「今後の労働契約法制の在り方に関する研究会中間とりまとめ」に対する見解

2005/4/27

 

「今後の労働契約法制の在り方に関する研究会中間とりまとめ」に対する見解

 

2005年4月27日  

日本労働弁護団     
幹事長  鴨田 哲郎

 

はじめに
 「今後の労働契約法制の在り方に関する研究会」(座長・菅野和夫明治大学法科大学院教授)は、4月13日、「中間取りまとめ」(以下、「報告」という)を公表し、今秋には最終報告を提出するとしている。
 日本労働弁護団は、昨年04年6月24日、「労働契約法制の基本的性格についての意見書」を公表すると共に、94年4月に公表した「労働契約法制立法提言(第1次案)」、95年6月に公表した「労働契約法制立法提言(緊急5大項目)」、02年5月に公表した「解雇等労働契約終了に関する立法提言」の今日的見直し作業を進めてきた。05年版労働契約法制立法提言は近々公表予定であり、本「報告」における労働契約の成立・展開・終了に関する個別事項については、上記立法提言が「報告」に対する見解と対案にもなるので、本見解では、「報告」の基本的考え方と主要な問題点について見解を述べる。5月に再開される「研究会」において、本見解及び当弁護団の立法提言を十分に検討のうえ、最終報告がとりまとめられることを要望する。

 

第1 われわれの基本的考え方
― 労働契約法制の必要性とその基本的性格について
 当弁護団では、93年1月の、いわゆるパイオニア・ショック以来、今日まで12年にわたり、電話・面接による労働者からの労働相談活動に取組み、毎年6月と12月には「全国一斉リストラ110番」も実施しており、相談件数はここ数年、2000件を超えている。また、全国の労基署等に寄せられた個別民事紛争の相談件数は03年度には前年比36.5%増の約14万800件に及んでいる。この他、各自治体が行っている労働相談やあっせん、様々な労働組合が取組んでいる労働相談も多くの相談の対応に苦慮するほどの状態にある。

 労働契約をめぐる実情や紛争から今日明らかになっていることは、使用者が圧倒的に優位なその地位に基づいて労働関係の成立、展開、終了にかかわる労働条件を実質的に決定しているという点である。就業規則の定めを利用しての、あるいは就業規則の変更を用いての労働条件の決定や変更・切り下げはもとより、「合意」の名の下の事実上の強制もその中に含まれる。
 
労働契約をめぐる問題の本質は労使の対等性の欠如にあり、このことからすれば、労働条件決定を労使自治に委ねることによっては公正な労働条件、適正な労働条件を確保することは困難であることがまずもって認識される必要があり、労働契約にかかわる立法の必要性と立法内容はこの点におかれなければならない。
 
われわれも労働契約の内容が労使の合意に基づいて決定されるべきことを否定するものでもない。しかし、労働契約における労使の合意形成に労使の自由な意思に基づく対等性を期待することは困難であるが故に、契約内容たる労働条件については、その内容および手続の両面において法による一定の準則を定めることが必要不可欠であり、その準則のうえに労使の合意がなされるべきであると考える。
 
また、労働契約をめぐる主要な問題が判例法理に委ねられているということは、労働契約の当事者たる労使双方にとって、準拠すべき行動規範の明確性・安定性という点から、さらには、紛争が生じた場合の裁判規範の整備という点から好ましいものではない。
さらに、労働契約法制の内容については、最低基準の保障としての労働基準法の内容のみでは不十分であるとともに、刑罰法による対応も適切ではない。
 
このような点を指摘しての、労働契約法制の必要性についての「報告」の指摘それ自体については、われわれとしても異論はない。

 問題の基本は労働契約法制を制定するに際し、労働契約法制をどのようなものとして性格づけるか、にある。
 
われわれは、前述した理由から、労働契約法制の制定にあたっては、労働条件の適正な基準を可能な限り定めることに主眼がおかれるべきであると考える。
 
ところが、「報告」は、労働契約法制の性格を「労使当事者の自主的決定を促進する労働契約法制」と位置づけ、この基本的性格を具体化するための内容を定めようとする立場をとっている。しかし、「自主的決定の促進」によって適正な労働条件の実現が可能であるとする「報告」の立場には賛同し難い。労働契約をめぐって生じている問題の根本にあるのは、「自主的決定」による適正労働条件設定は困難であるという厳然たる事実であるからである。
 
「自主的決定」を、より可能にするためにの制度を設計することは問題を解決するひとつの方策ではあるが、それをもって労働契約法制において期待される主要な役割とすることになれば、労働契約法制は労働契約をめぐる現状、とりわけ労働者のおかれている状況を改善することに資するものとはなり得ない。「自主的決定」に委ね、その決定を容認し、決定の内容について法が容喙しないというのでは、適正を欠く労働条件が「自主的決定」の名の下に正当化されることになりかねない。
 
「報告」が労働契約法制の必要性を強く指摘しながら、労働契約法制を、「労使当事者の自主的な決定を促進する、公正かつ透明なルールを設定」するものと位置づけ、労働契約内容のあり方についての法規制に消極的であるのは、今日求められている労働契約法制のあり方からしてきわめて遺憾であると言わざるを得ない。「研究会」として、改めて労働契約法制に求められる今日的役割についての論議を深め、そのうえにたって「報告」の内容を見直し、最終報告に向けて真摯な議論を行うよう強く要望する。

第2 「報告」が提起する、労働契約法制の必要性について
1 「報告」の問題点 ― 
誰のため、何のための労働契約法制か
 
まず、現状認識として、指摘しなければならないのは、「人事管理の個別化、多様化」といわれる中で、対等な交渉力を有し、発揮しうるのは、極く一部の例外的労働者にすぎず、労働者の大半は労働条件についての対等のバーゲニング能力を持っておらず、使用者の意向に従わざるをえない状況に置かれていることである。
 
今、必要なのは、意に反してでも最終的には使用者の意向に従わざるをえない、普通の労働者及び著しく地位の不安定な立場に置かれている非正規労働者が、適正な労働条件の下で、安心・安定して働ける労働条件やルールを定める労働契約法制の制定である。大企業・中企業の正規労働者は、就業規則万能、成果主義の導入・強化の中、無限定の競争を強いられ、大企業の70%でメンタルヘルス不全社員が増加するなどの労働条件の下に置かれており、労働条件を自主的に決定しうるような立場にはない。小・零細企業の労働者は労働法規に無知あるいはこれを無視する経営者の下、雇用・労働条件は著しく脅かされている状況にある。
 
「多様化」といわれるが、多様な就業形態の実態は、使用者がその負担をできるだけ軽くするために導入するものであり、労働者に多様な就業意識が存する場合でも、使用者が用意したメニューの中から選択するしか労働者には途はないのであって、労働者の多様な就業意識に基づいて多様な就業形態が自主的に決定されているものではない点をしっかり見なければならない。そして、多様な就業形態のほとんどがいわゆる非正規労働者であって、正規労働者と明確に差別・区別されその労働条件が劣悪であること、そしてそのような労働者が急激に増加させられていることを注視しなければならない。

2 対等の交渉、決定及び適正労働条件確保のための法的手段は提起されたか
  「報告」は、労使間に「情報の質及び量の格差や交渉力の格差」があることを認めるが、その格差を是正し、対等な交渉・決定を図る手段として主に提起するのは労使委員会である。労使委員会については次項で詳述するが、事業主に労働条件について「意見を述べることを目的とする委員会」、いわば単なる諮問委員会にすぎない機関における、しかも労使による協議が、労働条件についての対等な交渉やその上での自主的な決定を保障するものでないことは明らかであり、「報告」が多用する明示事項への事実上の法的効力付与と合まって、使用者による実質的決定権に法的根拠を与えるものとなっていることは重大な問題である。
 
「報告」が、交渉力の格差の故に本来保護方策が創設・強化されねばならない普通の労働者や非正規労働者に対する適正労働条件を保障する点で、現在の問題状況を改善する具体的な提言について消極的であるのは残念であり、今後この点についても具体的提言がなされるよう求めたい(個別事項で従前より労働者の権利が前進していると評しうるのは、試用期間の上限設定〔但、「試行雇用契約」の導入とセット〕、兼業の原則容認、退職の意思表示のクーリングオフぐらいにすぎない)。

 

第3 労使委員会制度について
1 「報告」における労使委員会の位置付け
 
「報告」は、労使が「実質的に対等な立場で決定を行うことを確保するため」に、労働組合が存在しない場合、「常設的な労使委員会の活用」がこれに資するとする。そして、就業規則変更において労使委員会の5分の4以上の多数による決議に変更の合理性を推定する効力を与え、また、「事前協議や苦情処理の機能を持たせ」「配置転換、出向、解雇等の権利濫用の判断基準の1つと」し、さらに、「解雇の金銭解決制度」においては、労使委員会において「使用者による解雇の金銭解決制度」の導入や「解決金の額の基準」の設定を行うとしている。しかし、「報告」は、現行労基法38条の4に規定される労使委員会制度や同委員会を構成する労働者側委員の選出方法に関する問題点、および改革については何ら触れるところがなく、現労基法を踏襲するものと考えられる。

2 労働者代表機関の必要
(1) 労使委員会及び過半数代表者の現状
 
「報告」は本項のタイトルを「労働者代表制度」とするが、本文において労働者代表制度のあり方についての基本的検討を行うことなく、いきなり労使委員会に切り換わる。
 
前述の通り、現行労基法上の労使委員会は単なる諮問機関にすぎないにも拘らず、企画型裁量労働みなし時間制の導入決議をなす権限が付与されている他、労使協定事項に関し、その決議に労使協定代替効が与えられている。しかし、過半数組合が存在しない、圧倒的多数の事業場を前提とすると、労使委員会を構成する労働者側委員は、過半数代表者の指名によって事実上決まり(従業員による信任制度は廃止された)、その過半数代表者は、労基則6条の2において民主的手続で選出されるべきこと、管理監督者はその資格がないと規定されているのみで、現実にもその選出方法は「話合い」(36協定で44.9%、就業規則の変更に対する意見聴取で52.0%)がトップで、「選挙」は10%台(前者で17.0%、後者で10.4%)にすぎず(平成9年度労働時間等総合実態調査)、実態として民主的に選出されているとは到底、言い難い。しかも、この点は「報告」も指摘するところであるが、過半数代表者は単発の代表であって、当該協定の締結等が終了すれば、その後は何らの権限も与えられておらず、労働者側を代表する者は不在の状態が継続する。
(2) 労働者代表機関
 
民主的な選出手続が保障された、複数の労働者代表によって構成される常設の労働者代表機関(労働者代表委員会)の法定が、「現行法制の中で最小限実現しなければならない」ものであることは、当弁護団が95年提言においても指摘し、継続して主張してきたところである。労働者代表機関には使用者から独立した機関としての権限が付与されねばならず、機関を構成する労働者代表にも権限・保護が与えられねばならない(ILO135号条約〈71年〉参照)。われわれはかかる内容を持つ制度を、労働者代表制度と理解する。使用者から独立した機関としての性質を有しない、労使委員会委員乃至その集団は労働者代表制度と呼ぶにふさわしくない。
(3) 「報告」への疑問
 
しかるに、「報告」は労使委員会決議に相当の効力を与えるべく提言するにも拘らず、その基礎となる、労働者代表機関にも、労働者代表(又は労使委員会委員)の選任手続や権限等についても触れていない。もし、これらの点は今後の検討課題であるのであれば、その点も検討・整備したうえで、合わせて提起すべきであって、これらの点に触れないままに提起するのは拙速の謗りを免れない。
 
また、「報告」は、一方で「労使委員会での決議は、当然に個々の労働者を拘束するものではない」としつつ、他方で、同委員会に解雇の金銭解決制度の制度設計という極めて重大な権限を付与し(「個々の労働者を拘束する」結果となる)、事実上の就業規則変更への同意権(変更の合理性が推定されることによって、結果として「個々の労働者を拘束する」)を付与するなど、不統一さが散見され、労働者代表制度の権限や機能に関し十分かつ真剣に検討したかについて疑問を抱かざるをえない。「研究会」が、われわれが指摘する上記の問題点をふまえ、適正な労働条件決定に資する「労働者代表制度」のあり方について、さらに検討を深めることを要望する。

 

第4 就業規則法制について
1 「報告」の内容
 
「報告」は、就業規則の拘束力につき、「就業規則の内容が合理性を欠く場合を除き、労働者及び使用者は、労働条件は就業規則の定めるところによるとの意思を有していたものと推定するという趣旨の規定を設けることが適当」としたうえ、その要件として(1)周知させる手続が採られていることを法律で明らかにすることが適当、(2)過半数組合等からの意見聴取を要件とする方向で検討することが適当、(3)行政官庁への届出を要件とする方向で検討することが適当とする。
 
また、変更された就業規則の拘束力については、「例えば、一部の労働者に対して大きな不利益のみを与える変更の場合を除き、労働者の意見を適正に集約した上で、過半数組合が合意をした場合又は労使委員会の委員の5分の4以上の多数により変更を認める決議があった場合には、変更後の就業規則の合理性が推定されるとすることについて、更に議論を深める必要がある」として、「多数組合の合意があることのみによって変更後の就業規則の合理性を直ちに認めることは適当ではない」とは言うものの、上記の方向で最終報告をまとめる意向であることが示唆されている。

2 「報告」の問題点
 
現行法制上、就業規則は使用者の一方的意思によって定められるものであり、「報告」は「現行意見聴取に代えて労働者代表の同意を必要とすることについては、就業規則は使用者が一方的に作成するものであるという現行の就業規則に関する判例法理の前提を覆すことや、企業運営への影響が大きいことから適当でない」とし、さらに「労働者代表への協議を必要とすることについては、協議が行われたか否かの判断に当たって、労働者代表と使用者との見解が異なる場合などに監督機関がどのようにチェックするのかとの意見があったことから、慎重に検討する必要がある」として、現行の意見聴取方式を変更するつもりはないことを明言している。そのうえで、周知手続、意見聴取、届出の3点セットで拘束力を認めるとする。
 
しかし、まず、一方で情報の質量及び交渉力の格差があるが故に対等な交渉がなしえないとされる労働者に対し、協議手続を保障せずに、一方的に制定・変更される就業規則に拘束力を(たとえ、推定規定とはいえ)法定しようとするのは、就業規則が持つ現実的拘束力に照らし、労使間の格差を埋めるものとは言い難い。また、3点セットに関しては、拘束力の要件とするのであれば、周知手続という極めてあいまいな(労使の「見解が異なる場合」がままある)要件ではなく、労働者への書面交付を要件の1つとすべきである(このような要件を定めても使用者にとって不都合はない)。
 
次いで、変更就業規則の効力については、「就業規則の制定・変更によって、既得の権利を奪いあるいは労働条件を不利益に変更することはできない」という大原則を法定すべきであり(判例上もこれが大原則である)、その上で例外要件として、「高度の必要性と合理性がある場合」に限り、労働者を拘束しうる旨の規定とすべきである。
 
また、過半数組合の合意又は労使委員会5分の4以上の決議に変更の合理性を推定する効力を付与することには多くの問題があり、反対である。判例上も、第四銀行事件最判の後、多数組合の合意がありながら拘束力を否定した、みちのく銀行事件最判や、逆に、多数組合が反対しているにも拘らず拘束力を認めた函館信金事件最判が出されており、多数組合の合意についての評価は大きく揺れており、「報告」のような一般的規定を置くことは妥当でない。ましてや、その公正代表性について全く手続的担保がない労使委員会決議にまで推定効を付与することについては到底了解し難い。なお、本「報告」は確定・安定した判例水準に沿った立法化が一つのコンセプトになっているはずであるが、多数組合の合意に変更の合理性への推定効を法で付与することになれば、労働協約内容の合理性の司法審査を行うことができるとする、朝日火災海上(石堂)事件や中根製作所事件判決等で確立した判例法理をも覆すこととなる点に留意すべきである。

 

第5 雇用継続型契約変更制度について
1 「報告」の提起
 
「報告」は、就業規則変更による集団的労働条件変更では対応できない個別契約部分の労働条件変更の法制度(「雇用継続型契約変更制度」という新たなスキーム)として、①いわゆる変更解約告知制度と②変更権付与制度を提起する。
  ①における労働者の選択肢は、イ.不利益変更に応じる、ロ.異議を留保して変更に応じ、変更労働条件の無効確認訴訟を提起する、ハ.変更に応じず、解雇に対してその無効を確認する訴訟を提起するの3肢であり、②における労働者の選択肢は、イ.変更命令に従う、ロ.変更内容が合理性を欠く等を理由として、変更労働条件の無効確認訴訟を提起する(かかる訴訟の提起を理由とする解雇は無効とされる)である。

2 「報告」の問題点
(1) 労働者に提訴を強いること
  ①、②に共通して指摘しなければならないのは、変更や解雇を争う労働者が提訴しなければ、結局、使用者の意向のまま事態が確定してしまうことになり、異議ある労働者に提訴を強いるものになることである。
 
従業員の地位を保持したまま使用者と訴訟において争うことは、日本の企業社会においては極めて困難であり、かかる状況が急激に変化するとも考え難い。さらに、提訴にあたっては、労働者は法定の手数料(印紙)を納付せねばならず、弁護士費用も自己負担しなければならない。06年度から労働審判制度が開始されるとしても、この負担は基本的に変わらない。年間60万件とも70万件ともいわれるドイツでは、提訴にあたって裁判所への手数料は不要であり、弁護士費用は保険でカバーされる。
 
争う手段を保障する旨規定しても、これを十分に利用しうる状況がなければ制度は死文化し、結局、使用者の一方的意思の貫徹に「法的根拠」を与えることになりかねない。
(2) 変更解約告知
 
この制度を、労働条件変更のための制度と位置付ける見解もあり、本「報告」もその立場に立つが、変更解約告知とは、留保付き異議を法認するか否かに拘りなく、解雇か不利益変更かの二者択一を迫り、これを労働者自らに選択させるという、労働者にとっては極めて酷い制度であり、また、少なくとも一面として解雇制度として機能するものであることはまぎれもない事実であって、この点を軽視することは妥当でない。また、他方で提案した使用者にとっては、労働者がいずれの選択をしようが、(応訴の負担を別にすれば)不利益はない。変更解約告知は、結果として、使用者に労働条件変更について新たな法的手段を与えるものである。
(3) 変更権付与
 
まず、「報告」がいかなる範囲で「変更権」を法認しようとするのか不明である。「個別契約において労働者の職務内容や勤務地が特定されている」労働契約に限って認めるのか、変更権は賃金・労働時間等の労働条件に限られるのか、さらに契約形態の変更にまで及ぶのか、詰めた検討がなされた形跡がない。
 
次いで、「相応の手続・代償措置が必要」とするが、その内容は、手続については、「労働者と(の)十分な協議」とするにすぎず、その「協議」を実効あるものとする方策(例えば、協議中の変更禁止など)については提起がない。さらに、「代償措置」として、(1)変更無効確認訴訟提起を理由とする解雇の無効、(2)変更権を行使せずになされた解雇の無効(議論を深める)を挙げるが、かかる措置は「代償措置」と評しうるものではなく、変更制度の効果であると思料する。
 
少なくとも、このような新たな制度を提案する場合は、予想される問題点や今後検討を要する問題点も合わせて指摘する必要があり、「まず、制度ありき」の考え方は妥当でないことを指摘しておきたい。

 

第6 解雇の金銭解決制度について
1 労働者からの金銭解決の申立て
 
「報告」は、「一回的解決に係る理論的考え方」などを記述するが、違法・不当な解雇に対する賠償制度として、解雇無効訴訟と併存し、その選択権は労働者のみが有するものとして、法制化すべきである(当弁護団は、02年提言において、かかる提起をしている。なお、金銭賠償の金額は、解雇理由の内容、勤続期間、解雇による打撃、再就職の難易などの諸事情を総合して決せられるべきものである。)。なお、「解決金の額の基準」をあらかじめ労使委員会で決議することには反対である。

2 使用者からの金銭解決の申立て
 
「報告」は、現行訴訟における和解解決に加え、新たに使用者に金銭解決申立権を付与すべき、根拠・必要性を何ら示していない。
 
また、「報告」は、「『違法な解雇が金銭で有効となる』、『解雇を誘発する』等の批判について」として、「解雇が無効であると認定できる場合に、労働者の従業員たる地位が存続していることを前提として、解決金を支払うことによりその後の労働契約関係を解消することができる仕組みとして、違法な解雇が金銭により有効となるものではないこととすることが必要である」と記述するが、金銭を払うことによって、解雇が無効であっても労働者を放逐するという使用者の所期の目的を達する制度=金で解雇を買う制度である本質・実態は何ら変わらない。このような制度が導入されれば、解雇権濫用法理を立法化した労基法18条の2の規範性は著しく弱まるであろう。
 
次いで、「報告」は、「いかなる解雇についてもこの申立てを可能とするものではなく、思想信条、性、社会的地位等による差別等の公序良俗に反する解雇の場合を除外することはもとより、使用者の故意又は過失によらない事情であって労働者の職場復帰が困難と認められる特別な事情がある場合に限るとも考えられる」と記述するが、その限定・評価は極めてあいまいであって、限定の機能を発揮しうるか極めて疑問である。仮に、このような限定を付したとしても、使用者申立による金銭解決制度は、雇用保障を空洞化させるものであり、強く反対する。

 

第7 有期契約について
1 「報告」の内容
 
「報告」は、大きく3点につき、重要な提起をしている。
 ① 「労働基準法第14条の規定は、労働者の退職の制限に対する規制であることを明確にする」
 ② 平成15年の改正労働基準法に基づき制定された「有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準」(平成15年10月22日厚生労働省告示第357号)(使用者は、有期労働契約の締結に際し更新の有無を明示しなければならず、更新する場合があると明示したときはその判断の基準を明示しなければならない等)が定める手続を履行したことを雇止めの有効性の判断に当たっての考慮要素とすること等についても検討する必要がある。
 ③ 「契約期間満了後に引き続き期間の定めのない契約を締結する可能性がある場合(有期労働契約が試用の目的を有する場合)にはその旨及び本採用の判断基準を併せて明示させることとして、試用の目的を有する(期間の定めのない契約を締結する可能性のある)有期労働契約(「試行雇用契約」。いわゆるトライアル雇用)の法律上の位置付けを明確にする方向で検討することが適当」

  ①は、03年労基法改正まで、長らく有期雇用期間の上限が1年だったこともあり、従来、それ程議論はされず、実務的にも大きな問題とはされてこなかった点を退職の自由を規制する方向で明確にするとともに、労基法付則137条を改正法付則3条に定める措置が講じられたものとして削除するものである。
 ②は、告示357号に則り、有期雇用契約締結時に更新の有無及びその基準につき使用者が一方的に明示した場合、その明示内容を雇止めの有効性判断において考慮することを法文として定めるとするものである。
 ③は、新たな有期雇用類型として、「試行雇用契約」を創設するとするものであるとともに、神戸弘陵学園事件最判が示した考え方を立法によって変更するものである。

2 「報告」の問題点
(1) 基本的問題点
 
「報告」には、その実態から雇用安定の欠如、労働条件格差など種々の問題が指摘され、その規制の立法上の必要が様々提起されている有期雇用について十分な検討をなした形跡がうかがえず、その一方で、有期雇用を無制限に締結できる契約類型として容認し、さらには新たな不安定雇用類型まで導入しようとするものである。
 
日本における有期雇用が、雇用期間が限定されているという単なる雇用の長さの問題ではなく、有期雇用者が期間の定めのない雇用者とは異なる身分にある者として扱われている点に最大の是正されるべき問題があることはつとに指摘されてきたところである。欧州各国では有期雇用契約の締結自体が、解雇制限法制の潜脱を防ぐ目的も含めて厳しく規制されており(EU有期労働に関する枠組み協定指令など)、日本における有期雇用者の相当の部分を占めるパート労働者についても、均等待遇(労働時間の長さに比例する権利の量の区別のみ認め、身分差別は認めない)が社会的規範となっている(EUパートタイム労働枠組協約、ILO175号条約)。
 
現在、有期であるが故に、権利を奪われあるいは権利主張をなしえない労働者に対して、本来の権利が行使しうる条件を整備することこそ、有期雇用法制における喫緊の課題である。「報告」はこの点について、是正の方向を目指すのではなく、逆に、現状を追認し、差別の固定化、拡大となりかねない内容であって、賛同しえない。
(2) 雇止め法理の崩壊
  その上、「報告」②によれば、明示内容によって、事実上、雇止めの有効性判断がなされることとなり、現在、雇止めを無効とする裁判例の多くが、雇用継続の期待の保護との視点からなされていることに鑑みれば、明示内容からして雇用継続を期待することは労働者の主観的願望にすぎず、法的保護に価しないとして雇止め有効とする裁判例が急増することが危惧される。「報告」②によって、裁判所が長年にわたって築いてきた雇止め法理は崩壊するおそれがあり、有期雇用労働者の地位は一層不安定なものとなる。更新に関する明示の必要性のみを強調し、有期契約の締結規制等を検討しないのは著しく均衡を欠くものである。
 
そして、他方、雇用期間中(上限は3年又は5年)の退職は、やむをえない事由がない限り無効であり、当然損害賠償の対象となりうるとするのであるから、使用者の都合による労働者の囲い込み(拘束)と放逐(更新拒絶)の自由を認めることとなるというべきである。
(3) 「試行雇用契約」への重大な疑問
 
既に労働現場では、学卒者を1年の有期雇用とし、2回の更新後、正社員に登用するか否かを判断するという事例もみられるが、「試行雇用契約」という新たな契約類型の導入は、使用者の都合に偏した不安定雇用をさらに拡大することになる。「報告」では本来の試用期間につき期間の上限を定める等の提起がされているが、試行雇用契約が合わせて法制化されれば、本来の試用期間制度を採用する使用者はなくなっていくであろう。

 

第8 労働時間法制の見直し
1 「報告」の概容
 
「報告」は、「労働者の創造的・専門的能力を発揮できる自立的な働き方に対応した労働時間法制(労基法)の見直しを行う」必要があるとして、「規制改革・民間開放推進3か年計画」がホワイトカラーエグゼンプションを参考に、労働時間規制の適用除外を平成17年度中に検討するとしていることを紹介したうえ、これを前提に、「労使当事者が業務内容や労働時間を含めた労働契約の内容を実質的に対等な立場で自主的に決定できるようにする必要があり、これを担保する労働契約法制を定めることは不可欠となる」とする。しかし、前者は労基法の問題であって、「担保」すべき労働契約法制の内容については全く記述がない。

2 「報告」の問題点
 
「報告」は「自立的な働き方」ができる労働者というものを念頭においているが、そもそも「自立的な働き方」ができている労働者がどれほどいるのかについて、「研究会」や厚労省は実態に基づく検討をなすべきである。企画型裁量労働者に関する指針(平11年12月27日労働省告示第149号)第三、一.(二)留意事項ハが指摘する「労働者から時間配分の決定に関する裁量が事実上失われ」ているのが、現在の日本の労働者の働かされ方の実情であって、「自立的」に、自己の実質的な裁量に基づいて日々労働しうる労働者はほとんど皆無といっても過言でない。この点において「報告」の現状認識には重大な疑義があるが、仮に「自立的な働き方」ができる労働者がいるとしても、そのような働き方が可能となっている、極く極く一部の例外的労働者の為に労基法や労働契約法を制定・改正すべきではない。
 
なお、「担保」の内容が全く記述されていないのでこの点についての意見は、具体的な提起がなされた時点で述べることとしたい。

以