雇用均等政策に関する審議にあたっての意見
2005/1/17
雇用均等政策に関する審議にあたっての意見
厚生労働大臣 尾辻 秀久 殿
厚生労働省労働政策審議会 御中
同審議会雇用均等分科会 御中
2005年1月17日
日本労働弁護団
幹事長 鴨 田 哲 郎
はじめに
86年4月に施行された均等法は、99年4月からの一部改正を経て、施行後18年を経過した。この間、女性差別問題に対する社会意識の向上、セクシュアル・ハラスメント対策啓発など一定の前進はみたものの、実質的な男女平等の実現にはほど遠い現状である。
逆に、低賃金で雇用が不安定な非正規雇用労働者として働く女性が増加し、他方、「男性なみ」の無限定な労働を行うことのできない家族的責任を負う労働者が差別的取扱いを受けたり働き続けること自体ができなくなるなど、差別の実態は二極化し、深刻化している。日本の男女格差は国際的にみても特異な状況であり、国際機関からも繰り返し是正を勧告されているところである。
こうした状況の下、貴省貴分科会において、昨04年9月から雇用均等政策に関する審議が開始された。当弁護団は、今後の貴分科会の審議が、職場の性差別を是正するうえで実質的かつ有効なものとなることを強く期待し、審議内容および審議方法等について、以下のとおり意見を述べるものである。
1 男女平等の視点から関連する法全般にわたる検討を行うこと
(1)
性差別を是正するためには、男女が平等に働けるための基礎的条件を整え、その実効性を担保する救済制度を整備することが不可欠であり、その実現にむけて、男女平等の視点から実体法、手続法両面にわたる全体的な検討、討議を行うことが求められる。実体法に関して言えば、均等法は勿論、労働基準法、育児・介護休業法、派遣法等々、関係諸法全般にわたって検討・審議を行い、その改正を提起していくことが必要であるし、救済制度面では、司法・行政両面から救済の実効性を確保するという視点からの見直しが必要である。以上の点からすれば、審議の対象を均等法・女子保護規定に限定していたのでは、性差別是正のための法整備として全く不十分である。
労基法による労働時間規制は強化されるどころか増々弾力化され、また、有期雇用契約が無限定に認められていることに端的に示されているように、男女が平等に働けるための基礎的条件整備がなされていない。そのため、家庭や地域、さらには自己の時間すら省みず、無限定に働く男性と同等に労働しうる一部の例外的女性は「平等」の恩恵を受け得るものの、それ以外の多くの女性たちは、家族的責任をかかえて男性なみには働くことができず、あるいは男性なみの非人間的働き方を望まず、それ故に「平等」の埒外に置かれ低い処遇を受けている状況にある。加えて、近年これまでいわば標準とされてきた上記の男性の働き方は「企業間競争」「成果主義」等の下でより過酷になっている。このような状況を直視するならば、まずは標準とされてきた男性の働き方自体を抜本的に改革しなければ、雇用における男女平等の実現は不可能である。この点に何らの策も示さないまま「男性なみ平等」を追求することは、逆に、家族的責任を抱えた女性や妊娠女性を「非効率な労働力」として不利益に取り扱い、労働市場から排除し、非正規化させ、男女間格差を生み出す要因となる。女性管理職や総合職が少数にとどまっていることの大きな理由はここにある。
また、有期契約については、現行法では規制らしい規制はなく、有期雇用契約が解雇規制の脱法と共に身分差別として用いられ、雇用の不安定、不平等取扱いの温床となり、また、労働者の権利行使の大きな障害となっている。有期契約の規制なくしては、女性労働者の過半数を占めるにいたった非正規労働者の処遇改善は図れない。
救済制度面でも、現行の行政的救済制度は極めて使いづらく実効性も乏しく、司法的救済も当事者の主張・立証上の負担が重い等多くの問題があり、性差別=違法な人権侵害の救済機能を果たしていない。
性差別の是正、雇用均等を実現するためには、性差別是正の総合的視点から関連する法分野全般にわたる検討・審議が是非とも必要である。
(2)
全般的検討・審議を行うために、貴庁および貴審議会が、これまでの縦割り行政、縦割り分科会方式を改め、省内各部局を横断し、また、法務省等他関連省庁との連携をとった運営を行い、また、その体制を整えることを求める。
貴分科会では、雇用均等政策検討にあたり、専ら、均等法及び労基法女子保護規定のみに関する検討が前提とされ、労働時間規制等労働関係諸法全般の検討審議については、分野毎に他分科会審議事項として議論対象から除外されてきている。しかし、同一の法律について複数の分科会がそれぞれ別の視点から検討審議することは当然であり、是非とも必要なことである。貴分科会が男女平等の視点から労基法・労働契約法について検討することは、決して越権行為ではなく、貴分科会としての職責を全うするためのものである。複数分科会で多角的な視点からの検討がなされ、審議会全体として分科会を横断する議論がなされてこそ、実態に則し、実効ある労働立法・行政が実現できるのである。
同様に、他省庁と関連する分野についても、貴分科会、貴審議会で必要に応じて議論を行い、平行して他省庁との協議を実施するべきである。とりわけ、性差別救済に関する司法制度改革については、法務省と関連する部分も多く、これらを避けていては実効ある救済制度は実現できない。
2 改正内容について
以下の諸点について審議され具体的に改正案を提案されたい。
(1) 均等法について
① 法の目的・趣旨として、「差別なく」「仕事と生活を両立して働く」ことを目指す旨の条項を置くこと。
97年改正で均等法の目的規定から「男女労働者の仕事と生活との調和を図る」との文言が削除され、均等法が求める「平等」の中身が、「(現在の長時間過密労働に従事している)男性なみの平等」を前提とするものかの如くとなっている。均等法が保障する「平等」が「仕事と生活の両立」「男女の仕事と家族的責任の担い合い」を前提としてものであることを明確化し、「平等」が、無限定な「男性なみの働き方」への女性の統合ではないことを明らかにする条項が置かれるべきである。
② 間接差別の禁止条項を置くこと。
男女の不平等は、かつては露骨な「男女別」処遇から生じていたが、現在では、「コースの違い」や「パート・契約社員等契約形態の違い」等を理由とした「区別」により生じており、性差別是正の課題は、直接差別から間接差別へと移行している。もはや、直接差別を規制するだけでは差別是正の実効は図りえない。差別形態の変化に対応した差別禁止条項の導入が必要である。なお、当然のことながら、上記に伴い「雇用管理区分(職種、資格、雇用形態、就業形態等の区分その他の労働者の区分に属している労働者についての区分であって当該区分に属している労働者と異なる雇用管理を行うことを予定しているもの…)ごとに」差別の有無を判断するとしている均等指針は早急に撤廃されるべきである。
前回の均等法改正では、間接差別禁止規定の導入は時期早尚として見送られたが、もはや「国民の合意形成を待つ」段階ではない。差別は人権侵害であり、労働諸法規の「機能不全」は直ちに解消されなければならない。
③
賃金を含め職場の性差別を包括的に禁止する条項を置くこと。
現行法は、対象を限定列挙する方式を用いているが、これでは、列挙からもれた差別ないし新たな形での差別に対応できない。また、差別が最も集中して現れる賃金差別についての規定が存在しない。賃金を含め包括的な差別禁止規定が必要である。
④
妊娠・出産および妊娠・出産に起因する就労障害を理由とした不利益取扱の禁止条項を置くこと。
現行法には、「定年、退職、解雇」以外の妊娠・出産を理由とした差別を禁止する規定がなく、妊娠・出産をした女性への配転、正社員からパートへ等の身分変更強要、賃金や昇格等での不利益取り扱いが多発している。妊娠・出産差別は、女性が妊娠・出産をしながら働き続ける権利の侵害であり女性差別であるから、これを禁止する条項を置き、妊娠・出産しても平等に労働を継続しうる権利を保障すべきである。
⑤
労働者が使用者に対しセクシュアル・ハラスメント予防・適切な対処を行うことを請求する私法上の権利を有する旨の条項を置くこと。
現行法は、事業主の配慮義務を定めるに止まっているが、実効性を確保するため労働者の私法上の具体的請求権を法定すべきである。
⑥ 実効あるポジティブ・アクション規定の導入
ポジティブ・アクションを使用者に義務づける措置(例えば、行動計画の策定・届出義務や公契約の入札に際して行動計画策定を資格要件とする等)を導入すること。
差別を是正するには、「差別を禁止する」だけでなく、積極的な平等実現策(教育研修や透明公正な処遇制度の構築、育児・介護支援、過去差別を受けてきた人へのサポート等)を講じ、差別を生み出す土壌を改善し、また、女性が能力を生かせる環境づくりをすることが重要である。しかるに、現行法は、企業が自発的に措置を講じる場合に国が援助できると規定するに止まり、コスト削減競争が激化する下、平等施策は一向に進んでいない。企業へのポジティブアクション義務づけへ進むことが必要である。
⑦ 差別救済のための制度整備
違法な差別を放任しないための救済制度の抜本的整備が必要である。司法救済を容易にするために、差別推定規定や立証責任の転換(分配)規定の導入、昇格請求権等是正請求権の法定、判決によるポジティブ・アクションを可能とする規定の導入、クラスアクション制度の導入が必要である。
また、現行の行政救済機関を抜本的に改正し、調査権限を有し、十分なスタッフを持つ独立行政救済機関を設けるべきである。また、セクシュアル・ハラスメントを均等法11条乃至13条の対象とすべきである。
(2) 労基法等について
今回は問題点の指摘に止めるが、以下の点について検討討議されたい。
① 男女共通の労働基準水準の引き上げ
日及び週を単位とする労働時間規制の強化、休暇・休業制度の充実、差別なき短時間勤務制度の確立、深夜業免除の場合における他時間帯での就労権の確保等。
② 有期契約の規制
有期契約の締結を契約期間を限定することに合理的理由がある場合に限るなどの有期契約の規制。
③ 労基法3条に「性別」を加えること。
④ 労基法4条を「同一価値労働同一報酬の原則」に基づくものに改正すること。
3 今後の審議の進め方について
今後の審議の進行にあたっては、現場の意見を広く審議に反映するため、次の措置を取り入れられたい。
① ヒアリングについて
ⅰ 正規労働者のみならず、非正規労働者を組織する労働組合、非正規労働者を対象とした相談活動グループ等々からもヒアリングを行い、実態を十分に把握すること。
ⅱ 差別訴訟・相談活動を担当している実務家弁護士、訴訟当事者からヒアリングすること。具体的ケースを通じて現実の差別是正における問題点と改善策を検討するために必須である。
② パブリックコメントについて
ⅰ 審議の早い段階、争点を整理する段階、争点に対し審議をすすめる段階、政策をまとめる段階と、各段階において、相応の募集期間によるパブリックコメントを募集すること。
ⅱ 雇用均等政策研究会がテーマとした4点のみならず、均等政策全般にわたっての意見を求めること。
③ 審議内容の公開と速やかな公表を行うこと。
4 当弁護団は、今後も均等政策審議に注目し、実効性ある法改正に向け、適宜、改正内容等について具体的意見を申し入れる予定である。雇用の機会均等対策は、今後の雇用の在り方を左右する重要な問題であり、貴庁、貴審議会、貴分科会が、実りある検討・審議をなされることを心より期待する。
以 上