労働時間法改正論議にあたっての意見
2006/2/22
労働時間法改正論議にあたっての意見
2006年2月22日
日本労働弁護団
幹事長 鴨 田 哲 郎
労働政策審議会 御中
同 労働条件分科会 御中
はじめに
「今後の労働時間制度に関する研究会」(諏訪康雄座長)が本年1月27日、「報告書」(以下、「報告」という)を公表したことにより、今後、貴審議会労働条件分科会において、労働契約法制の論議と併行して、労働時間法改正論議がなされる運びとなった。
当弁護団は、折にふれ労働時間問題について意見を公表し、直近では、昨年9月30日付にて「労働時間法検討にあたっての意見―労働時間規制を放棄する適用除外拡大に反対する―」(以下、05年意見書という)を公表したところであるが、本格的な労働時間法改正論議が始まるにあたり、前記「報告」を踏まえ、意見を述べるものである。貴審議会での審議にあたり、「報告」にとらわれることなく、幅広い、充分な論議がなされ、日本の労働時間問題が改善されることを強く望むものである。
第1.「報告」に対する概括的批判
「報告」の提起は、「ワーク・ライフ・バランス」を改善するためとして、「管理監督者手前の労働者やスタッフ職(以下、準管理監督者という)については労働時間規制を外す一方、一般職については年休取得の改善を中心とする施策を実施する」というものである。
今日、日本の労働時間問題の特徴と課題は、実労働時間の二極化が増々進み、長時間労働を余儀なくされている労働者は、家庭・地域、さらには自己自身に使うべき時間が確保できないばかりか、心身の健康までおびやかされる状況におかれており、これが少子化の進行、さらには男女共同参画社会の実現の阻害の一つの大きな要因となっていることであり、この克服こそが最大の課題である。「ワーク・ライフ・バランス」という概念が確立されたものといえるかについては、なお検討の余地があるが、「報告」がこの課題の解決の在り方を「ワーク・ライフ・バランスの改善」と表現するのであれば、それは一つの表現方法ではあろう。しかし、「報告」の内容が、その言うところの「ワーク・ライフ・バランス」の改善を実現するものとなっているかが問われなければならない。
1.全体として、統一された基本ポリシーがあるのか
「報告」は、準管理監督者と一般職とで大きく異なる施策を提言する。しかし、両者はこれほど区別されるべき実態にあるのであろうか。
準管理監督者をも労働時間の適用除外者とするとすれば、まず、現在既に適用除外とされている管理監督者の労働実態、ワーク・ライフ・バランスがどの程度図られているのかが検討されねばならないが、「報告」にこの点の検討は皆無であり、現状(管理監督者制度の運用を含む)に何らの疑問も批判も感じられない(「報告」は参考資料として、「管理監督者の職位」に関する調査結果を掲げるが(57頁)、何のコメントもない)。管理監督者制度が制度趣旨を大きく逸脱し、戦後60年にわたり濫用されてきたことは歴史的事実であり、近時ようやく適正な管理を掲げた取組みが行政において展開されるようにはなったものの(平13.4.6基発339号など)管理監督者に対する深夜手当の支払状況については、調査も問題提起も指導も行政は全く行っていない。管理監督者や準管理監督者は最も長時間労働にさらされている層であり、これらの者に対する有効な時短策が提起されねばならない(適用除外やその拡大が有効な時短策とはいえず、逆に、現状を悪化させる危険が極めて高いことは後述)。
一方、一般職に関しては、年休取得の改善を中心とする施策で足りるのであろうか。年休取得も重要な要素の一つであるが、ワーク・ライフ・バランス実現・改善のためには何よりも1日毎の労働時間規制が重要である。「報告」は、現状のほとんど青天井の時間外労働と全く上限規制のない休日労働に全く手を付けていない。時間外労働の規制策として、代償休日あるいは段階的割増率の設定の提言もあるが、規制方法として時間による返済か金による規制かにつきポリシーを欠いているともいえ、この点は、年休の意義・目的についても指摘せざるをえない(一方で連続休暇を提起しつつ、他方で、「過渡的」とはいえ時間休を提起する)。
ワーク・ライフ・バランスの改善に向けて、日本の法制が基本ポリシーとして参考にすべきは、EU労働時間指令である。
2.ワーク・ライフ・バランスが改善されるべきは、準管理監督者に限られない
「報告」を前提とすれば、法改正により現実に新制度が実施されると思われるのは、「新しい自律的な労働時間制度」(以下、「新・適用除外制度」という)と時間休ぐらいなものであろう。
ワーク・ライフ・バランスの改善の対象は、事実上、準管理監督者に限られている。しかし、全ての労働者に、実効ある改善策が制定されなければならないことは明らかであり、「報告」は目的の極く一部しか実現しない。しかも、その基本方策は明らかに誤っている。
3.何故、バランスが実現されないのか
「報告」は、ことに長時間労働層において、長時間労働を余儀なくされている要因の分析を全く行っていない(昨年3月には、JILPTより「労働時間の実態と意識に関するアンケート調査」結果(以下、JILPT報告という)が公表されたが(概要は、ビジネス・レーバー・トレンド05年6月号。同結果のポイントについては05年意見書参照)、この結果は全く引用されていない。)。長時間労働要因の正しい分析なくして適切な立法提言などありえない。前記JILPL報告によれば、月間50時間以上の超過労働をしている「超長時間労働」層では、その理由として8割が「仕事が多い」を挙げている。この結果を引くまでもなく、長時間労働の原因は明らかである。とても所定時間では処理し切れない仕事を残業で何とかこなしているのであり、そこには労働時間設定についての自律性など入り込む余地はない。一般職はもとより管理職もスタッフ職も、1日の実労働時間、休日の設定を自己の生活の必要に応じて設計などできないからワーク・ライフ・バランスが実現しえないのである。
仕事量を直接、法で規制しうるならばともかく、それが不可能だとすれば、間接的に1日当たりの仕事量を規制しうる代替策が採られねばならない。それは、原則として、全ての労働者に適用される1日実労働時間の上限規制であり、休日の確実な確保であり、これらが生活上の必要に応じて主体的に決定しうる法的方策の確立である。
4.時間規制を外せば、自律的に働きうるのか
「報告」は、準管理監督者層が自立的に働けるために時間規制を除外すると、極めて短絡的で、予め設定されていたとしか思えない結論を導く。
しかし、時間規制を外せば、自律的に働きうるとの命題が成り立つには、現行の時間規制が自律性を明らかに阻害していることが明白に立証されねばならない。しかし、「報告」では、この論証はおろか、かかる視点からの検討すら全く行われていない。
現行規制のどこが桎梏となって自律的働き方を阻害しているのか。そもそも、労働日・労働時間の上限を画すにすぎない労働時間規制が自律性を阻害する場面など考えれないのである。
「報告」において手掛りとなるのは、新・適用除外制度の対象者の働き方のイメージである。曰く、管理監督者手前の労働者は「週休2日制に相当する日数の休日を実際に取得」、プロジェクトリーダーは「プロジェクト終了後の連続休暇等の特別休暇の付与」。
即ち、「報告」が言う自律性とは、「まとまって働き、まとまって休む(ことが可能)」というものである。現行法制では「まとまって休む」点について何らの規制も存在しない。さらに、「まとまって働く」点についても、1日実労働時間規制の不存在、ほとんど実効性のない36協定、適用除外制度とこれを阻害する要因はない。唯一、使用者側に負担要因となるのが、「まとまって働かせた」場合の、所定外・休日労働割増賃金である(しかし、その負担の程度は、基礎賃金額、割増率双方において世界でも最低レベルである)。
「まとまって休めない」のは、労基法に原因があるのではなく、「まとまって休む」制度を設定、運用しようとしない使用者に基本的な原因があるのである。日本の使用者の「働かせ方」の意識を抜本的に改革しない限り、ワーク・ライフ・バランスも時短も前進しない。なお、準管理監督者らの今日の労働形態からすれば、形式的な休日=非出勤日の付与だけではほとんど無意味であり、精神的に仕事から解放される(忘れる)状態をいかに確保するかにつき十分に意が用いられねばならない。「報告」はこれらの点を全く見ないばかりか、わずかな割増賃金負担まで使用者の為に削除しようするものにすぎない。
適用除外制度の拡大が、自律性の確立に資するなどと「報告」は本気で考えているのであろうか(後述の通り、「報告」自身、矛盾の塊である)。適用除外制度の拡大は、現在の違法な管理監督者制度の運用を合法化し、さらにその対象者を拡げるにすぎないものであり、労働者にとって望ましい働き方への改善に何ら資するものではない。
第2.あるべき労働時間法の改正
今日の日本の労働者の働かされ方を改善・是正するには、労働時間法等の抜本的強化が不可欠である。その内容として参考とされるべきはEU労働時間指令である。
1.具体的項目
まず、何よりも、人間の生活の基本単位である1日毎の実労働時間が実効的に規制されねばならず、さらに、休日・休暇の確保、ワーク・ライフ・バランスの確保策などが導入されねばならない。
具体的には、
- 1日、1週の実労働時間の上限の法定
- (1)所定外・休日労働の事由の規制
(2)延長時間の上限の法定
(3)割増賃金の増額(基礎賃金の増額と割増率の向上) - 勤務間隔時間制度(休息時間制度)の導入
- 深夜労働、交代制労働に対する規制強化と従事労働者に対する保護の加重
- 週休2日制の法定
- 閉店法・日曜営業法の制定
- 連続休暇としての年休付与義務と付与手続の法定
- (1)育児介護休業法の強化
(2)短時間勤務の請求権化 - 病休制度の確立
- 生活上の事由による欠務請求権制度の導入
などが求められる。
2.ワーク・ライフ・バランスの実現
「報告」は、ワーク・ライフ・バランスの前進を一つの基本コンセプトとするが、ワーク・ライフ・バランスは労働時間法によってのみ実現しうるものではない。
むしろ、雇用政策、雇用制度の改善にこそ、その実現の方途が求められるのであり、労働時間政策も含めた総合的な労働政策として統合・統一した方策が提起されるべきである。
3.労働時間法と労使自治
労働基準法、就中、労働時間法は、人たるに価する生活を確保するための最低基準を定め、その実現を強制する法制であって、最低基準を下回る合意(契約)を許さない(法13条)。
しかるに、この最低基準の例外を認める手法として労使協定等が、近年とみに多用されている。「報告」においても、新・適用除外制度を労使の集団的合意にかからせるとしている。
36協定を筆頭に、労使協定の実態が労働者の集団的意思による規制効果という立法者の期待を実現しえていないことは歴史的事実である(そもそも、立法者は、過半数組合が存在することを前提とし、過半数代表者については十分な検討はほとんどなされなかった。しかるに、今日、民間の組織率はわずか16.4%であり、ことに、民間労働者(約4800万人)の過半数(約2500万人)を占める99人以下企業での労働組合員数は298万人、組織率1.2%にすぎず、過半数組合が存在する事業場の割合は、極くわずかであろう。JILPT「従業員関係の枠組みと採用・退職に関する実態調査」(04.10調査)によれば、労働組合が存在する事業場は、規模計で9.4%、50人未満では5.6%、50~99人で14.8%にすぎず、これらの組合のうち過半数を組織しているものは極く少数と推定される)。
にも拘らず、現実には、労使協定は労働条件設定機能(あるいは、労働条件の枠組み設定機能)を現に発揮している。
労使協定を巡る実態を直視するならば、現行労使協定制度の制度的欠陥は明らかであり、最低基準の強制実現という労働時間法の根幹をふまえ、改めて、労使の集団的自治をどのように組込むのか、その場合の労働者側の代表制度としてどのようなシステムを構築するのか、集団的合意にどのような法的効果を与えるのかについて、抜本的かつ真剣に議論することが必要不可欠である。
第3.新・適用除外制度批判
「報告」は、「新しい自律的な労働時間制度」と称して、準管理監督者につき、労働時間規制をほぼ全面的に外す制度(休日確保のため法35条の適用は残す方向であるが、深夜規制(法37条3項)は外す。この結果、準管理監督者に適用される時間法は法35条と法39条(年休)のみとなる。なお、管理監督者(法41条2号)は法39条のみとなる)(新・適用除外制度)を提言する。「労働者本人が、労働時間に関する規制から外されることにより、より自由で弾力的に働くことができ、自らの能力をより発揮できると納得する場合に、安心してそのような選択ができる制度」を作ることが有意義だとするものである。
1.まず、除外ありき
しかし、既に触れたように、「報告」は検討すべき課題をいくつもネグレクトした極めて恣意的なものと評さざるをえず、規制改革・民間開放推進会議の提起により閣議決定された既定路線に則り、まずは適用除外の拡大との結論だけを先行させたものにすぎない。
既述の通り、「報告」は、「自由で弾力的に働く」ために現行法のどこが、どのように桎梏なのか、何の指摘もしていない。また、現在「自由で弾力的に働く」ことができない要因も何ら分析していない。さらに、適用除外とすることによって、いかなるプロセスで「自由で弾力的に働く」ことが可能になるのか(制度の効果)も何ら示していない。そして何よりも、新・適用除外制度の対象者こそ、今、最も長時間労働にさらされていることを認識し、その改善策を真剣に検討したとは到底窺われない。
2.大いなる矛盾
―要件を満たす「準管理監督者」など存在しない
「報告」は、新・適用除外制度の対象者の要件として、
①勤務態様要件ⅰ、ⅱ、②本人要件ⅰ、ⅱ、③健康確保措置、④労使協議に基づく合意、
の4要件を掲げ、このうち、前三者が「基本的な要件」とするが、最も基本的な要件は勤務態様要件ⅰである。
「報告」によれば、「対象労働者は、職務遂行の手法や労働時間の配分(使用者による一律の出退勤時刻の設定がされないことだけでなく、あらかじめ決められた出勤日数の枠内での出勤日と休日の設定についての選択も含む。)について、幅広くその労働者の裁量に任されていること、すなわち、これらの点について使用者からの具体的な指示を受けないことが必要である。あわせて、上司からの過重な業務指示があった場合の対応について、自らの判断にゆだねられていることや、個々の業務のうちどれを優先的に処理するかについて判断することができるなど、自己の業務量のコントロールができることが必要である。」とされる。
簡単にいえば、各所定労働日の出退勤時刻はもちろん、出勤の有無についても現実に裁量権を行使しえ、さらに、自己の都合で業務を断ることができる労働者のみが対象者であるというのである(このような、裁量権、業務管理権を現実に行使しうる労働者でなければ、適用除外者とするわけにはいかないということの裏返しである)。このような労働者が、しかも、管理監督者の下位レベルの職位の者として(日経新聞の表現を借りれば、「課長代理」)日本に存在するであろうか。
断じて、否である。
「報告」は、全くの空論を展開していると言わざるをえない。
なお、「報告」は、現行の管理監督者は上記裁量権を現実に行使しえているとの認識にたつものと読まざるをえないが、全くの事実誤認であり、その能天気ぶりにはあきれ返るばかりである。日本の管理職労働者の働かされ方が上記のものであるならば、過労死・過労自殺等の被害者は大幅に減少しているであろう。あえていうならば、労働者性そのものが争われる形式的な「自営業者」ですら、このような自由な働き方を実行できる者はほとんどいない。
適用除外を提言するからには、現行適用除外制度とその運用実態に関する十分かつ綿密な調査こそがまず不可欠である。
3.ポリシーの欠落
新・適用除外制度のネーミングは、昨年末の「素案」においては、「新適用除外」、本年1月11日の「報告書案」では「新裁量労働制」、最終報告で「新しい自律的な労働時間制度」と変転を重ね、その「イメージ」なるものも、「素案」においては、管理監督者の手前の者と「設計部門」のプロジェクトチームのリーダーとされていたが、「報告書案」において、「研究開発部門」のそれに変わった。
名は体を現わすというが、制度の核心すら容易に定めえなかった経緯を如実に示すものである。ここにも、まず除外ありきが表れている。
4.どんな労働者が新たに対象となるか
「報告」に添付された参考資料「管理監督者の職位」(裁量労働制導入事業所820ヶ所)によれば、現在、管理監督者として扱っている層は、部長以上18.9%、課長以上85.9%、課長代理以上93.5%である(裁量労働制未導入企業390社調査では、9.0%、75.5%、93.2%である。いずれもH17「裁量労働制の施行状況等に関する調査」)。
第12回時間研で参考資料として配布された「職階制労働者数(企業規模100人以上)」(H16賃金構造基本統計調査による)によれば、部長職は38万220人・2.9%、課長職は88万7340人・6.8%(小計9.7%)、係長職は72万2550人・5.5%(小計15.2%)である。
総務省統計局「労働力調査」(H16)によれば、「専門的・技術的職業従事者」は15.2%(約813万人)、「管理的職業従事者(課長以上で、役員も含む)」は3.5%(約187万人)である(大井方子「数字で見る管理職像の変化」(日本労働研究雑誌545号)によれば、民間の「管理職」は約40万人、「スタッフ管理職などの広義の管理職(役職者)」は約340万人、100人規模以上での役職者比率は約2割である)。
これらの統計だけでは何ともいい難いが、現行管理監督者制度が極めてルーズに運用され、行政による監督もされてこなかった経緯からすれば、専門的・技術的職業従事者の相当の割合が企業の現場では対象とされてしまう危険もあり、労働者の20%近い者が適用除外またはみなし時間制度の対象となってしまうことも考えられる。この数字はアメリカのイグゼンプション対象者の割合と大して変わらないものである(ドイツの適用除外者は2%にすぎず、フランスの管理職員は3つのカテゴリーに分けられ適用除外となるのは「経営管理職員」のみである)。
5.どんな働かされ方をしているか―アンケート調査から
新・適用除外制度の対象者が相当数を占めると思われる「裁量労働制の施行状況等に関する調査」(H17厚労省・時間研)から、実情を垣間見よう(なお、この調査は時間研のために行われた調査であり、例えば、「裁量労働制適用労働者に対する上司の指示方法」として「時間配分等を含め具体的指示あり」が2.8%(専門職)、1.6%(企画職)しか回答されていないのに対し、社会経済生産性本部「裁量労働制と労働時間管理に関する調査(H14)」では、ライン管理職のうち、出退勤時刻につき5%前後、休憩時間につき約4分の1(23.9%)、休日勤務につき3分の1以上(37%)、「仕事の進め方やスケジュール決定」につき10.9%が裁量なしと回答しており、その格差が明白であるように、回答結果には相当のバイアスがかかっているものとみざるをえない)。
(1) 仕事の変化
「仕事や職場の変化」につき、「進捗管理が厳しく」なり(53.4%)、「仕事のできる人に仕事が集中」し(50.0%)、「精神的ストレスを訴える社員が増加」し(35.0%)、「労働時間が増加」している(34.6%)が、「仕事の進め方において裁量が増加した」と感じる従業員は24.5%にすぎず、「若年層の育成に手が回らない」(21.6%)状況にある。
(2) ストレス
「仕事についてのストレスと原因」では、精神的ストレスを感じる「管理的な仕事」担当者が66.5%、「専門的・技術的な仕事」担当者が64.6%にのぼり、その原因(複数回答)は、会社や自己の雇用の将来に対する不安を別にすると、1位「責任が重い」(29.1%)、2位「仕事量が多い」(27.8%)、4位「働く時間が長い」(18.4%)、5位「非定型業務が多い」(17.7%)となっている。
3) 裁量労働制の評価
「裁量労働制の評価」としては、労働時間が短くなる、仕事と生活のバランスが保ち易くなるとの期待がその通り実現されているとする者は約3割にすぎず(専門職で19.9%、33.0%、企画職で30.3%、31.3%)、不満な点の1位、2位は業務量の過大と労働時間が長い(専門職で48.9%、45.6%、企画職で46.2%、39.1%)であり、成績(人事)評価の点を除くと、専門職では、みなし時間の設定が不適切(28.4%)、休日・休暇を確保しにくい(27.1%)、業務の裁量性が薄い(20.7%)と続き、企画職では、裁量性が薄い(22.4%)、みなし時間の不適切(21.2%)、休日・休暇(19.2%)と続いている。
従って、極めてわずかではあるが申出た「苦情の内容」は(成績評価関係を除くと)、専門職では1位「業務量過大」(52.0%)、2位「労働時間が長い」(36.0%)、3位「休日・休暇を確保しにくい」(30.0%)であり、企画職では、1位・長時間労働と休日・休暇(各28.6%)、3位・時間設定不適(14.3%)となっている。
なお、「裁量性が薄い」は、専門職で16.0%、企画職で14.3%である。
(4) 健康確保措置
なお、健康確保措置に関しては、制度として、休日労働に対する代償休日付与が5~6割、連続休暇が3割導入されているものの、実際に実施された割合は前者で2割、後者で1割にすぎず、労働者の要望としては、「休日・休暇を組合わせた連続休暇制度」、「年休連続取得を含む取得促進措置」が1位、2位を占めている。
(5) 小括
以上からすれば、現在、裁量労働制の下で労働している労働者(その多くは、新・適用除外制度の対象者となりうる)は、厳しい進捗管理と成果主義賃金制度の下、現実に裁量権を行使しえず、重い責任と過大な業務量を負わされ、長時間労働を余儀なくされ、精神的ストレスを抱え込まされている。喧伝された裁量労働制は期待はずれであり、とにかくまとまった休みが欲しいというのがナマの声である。
再論するが、まとまった休みを現実に取得しうるか否かは、使用者における社内制度とその運用、さらには働かせ方の意識の問題であって、労働時間法の規制とは全く無関係である。これらの労働者につき労働時間法の適用を除外したとしても、まとまった休みを現実に取得しうる保障はどこにもない。
6.個別の要件
新・適用除外制度が、その必要も、効果も全くないばかりか、現在最も法的対処が必要とされる労働者層について何らの改善も図られず、逆に、これらの層から、労働時間規制の法的手掛りを奪い去ってしまうものであることは明確であり、これ以上、詳細に論ずる必要はないが、念の為、「報告」が設定した4つの要件につき、若干触れておく。
「報告」は、新・適用除外制度の要件として、
1. 勤務態様要件
ⅰ)職務遂行の手法や労働時間の配分について、使用者からの具体的な指示を受けず、かつ、自己の業務量に裁量があること。
ⅱ)労働時間の長短が直接的に賃金に反映されるものではなく、成果や能力などに応じて賃金が決定されていること。
2. 本人要件
ⅰ)一定水準以上の額の年収が確保されていること。
ⅱ)労働者本人が同意していること。
3. 実効性のある健康確保措置が講じられていること。
4. 導入における労使の協議に基づく合意
を掲げる。
(1) 裁量性・コントロール権限
「報告」が設定するような裁量性とコントロール権限を付与され、現実にこれを行使しうる準管理監督者など、日本に存在しないことは既に指摘したとおりである(プロマネの実態につき、05年意見書5(2)①参照)。
なお、企画職の裁量労働制に関する指針(平11.12.27労告149号)においても、「使用者は、業務量が過大である場合や期限の設定が不適切である場合には、労働者から時間配分の決定に関する裁量が事実上失われることがあることに留意する」ことが指摘されていることも想起すべきである。
仮に、かかる労働者であるとすれば、第3要件(健康確保措置)など不要である。第3要件を設定せざるをえないこと自体、新・適用除外制度が机上の空論であることの証左といえよう。
(2) 成果型賃金
「報告」は、「労働時間の長短が直接的に賃金に反映されるのではなく、成果や能力などに応じて賃金が決定されるものであること」を要件と掲げつつ、「出退勤時刻を守らなかったことを理由とする減給が行われないこととされていることが必要」とするのみである。要するに、不就労(欠勤・欠務)時間に対する賃金カット制度がない、完全月給制であれば全て対象となるというものである。かかる給与制度を世間では、成果型賃金とは呼ばない。
「報告」は、いわゆる成果型賃金制度が導入されていなくても、新・適用除外制度の対象者たりうるとするもので、その範囲は広汎に及ぶ。
なお、かかる「要件」が掲げられるのは、賃金と労働時間との切断という使用者の主張を受けてのものと思料されるが、そもそも「切断」すべしとする主張自体が誤りである点につき、05意見書5.(2)4.(「労働者の権利」262号83頁)参照。
(3) 年収
「報告」は、「年収額の水準が相当程度高いことは、労働時間規制による保護を与えなくても自律的に働き方を決定できると考えるための重要な要素となる」とするが、「この年収額は、通常の労働時間管理の下で働いている労働者の年間の給与総額を下回らないことが通常」としている。
「下回らない」と「相当程度高い」が同一の概念として語られること自体、不可思議である。これでは要件とする意義はない。
(4) 本人同意
「報告」は、「労働者本人が、自律的に働き、かつ、労働時間の長短ではなく、その成果や能力などにより評価されることを自ら望んでおり、それが実現可能であると納得していることが、前提」とし、不同意に対する不利益取扱いの禁止と所定事項(勤務態様要件、年収の額、休日の日数、出退勤時刻を守らなかったことを理由とする減給が行われないこと等)に関する個別合意書の作成を提言する。
しかし、そもそも労使の対等性を欠くことを直視して最低労働基準を定めるのであるから、この場面に労働者の「同意」(合意)を要件として持込むことについては疑問があるばかりか、「同意」が制度の適正な運用を確保するための現実的な機能を発揮するものとは言い難い。
加えて、本人同意は、企画職の裁量労働制においても導入されているところではあるが、単に、労働時間の算定に関するみなし時間制の適用と時間規制のほぼ全面的な適用除外制を同列に考えるべきではない。
労基法は、人間らしい労働条件確保の為、最低基準を下回る同意(合意)は無効とする(13条)法制を根幹とする。同意を新・適用除外制の要件とすることは、法13条との整合性を欠くと指摘せざるをえない。
(5) 健康確保措置
「報告」は、「具体的には、職場内において健康状況をチェックし、必要に応じて適切な措置を講じる体制が整備されていることや、必要な休日が確保されていることが考えられる。」とするにとどまる。
前述の労働者アンケートからも明らかな通り、健康確保制度が「実効性ある」ものとして企業内において現実に機能する可能性は極めて低いと言わざるをえない。
また、改正労安法(H16)や労働時間設定改善法(H16、時短促進法を改正)の水準からみても、健康確保措置に関する監督行政の介入(取締)が抑制的方向にあることは明らかであり、行政監督にも期待できない。
(6) 労使合意
本人同意を要件とすることに対する批判がここでもあてはまる。労基法は最低基準を公法として定め、その履行を強制するものであって、これを私的自治に委ねることは、人たるに価する生活確保のために必要な規制の放棄である(アメリカのイグゼンプション制度においてすら、私的自治は認めていない)。なお、第2.3及び第5参照。
7.深夜規制の撤廃
「報告」は、現行管理監督者と共に準管理監督者についても深夜規制(法37条)を適用除外とするという。
しかし、深夜規制は、これが厳格に適用・運用される限り、一つの有効な長時間労働規制の方策である。過重な業務量に追いまくられている管理職や専門職に、22時以降という不十分なものではあれ、帰宅を促し、わずかなワーク・ライフ・バランスを得させる効果は、実効性があるとは考えられない健康確保措置に比すれば、相応のものがある。
今日、必要なことは、深夜規制を撤廃することではなく、厳格に管理監督者に適用することである。
「報告」は自律性を十分発揮させるためには撤廃が必要と主張するようであるが、たとえ相応の責任を負い、ある程度の長時間労働はやむをえないとも考えうる管理職、専門職といえども、22時以降は最早、仕事をする時間帯ではない。本人自身の健康問題を持出すまでもなく、ワーク・ライフ・バランスの観点からも、更には省エネの観点からも、深夜規制を撤廃すべき必要などない。
第4.時短政策批判
「報告」は、一般職等につき、年休の取得促進、所定外労働の規制等についても提言するので、簡潔に触れる。
1.年休取得促進
「報告」は、年休所得を促進する方策として、労働者が有する時季指定権を「補充する仕組み」をいくつか提起すると共に、年休に多様な役割を持たせるとして、過渡的措置ではあるが、時間休制度を認めるとする。
しかし、上記提言はポリシーに欠け、実効性も期待できないものである。
40%台に落ち込み、年々低下を続ける年休取得率を上昇させるのは、最早、従来の手段の延長線上では無理である。抜本的な転換として必要なことは年休の意義の再確認である。「報告」も時間休制度につき「制度本来の趣旨とは異なる」と述べるように、ILO条約を引くまでもなく、年休はまとまって休むことに意義があるのであり、これが必要とされるのは、現代社会で労働という極めてストレスの高い状況に身を置く者にとって労働から一定期間まとまって離れることが心身の健康の維持・回復(リフレッシュ)にとって不可欠だからである。
かかる観点からすれば、現行の、労働者が時季指定を行ってはじめて年休が付与されるという時季指定権を前提とする年休制度では、日本において取得率が上がるとは期待しえず、使用者に、労働者の時季指定の有無に拘らず、休日付与義務(法35条)と同様に、連続休暇としての年休付与義務を設定する方向で議論がなされなければならない(具体的な年休時季の特定の方法については様々な工夫や配慮が必要である)。
また、過渡的措置としての時間休制度は、本来の趣旨に反するものであり、「報告」自身、指摘するように本来「病気休暇制度等を整備することにより対処すべき」ものである。「現実には、(企業で)導入が急速に進むことは考えにくい」と簡単に諦めるべき問題ではない。少なくとも、87年大改正において原則週40時間制を導入したように(ほぼ全面的な適用に10年かけた)、原則と将来の具体像を明確に示した上で、段階的にこれに到達する方策として、提起されるべきである。「報告」には、この基本ポリシーが全く示されていない。
2.所定外・休日労働の規制
(1) 休日労働
現行法36条及び基準(平15.10.22厚労告355号)においては、休日労働の上限(回数)につき、何らの定めもない。「報告」においてもこの点は完全にネグレクトされている。「報告」はまじめに休日労働削減策を検討したのであろうか。
(2) 所定外労働
「報告」は、「代償休日」制度(法定労働時間を超えて労働する時間数が一定の時間数を超えた場合などについて、割増賃金の支払に加え、その時間外労働の時間数に相応する日数の休日など、労働義務を一定時間免除することを義務付ける制度)や段階的割増率制度(例えば時間外労働の限度基準で定める延長時間の限度など、一定の時間数を超えて時間外労働をさせた場合に、使用者に対し、通常より高い割増率による割増賃金の支払いを義務付ける制度)などの検討を提起する。
これらの制度は、半ば公式の報告としては初めて提起されたものであり、その制度設計と運用次第では、時短効果を相当に生むものと期待されるものであって、この点は評価すべきものではあるが、しかし、これらの提起も、年休制度同様、ポリシーを欠くと評さざるをえない。代償休日制度が、所定外労働に対して時間で返す制度であるのに対し、割増賃金制度は金で返す制度である。今後の労働時間規制の基本政策として、ドイツのように時間で返す制度を原則とするのか否かの方向性が明確に定められるべきであり、諸外国の制度のつまみ食いでは実効など上がらない。
また、「報告」によれば、代償休日の対象となるのは「法定時間を超えた一定時間」を超えた時間、段階的割増率の対象となるのも「(例えば)基準時間などの一定時間」を超えた時間であって、各「一定時間」までは事実上、残業を安易に容認するものとなりかねず、「基準時間」制度の放棄に等しい。
残業規制の法的方策として必要なのは、従来の規制を厳格に実施することに加え、さらに、残業事由の法制化による時間外労働の例外化の徹底、時間外労働に対する代償・サンクションの強化、そして、違法残業に対する罰則の強化である。
第5.労働者代表制度
「報告」は、一般論として、「特に過半数労働組合がない事業場において、労働者の交渉力を補完し、労使が対等な立場で労働条件を決定できるようにする仕組み(労使の協議に係る場の整備)についても、関係審議会における労働契約法制の検討の過程において、労働時間制度の在り方の検討と時期を同じくして検討が進められるべき」とし、また、新・適用除外制度に関しては、「労働者の意見を適正に集約するとともに、労働者の交渉力を補完することにより、労使が実質的に対等な立場で協議を行う仕組みを担保することが重要である」としたうえ、「なお、労使の協議の具体的な在り方については、現行制度における労使の協議の在り方も含め、検討することが必要である」と付加する。
前述(第2.3)の通り、労働時間法に関しては労使協定等による最低基準の放棄(免罰効)の手法が多用され、現実には労使協定によって労働時間に関する労働条件が設定されている。
しかるに、労使協定の労側当事者の大半は過半数代表者であると推認されるところ、その選出等について明文で法的規制が明らかにされて日が浅く(逆にいえば、長年、放置されてきた)、現実には過半数代表者が民主的に選出されている事業場は8%程度にすぎず(JILPL「労働条件の設定・変更と人事処遇に関する実態調査」05年5月)、ほとんどの過半数代表者が使用者の意向を反映した者であって、独立性に欠け、労使協定は「双方代理」によるイチジクの葉に堕している(05年意見書)。
この現実に目をつぶっては、日本の労働者の働かされ方の改善は不可能である。
仮に、労使協定方式という現行法の枠組みを当面維持するとしても、過半数代表者制度は抜本的に改革されねばならない。
さらに、労働契約法の制定論議とも連動し、使用者からの完全な独立性と民主性が保障された、労働者集団の自治組織としての労働者代表制度の構築が本格的に議論されるべきである。
そして、これらの改革あるいは制度導入については、これまで十分な議論の積重ねがなされていないのであるから、十分な時間をかけ、関係各方面の意見・疑問等を十二分に踏まえた、議論の場が早急に設定されるべきである。
なお、「報告案」の段階においては、「実質的に対等な立場で協議を行う仕組み」として、現行労使委員会制度(法38条の4)が想定されていたし、また、「今後の労働契約法制の在り方に関する研究会」報告の新・労使委員会制度の提起もあるが、いずれも使用者からの独立性が保障されておらず、また、民主性も不十分な制度であって、「対等な立場で協議」する制度たりうるものではなく、「労働者代表制度」の名に値しないものである。現行過半数代表制度の欠陥が補われるものでもない(05.9.30付「『今後の労働契約法制の在り方に関する研究会』報告に対する見解」第2参照)。