世界標準のハラスメント防止法制の実現を求める声明
2024/10/31
世界標準のハラスメント防止法制の実現を求める声明
2024年10月31日
日本労働弁護団
幹事長 佐々木亮
1 厚生労働省は、2024年2月、「雇用の分野における女性活躍推進に関する検討会」を設置し、同年8月8日、同検討会は報告書を公表した。同検討会では、「ハラスメントの現状と対応の方向性」も検討課題としてあげられていたところ、同報告書においてはその点の取りまとめも行われている。
同報告書は、まず、①「国はハラスメント対策に総合的に取り組む必要がある」として、「4種類[1]のハラスメントに係る規定とは別に、一般に職場のハラスメントは許されるものではないという趣旨を法律で明確にすることが考えられる」とし、合わせて、②カスタマーハラスメント(以下「カスハラ」)の措置義務化、③就活等セクハラの措置が講じられることが「適当」とした。一方、④ILO第190号条約の批准については、①の対応で一定の整備ができるとしつつ、「引き続き、条約全般について、さらなる検討を進めることが適切である」とされるにとどまった。
2 職場でのハラスメントは、多様な方法・関係性の中で起こり得る。そのため、①について、あらゆる類型のハラスメントを対象とした立法がなされるのであれば前進である。しかし、あくまでも理念的な規定にとどまるのであれば、実効性がなく意味がない。
現在の日本のハラスメント法制は、事業主に対して、各種ハラスメントについてそれぞれ防止措置を義務付けるだけに留まるものであり、同報告書においてもその方向性を維持するようである。しかし、SOGIハラ等、ハラスメントには無数の類型が存在する。それらのハラスメントについて別個に立法して対応していくことには、自ずと限界がある。したがって、あらゆるハラスメントを対象とした立法が必要である。
また、仕事の世界には雇用に限らず様々な契約形態で働く人々が存在する。派遣法[2]において派遣先にもハラスメント防止措置義務が課されており、フリーランス保護法[3]においてハラスメント防止措置義務が規定されたが、同じような働き方をしていても下請け業者の労働者であれば適用されない等、各法律における保護範囲・対象が問題となり得る。契約形態(フリーランス含む)にかかわらず、働いている全ての人がハラスメント被害に遭わない対策・措置を取る必要がある。
そして、企業にハラスメント防止措置を課すのみでは、個人にとって、ハラスメントが違法行為であるとの認識を抱きにくい。企業の相談窓口が機能せず被害者が泣き寝入りするケース、相談しても適切な対応がなされないケースも後を絶たない。これに対して行政が指導する場合も、窓口設置などの措置への指導にとどまり、ハラスメント被害そのものの是正、救済が得られないのが現状である。こうした現状を打破するためには、明確にハラスメントを禁止することを定めた立法が必要である
日本労働弁護団は、ハラスメント行為を包括的かつ明確に禁止するとともに、これに違反した場合の損害賠償請求権、その他救済方法について定めた法律を制定するよう繰り返し求めてきた。現実的にはハラスメントに関する立法をする契機が常に存在するわけではない。ハラスメントに関する検討会が行われ、ハラスメント関連立法に関する改正が検討されている今は、その千載一遇の時機である。この間にも日々ハラスメント被害が生じており、これ以上ハラスメント包括禁止法制定を先送りにすることは許されない。
日本労働弁護団は、ハラスメント包括禁止法を制定し、その目的規定として「職場のハラスメントは許されるものではないという趣旨」を定めることを、改めて強く求めるものである。
3 また、そのような立法がなされれば、ILO第190号条約を批准することに障害はない。同条約は、労働者に加えて求職者やインターン等も広く保護対象とし、加盟国に対して、あらゆる暴力とハラスメントを法律で禁止し、被害者を救済・支援することを求めている。同条約はすでに39か国が批准し、G7で批准していないのは日本とアメリカのみである。この状況は恥ずべき事態というべきである。
すべての働く人があらゆるハラスメントを受けることのない職場を実現するためには、労働者に加えて求職者やインターン等も広く保護対象とし、加盟国に対して、あらゆる暴力とハラスメントを法律で禁止し、被害者を救済・支援することを求めるILO第190号条約を速やかに批准し、ハラスメント行為を明確に禁止する法律を制定するといった積極的な施策の検討が不可欠である。
同報告書では、同条約について、「引き続き検討を進める」というにとどまっているが(④)、日本労働弁護団は、同条約を速やかに批准することを強く求めるものである。
少なくとも、同報告書において「検討を進める」と明言している以上は、同条約批准についての課題を明確にし、その課題をいつ解消し、いつ批准をするのかという具体的なスケジュールを作成するよう求める。
4 就活等セクハラの措置を講じること(③)については、これまで何の規定がなかったことからすれば一定の評価ができるが、他のハラスメントと同様の防止措置を定めるべきである。また、就活生等に対するパワハラについては措置を講じることすら見送られており、問題である。
同報告書は、「被害者はインターンシップや就職活動中の学生等の、雇用する労働者ではない者であり、それらへの配慮の措置は、自ずと雇用する労働者に対するものとは異なるものとなると考えられる。」とするが、これは措置義務を限定する理由とはならない。当該就活生等が採用された場合には、加害者と接触しないよう配置等に配慮することや、被害者に対するメンタルヘルス含む相談対応等は可能であり、これらを含む防止措置義務を定めるべきである。また、採用活動中にハラスメントが確認された場合、その採用過程が適正であったか検証し再発防止措置を講ずるべきであり、これを事後措置の内容として定めるべきである。
一方、報告書にある「求職者との面談のルールをあらかじめ定めておく」という対策は重要であり、全事業主に義務付けるべきである。特に就活等セクハラは、事業主が深く関与せず、もしくは、全く関与せずに行われる就活マッチングアプリ等を利用したOB・OG訪問時に発生することが多い。そのため、ここでいう「面談のルール」については、それらも含め、求職者とのやり取り全てを対象にする必要がある。その際、各事業主が定める「面談のルール」において、たとえば、OB・OG訪問を受ける際は会社に事前に届け出る、OB・OG面談時に私的に利用しているLINE等のSNSを使用しない等を明記するなどが考えられる。
合わせて、就活生等に対し、非公式の採用活動においてセクハラ被害が実際に生じていることを啓発する措置を強化すべきである。
さらに、上述のとおり、就活生等についてはパワハラ被害も実際に生じているところであり、セクハラだけでなくパワハラも含む防止措置義務を制定することを求める。
5 カスハラの措置義務化(②)について、これ自体は評価でき、速やかに法制化することを求める。
カスハラについては、加害者ないし被害者のいずれかが自社の労働者ではないことから、その予防が主な対策となり、労働者任せではない組織的な対策が不可欠である。報告書においてはその例としてマニュアル等の整備が掲げられているが、それ以外にも様々な対応が掲げられており、いずれかの措置を取れば防止措置義務を履行したことになる法制度が予想される。しかし、予防のためにはマニュアル等の整備は不可欠であり、防止措置の内容として全事業主にマニュアル等の整備を義務付けるべきである。
また、実際にカスハラ被害が生じた後も、被害を受けた労働者任せではなく、使用者として組織的な対応をすることが不可欠である。具体的には、問題に対処するための行為者とのやり取りを労働者任せにせず組織的に対応すること、刑事事件になった場合にも、労働者に対応を一任せずに組織的にサポートすること等である。
合わせて、自社の労働者が被害者だけでなく加害者にもなり得ることに留意する必要がある。自社の労働者が、フリーランスにパワハラ等を行った場合にはフリーランス保護法[4]で措置が義務付けられているが、取引先企業等の労働者等に対してカスハラ行為を行うこともあり得る。そのため、事業主に対しこれに対する防止措置も義務付けるべきである。また、自社の労働者によるカスハラ被害が取引先等の労働者等から申告された場合には、事業主に対する調査協力義務を課すべきである。
さらに、同報告書においても言及されているところであるが、消費者が加害者となり得ることから、消費者教育にカスハラ行為の禁止を含めるなど、包括的な対応も不可欠であり、実効的な対策が望まれる。
6 以上の措置に加えて、各企業でハラスメントに関する就業規則・指針を作成する際、安全衛生委員会を設置し、各職場におけるハラスメントのリスク評価を行い、行動計画を策定することを義務付けるべきである。
ハラスメントは、誰しも被害者にも加害者にもなり得るものであるが、行為者がそれを自覚するのは困難である場合が多い。また、一様の被害が生じるわけではなく、各職場、各業界で起こりやすい被害類型が存在する。そのため、抽象的にハラスメントを防止すると宣言するだけでは防止措置として実効性が期待できない。
実際にそれぞれの職場でどの場面でどのような被害が生じやすいのか、現に生じているのかというリスクを把握・評価し、それを防止するための行動計画を策定することが肝要である。
これを事業主だけで行うことは困難であるため、労働者も委員に含まれる安全衛生委員会において行うべきである。実際にカナダでは、2021年からこのような取り組みが法的に義務付けられている。
7 最後に、ハラスメント被害が多発している現状に鑑みれば、現行の各指針に定められた事業主に対するハラスメント防止措置義務は、実効性を有し奏功しているとは言い難い。ハラスメント研修の義務化、適切な相談窓口を担保すること、セクハラ被害者の心理状態への配慮・周知啓発、パワハラに該当する例・しない例の見直しなど、より踏み込んだハラスメント防止措置を検討することが必要である。
日本労働弁護団は、これまで、多数の意見書や声明等を通じて、上記各対策を実施するよう求めてきたものであるが、ハラスメントに関する立法が行われるにあたり、改めてその必要性を強調するとともに、すべての働く者があらゆるハラスメントを受けることのない職場を実現するため、積極的な施策が検討されるよう要請する。
以上
[1] 現在、事業主の雇用管理上の措置義務が法定されている、セクシャルハラスメント、妊娠・出産等に関するハラスメント、育児休業等に関するハラスメント、パワーハラスメントの4類型のこと。
[2] 「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律」第47条の2~同条の4
[3] 「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」第14条
[4] 「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」第14条