経団連による「労働法制の見直し」施策に対する反対声明

2025/2/3

(226KB)

経団連による「労働法制の見直し」施策に対する反対声明

2025年2月3日
日本労働弁護団 幹事長 佐々木亮

1 はじめに

一般社団法人日本経済団体連合会(経団連)は、2024年12月9日、「FUTURE DESIGN 2040『成長と分配の好循環』~公正・公平で持続可能な社会を目指して~」と題する提言を発表した(以下「本提言」という)。本提言は、「日本の経済社会のあるべき方向とそれを実現するための施策」として、労働分野に関しては、「円滑な労働移動の推進・定着」(施策①)、「多様な人材の活躍推進の加速」(施策②)、「ジェンダーバイアスのない社会づくり」(施策③)、「外国人人材の活躍推進」(施策④)、「労働法制の見直し」(施策⑤)といった5つの施策を掲げている。当弁護団は、特に「労働法制の見直し」(施策⑤)を中心に、本提言が前提とする「現状認識」の誤り及び各施策の危険性を指摘し、反対するものである。

2 「労働法制の見直し」(施策⑤)の問題点

(1) 新しい労働法制の創設について

ア ホワイトカラーエグゼンプションの導入に他ならない

施策⑤は、「非定型的な業務を行うホワイトカラーを対象に、労働時間ではなく成果で評価・処遇を決められる新しい労働時間法制の創設」を提言している。この「新しい労働時間法制」は、「既存の裁量労働制、高度プロフェッショナル制度を包摂」するものとされている。

これは、労働基準法の労働時間規制を適用しない制度(いわゆるホワイトカラーエグゼンプション)を導入することを求めるものに他ならない。ホワイトカラーエグゼンプションについては、経団連は、2005年にも「ホワイトカラーエグゼンプションに関する提言」を発表している。しかし、ホワイトカラーエグゼンプションは、長時間過重労働による過労死等の健康被害が社会問題化する日本において、長時間労働を助長し、問題を深刻化させる危険性が大きいことが指摘され、導入の議論がなされる度に世論の強い反対を受け、その導入は実現されていない(当弁護団も、ホワイトカラーエグゼンプションについて、2005年10月3日に反対声明を発している)。

2018年6月28日に成立した働き方改革関連法においては、「高度プロフェッショナル制度」が創設された。同制度は、労働基準法に基づく労働時間規制を全て外すものであって、極めて危険な制度であるものの、対象業務や年収要件を含む対象労働者の範囲等が厳格に制限され、労使委員会の決議を含む一定の手続要件が加えられている。経団連は、この高度プロフェッショナル制度や裁量労働制は「対象業務が厳格に限定されているほか、手続きが煩雑であり、ほとんど活用されていない」としており(本提言における「現状認識」)、本提言において、自らが繰り返し創設を求めてきたホワイトカラーエグゼンプションを再び取り上げ、労働時間規制を適用しない労働者を更に拡大することを目論んでいるのである。高度プロフェッショナル制度については、2015年時点において、塩崎恭久厚生労働相(当時)が、経営者らに対し、年収要件等を念頭に「それはちょっとぐっと我慢していただいてですね、まあとりあえず通すことだといって、合意をしてくれると大変ありがたい」、「小さく産んで大きく育てるという発想を変えて」などと発言したことが問題視された。経団連の本提言は、まさに高度プロフェッショナル制度を「小さく産んで大きく育てる」ことを実現するものであって、許されるものではない。

イ 長時間労働による健康被害への影響

昨年度の国内の過労死等に関する請求件数は4598件とされ、前年度に比べ1000件以上増加している(令和5年度の過労死等の労災補償状況)。今なお、国内における長時間労働による健康被害は深刻な状況にある。

経団連は、「新制度」導入による健康被害の懸念への手当として、対象者へのウェアラブル端末等による健康確保を提案するが、現状そのような措置によって健康被害が防止できているという実績もなく、防止措置としての機能には疑念を抱かざるを得ない。健康被害の防止措置の面でも過去の議論状況から進歩がないことは明らかである。

ウ 労働時間規制の適用除外は成果での評価・処遇につながらない

そもそも、エグゼンプションが「成果での評価・処遇」につながる論理必然性はない。成果型賃金制度は、現行法の下でも自由に導入が可能であり、現に多くの企業でも導入されている。自由な働き方、ワークライフバランスの実現を求めるのであれば、現行法下のフレックス制度を利用すれば足り、エグゼンプションを導入する必要性は皆無である。

エ 米国におけるホワイトカラーエグゼンプションの弊害・現状

元々、経団連が参考とする米国のホワイトカラーエグゼンプションについては、2014年3月、当時のオバマ大統領が労働長官への覚書において、「ホワイトカラーエグゼンプションの規則が時代遅れになっているため、何百万人もの米国人が時間外労働賃金の保護を受けられず、最低賃金の権利さえも保障されていない」と指摘し、同規則の改定を指示した。最低賃金への言及は、残業代なしの長時間労働によって時間当たり賃金額が最低賃金を下回る事態が生じていたためである。その後も、「名ばかりエグゼンプト」の横行により、未払い残業代をめぐる集団訴訟が相次いだりと、米国内でもその弊害が指摘されてきた。

米国では、対象者を厳格に特定し、俸給水準要件を上げることで、時間外労働の保護が完全に実施されるよう規則改定が進められるなどしており、日本のように労働時間規制の適用除外対象を拡大する方向性とは異なる。

オ 小括

このように、今回の提言における「新制度」は、「新」と銘打ちながらも、過去に経団連や政府が導入を試みてきたホワイトカラーエグゼンプション制度の焼き直しに他ならない。健康被害の防止措置の面でも過去の議論状況から進歩がない中、エグゼンプションの対象を徒に拡大しようとする同制度は、時代錯誤と言わざるを得ない。

労働者を人としてではなく単なる労働力としてしか見ない「新制度」には、断固として反対するものである。

(2) 解雇の金銭解決制度の導入・解雇規制の緩和

ア 解雇の金銭解決制度の導入による弊害

施策⑤には、不当な解雇に直面した労働者が十分な補償を受けられる環境の整備、雇用のセーフティネットの強化が挙げられている。

経団連が「解雇に関する紛争解決制度の現状」において、金銭解決における解決金額のバラツキを指摘していることを踏まえれば、同施策は、いわゆる解雇の金銭解決制度の導入を推進するものと解される。

もっとも、一口に解雇事案と言っても、解雇理由や労働者の退職意向、会社規模、賃金の多寡等、事情は様々である。現状、解雇事案の金銭的解決においては、それらの多岐にわたる事情を踏まえた解決が図られており、解決金額の不均一というのは、労使の様々な事情を考慮して柔軟な解決を図ってきた結果に他ならない。

解雇の金銭解決制度が導入され、柔軟性を欠いた基準での金銭解決を強いられることがあれば、労働者の職場復帰の可能性は限定され、現状行われている労使の様々な事情を考慮した柔軟な解決金額の決定が阻害される恐れが高く、労働者側が被る不利益は甚大である。また、使用者側において、解雇コストの予測可能性が高まるため、容易な解雇を誘発しかねない点も看過しがたい。

イ 解雇規制の緩和

施策⑤には、雇用条件や企業特性(外部労働市場型の人事労務管理を行う企業)等に応じた労働契約の終了に関する考え方を整理したガイドラインの策定も挙げられている。これは、円滑な労働移動の推進・定着(施策①)や上記解雇の金銭解決制度とも関連して、解雇規制の緩和を目論むものであると解される。

もっとも、労働の移動は、労働者の自発的選択に委ねるべきものであり、解雇規制の緩和によって推進・実現されるものではない。多くの労働者は、解雇規制の緩和による生活の安定の喪失への危機感を募らせており、労働移動の推進・定着は、あくまで使用者側が都合よく労働力を利用するための方策に他ならない。

令和5年10月に厚生労働省が発表した「新しい時代の働き方に関する研究会」報告書参考資料によれば、「1つの企業で働くことをこれまで以上に重視するか」という質問に、6割近く(57.9%)の労働者が「そう思う」「どちらかといえばそう思う」と回答しており、労働移動の推進は、多くの労働者の意向に反する結果となることは明らかである。

ウ 小括

雇用不安を促進する恐れの高い解雇の金銭解決制度を含む解雇規制の緩和政策については、当弁護団は、一貫して反対を表明している。2020年以降、当弁護団は、複数回にわたり反対声明を発しているので、参照されたい。

(3) 結語

以上見てきた通り、「労働法制の見直し」(施策⑤)は、労働時間規制の緩和、解雇の金銭解決制度の推進及び解雇規制の緩和を目論むものであり、長時間労働の助長及び雇用破壊の施策に他ならない。

3 その他の施策について

その他にも、同提言には注意・留保を要する施策が含まれている。例えば、施策②では、「多様な人材の活躍推進の加速」として、高齢者について「多様な副業・兼業や業務委託」による就業推進をあげているが、労働関係諸法規の適用を受けられない働き方を促進するもので容認できない。同じく、施策②は、「有期雇用等労働者の活躍支援策の推進」として、「同一労働同一賃金の徹底」を掲げるが、現行法制のもとにおいても経団連加盟企業が率先して「同一労働同一賃金」(均等均衡待遇)を実現することは可能であって、まずは自らがその範を示すべきである。また、有期雇用については本来的には制限されるべき例外的な就労形態であるが、同施策には入口規制の導入などの視点は欠けている。施策③は、「ジェンダーバイアスのない社会づくり」を提言するものであり、一般論として当然必要な施策ではあるものの、仕事と育児等の両立等において不可欠な配転規制や労働時間規制の強化には触れられておらず、実効性に欠けるものと言わざるを得ない。施策④では、「外国人材の活躍推進」を掲げるが、転職を含め、外国人労働者の権利が制限されている現行制度等の抜本的改善の視点が欠けている。

以上のとおり、本提言は、ホワイトカラーエグゼンプションや解雇の金銭解決制度・解雇規制の緩和など看過できないものが含まれ、その他にも注意を要する施策も含まれている。当弁護団として、本提言に反対を表明すると共に、このような提言を基に、労働法制の見直しが行われることのないように求めるものである。

以上