労働契約法案及び労働基準法改正法案に対する見解
2007/4/2
労働契約法案及び労働基準法改正法案に対する見解
2007年4月2日
日本労働弁護団
幹事長 鴨 田 哲 郎
当弁護団は、いわゆる労働法制の検討過程において、節目毎に意見、見解を表明してきたところであるが、本通常国会に上程された標記2法案に対し、従来の意見等に引続き、以下の通り、基本的な見解を述べるものである。
第1.労働契約法案
1.総論
(1)あまりに貧弱
労働契約法案(以下、契約法案という)は全文で19条、目的、定義及び雑則を除く実質的規定はわずか15条にすぎない。そのうち3~5条は、労働契約内容やその効力の解釈にあたって重要な指針となるとはいえ、直ちに個別契約内容を民事的に規律するものではなく、個別の契約事項に関する規定は14~17条(出向、懲戒、解雇及び有期雇用)の4条にすぎず、その内容も、14、15条は3条3項の規定を置いた上で改めて権利濫用を定めるもの、16条は労基法18条の2を、17条1項も実質的に民法628条を移行したもの、同条2項は直ちに民事的効力が生じうるものとは解しえないものである。
当弁護団は、労働契約の成立・展開・終了という一連の職場生活において生起する労働契約上の様々な問題について、これを民事的効力をもって規律し、使用者の専横を許さず、労働者保護を図る法としての労働契約法の必要を強く主張してきた。しかしながら今次契約法案はかかる期待に応えるものとはなっておらず、あまりにも内容が貧弱と評さざるをえない。
(2)就業規則法か
結局、契約法案は、7~13条における労働契約と就業規則との関係の法定を中核とするものとなった。今日の労働社会において就業規則が一定の機能を果たしている現実からすれば、契約法において就業規則条項を置くことはやむをえないかもしれないが、合意によって成立する労働契約(法案6条)に関して規定をする契約法において、一方的決定で制改定しうる就業規則に関する効力条項を置くにあたっては、可能な限り合意原則に近づける必要があり、少なくとも現在の判例法理・判例状況に比し、労働者保護を後退させ、使用者による一方的決定を強化するものであっては、断じてならないところである。
2.就業規則条項は、判例法理に沿っているか
(1)就業規則不存在の場合
契約法案7条は、「合理的な労働条件が定められている就業規則」(以下、本項では、かかる就業規則を前提とする)を「労働者に周知させた場合」、「労働契約内容は就業規則で定める労働条件による」とする。
この点、法案要綱は、「労働者に周知させていた場合」としていたのであり、要綱がかかる規定とした実質的理由は、既に合理的な就業規則が法的規範として存在している事業場に入職する労働者Aは、特約がない限り、当然に当該就業規則の適用を受けるとするところにあると思料され、この考え方は「就業規則は・・・法的規範としての性質を認められるに至っているものと解すべきであるから、当該事業場の労働者は、就業規則の存在および内容を現実に知っていると否とにかかわらず、また、これに対して個別的に合意を与えたかどうかを問わず、当然にその適用を受ける」とした判例法理にも沿うものであった。
しかるに、契約法案7条は周知された法的規範としての就業規則が存在しない場合においても、周知を効力(発生)要件としてその法的規範性を認めるものと解される。
法的規範としての就業規則不存在には、就業規則自体が存在しない場合と、就業規則は存在するものの当該事項に関する条項が存在しない場合が考えられる。
前者については、個別契約内容と(新たに制定された)就業規則内容とは、(イ)前者が有利、(ロ)同一、(ハ)後者が有利の3ケースが想定されるところ、(イ)については7条但書により個別契約内容が労働条件に、(ハ)については12条により就業規則内容が労働条件となるので、法理的な問題を除けば、結論的には労働者保護を後退させることはないと思われる。
後者については、個別合意があるものとして7条但書が適用される場合は前者と同様であるが、個別合意が不存在(白紙)の場合には、就業規則内容が労働条件となることとなろう。
判例法理は、前記に引続き、「『新たな就業規則の作成』または変更によって労働者の既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されない」とするのであって、7条の規定は明らかに判例法理に反するものと考えられる。
従って、判例法理に沿い、就業規則条項の追加による不利益変更は、原則として許されない(不利益変更の合理性を要する)旨の規定が置かれなければならない。具体的には、(1)10条の「就業規則の変更により」を「新たな就業規則の作成または変更により」あるいは「変更(追加的変更を含む)」と改める、(2)10条2項として、「新たな就業規則の作成により労働条件を変更する場合も前項と同様とする」旨の規定を置くことが考えられよう。
(2)不十分な条文化
いわゆる不利益変更法理を規定するのが10条である。前記1項の点を除き、概ね判例法理の沿うと評してもよいが、少なくとも以下の2点につき、不十分といわざるをえない。
①「不利益」変更における合理性とは何か
10条は、不利益変更が合理性を有するか否かを判断するにあたって考慮すべき事項として4点を挙げるものの(代償措置及び経過措置の存否と内容も規定すべきである)、効力判断基準としていかなる内容のどの程度の合理性を要するかについての規定を欠く。
この点、判例法理は、「当該規則条項が合理的なものであるとは、当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面から見て、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認できるだけの合理性を有するものであることをいうと解される。特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。」としている(昭63.2.16大曲市農協事件最判)。
従って、例えば、「その他の就業規則の変更に係る事情の照らして」の次に「当該条項の法的規範性を是認できるだけの」あるいは「不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できる」を挿入することが考えられる。
②「不利益」変更における合理性を誰を基準に判断するのか
10条は、前記の「合理性」の有無を誰を基準に――労働者集団全体か、当該労働者個人か、その両方か――判断するのか明瞭でない。
この点、判例法理は、「一方的に不利益を受ける労働者について不利益性を緩和するなどの経過措置を設けることによる適切な救済を併せ図るべきであり、それがないままに右労働者に大きな不利益のみを受忍させることには、相当性がない」(平12.9.7みちのく銀行事件最判)として、まず労働者集団全体で判断したうえ、さらに当該労働者個人との関係でも判断することを明確にしている。
従って、例えば、「労働者の受ける不利益の程度」を「当該労働者の受ける不利益の程度」と改める、あるいは、「その他の就業規則の変更に係る事情に照らして」の次に、「当該労働者にとって」を挿入することが考えられる。
(3)判例法理の当然の帰結としての協議の必要性
契約法案11条は、就業規則変更手続は労基法90条の定めるところによるとして、変更に関する労働者集団の係わりを意見聴取に止めている。
しかし、判例法理に沿った10条において就業規則変更の合理性の判断基準の1つとして「労働組合等との交渉の状況」を挙げていることからすれば、これとの整合性を考慮し、過半数代表等との誠実な協議が必要であることを明示すべきである。11条を変更手続に限定した規定とするのであれば、労基法90条によるとするのではなく、過半数代表等との協議を義務付けるべきである。最低基準を定める刑事法たる労基法(意見聴取義務違反は30万円以下の罰金である)と民事法たる契約法とで規制の内容が異なっても何の問題もない。そして、かかる規定を置くことによって、(集団的にではあるが)合意を原則とする契約法のあるべき姿に近づくと思料する。
なお、この点は、本来、就業規則の作成においても当然に妥当することであり、11条は、「就業規則の変更の手続に関して」ではなく、「就業規則の作成又は変更の手続に関しては」と改められるのが望ましい。
(4)労働者個人との係わりの確保
契約法案7条及び10条において、就業規則と個々の労働者との係わりは明確でない。
この点、判例法理は、「就業規則が法的規範としての性質を有するものとして、拘束力を生ずるためには、その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続が採られていることを要する。」とする(平15.10.10フジ興産事件最判)。ここでいう「周知させる手続」が労基法106条1項に基づくものか、いわゆる実質的周知で足りるかの論議はあるものの、いずれも周知の対象は労働者集団を想定するものであり、個々の労働者が「就業規則の存在および内容を現実に知っていると否とにかかわら」ないとする(秋北バス事件最判)。
また、契約法案4条1項は、労働契約内容について「労働者の理解を深めるよう」使用者に求めている。
判例法理が前記の内容であるにせよ、個々の労働者と使用者との間の契約(合意)について律する契約法を新設する以上、法は可能な限り、個々の合意に近づける努力をなすべきである。
契約法としては、少なくとも労働者集団との関係での周知に加え、労働者個々人がそれぞれ就業規則内容を容易に知りうる状態にあったことを効力要件とすべきである。
3.その他の条項
(1)労働契約の成立と労働条件の合意
契約法6条は、「労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立する。」と定める。
これでは、基本的な労働条件内容(所定の賃金と労働時間)を定めないまま、「使用されて労働し(指揮命令に従う)」「(何がしかの)賃金を支払う」との合意だけで、具体的な労働条件内容は全て(合理的な)就業規則によって使用者が一方的に定めうると誤解されかねない(現にかかる「合意」は、よく存在する)。これは労働契約の成立要件(法案6条)と労働条件の合意原則(法案3条1項)を一文で表現しようとするからである。
従って、この2点を一つの条文として、例えば、第1項において「労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働することを約し、使用者がこれに対して賃金を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。」、第2項において「労働条件は、労働者及び使用者が対等の立場で合意することによって決定、又は変更される。」と規定することが望ましい。
(2)出向の定義
契約法案14条2項は出向の定義規定であるが、要するに、「労働者が、出向契約(出向元と出向先)に基づき、使用者(出向元)との間の労働契約に基づく関係を継続しつつ、第三者(出向先)との間の労働契約に基づく関係の下に、第三者(出向先)に使用されて労働に従事すること」であるとする。
契約法の規定でありながら、この定義に当該労働者個人の合意――第三者(出向先)との間の労働契約の成立――については何ら触れられていない。法案は、「出向を命ずることができる場合」(14条1項)に第三者との労働契約が成立するとするのであろうが、これでは、規定を置く意義はほとんどないといわざるをえない。いかなる場合に(いかなる要件を満たせば)「出向を命ずることができる」のか、具体的に規定すべきである。
また、かかる定義では、派遣規制の潜脱として利用されることが懸念される。労働者の「レンタル」を合法化、促進しないよう、第三者(出向先)の労働契約当事者としての責務を明記するなど十分に配慮した規定が求められる。
(3)有期契約
①解雇規制
契約法案17条1項は、有期契約につき、「やむを得ない事由がないときは」期間途中に「解雇することができない」と定める。
本条によれば「やむを得ない事由」の存在について労使のいずれが立証責任を負うのか判然としない。
本条は実質的に民法628条を契約法に移行するにあたって「解雇することができない」と定めることにより、文言を変えたものとも解しうるが、同条は「やむを得ない事由があるときは」「解除をすることができる」と定め、「やむを得ない事由」の立証責任は使用者が負うものと定めている。立証責任が変わらないとすれば、同条との関係においても、「やむを得ない事由」の立証責任を使用者が負うことを明確にするためにも、例えば、「やむを得ない事由のないときは」を「やむを得ない事由がある場合を除き」と改める、あるいは、「やむを得ない事由がないときは」を削除し、但し書として「但し、やむを得ない事由がある場合はこの限りでない」を加えるなどの修正がなされなければならない。
②配慮義務
契約法案17条2項は、「必要以上に短い期間を定めることにより、その労働契約を反復して更新することのないよう」「配慮しなければならない」との契約期間の定めについての配慮義務を定める。
しかるに、配慮義務違反についての民事的効力に関する規定は全く存在しない。このままでは、雇止めの当否の判断にあたっての一要素としかならない規定となりかねない。本項は、少なくとも有期契約の契約期間の適正化を求める規定なのであるから、当該期間を定めた理由を有期契約締結にあたり明示する義務規定を置くなどその目的に沿う有用な規定となるよう十分な配慮が求められる。
第2.労働基準法改正法案
1.総論
労働基準法改正法案(以下、時間法案という)は、限度基準(36条2項、平15.10.22厚労告第355号)の若干の改正、割増賃金率のアップ(37条1項)と代償休日制度(37条3項)、年次有給休暇の時間休制度(39条4、7項)などを内容とする。長時間労働の抑制を主目的とする改正ではあるが、ほとんど全く実効がないと断ぜざるをえない。政府の時短政策の遂行意欲が問われるものである。
2.割増率アップと代償休日
(1)割増率アップ
最大の目玉は割増率アップであるが、所定外労働が「1箇月について80時間を超えた場合」のみ、超えた部分についてだけ「5割」以上の割増を求めるにすぎず、しかも、この規定は中小企業(原則として、資本金3億円以下又は常時使用労働者300人以下)には適用されない。中小企業は日本の企業の9割以上を占め、そこに働く労働者も日本の労働者の8割以上を占めるといわれているのであって、改正法の適用を受ける労働者は極くわずかである。
それ以上に問題なのが、「80時間」である。何度も指摘してきたように、月80時間の残業は、厚労省も認める過労死ラインであり、法案は、過労死する程の長時間でもわずか25%の割増賃金で働かせてよいとのメッセージである。時短意欲が問われる由縁である。
(2)