(意見書)「民事訴訟法及び民事執行法の改正に関する要綱中間試案」に関する意見書
2003/10/21
「民事訴訟法及び民事執行法の改正に関する要綱中間試案」に関する意見書
2003年10月17日
日本労働弁護団
幹事長 鴨 田 哲 郎
1 法制審議会民事訴訟・民事執行法部会は、本年9月12日、民事訴訟法及び民事執行法の改正に関する要綱中間試案を発表した。その内容は多岐にわたるが、とりわけ労働者・労働組合の権利に関わる問題として、文書提出命令(民事訴訟法第220条)、金銭債務についての間接強制の各点に関する試案の内容について、下記のとおり意見を述べる。
2 文書提出命令の対象の拡大
(1) 今回の要綱中間試案(以下、「試案」という)では、文書提出命令の対象について、民事訴訟法の一部を改正する法律(平成13年法律第96号。同年12月1日施行。以下、「2001年改正法」という)により、公文書についても私文書と同様に一般的に文書提出義務の対象とされる一方、刑事事件関係書類等について、この義務の対象となる文書から除外した点(民事訴訟法第220条第4号ホ)に絞って、これを提出義務の対象に加えるべきか否かについて論点整理を行っている。
しかし、2001年改正法施行後において、私文書が一般的に文書提出義務の対象とされたにもかかわらず、なお労働関係訴訟において、文書提出命令は改正前と同様に十分に機能していない。これは、裁判所が文書提出義務の対象とされている「挙証者の利益のために作成された文書」(利益文書)と挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成された」文書(法律関係文書)(民事訴訟法第220条第3項)を厳格に解釈し、また、一般的な文書提出義務の対象から除外される文書として民事訴訟法第220条第4号ニが定める「専ら文書の所持者の利用に供する文書」(自己使用文書)を緩やかに解釈して、容易に文書提出命令を発しない実態があるからである。
しかし、この点については、本年7月16日に交付された「民事訴訟法等の一部を改正する法律(平成15年法律第108号)においても改善が図られず、「試案」においても、「自己使用文書」について、何らかの見直しをするかどうかについてなお検討することとしているに過ぎない。
(2)
労働関係訴訟においては、その判断基準が「合理性」、「正当性」など抽象的にならざるをえないことによって、詳細な間接事実や周辺事情をも含めなければ適正な判断がなしえず、さらに、関係証拠の大半が一方当事者である使用者の手元に存し、これを開示させなければ実体的真実に基づく公正な判断はなしえないという客観的な状況の下にある。
こうした状況下にあっては、本来ならば少なくとも労働訴訟においてはアメリカのディスカバリー制度にならい徹底的な証拠開示制度が創設されるべきところであるが、当面、労働訴訟手続の適正かつ迅速な審理の実現のためには、「自己使用文書」を一般的な文書提出義務の対象から除外している現行規定を削除又は適用除外とすべきである。また、少なくとも下記の文書について、使用者が適正な労務管理のために作成し保管すべきものであるから、利益文書又は法律関係文書に該ること、または「自己使用文書」に該当しないことを明示すべきである。
① 就業規則、給与規定、退職金規定など労働契約に関する文書
② 賃金台帳、給与明細票など労働者の賃金に関する文書
③ 出勤簿、タイムカードなど労働者の労働日・労働時間に関する文書
④ 社員履歴台帳、人員組織構成表、配置表など労働者の職務経歴・業務上の地位に関する文書
⑤ 業務指示書、業務報告書、業務日報、打合せ記録など労働者の業務内容に関する文書
⑥ 人事考課表など労働者の人事考課に関する文書
⑦ 健康診断結果表など労働者の健康状態に関する文書
⑧ 決算書、明細書など使用者の経営状況に関する文書
⑨ その他当該事件の適正かつ迅速な審理のために必要と認められる文書
3 賃金債務についての間接強制の導入
(1) 担保物件及び民事執行制度の改善のための民法等の一部を改正する法律(平成15年法律第134号)により、民事執行法において、不代替的な作為債務及び不作為債務に限り認められていた間接強制について、物の引渡債務、代替的な作為債務及び不作為債務についての強制執行も間接強制の方法によって行うことができるものとされた。しかし、金銭債務については、なお間接強制の方法によることを認めなかった。
「試案」は、この点について、扶養義務等に基いて既に発生している金銭債務について間接強制の方法によることができることとしている。もっとも、「試案」はこれ以外の金銭債務について間接強制の方法によることを認めるか、また、扶養義務等に基づく金銭債務が定期給付債務である場合に、将来分の定期金債務についても間接強制を認めるか否かについてはなお検討することとしている。
(2) 次期改正においては、賃金債務についても、間接強制による強制執行を認めるべきである。なぜなら、労働者の未払い賃金は労働者の生活を維持するために不可欠なものであるが、少額であることが多い(例えば時間外労働に対する割増賃金、アルバイトやパートの未払い賃金など)ため、直接強制の方法によると時間並びに費用の点で権利の効果的な実現が期待できない反面、資力があるのに支払わない使用者に対しては間接強制の方法によることが効果的であるからである。
さらに、既に期限が到来しているのに支払われない賃金がある場合には、期限がまだ到来していない将来分の賃金についても間接強制を認めるべきである。なぜなら、賃金は労働契約に明確に定められ、労働者が就労する限り、定期的に発生する債務であり、直接強制の方法による手続的負担を軽減して、賃金による労働者の生活の維持に可能限り配慮すべきであるからである。
以 上