職場復帰給付金の20%への引上げも前向きな改正ではあるが、離職時における十全の生活保障の必要という点からは、この間の「改正」を含め、見直しが必要である。

(3)雇用対策法

 雇用対策法改正は、募集・採用時の年齢制限の規制等があるもののほとんど実効がない一方、全ての外国人労働者に関する事業主の職業安定局長に対する届出を罰則付きで義務付けた(28条1項、31条1項2号)(07.4.20「雇用対策法改正法案の審議にあたっての意見」参照)。

 前者に関しては、従前10項目を定めていた年齢制限を許容する項目を6項目に減ずる改正省令が制定され、本年10月1日から施行される。が、今日既に500万人といわれる高齢者(65歳以上)の雇用に係わる問題は、年齢制限だけではない。

 後者に関しては、外国人研修生問題が大きく論議される中、最大の焦点は、「研修生」を労働者と認めるか否かであるが、各省等の案に続き、経済財政諮問会議労働市場改革専門調査会が第2次報告(9月予定)で、これを認める方向を打出すと報じられている(詳細は、第4章第12参照)。しかし、外国人労働者が差別なく、まともな労働条件で、労働保護法の保護を容易に受けうる状況が構築されねばならない。

(4)最賃制度

 最低賃金法改正案は継続審議となったが、中央最賃審議会の答申に基づき、全国平均で、例年の約3倍である14円の引上げとなり、10月1日から施行される。しかし、これでも生活保護水準を下回る県がまだ存在し、また、地域間の格差が拡大しており、さらに、水準決定の重要な指標とされる生活保護基準は引下げの方向にあるので、抜本的な改善が必要である。

 なお、最賃制度に関しては、雇用削減効果があるとの主張(例えば、規制改革会議・再チャレンジワーキンググループ・労働タスクフォースの5月21日付「脱格差と活力をもたらす労働市場へ」では、「不用意に最低賃金を引き上げることは、その賃金に見合う生産性を発揮できない労働者の失業をもたら」すとする)、さらには、一部、「法と経済学」を信奉する経済学者の中には、最賃以下でも働きたい者の職を奪うものなどの主張まで存在するが、雇用削減効果の存在につき、実証は得られていない(前掲・橘木)。

(5)労働契約法

 労働契約法案は、労働政策審議会答申(06.12.27「答申」及び07.2. 要綱案に対する「答申」)に基づき、上程されたが、ほとんど実質的な審議はされないまま、継続審議となった。

 法案はわずか19条から成り、実質的規定は15条にすぎず、個別契約事項に関する規定は14~17条(出向、懲戒、解雇及び有期雇用)の4条のみで、その内容も一般的な権利濫用規定や実質的には他からの移行規定であって、およそ「契約法」と呼べるものではない一方、使用者が一定的に定める、契約=合意とは相入れない就業規則に関しては7~13条を置き、法案の中核を占めている。「判例法理に沿った」法案であるか重大な疑義があり、その内容も不十分である上、労働者代表との協議や労働者個人との関係についても規定が欠如している。また、様々な労使協定の締結当事者等として、労使関係、労働条件設定に今日重要な位置を占める「過半数代表」(ことに、第2順位の過半数代表者)について、全く制度整備が行なわれていない。法案が指向していると思料される対等な労使関係の構築に資するものとは到底評しえず、抜本的な見直しが必要である(07.4.2「労働契約法案及び労働基準法改正法案に対する見解」参照)。

 参院選後の国会状況や与党の混迷の中、民主党による対案の上程も含め、法案が今後どうなるのか現時点(自民党総裁選期間中たる9月半ば)では、全く予想がつかない。しかしながら、影響力が落ちるのではと予想される経済財政諮問会議や規制改革会議では、後述のように、解雇規制の緩和を中心とした、次の問題提起が既になされているのであり、労働者保護に資する労働契約法をの声と運動を強め、継続していかなければならない。

(6)労働時間法

 労働基準(時間)法改正案も、同じく労政審答申を受けて上程され、継続審議となったが、労働契約法案とは異なり、要綱案に対する答申において概ね可とされていた、①「自己管理型労働制」(いわゆる適用除外者の拡大――労使委員会決議を手続要件とし、4週4日及び1年104日以上の休日の「確実な確保」を条件に、「労働時間では成果を適切に評価できない業務」の従事者や「年収が相当程度高い者」等につき、労働時間法(時間外や深夜の割増賃金規定を含む)の適用を除外する)及び②企画業務型裁量労働制についての中小企業への適用要件の緩和――対象たる、事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析の業務に「主として」従事していればよい――は、法案からは外れた(労政審答申は既になされ、行政上の手続は完結している点に注意)。

 「改正案」は、1ヶ月80時間を超える法外残業に対する割増率を5割以上とする(37条1項但書)、上記に対する労使協定による代償休日制度の創設(37条3項)、年休の労使協定による時間休制度の導入(39条4、7項)などを内容とする一方、中小企業には37条1項但書は適用猶予(138条)とされ、さらに答申では、限度基準(法36条2項、平15.10.22厚労告第355号)の若干の改正が含まれている。

 「改正案」には実効性がないのみか、月80時間という過労死ラインの労働を容認するものであり、長時間労働の抑制という改正目的とはおよそ相入れない(07.4.2前記「見解」参照)。

 「改正案」の行方は、契約法同様、予想がつかない。

 しかしながら、経済会議専門調査会第1次答申では、ワークライフバランスの美名の下、「労働時間と報酬がリンクしない、新たな労働時間制度を構築すべきとの意見もある」としたうえ、同憲章第1条で「柔軟な働き方を申請できる権利(筆者注・英のオプトアウト)を参考に、多様な働き方の権利を確立する」と謳っており、「権利」と言い換えての適用除外の拡大を指向していることは明らかであり、日本経団連の07年規制改革要望でも相変わらず労働時間規制の適用除外制度の拡大が求められ、安倍第2次内閣厚労大臣はエグゼンプションを「家族だんらん法」と呼ぶよう指示している。エグゼンプション導入は、一旦阻止したにすぎず、導入推進側は決して諦めたわけではない。単に、エグゼンプション反対(しかも、残業代ゼロ法案反対という、法案の本質をとらえないスローガンでの反対)ではなく、本格的・抜本的な、人間らしい働き方を実現しうる要求、法案を対置して、労働運動にとどまらない、幅広い運動が構築されねばならない(07.2.21「労働法制に関する見解2項働かされすぎ抑制に実効ある労働時間法を」参照)。

4 「労働ビッグバン」を提起させず、貧困と格差・差別のない、人間らしい生活確保のために前記2項の当面の課題に照らせば、「労働国会」は不十分、未消化のまま終わった。そして、大きな状況の変化である。しかし、与党が衆院で三分の二の多数を占めているのも事実である。

 労働経済政策は、この間、民間委員を中心とする経済財政諮問会議とこれまた民間人を議長とする規制改革を推進する会議(現在は、草刈隆郎議長下の「規制改革会議」)を両輪として進められてきた。前記の提起が6月に骨太方針となり、よく年度予算の内容を拘束し、後者の時期を画した提起が3月に閣議決定されて政府方針となるという具合である。政治状況変化の中、「官邸・諮問会議主導のウエートは下がる」(竹中平蔵9.8日経)との指摘もあり、自民党内にも「雇用・生活調査会」が設置される動きなどがある一方、「OECD新雇用戦略(06年)」――C7項は、「雇用保護法制を、労働市場のダイナミズムに役立ち、労働者に対する保障を提供するものにする」と題し、「経済的事由に基づく解雇制限を緩和すなどによって、雇用保護法制を改革すべき」とする。この他、「ファミリー・フレンドリーな取組の促進」(B6)、「柔軟な労働時間編成の導入促進」(C6)など――をも活用しての、生産性が低いキャンペーン、その改善策としての雇用改革の要求も根強い。

(1)諮問会議と骨太方針

 経済財政諮問会議は06年10月、雇用における「6つの壁」の克服として「労働ビッグバン」を打上げ、これを検討するものとして、八代尚宏を会長に労働市場改革専門調査会を立上げ(会長代理は樋口美雄教授で、委員に大沢真知子教授、小嶌典明教授、佐藤博樹教授、山川隆一教授、中山慈夫弁護士など)、4月6日、「働き方を変える、日本を変える―ワークライフバランス憲章の策定」と題する、第1次報告を公表した。議論の過程のおいては、整理解雇を容易にする「雇用保障の多元化」、正規・非正規の「共通ルール」の設定、「新しいリーシングシステム」の構築、少数組合の団交権の制限等々の意見が出されたが、当面は非常にソフトにみえる報告となった。

 報告は、第1に、若年者、女性及び高齢者の就業率工場と労働時間短縮、第2に、ワークライフバランスの実現を二本柱とし、前者については10年後の数値目標――例えば、15~34歳既婚男性の就業率を4%引上げなどやフルタイム労働者の年実労働時間の1割短縮など――を掲げ、後者については「憲章」の策定を提示したのが特徴であるが、総じて具体性に乏しいものである。とはいえ、トライアル雇用(現在6ヶ月の同雇用に対し、助成金が支給されている)を2年に延長――その間、解雇自由である――、テレワーク、在宅勤務等の拡充――「そのための労働時間管理等に関する法整備」の見直し――、責任や成果に基づく賃金制度への転換を促す、職種別賃金の流れの加速などの指摘には十分留意しなければならない。第2次報告(9月予定)は、外国人労働者問題等と報道されている。

 07骨太方針では、具体的なものとしては、公務員の労働基本権のあり方について「行政改革推進本部専門調査会の審議(07年秋、メド)を踏まえ、改革の方向で見直す」、「サマータイム、準じた取組み(勤務、営業時間の繰上げ)の早期実施を検討」などが盛込まれ、労働市場改革については「年内メドに行動指針を策定」にとどまった。

(2)ワークライフバランス

 少子化対策を機軸とした、ワークライフバランス論については、各種会議が設置され、「子どもと家族を応援する日本」重点戦略検討会議(議長・官房長官)は、6月1日、「重点戦略の策定に向けての基本的な考え方(中間報告)」を公表したが、ワークライフコンフリクト(仕事と生活の調和が図れない)の増大を問題とし、目指すべき「働き方の改革」としてワークライフバランスの実現を掲げるも、労使の自主的取組みの支援や意識改革のための国民運動を柱とするのみで、そのための方策として、「憲章」や「行動指針」の策定を提起するにとどまる。

 男女共同参画会議は「仕事と生活の調和に関する専門調査会」(会長・佐藤博樹教授、副会長・大沢真知子教授)を設け、7月24日、「ワークライフバランス推進の基本的方向」と題する中間報告を公表した。基調は同様であり、「ワークライフバランス社会の実現度指標」の開発が目新しいところであるが、時間管理改革の項では「仕事にかけた時間の評価から生み出す価値の評価への転換を図る」としている。

 これらを受ける形で、7月17日、「ワークライフバランス推進官民トップ会議」(議長・官房長官。委員は、日本経団連会長、連合会長、樋口美雄教授など15名)が設置され、11月をメドに憲章と行動指針を取りまとめる方向である。なお、厚労省は、柔軟な労働時間制度を導入する中小企業に、新たに助成金を支給する方針を固めたと報じられている。

(3)規制改革会議と3ヶ年計画

 規制改革会議の再チャレンジワーキンググループ・労働タスクフォース(主任・福井秀雄)は、5月21日、「脱格差と活力をもたらす労働市場へ―労働法制の抜本的見直しを」(以下、「報告」という)を公表した。「報告」は、1「解雇権濫用法理の見直し」として、「当事者の自由な意思を尊重した合意に基づき予測可能性が明らかになるよう、法律によってこれ(解雇規制)を改めるべき」――個別契約における解雇基準合意による18条の2の排斥――とし、「(解雇権濫用法理)自体の不条理を直視し、その強さの範囲を見直すことが先決であることを前提として、金銭的解決の試行的な導入を検討することを考えられる」とした。2「派遣法の見直し」では、「派遣労働を例外視することから・・・転換すべく、派遣期間の制限、派遣業種の限定を完全に撤廃するとともに、紹介予定派遣の派遣可能期間を延長し」「請負との区別も実状に適合したものにすべき」とした。3「労働政策の立案」では、労使の利害団体の代表が調整を行なう現行の政策決定の在り方を改め、「フェアな政策決定機関にその政策決定を委ねるべき」として、労政審を解体して「専門家」による決定を求めた。さらに、個別課題として、有期雇用の期間制限の撤廃、立法による有期雇用への18条の2の類推適用の禁止、トライアル雇用の期間延長、職種別賃金における同一労働同一賃金を強いるような規制の排除、パート法の「対象をいたずらに拡大することは慎重であるべき」などと提起した。同チームは今後3年間検討を進めるとしている。

 政府の規制改革推進3ヶ年計画(07.6.22)では、具体的なものは、育休取得の円滑化――分割取得の容認――(07年度検討開始、速やかに結論)、労働者派遣における事前面接の解禁(07年度中に検討)などに止まった。

 しかし、労働タスクフォースの「報告」が撤回されたものではない。「報告」は本音(の一部)があからさまに――しかし、エキセントリックな表現で――示され、参院選直前でもあり、一旦、おクラ入りしたにすぎない。主査の福井と大竹文雄によれば、解雇規制こそが格差の最大の原因であり、その撤廃が「やり直しの効く社会・脱格差社会への筋道」と信念をもって語られている。これこそが「労働ビッグバン」の中核であり、これは全ての正規労働者を日々雇用と同等に扱うこととなる。エグゼンプションのように一部労働者や派遣法のように非正規(周辺)労働者を対象とするものではない。政治状況が大きく流動する中、通常12月に出される規制改革会議の報告内容が注目されるが、労働側は従来の出てきた悪いものを叩くだけでなく、悪いものを出させない運動に取組まなければならない。

(4)日本経団連の規制改革要望

 日本経団連は、恒例の規制改革要望205項目を6月21日提出したが、雇用・労働分野では前年比11項目増(新規13項目)の34項目である。特段重要な目新しいものはないが、派遣関係が11項目に達し、紹介予定派遣の期間上限延長(新)、禁止業務の解除、26業務の拡大、事前面接の解禁、雇用申込義務の廃止、派遣期間制限の撤廃、派遣・請負区分の基準(告示37号)の見直しなど、完全な派遣の自由化を求めるものである。この他、管理監督シャン美対する深夜規制(深夜手当の支払)の適用除外、労働時間の適用除外制度の拡充、企画型裁量労働制の対象業務の拡大、解雇の金銭解決制度の導入、育休中の社保料免除の拡大など含まれている。なお、日本経団連は、4月17日に「官民協力による若年者雇用対策の充実について―労働市場のマッチング機能強化に向けて」で、トライアル雇用の延長、紹介予定派遣期間の延長、ハローワークの民間開放の拡大、民間職業紹介機関の活用などを提言し、また、6月15日には、「豊かな生活の実現に向けた経済政策のあり方」を発表し、「貧困の連鎖が生じる懸念」を表明したが、具体的対策はなく、精神論や企業の自主性を強調するのみであった。

 なお、日米投資イニシアチブ07年(6月6日)は、エグゼンプションと解雇の金銭解決制度の導入等を求めた。

(5)白書と「上質な市場社会」

 19年版労働経済白書は、「ワークライフバランスと雇用システム」と副題され、「経費削減に傾斜すべきではなく、付加価値を創造する人材の意欲と能力を高めるという、長期的な視点をより重視すべき」、「労働者への分配を強化することが大切」などとの指摘がある。また、経済財政白書においても、賃金低下が検討されるも、生産性の低さが強調され、非正期の教育機会の充実などの指摘にとどまった。

 また、厚労省の委嘱を受けたJILPTでは、「雇用労働政策の機軸・方向性に関する研究会」(座長・諏訪康雄教授)を設置し、8月9日、「上質な市場社会に向けて~公正、安定、多様性」を発表したが、抽象論であり(但し、内部労働市場の柔軟性の確保、労働条件変更のための環境整備、効率的な働き方の実現、労使協議の活用、テレワーク等の働き方の条件整備、集団的労働条件決定システムの枠組みの多様化などの指摘がある)、企業に対する批判の視点は全くなく、職業能力の開発やキャリア形式を主眼とするに止まっている。

(6)ワークライフバランス論議

 今後、当分の間、労使関係の一つの重要なキーワードはワークライフバランス(さらには、ワークフェア)になろう。

 イギリス政府の取組みやアメリカのファミリーフレンドリーな政策OECDはこの用語を使用している)等に影響を受け、厚労省が「仕事と生活の調和に関する検討会議」を立ち上げたのが、03年秋で、04年夏に、労働時間、就労場所、所得確保、均衡処遇等について「報告書」を提出した。

 今日、ワークライフバランスは、政労使の同床異夢、さらには呉越同舟とも評しうる状況といえよう。「憲章」の策定を提起した諮問会議労働市場改革調査会内ですら、会長・八代氏が男性正社員を中心とする日本型雇用を打破し、個人・女性に合わせた多様な働き方により正社員の既得権を奪い、正・非正規の均衡処遇を図ることによって調和を図ると主張するのに対し、会長代理・樋口氏は、その前に、サービス残業禁止など企業に現行ルールを守らせ、時間は有限との意識を労使が持つことが先決と応じたという(07.9.3日経)。

 そもそも、なぜ、ライフワークバランスではなく、ワークライフバランスかと思うところであるが、仕事と家庭・地域・個人との関係をどうとらえ、何をもってバランスと評すかは、意識の多様化の中、1つの答はありえず、社会の仕組み、さらには法制度として何を具体的にどう改革するかも多様でありうる。個人の自由を強調する論者は、存分に働きたい者にはそれが可能となる環境整備をとして、労働基準の破壊を目指す。この考え方は、労働基準が破壊されることによって困難に直面する、恐らく多数派の、普通の労働者を忘れ去っている。そして、より具体的には、バランスをとる方策として何を制度として用いるかである。経営側はメリハリをつけた働き方によりバランスを図りうるとして柔軟な労働時間制度の強化や労働時間規制の緩和・撤廃を主張する。これに対し、労働側は、業務量が多く、人が少ない中で現状ではメリハリなどつけられず、まずは現行法の遵守、さらに労働時間規制の強化が必須と主張する。この点の十分の議論を尽くさないまま、憲章や指針を策定しても、あいまいで、さらには、規制緩和の方向に言質を与えるものともなりかねない。

 本項で取上げた様々な解決すべき問題を抱えた中、21世紀に生きる者として、環境問題への積極的な対応を含め、人間らしい、人たるに価する生活とは何かを問い続け、一つ一つ改善・解決していかねばならないであろう。

(7)派遣法の見直し

 当面の、早ければ08通常国会に上程されるであろう課題は、派遣法の見直しである。労政審労働需給分科会は、08年改正案上程を目指して審議を進めている。派遣・請負をめぐる様々な問題の噴出と国会状況の中、見通しは不透明であるが、日本経団連が要求するような改正を盛込み、いわば派遣自由化法とでも称すべき改正を許すのか、かかる改悪を阻止するに止まらず、99年までのポジティブリスト方式(原則は禁止)に押し戻し、さらには登録型(一般)派遣制度の廃止にまで追い込むのか(NPO派遣ネットワーク等の問題提起を受け、連合は登録型派遣の禁止の方針を出した)重要な局面となろう。この問題は、ひとり派遣問題に限らず、貧困・格差問題、これを生み出す構造改革や規制緩和問題との闘いという意味でも重要である。

以上