社労士法改正案に対する緊急声明

2024/12/9

(208KB)

社労士法改正案に対する緊急声明

2024年12月9日
日本労働弁護団 幹事長 佐々木 亮

1 はじめに

現在、各政党において社会保険労務士法改正案が検討されているようである。同改正案は、①社会保険労務士の使命に関する規定の新設、②労務監査に関する業務の明記、③社会保険労務士による裁判所への出頭及び陳述に関する規定の整備、④名称の使用制限にかかる類似名称の例示の明記が内容とされている。この改正案のうち、当弁護団は、①、②及び③について、反対するものである。

日本労働弁護団の会員は、多くの労働事件について、労働者・労働組合側の代理人の立場で紛争予防・紛争解決に当たっている。その活動の中で、紛争解決のプロフェッションではない社会保険労務士が、使用者側の立場で使用者側に不適切な対応をアドバイスしたり、紛争に不適切な介入をしたりすることで、本来であれば早期に解決するような紛争が拡大・長期化し、労使双方にとって何ら有益ではない事案に頻繁に遭遇している。

 

2 目的規制を改正することは許されない

まず、①目的規定の改正は、現行の目的規定に加えし、従前から付与されていた「法令の円滑な実施」を超えて、「適切な労務管理の確立」「適正な労働環境の形成に寄与」することを明記するものである。これは、社会保険労務士に新たな権限をも付与することに繋がるものであり、反対である。

社会保険労務士は、行政書士等と同様、行政補助職を沿革とする資格であり、弁護士のように資格取得に際して、労働問題について「専門家」と評価できるような試験及び教育訓練過程が課されていない。すなわち、社会保険労務士は、その資格取得のための試験として、労働基準法、労働安全衛生法、雇用保険法、労働者災害補償保険法、労務管理その他の労働に関する一般常識、社会保険に関する一般常識、健康保険法、厚生年金保険法、及び、国民年金法に関する択一式、選択式の試験しか受けておらず、労働問題における各法制度の基礎をなし、解釈の指針となっている憲法や民法、商法、民事訴訟法の試験すら課されていない。憲法・民法という基本法の知識を欠くまま、労働問題について適切な法解釈、紛争解決に関与できるはずがない。さらには、労働法の分野に絞っても、労働契約や就業規則を規律する労働契約法やそれにまつわる裁判例、また、集団的な労使紛争に関わる法律である労働組合法やそれにまつわる裁判例等については試験すら課されていない。

 

3 監査業務に拡大することは不適当である

そして、本改正案のうち②は、「法令事項ならびに労働協約、就業規則および労働契約の遵守の状況を監査すること」を社会保険労務士の業務内容として明記するものであるところ、労働協約、就業規則、労働契約の遵守の状況を判断するためには、まさに社会保険労務士が試験において知識レベルの確認が一切試されていない能力が求められる。しかも、改正案により社会保険労務士が求められる業務は「監査」であるところ、社会保険労務士が、当該業務を通じて依頼者である企業に対し、労働法の遵守状況について、いわば「お墨付き」を与えることになる。「監査」は単に法令違背のチェックをすればすむものではなく、紛争予防の見地からなされる必要がある。このような重大な業務を、試験等による知識レベルの確認が一切なされていない士業者に対して与えることは、安易にその業務範囲を拡大するものであるし、そもそも社会保険労務士が紛争に関与する機会が極めて限定されているのであるから、社会保険労務士に対して紛争予防の見地からの監査業務を期待することは到底できない。

 

4 補佐人として裁判所に出頭し陳述する範囲を拡大するべきではない

また、社会保険労務士は、当事者対立構造を前提とするプロフェッションとしての関与方法についての職業倫理も含めた教育訓練を受けていない。弁護士は、日々紛争解決に携わるため、司法修習等において紛争解決の教育訓練を経て、自らの能力を向上させているが、社会保険労務士の通常の職務はそういった教育訓練の過程を経て資格が付与される訳でもなく、業務も行政補助的なものが中心であり、紛争解決に関する日常的な経験の積み重ねも期待できない。そのため、社会保険労務士が紛争に関与したならば、最終的な労使紛争の解決が図られる裁判手続きや労働委員会手続における終局な紛争解決の道筋を正確に把握することができず、紛争を拡大させたり、紛争解決の過程で自らの依頼者を適切に説得すべき場面でこれをできないことから紛争を混乱させ、解決を長引かせたり、依頼者にとって不利益な対応や利益相反的行為により紛争解決において本来課されるべき職業倫理違反を犯す危険が格段に大きい。

本改正案のうち③は、その内容が定かではないが、裁判所において弁護士の補佐人として出廷し陳述をすることについて、労働・社会保険法令に関して、社会保険労務士を必要とする場面が存在するとの立法事実は存在しない。社会保険労務士が関与する可能性のある事案はほとんどが労働事件であり、この分野は伝統的に弁護士が代理人として活動し、数多くの判例法理を積み重ねてきた分野であって、弁護士が相当数増員された現在では、従前にもまして、社会保険労務士の関与を認める必要性がない。紛争解決のプロフェッションでない社会保険労務士の裁判や労働審判、調停手続きへの関与は、紛争解決を阻害する弊害の方が大きいと言わざるを得ず、認められるべきではない。

 

5 まとめ

以上のことから、日本労働弁護団は、本改正案に対して反対する。

以上