「過労死等防止基本法」の制定と長時間労働の規制強化を求める決議
2008/11/15
「過労死等防止基本法」の制定と長時間労働の規制強化を求める決議
日本国憲法27条は基本的人権として「勤労の権利」を保障し(1項)、あわせて「賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準」を法律で定めるとしている(2項)。これを受けて労働基準法は、労働者に週40時間・1日8時間を超えて労働させてはならないとして労働時間を規制し(労基法32条)、休憩時間と休日を付与することを義務付けている(同法34条1項、35条1項)。この労働時間・休憩・休日に関する規制は、労働者が使用者から過重な長時間労働を強いられるのを禁止して、労働者の生命と健康を保護し、労働者の家庭生活などの私的な時間を確保する趣旨である。これらの労働条件は「労働者が人たるに値する生活を営むための必要を満たすべき」最低基準であり(同法1条)、わが国で働くすべての労働者に共通する基本原則である。
しかし、現在のわが国の労働現場では、過酷な長時間労働が蔓延し、労働者の命と健康を蝕み、家庭生活を破壊する「過労死・過労自殺」事件が後を絶たない。労働時間の最低基準たる基本原則は崩壊している現状にある。
日本の労働者は世界の先進諸国の中で最も長く働いており、20代後半から40代前半までの男性労働者で週60時間以上(すなわち月間残業時間80時間以上)も働いている労働者が4~5人に1人いる。また、我が国の企業は大多数の管理職を労基法41条2号の「管理監督者」として違法に扱い、その指揮下にある正社員労働者とともに無限定の長時間労働を強いている。そればかりか、所謂「管理職」としての権限も処遇もないのに若年労働者を「名ばかり管理職」として扱う例まである。さらに、過酷な長時間労働の被害者は今や非正規の労働者にまで広がり、工場の派遣労働者や有期雇用の店長が過労死する事件まで起きている。
厚生労働省が発表した2007年の「脳・心臓疾患及び精神障害等に係る労災補償状況について」によれば、脳・心臓疾患等の労災補償の認定件数は前年度比10%以上も増加して過去最高を記録し、精神障害等の労災補償請求件数(同16%増)、認定件数(同30%増)ともに大きく増加し、過労自殺も過去最悪となった。これまで、わが国の社会において過労死撲滅の必要性が叫ばれて久しいが、過労による労働災害は減るどころか増える一方である。もはや一企業や業界団体の自助努力に任せていたのでは何ら効果が望めないことは明らかであり、このような事態を何もしないまま放置しておくことは許されるものではない。
したがって、わが国の職場に蔓延する長時間労働に対する規制を強化し、過労による労働災害や過労死・過労自殺を根絶することを目的とした以下のような内容を骨子とする「過労死等防止基本法」を制定し、それに伴う法整備等を行うことが必要である。
- (目的と基本理念) わが国の職場において長時間の過重労働による脳・心臓疾患及び精神疾患、過労死・過労自殺などの労働災害が増大していることにかんがみ、労働者の生命・健康を守り権利の尊重などの基本理念を定め、国及び地方公共団体、使用者の長時間過重労働の抑制と過労死等を防止する責務等を明らかにするとともに、その施策の基本となる事項を定めることにより、長時間労働による過労死等の労働者の健康被害を防止するための総合的な施策の推進を図り、もって安全な職場環境を実現し労働者の職業生活の安定及び向上を確保することを目的とすること。
- (国及び地方公共団体の責務) 国は、上記の基本理念に則り、過労死等の健康被害を防止する政策を推進する責務を有すること。地方公共団体は、前項の基本理念に則り、国の施策に準じて施策を講ずるとともに、当該地域の社会的、経済的状況に応じた過労死等の健康被害を防止する政策を推進する責務を有すること。
- (使用者の責務等) 使用者は、上記の労働者の生命・健康被害を防止する等の基本理念にかんがみ、労働者の労務遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないように注意すべき義務を負い、長期間労働による労働者の健康被害が発生することないようにすべきこと、また、労働者からの長時間労働に関する申告を適切かつ迅速に処理するために必要な体制の整備等に努め、当該申告を適切に処理すること、国が実施する上記過労死等の防止政策に協力すること。
- (使用者団体の責務) 使用者団体は、使用者の自主的な取組を尊重しつつ、使用者と労働者との間に生じた長時間労働による申告の処理の体制の整備、使用者自らがその事業活動に関し遵守すべき基準の作成の支援その他の労働者の生命・健康の維持・向上を図るための自主的な活動に努めるものとすること。
- (過労死等防止基本計画) 政府は、過労死等防止政策の計画的な推進を図るため、過労死等防止政策の推進に関する基本的な計画を定め、内閣総理大臣は、基本計画の案につき閣議の決定を求めなければならないこと。
- (法制上の措置等) 国は、この法律の目的を達成するため、必要な関係法令の制定又は改正を行ない、政府は必要な財政上の措置を講じなければならないことなど。
この必要な法制上の措置等として、例えば、飲食・小売業等の事業者の営業時間や営業日を規制する立法をすること、また、労働関係法規を改正して、使用者に労働者全員の実労働時間を把握する義務があること、1日、1月及び年間の総実労働時間の上限規制を設けること、完全週休2日制度を制定すること、1日の労働の終りの時刻から次の労働の開始時刻まで勤務間隔(休息)を一定時間空ける制度を導入すること、過労死事案を出した企業名の公表を義務化するなどの立法を整備することが必要である。それとともに、労働関係法規違反の取り締まり行政を抜本的に強化することが必要不可欠である。
日本労働弁護団は、国に対し、長時間労働を規制し、過労死等を根絶することを目的とする「過労死等防止基本法」を制定し、必要な法整備等を早急に実施することを求める。また、過酷な長時間労働による被害者やその家族、過労死弁護団、過労死の根絶を願う労働組合や市民団体とも協力してこの問題に取り組んでいくことを決議する。
2008年11月15日
日本労働弁護団第52回全国総会