「働き方改革関連法」で成立した高度プロフェッショナル制度に関する意見

2018/11/5

本年6月29日に成立した特定高度専門業務・成果型労働制(高度プロフェッショナル制度=高プロ制)の創設を含む「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」(働き方改革関連法)に対する日本労働弁護団の意見書を発表しました。

当弁護団は、高プロ制には断固として反対する立場であり、7月3日には同旨の[幹事長声明]も出しています。
現在もその立場に変更はなく、同制度の導入にあたり労働者の命と健康の確保のために、各要件・手続きを個別に検討し、意見を述べました。
どうぞご高覧下さい。

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「働き方改革関連法」で成立した高度プロフェッショナル制度に関する意見

2018年11月5日
日本労働弁護団
幹事長 棗 一郎

1 はじめに

本年6月29日の参議院本会議で、特定高度専門業務・成果型労働制(高度プロフェッショナル制度・労働基準法第41条の2を新設)の創設を含む、「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」(働き方改革関連法)が成立した。日本労働弁護団は、日本のほとんどの労働組合と組合員及び過労死を考える家族の会などの市民団体をはじめとする多くの市民とともに、この高度プロフェッショナル制度に対して、労働時間規制の破壊であるとして、強く反対をしてきた。
残念ながら、十分な審議が尽くされぬまま高度プロフェッショナル制度は成立してしまったが、当弁護団は、引き続き高度プロフェッショナル制度に対して断固として反対を続け、政府与党に対して、法施行前の制度改廃を求めていく。
また、高度プロフェッショナル制度は成立してしまったが、当弁護団は、全ての労働組合と労働者に対して、それぞれの職場で働く労働者の命と健康を守るために、今後も職場への導入に対し反対する取り組みを継続し、この制度が職場で実際に利用されることがないようにすべく、強く呼び掛けていく。
さらには、使用者にとっても、高度プロフェッショナル制度の導入は、百害あって一利なしといえる。万が一、制度を導入する使用者があるならば、それ自体をもって「ブラック企業」との烙印を押され、社会的な批判・非難の対象となるのも必須である。
当弁護団は、かかる高度プロフェッショナル制度に関して、今後予定されている政省令制定における議論や、実際の職場での運用方法などを念頭に、以下の通り意見を述べる。

2 高度プロフェッショナル制度の改廃を求める取り組み

日本労働弁護団では、高度プロフェッショナル制度が成立してしまった直後に幹事長声明(「働き方改革関連法案の採決強行に対する抗議声明」・2018年7月3日発表)を発表し、成立後も引き続き高度プロフェッショナル制度に対して断固として反対し、政府与党に対し、速やかに制度を創設する法律を廃止する法制定を求める決意を示している。
当弁護団は、高度プロフェッショナル制度を職場単位でも導入させない取り組みを具体的に進めていくのと同時に、欺瞞的な国会運営により法制定前には高度プロフェッショナル制度の危険性が周知し尽くされなかったことをも念頭におきつつ、この制度の危険性を改めて社会に訴え、速やかな高度プロフェッショナル制度を廃止する法案成立を求め、取り組みも進めていく。

3 制度を活用させない取り組みの重要性

高度プロフェッショナル制度は成立してしまったものの、同制度は法制定と同時に自動的に適用者が発生するわけではなく、法所定の手続を経て各職場で導入が決定されない限り、適用対象者は発生しない。
したがって、日本労働弁護団として重視する取り組みは、全ての労働組合と労働者に対して、高度プロフェッショナル制度の導入に対しても反対する取り組みを今後も継続し、この制度が職場で実際に利用されることがないようにすることである。
そのためにも、同制度が導入される際の手続・要件の解釈・運用については、高度プロフェッショナル制度が、労働者の命と健康を確保するための労働時間に関する労働基準法の規定を適用除外とするもので、長時間労働を助長しかねないことを踏まえつつ、厳格さ・慎重さが求められる。
以下、具体的な要件、手続などにそって、個別に検討していく。

4 労使委員会の構成など(41条1項本文)

労働基準法41条1項には、労使委員会を設置すること、その構成員が「当該事業場の労働者を代表する者を構成員とする者に限る」こと、使用者が労使委員会での決議を使用者が行政庁に届け出ることが明記されている。
しかし、それ以外の具体的な労使委員会の設置方法等については、政省令に委ねられている。
この点、今後労政審において、現在活用されている労使委員会において、必ずしも労働者側の意見を適切に反映できる場とはいえない実態を踏まえて、適切な代表の選出の機会が確保されるような政省令の規定が必要である。
具体的には、労使委員の選出手続きにおいて、労使委員会の労働者側委員を選出するための手続きであることを明示した上で実施されるところの投票、挙手などの明確な方法によってなされねばならないとすべきであり(労基法施行規則6条の2参照)、使用者の意を酌んだ労働者委員が選出されぬように、使用者の指名などは許されないことは政省令において明記されるべきである。
また、労使委員会の議事内容についても、議事録が作成かつ保存され、当該事業場の労働者に周知させることを政省令において義務づけるべきである。
さらに、労使委員会の存在やそこでの決議がなされることを理由にして、高度プロフェッショナル制度に関し労働組合が求める団体交渉が阻害されるなど労働組合の権限が制約される悪影響があってはならないので、この点も政省令に明記が必要である。

5 労使委員会の決議の有効年数

法文上、労使委員会の決議について、有効期間は明記されていない。

しかしながら、高度プロフェッショナル制度については、企画業務型裁量労働制以上に対象労働者の健康被害を引き起こす危険性が高いこと、企画業務型裁量労働制においても制度の濫用が問題になっており厳格な監視が要求される。
また、年収要件など、1年単位で要件が充足されたのか監視すべき決議事項もさだめられている。
したがって、労使委員会の決議の有効期間は、企画業務型裁量労働制における3年よりも短く、1年とすべきである。

6 対象労働者の同意(41条1項本文)

(1) 労働基準監督署において本人同意を慎重に確認すること
高度プロフェッショナル制度に関し、それが真に制度の適用を望む労働者のみ適用されることを担保するためには、本人同意の手続の適正な運用が重要である。したがって、本人同意が適正に確保されることについて 決議の届出をする際に、労働基準監督署において慎重に確認することが必要である(参議院附帯決議27条第1文)。
なお、対象労働者本人の同意が適正に担保されるため、決議を労働基準監督署に届け出る際には、労働基準監督署において上記の提供した情報の内容が具体的に分かるような報告書や本人同意書面の写しなどを提出させ、さらに労働基準監督署において労働者の同意の真意を確かめる必要がある場合は労働基準監督署が直接本人の意思を確認できるようにすることも必要である。
また、本人同意の真意を確実に担保するため、同意書面は、電磁的記録では無く書面に限定すべきである。

(2) 真に制度の適用を望む労働者へ適用されるべきこと
高度プロフェッショナル制度創設の趣旨は、あくまでも「働く者の働きがいや自由で創造的な働き方につながる制度」にあることに留意をし、この趣旨を踏まえて制度が運用され、かつそのような制度を自ら希望する労働者にのみ適用されなければならない(参議院附帯決議第19条)。
したがって、例えば、社内での自分の地位や評価を上げることを理由に、使用者の顔色に取り入ろうとして制度適用を望む労働者が存在したとしても、これは制度創設の趣旨からすれば根本的に誤った理解に基づいて同意しているので、「真に制度の適用を望む労働者」とはいえないので、上記労働基準監督署の意思確認手続き等を通じて、手続から除外されねばならない。

(3) 提供される情報を指針等で明確に規定すべき
本人同意に際して、使用者から対象となる労働者に提供されるべき情報について、指針などにおいて明確に内容を規定する必要がある(参議院附帯決議27条第1文参照)。
具体的に、使用者から本人に説明されるべき情報としては、少なくとも、真に制度適用を望む労働者にしか適用できないこと、いつでも本人の自由な意思で同意を撤回できること、本人が担当する対象業務の具体的内容と範囲、権限と責任の範囲、使用者から労働時間や休憩、休日についての指揮命令を受けないこと、使用者からの業務指示と本人の業務報告の仕方、などが必要である。

(4) 書面での確認方法(参議院附帯決議27条第1文参照)
本人同意の確認としては、上記の様に提供された情報を記載した書面に本人の署名・捺印をすること、本人が納得できるように検討の時間を十分に与えること、同意書面の写しを本人に必ず手交することが必要であり、指針などにおいて明確に規定する必要がある(参議院附帯決議27条第1文参照)。
また、厚生労働省において上記を踏まえた同意書面のひな型を作成し、労働政策審議会においてもこれを提案して労使委員の承認を得ることも必要である。

(5) 同意の撤回(同条項1項7号)や不利益取扱いの禁止(同条1項9号)
また、使用者に対して、同意を得る際には不同意に対していかなる不利益取扱いもしてはならないこと、労働者が同意を撤回する場合の手続についても明確に労使委員会で決議したうえで(同条1項7号)、同意の撤回を求めた労働者を速やかに制度から外す(同条1項8号)とともに、いかなる不利益取扱いもしてはならないことについて、周知徹底をし、監督指導を徹底することが必要である(参議院附帯決議27条第2文)。
この点、労働組合としては、使用者に対して、団体交渉などを通じて、不同意者数、同意撤回者数、不同意者や同意撤回者のその後の処遇などを具体的に把握できるよう説明を求める必要がある。また、労働組合は、使用者に対して、これらを事後的に調査し、第三者に開示させられるような資料を作らせることも必要である。

(6) 本人同意の有効期間
法文上、本人同意の有効期間に関する規定はない。
しかし、本人同意について、対象労働者としての要件を充足しているのか適正に確認するためにも、短期の有期契約労働者であれば契約更新ごとに同意が必要であり、これを指針に規定したうえで、指針に基づく監督指導が徹底されねばならない(参議院附帯決議29条第2文)。
また、同様の理由から、期間の定めのない労働契約又は1年以上の期間を定める労働契約においては、少なくとも1年ごとに合意内容の確認・更新が行われるべきことを指針に規定したうえで、この指針に基づく指導監督が徹底されねばならない(参議院附帯決議29条第2文)。

7 対象業務の限定(41条1項1号)

(1) 政省令による対象業務の具体的かつ明確な限定列挙が必要であること
法文では「対象業務」として「高度の専門的知識等を必要とし、その性質上従事した時間と従事して得た成果との関連性が通常高くないと認められるもの」とのみ規定しており、具体的な対象業務の内容は厚労省令で定めることになるが、安易な拡大は許されない。
この点、「性質上従事した時間と従事して得た成果との関連性が通常高くない」業務とはいったい何を意味するのか不明確で、どういう業務が判断できない。
そもそも、現実の労働契約に即して検討すると、時給制の労働者を除き、一般的な労働契約では一箇月の所定内労働賃金は一箇月の労働時間に比例して金額が決められてはいない。基本給でも当該労働者の勤務年数や資格に応じた資格給や能力に応じた能力給、成果に応じた成果給などで構成され、その他に職務手当や管理職手当、専門職手当、家族手当、住居手当などなど様々な賃金の要素・種類で決められているのであり、労働時間と得た成果で賃金が決められている業務など通常の労働契約では想定できないといえる。
このように、現実の労働契約に即して検討すると、対象となる業務が具体的に想定すらできない不明確な概念が一人歩きをして、広範な業務が該当するものとされたり、対処が拡大されたりするのではないかという懸念がある。したがたって、この対象業務については、政省令で厳格に限定することが不可欠である。
具体的な政省令制定時の特定方法としては、対象業務を具体的かつ明確に限定列挙とすることが不可欠である(参議院附帯決議20条)。

(2) 労働者に労働時間の裁量権があること
高度プロフェッショナル制度が創設された趣旨が、真に働く者の働きがいや自由で創造的な働き方につながるとされていることから、労働者に労働時間の裁量権がある業務に限られるべきである。
この点、安倍総理は、2018年6月4日の参議院本会議において、高度プロフェッショナル制度については、その対象業務に関し、働く時間帯の選択や時間配分は労働者自らが決定するものであることを省令に明記する方向で検討していると答弁している。
たしかに、法文上は、対象労働者に労働時間に関する裁量権があるとは明記されていないものの、高度プロフェッショナル制度が制定された趣旨からして、労働時間についての自由裁量権が高度プロフェッショナル制度の要件であるのは当然であるから、政省令において明確に規定すべきである。
とはいえ、実際の職場実態は、圧倒的多数の労働者に業務量に裁量などなく、一つの仕事が終われば次の仕事が降ってくるのが現実で、しかも、高度の専門職の労働者は一般的には優秀で業務が集中しがちである。この弊害が、過労死等の長時間労働を原因とする労働災害が頻発しているのであって、業務量が多くても仕事を断れないことが、長時間労働の最たる理由ともなっている。
だからこそ、高度プロフェッショナル制度が適用される対象業務として、労働者に労働時間の裁量(働く時間帯の選択や時間配分)があることは、政省令への明記が不可欠である。
具体的には、使用者は始業・終業時間や深夜・休日労働など労働時間に関わる働き方についての業務命令や業務指示などを行ってはならないこと、及び実際の自由な働き方の裁量を奪うような成果や業務量の要求や納期・期限の設定などを行ってはならないことなどについて、省令で明確に規定し、監督指導を徹底すること(参議院附帯決議21条)が求められる。

(3) 使用者に対する交渉力
労基法の規制の大きな例外を作る高度プロフェッショナル制度は、制度対象者が、高度な専門職であり、使用者に対して強い交渉力を持つ者であることが制度趣旨とされている。
したがって、対象業務を具体的かつ明確に限定列挙する政省令を制定するに際しても、強い交渉力を持つ労働者だけが対象者として限定されるように、対象業務を限定する必要がある(参議院附帯決議20条第1文参照)。

(4) 職務経験年数を要求すべき
また、上記の様に、労働時間に関する裁量がある労働者や、使用者との交渉力がある労働者には、一定期間当該職務に対して経験年数が不可欠である。したがって、対象業務との関係で、企画業務型裁量労働制の様に、一定の職務経験年数を要求すべきである。

(5) 労働政策審議会では慎重且つ丁寧な議論が不可欠であること
対象業務が、法文が予定している「業務の従事した性質上従事した労働時間とその成果との関連性が通常高くない」とはいえない業務や、使用者と対峙できる強い交渉力を持たない労働者に拡大されてしまうと、長時間労働が野放しとなり、過労死等の健康被害を生みかねないのであり、この点の政省令の明確且つ具体的な特定は、制度運営上も生命線といえる。
したがって、労働政策審議会においても、上記の高度プロフェッショナル制度の趣旨がゆがめられないように、慎重且つ丁寧な議論を経て結論を得ることが求められている(参議院附帯決議20条第1文)。

(6) 5種類以外の業務への拡大は許されない
法文上、具体的にどのような業務を対象とするのかは明記されていないが、平成27年2月13日「今後の労働時間法制等の在り方について(建議)」において、対象業務の具体例として、「具体的には、金融商品の開発業務、金融商品のディーリング業務、アナリストの業務(企業・市場等の高度な分析業務)、コンサルタントの業務(事業・業務の企画運営に関する高度な考案又は助言の業務)、研究開発業務等を念頭に、法案成立後、改めて審議会で検討の上、省令で適切に規定することが適当である。」と5種類が上げられていた。
この点、以下述べるとおり、ここで示された5職種の対象業務はその中身は極めて曖昧であるうえ、制度趣旨から導き得ないものが含まれているし、「等」とされて例示列挙を示唆しており、不適当である。国会質疑や上述の参議院附帯決議を重視して、制度趣旨に適う対象業務を具体的かつ明確に限定列挙しなければならない。
また、国会審議では、建議でふれられたこの5職種以外の業務を念頭にした審議はなされておらず、国会審議も経ていないのに、5種類以外の業務を労政審で取り入れ、政省令に5種類以外の業務を加えることは断じて許されない。

(7) 具体的な検討
以上を踏まえて、具体的に建議で明示された5職種のうち、主だったものを検討する。
例えば、「金融商品のディーリング業務」についても、証券会社や銀行などが、金融商品の投資対象である株式・債権などの各取引所の動向をタイムリーな把握が不可欠であって、取引所の取引時間に縛られた働き方が求められるから、性質上従事した時間と従事して得た成果との関連性が通常高くないとは到底言えない。したがって、「金融商品のディーリング業務」は対象業務から除外すべきである。
また、「アナリストの業務」は、投資対象の各取引所の動向をタイムリーに把握する必要がある業務であり、取引時間に合わせて業務を行うことが不可欠で、性質上従事した時間と従事して得た成果との関連性が通常高くないとは言えない業務である。また、労働者には労働時間に対する裁量もまったくなく、取引所の動向に縛られた働き方が強いられる業務である。したがって、「アナリストの業務」は対象業務から除外すべきである。
さらに、「コンサルタントの業務(事業・業務の企画運営に関する高度な考案又は助言の業務)」「研究開発業務」については、一言で「コンサルタント」や「研究開発業務」といっても、現状は多様な労働者がこの職種で就労していることを考慮して、労働者に労働時間の裁量権がある業務であり、使用者に対して強い交渉力を持つ業務であるものに限定されるように、厳格に限定すべきである。

(8) 労使委員会における決議時の注意点や苦情処理
労使委員会における運用上の問題として、労使委員会において対象業務を決議するに際しても、要件に合致しない業務が決議されてしまえば、対象業務を限定した意味がなくなる。
実際に、高度プロフェッショナル制度と同様に労働時間規制を緩和する裁量労働制においては、政省令の規定とは実体がかけ離れた業務にまで適用されるケースが蔓延して問題となっているのであり、高度プロフェッショナル制度においても同様の問題が生じかねないと危惧される。
したがって、労使委員会の決議においても、対象業務が適切に設定されるよう、周知・徹底されねばするととともに、労働基準監督署において、決議を受け付ける際には対象業務の該当性を慎重に確認をし、疑義があれば受け付けないという、厳格な運用が求められる(参議員附帯決議20条第2文)。

(9) 苦情処理の措置
労使委員会では、高度プロフェッショナル制度で従事する対象労働者からの苦情処理の措置を当該決議で定め、使用者は決議に定めるところにより処置を講じることが求められる(同条項8号)。
上記の通り、法文に規定する対象業務が不明確で現実には想定し難いものであることから、対象労働者が、就労を開始した後から、同意した際に想定していたものとは異なる職務に従事させられる事態は十分に想定されるので、使用者によって、実効性のある苦情処理がなされるような措置が必要である。

(10) 小括
以上の通り、高度プロフェッショナル制度において対象業務を明確化・限定して限定列挙した政省令の規定を策定することは極めて重要であり、高度プロフェッショナル制度の趣旨から、ⅰ労働者に労働時間の裁量権がある業務に限られること、ⅱ使用者に対して強い交渉力を持つ業務に限ること、を踏まえつつ、ⅲ対象となる業務内容をできるだけ明確化かつ具体化したうえで限定列挙すること(対象業務との関係で、一定年数の職務経験が要求されるべきである)が要求される。

8 書面その他厚生労働省令で定める方法による合意に基づいて職務が明確にさだめられていること(同1項2号イ)

法文上、書面その他の厚生労働省令で定める方法による合意に基づいて、職務が明確に定められていることが要求され、これを労使委員会で決議することが要求されている(同1項本文)。
したがって、上記で述べた「職務」の内容について、同意する書面にも明記をして、労働者本人が異なる業務に従事させられた際に異議を述べられるように担保すべきである。
また、対象労働者の「合意」については、真に制度の適用を望む労働者にのみ適用されることを担保するため、本人同意の手続の適正な運用が必要であり、提供されるべき情報や書面での確認方法を含め、本人同意にかかる手続の要件等について指針等において明確に規定する必要がある(参議院附帯決議27条第1文前半)。
さらに、このように本人同意が適正に担保されることについての決議の届出の際には、労働基準監督署において確認することが必要である(参議院附帯決議27条第1文前半)。具体的には、真に制度の適用を望む労働者にのみ適用されているかのチェックが必要であることから、届出があった同意書を踏まえて、対象となっている労働者自身への労働基準監督署のヒアリングが必要である。

9 年収要件(同1項2号ロ)

(1) 年収額
法文上、労使委員会において、「労働契約により使用者から支払われると見込まれる賃金の額を一年間当たりの賃金の額に換算した額に換算した額が基準年間平均給与額(・・・略・・・)の三倍の額を相当程度上回る水準として厚生労働省令で定める額以上であること」を決議することが要求される。
この年収要件については、「真に使用者に対して強い交渉力がある高度な専門職労働者にふさわしい処遇が保障される水準」となるよう、「労働政策審議会において真摯かつ丁寧な議論を行うこと」とされている(参議院附帯決議22条)。
注意すべきは、メディア等で対象労働者の年収要件として指摘されている年収1075万円という数値が、法文上は何ら明記されていないことである。
この年収1075万円という数値は、建議の段階で、「具体的な年収額については、労働基準法第14条に基づく告示の内容(1075 万円)を参考に、法案成立後、改めて審議会で検討の上、省令で規定することが適当である。」とされているに過ぎず、法文上は限定されていない。政省令の規定では、少なくとも1075万円を下回るような設定は許されない。
むしろ、実際に年収1075万円程度の労働者では真に使用者に対して強い交渉力など持ち得ない現実があること、本来対象として考えるべき正社員だけを念頭に「基準年間平均給与額(・・・略・・・)の三倍の額を相当程度上回る水準」を考えるべきであるから、年収1075万円に拘らず、これを大きく上回る水準が年収として設定されるべきである。
具体的に想定されている「金融商品の開発業務、金融商品のディーリング業務、アナリストの業務(企業・市場等の高度な分析業務)、コンサルタントの業務(事業・業務の企画運営に関する高度な考案又は助言の業務)、研究開発業務」について検討しても、勤務先によっては、末端の社員であっても年収1075万を超える労働者ばかりで、使用者に対して強い交渉力を持つとはいえない場合も多いであろう。

(2) 確実に支払われる年収を対象とすべきこと
労使委員会で決議した年収は、対象となる労働者に対して確定的に支払われねばならないことも、政省令に明記すべきである。
例えば、成果型賃金を含む賃金体系の労働者が高度プロフェッショナル制度の適用対象となる場合、制度移行時の賃金が、成果の有無を問わず確定的に支払われることが必要である。こう考えないと、高度プロフェッショナル制度適用後に、成果が上がらなかったことを理由に、労使委員会で決議された年収が得られず、年収要件を下回る賃金しか得られなかったりする事態が生じかねない。これでは、年収要件により、真に使用者に対して強い交渉力を持つ労働者にのみ制度が適用されるように限定する意味をなさなくなる。
したがって、政省令などで、万が一、対象労働者が休業や成績が上がらない場合などであっても、決議された年収が確実に対象労働者に対して支払われねばならないことを明記すべきである。
このように解さねば、決議された年収を得るために、成果を上げねばならないと考えて、対象労働者が本来認められた権利行使(育児休業や有給休暇など)すら躊躇う事態を生むことにもなりかねない。

(3) 対象となる手当項目など
対象となる賃金として、いかなる項目の賃金が含まれるのかも曖昧である。
国会審議においては、野党側の追及に対し、手当の名目にかかわらず、労働契約上金額が確定している賃金は対象の中に含まれ、賞与や支給額が変動し得る通勤費はこれに含まれないという政府答弁もあった(参議院厚生労働委員会平成30年6月19日山越敬一政府参考人答弁)。
この点、就労時点では未確定であり、今後の成果や業績等の事情の変化によって変動する賃金をも含む賃金で年収要件が充足されることになれば、年収要件を充足するために長時間労働を強いられ、年収要件を設定すること意味が失われる。したがって、かかる事態を防ぐためにも、年収要件の充足性を判断するにあたり、判断の対象となる賃金の中身を省令で限定、明確化すべきであるし、額が変動し得るものは対象から除外すべきである。
具体的には、手当の名目などを問わず実態で判断し、労働契約や就業規則において、対象労働者に支払われる金額が確定しているもの(例えば、交通費や地域手当は勤務地が変更すれば金額が変動するので含まれない、家族構成による変動が予定されている家族手当は含まれない)に限られる。
また、年収要件により、真に使用者に対して強い交渉力を持つ労働者にのみ制度が適用されるように限定する趣旨から、労務提供と何ら対価性がない交通費等の実費支給額は、支給額が確定していても使用者との交渉力の強さを反映しないので、含まれないと考えるべきである。具体的に考えても、使用者に多く交通費を支給させている労働者が使用者に対して強い交渉力を有することにもならないので、不自然である。

(4) 制度適用による賃金減額の可否
高度プロフェッショナル制度の適用により、制度適用前と比べて賃金が減額するような場合には、労働条件の不利益変更となる。
具体的に想定されるのは、以下のケースである。
【制度適用前】確定部分の賃金1500万・未確定部分500万を加えた賃金2000万で適用対象
【制度適用後】確定部分の賃金1500万のみで適用対象

上記の例によると、仮に未確定部分の賃金が制度適用により支払われない自体となれば、年収が適用前の2000万から1500万へと下がる事態が生じる。
この点、高度プロフェッショナル制度により、残業代支払いの対象となっていた時間外・休日労働が増加する場合、高度プロフェッショナル制度が適用されていなければ、未確定部分の休日時間外手当が増加していた可能性が高い。そうすると、高度プロフェッショナル制度適用前であれば支払われていた休日時間外手当分が不支給となることで、実質的な賃金減額となり、労働条件の不利益変更となる。
こういった事態をも念頭に、高度プロフェッショナル制度移行後の賃金について労使委員会で決議するに当たっては、適用対象になることよって賃金が減らないようにすべきということを、指針に明記する必要がある(衆議院・平成30年5月11日山越政府参考人答弁)。

10 健康管理時間について(同条項3項)

(1) 法文の規定
法文では、健康管理時間【当該対象労働者が、事業場内にいた時間(労使委員会が労働時間以外の時間を除くことを決議したときは決議に係る時間を除く時間)と、事業場外において労働した時間との合計の時間】を把握する措置を、労使委員会の決議で定めるところにより、使用者が講ずることが求められる(同条項3号)。

(2) 本来は実労働時間の把握が必要であり、それで足りること
そもそも、健康確保のためとして新たに「健康管理時間」なる枠組みを設ける必要性などはない。本来であれば、労働契約上の付随義務ともされる実労働時間の適切な把握がなされれば足り、別途健康管理時間を把握する必要は無い。
にもかかわらず、敢えて健康管理時間なる概念が規定されたことで、健康管理時間が把握されていても、労働基準監督署において労働基準法違反が認定されないとか、労災認定における労働時間が認定されないといった事態が生じないように、健康管理時間が「実労働時間」の把握に代替される枠組みとならないよう、警戒が必要である。
この点、働き方改革関連法で同時に改正された労働安全衛生法66条の8の3においては、医師による面接指導の実施のために、労働時間の状況を省令で定める方法により把握しなければならないとされ、これを踏まえた省令では、その把握の方法として「タイムカードによる記録、パーソナルコンピュータ等の電子計算機の使用時間の記録等の客観的な方法その他の適切な方法」とされている(労働安全衛生規則52条の7の3)。この労働安全衛生法の改正を踏まえれば、高度プロフェッショナル制度の適用対象者についても、他の労働者と同様に、医師による面接指導実施のため労働時間が客観的な方法により把握することが義務づけられているのである。
この点、加藤厚生労働大臣は、健康管理時間の把握方法は、客観的な方法によることを原則とするが、やむを得ない場合に限っては、自己申告を認める旨を厚生労働省令で規定する旨答弁し(参議院厚生労働委員会平成30年6月19日加藤勝信厚生労働大臣答弁)、山越敬一政府参考人は、客観的な把握が困難であるなどやむを得ない場合に限っては、事業場外での労働時間については自己申告とすることも認める旨を厚生労働省令で規定する旨答弁している(参議院厚生労働委員会平成30年6月14日山越敬一政府参考人答弁)。
しかし、業態によっては、専ら事業場外で活動することもありうるところ、そのような業務についても、客観的な方法ではなく自己申告による場合には、過少申告が行われ、健康管理時間を厳格に把握することができないおそれが強く、自己申告による方法は許されてはならない。何よりも、携帯電話機やノートパソコン等の電子通信機器が発達している現代においては、事業場外であっても当該労働者の労働時間を把握することが容易であり、自己申告による健康管理時間の把握は認めるべきではない。あくまでも客観的な方法により健康管理時間を把握する方法をとらなければ、健康管理時間把握措置を怠ったと考えるべきである。
この点、実労働時間の把握では否定される、不正確な自己申告の方法を健康管理時間において敢えて肯定することは、客観的に把握されるべき実労働時間とは異なる、不正確な健康管理時間という概念を産み出すことになり、許されない。

(3) 健康管理時間の厳格な認定について
高度プロフェッショナル制度適用対象者について「健康管理時間」により労働者の健康を確保する場合、対象者には長時間労働の歯止めが殆どないこと、過労死・過労自死の危険性を助長する懸念があることはこれまでも再三にわたって指摘されてきたことを踏まえ、労働者の心身に負荷がかかる時間帯は、客観的な方法による把握を原則としなければならず、その適正な管理、記録、保存の在り方や労働者等の求めに応じて開示する手続きなど、指針等で明確に示すことが必要である(参議院附帯決議25条)。
また、上記の通り、労働安全衛生法により今般の改正により新設される労働時間の状況の把握の義務化(使用者の現認、客観的方法による把握を原則)や、高度プロフェッショナル制度の健康確保時間の把握について、事業主による履行を徹底することも要求している(参議院附帯決議24条)。

(4) 健康管理時間から除外される時間について
健康管理時間は、法文上、当該対象労働者が事業場内にいた時間から、労使委員会が労働時間以外の時間を除くことを決議したときは決議に係る時間により、算定するとされている。
この点、山越敬一政府参考人は、健康管理時間から除外することができる時間について、事業場内にいるが労働していない時間として休憩している時間などを定める予定にしていると答弁している(衆議院厚生労働委員会平成30年5月11日山越敬一政府参考人答弁)。
仮に、労働から完全に解放されていると評価することができない時間(準備行為や待機時間、休めない休憩時間)等の労働時間に該当する時間を決議で除外した場合には、健康管理時間を把握する措置を怠ったことになることが、厚生労働省令において明記するべきである。
そして、高度プロフェッショナル制度については、使用者は対象労働者に対して、労働時間にかかわる働き方について業務命令や指示ができないのだから、原則として、待機・休憩があったことを使用者が立証しない限り除外時間とはならず、健康管理時間に含まれると考えるべきである。
また、健康確保の目的を達成するためには、労働から完全に解放されていない時間を健康管理時間から除外することは許されないのは当然であるし、除外時間として決議対象となりうる厚生労働省令に定める事項は、具体的事項に限定列挙されるべきである。

(5) 使用者が健康管理時間把握措置を懈怠した場合の効果
高度プロフェッショナル制度の誤用や濫用によって、適用労働者の健康被害が引き起こされるような事態を決して許してはならず、高度プロフェッショナル制度の趣旨に則った適正な運用について周知徹底し、使用者による決議違反等に対しては厳正に対処しなければならない(参議院附帯決議19条)。
したがって、使用者において、健康管理時間の把握措置の懈怠があった場合には、当該労働者に対する制度適用が違法となり、原則通りの労基法の規定が全て適用されることを、厚生労働省令に明記するべきである。

(6) 健康管理時間の労働者や労働組合に対する周知等
参議院附帯決議25条は、健康管理時間について、適正な管理、記録、保存の在り方や、労働者等の求めに応じて開示する手続など、指針で明確に示すことを要求する。
この点、健康管理時間の把握は、対象労働者の健康確保の観点から行われるものであり、医師の面接指導において医師の意見を付すためにも重要な資料でもある。そのため、労働者に対して、健康管理時間を周知し、労働者自らが健康確保をすることができるようにしなければならない。したがって、健康管理時間を把握する措置の必要的事項として、対象労働者が自らの健康管理時間をいつでも確認することができる措置を講じなければならないことも明記するべきである。
また、使用者において高度プロフェッショナル制度を適用する場合、当該使用者に対して、対象者が組合員であるか否かにかかわらず、労働組合も団体交渉などで健康管理時間の開示を求めることが出来るのは当然のことであるが、指針等においても注意的に明記すべきである。

11 使用者による休日の付与(同1項4号)

(1) 法文の規定
使用者は、対象労働者に対し、1年間に104日、かつ4週4日以上の休日を決議及び就業規則その他準ずるもので定めるところにより与えなければならないものとされている(同1項4号)。

(2) 労働者による自律的な休日の決定
労働者が自律的にかかる休日を決定できなければ、高度プロフェッショナル制度の対象労働者の自律的な働き方を確実なものとすることはできない。
この点は、山越敬一政府参考人も、「休日に関しては、いつ働きいつ休むかと言った点は労働者が自律的に決定することが原則であるというふうに考えているところでございます。」と答弁する(参議院厚生労働委員会平成30年6月5日山越敬一政府参考人答弁)。
山越政府参考人は、続けて「休日の取得を確実なものとするためには、できるだけ日を特定することが望ましいことから、労働者から事前に使用者に予定する休日を伝えていただくことが必要であるというふうに考えておりまして、この旨を指針に明記することを検討したいと思います。」とも答弁する(同上)。
そこで、制度適用に際しては、対象労働者の希望する休日を聴取したうえで、年間104日以上かつ4週4日以上の休日を事前に特定しなければならないことを厚生労働省令に明記するべきである。
仮に事前に休日として特定した日に、対象労働者が就労していた場合には、制度の適用要件を欠くことになり、違法となり、高度プロフェッショナル制度の適用から離脱する。

(3) 休日の起算日について
この点、対象労働者が4週あたり4日の休日が確実に取得することができているかを把握するためには、「4週」という単位期間を特定しなければならない。
具体的には、高度プロフェッショナル制度を適用するに際しては、決議のみならず就業規則その他準ずるものにおいて、4週間を計算するための起算日を明らかにしなければならない旨を政省令に明記するべきである(変形労働制に関する変形休日性の起算日に関する労基則12条の2第2項を参照)。
また、このように起算日が決議等で明らかにされていない場合には、「4週4日」の休日を取得しているかどうかを判別することができないため、高度プロフェッショナル制度の適用は違法となる旨も、併せて明記するべきである。

(4) 休日の確実な付与
使用者は、高度プロフェッショナル制度の対象労働者の自律的な働き方を阻害することがないように、当該対象労働者の希望に従い、法の定める休日を事前に特定し、把握しなければならないことはもちろん、確実にかかる休日を与えなければならない。
使用者において、対象労働者に対して、対象労働者の就労状況と業務量や納期等から、対象労働者が事前に特定した休日にまで働かなければならない業務命令を行った場合には、かかる休日を事前に特定した意味が失われてしまうため、かかる業務命令自体が許されない。
そこで、対象労働者が事前に特定した休日に働かなければならないような業務命令を行った場合には、労基法41条の2第4号の要件を欠くことになり、その時点で制度の適用は違法となる旨を厚生労働省令に明記するべきである。

12 4つの選択的健康確保措置について(同条1項5号イ乃至ニ)

法文では、高度プロフェッショナル制度導入に際して、以下の4つの措置のうちいずれかを講ずることを要求する(同条項1項5号)。
イ 一定時間以上の勤務間インターバルと深夜労働の回数制限をすること(法律にインターバル時間も回数も定めず、厚生労働省令による)
ロ 健康管理時間を1ヵ月又は3カ月について、それぞれ厚生労働省令で定める時間を超えないこととすること(法律に時間は定めず)
ハ 1年に1回以上継続した2週間の休日を与えること
ニ 週40時間を超える健康管理時間が月80時間を超えた場合等に健康診断を実施すること

上記4つの選択的な健康確保措置については、厚生労働省令に具体的な内容が委ねられている点が多く、できる限り実効的な規定が置かれることが求められる。
とりわけ、インターバル規制(「イ」:インターバル時間及び回数が厚生労働省令による)、健康管理時間の1ヶ月又は3ヶ月の上限(「ロ」:具体的な時間は厚生労働省令による)について、法文には具体的な数値設定がないので、健康確保措置としての内実を伴う、実効的な数値設定が求められる。
また、職場で高度プロフェッショナル制度が導入される場合、使用者は4つのうち最も容易と考えられる「ニ」の健康診断実施を選択することを求めてくることが考えられるが、健康診断の実施方法によっては、実施する意味が乏しくなることが懸念される。この場合、健康被害を防ぐためにも、高度プロフェッショナル制度が導入される場合に、使用者に安易な気持ちでこの健康診断を選択させないようにし、健康確保措置を形骸化させないように注意が必要である。
さらに、高度プロフェッショナル制度が導入された職場でも、この健康確保措置の実施状況をも含めた監視が必要である。

13 産業医との面談等(労働安全衛生法66条の8の4第1項関係)

(1) 産業医面談の対象者など
労働安全衛生法66条の8の4第1項は、高度プロフェッショナル制度が適用された労働者について、健康管理時間が「当該労働者の健康の保持を考慮して厚生労働省で定める時間を超えるものに対し、厚生労働省令で定めるところにより、医師による面接指導を行わなければならない」としているが、その具体的な健康管理時間等は省令に委ねられている。
この点、平成27年2月13日の「今後の労働時間法制等の在り方について(建議)では、上記の労安衛法66条の8の面接指導について、健康管理時間が1週間あたり40時間を超えた部分が1ヶ月あたり100時間を超えた労働者については一律に面接指導の対象とすること、労働者の申出があれば面接指導を実施するよう努めなければならないものとすることが適当である、とされている。
そもそも、「健康管理時間」は、高度プロフェッショナル制度において、健康確保措置をとるための前提として重要な意味をもつものとして定められており、実質的に労働時間との区別も困難である。そのため、健康管理時間の1週間あたり40時間を超えた部分が1ヶ月あたり80時間を超える場合、当該労働者には、80時間分の時間外労働に従事したのと同程度の負荷が心身にかかっているといえよう。
加えて、通達(平成18年2月24日基発第0224003号Ⅳ・第2・12・(1)ウ)において、管理監督者等労働時間等にかかる規定の適用について特段の定めのある労働者については、労働者自らが時間外・休日労働時間が1箇月あたり100時間を超え、かつ、疲労の蓄積があると認められると判断することが要件となっている。また、同通達同項(1)エにおいて、事業者の把握する労働時間と労働者の把握している時間数に差があり、かつ、その確定に時間を要する場合は、まずは面接指導を実施することが望ましいとされている。
また、参議院附帯決議24条でも、医師による面接指導の「的確な実施」等を通じ、労働者の健康が確保されるよう取り組むことが要請されている。
したがって、①最低限、健康管理時間が1週間あたり40時間を超えた部分が、1ヶ月あたり80時間を超えた労働者については労働安全衛生法66条の8の4の面接指導の対象となること、②①を下回る場合についても、労働者の申出によって、医師の面接指導の対象となることを厚生労働省令によって定めるべきである。

(2) 小規模事業所における産業医の選任について
人数50人以下の事業所においては産業医の選任義務がなく、既に述べた面接指導を行う医師が産業医ではなく、また、産業医において面談を勧奨する意見を述べたとしても、労働安全衛生委員会等に産業医ではない当該医師は参加しておらず、意見が十分反映されない。また、意見に基づいた措置が行われているかについての監督が不十分となるおそれがある。
この点について、加藤厚生労働大臣も、「小規模な事業所においても、健康管理にあたる医師を選任することとする方向で検討していきたい。具体的には決議事項を定める省令等に規定する」(参議院厚生労働委員会平成30年6月19日)と答弁している。そして、この「健康管理」を行う医師とは、労働安全衛生法13条1項が「労働者の健康管理その他厚生労働省令で定める事項」を行う産業医に他ならない。
そこで、高度プロフェッショナル制度を導入する場合、労働基準法41条の2第1項10号の「厚生労働省令で定める事項」として、50人以下の事業所である場合であっても産業医を選任することを、厚生労働省令で定めるべきである。

14 労使委員会による歯止めの重要性

高度プロフェッショナル制度を職場単位での拡大防止のため、一番簡易かつ効果的な対策は、労使委員会の決議で否決することだ。
制度導入には、労使委員会の委員の5分の4以上の多数決が要求されている。この労使委員会が機能すれば、職場への導入は容易に阻止できる。
この点、職場に過半数を組織する労働組合がある場合、労使委員会で、職場への導入を否決するのは容易なはずだ。日本労働弁護団としては、全ての労働組合に対して、職場単位、とりわけ労働組合が存在する職場において、高度プロフェッショナル制度の導入を阻止するような一層の取り組みを求めていく。
とはいえ、労働組合が、職場単位への導入を自らの重大な問題と捉えて、導入を阻止するのは、容易でないかもしれない。対象とされる労働者は、現在も管理監督者や企画業務型裁量労働制の対象者が多いであろうが、こういった労働者の多くは、組合員資格がない場合も多い。そうすると、労働組合が既存の組合員の目先の利益だけ考えると、適用対象者(非組合員)への高度プロフェッショナル制度導入に関心が薄く、労働組合内部で取り組む優先順位が低くなる可能性がある。対象労働者が適用を希望しているような場合であれば、なおさら反対する意欲を削がれるだろう。
しかしながら、1人でも職場に休日・休憩すら規制ない「働かされ放題」の労働者を受け入れてしまえば、そういった職場風土が蔓延しかねず、全ての労働者が無関係ではいられない。
したがって、労働組合としては、労使委員会における対応を通じて、高度プロフェッショナル制度対象者だけでなく職場全体、社会全体を見渡し、長時間労働に対する歯止めとしての役割が問われることになる。

15 労働組合による取り組みの重要性

(1) 導入阻止に向けての取り組み
職場で過半数を組織する労働組合であれば、上記のとおり、労使委員会を通じて、高度プロフェッショナル制度導入を阻止できる。
また、職場で過半数を組織しない労働組合であっても、労働組合としては、団体交渉などを通じ使用者に対して高度プロフェッショナル制度に関する要求を出すことは可能である。職場で過半数を組織する労働組合と同じく、積極的に導入すべきでは無いこと、情報開示、導入後の運用などについて、要求を出していくべきだ。
日本労働弁護団は、全ての労働組合に対して、職場単位、とりわけ労働組合が存在する職場において、高度プロフェッショナル制度の導入を阻止するような一層の取り組みを求めていく。

(2) 導入後の監視
労働組合は、万が一職場で高度プロフェッショナル制度が導入されてしまった場合には、対象者が上記の適用要件などを充足した働き方がなされているのかなど、制度導入後も厳しい監視も求められる。
その際、対象者が労働組合員であるか否かは、問題にすべきではない。同じ職場で働く仲間の問題として、労働者の命や健康に関わる問題として、労働組合は厳格な姿勢で監視すべきことが求められる。
なお、実際に高度プロフェッショナル制度が導入されてしまった場合は、法や政省令が定める数値等の基準はいずれも最下限の基準に過ぎないことに留意をし、より厳格な健康確保措置やと実効性ある監視体制が確立されるように、労働組合としても要求すべきなのは、当然である。

16 労災・安全配慮義務の関係

高度プロフェッショナル制度が適用される場合、使用者にとって労働時間を記録する動機が減少することも考えられるが、同制度の適用される労働者についても、使用者には安全配慮義務が課されるのは当然のことである(参議院附帯決議28条)。
この点は、国会答弁でも、加藤厚生労働大臣が、「高プロだからといって、労働契約上の使用者の安全配慮義務がなくなるということにはならないんじゃないか」(衆議院厚生労働委員会平成30年5月16日)と明確に答弁している。
そして、参議院附帯決議28条においては、安全配慮義務を踏まえ、「労働基準監督署は、健康管理時間の把握・記録に関して、当該労働者に対して、適切な監督指導を行うこと」お要請されている。
そこで、省令においては、①高度プロフェッショナル制度の対象となる労働者についても、使用者は安全配慮義務を負うことを明文で確認すると共に、②健康管理時間が安全配慮義務違反の有無を判断するに当たって考慮されるべきことを明記するべきである。

17 さらなる広報・啓発の必要性

残念ながら、労働組合が存在しない職場などでは、労使委員会での決議は使用者の影響下で形式的なものとなりがちである。こういった職場に対して高度プロフェッショナル制度の導入を阻止するには、制度の危険性に対する広報・啓発が一番有効な対策であろう。
そもそも政府・経済界が高度プロフェッショナル制度導入を画策した狙いは「企業がホワイトカラー労働者への労働時間規制を免れること」だ。しかし、立法過程において、政府の本音は隠されており、「働いた時間ではなく成果で評価する」「脱時間給」など誤った制度説明が喧伝された。そのため、高度プロフェッショナル制度の本当の危険な姿が周知されないまま高度プロフェッショナル制度が成立している。
だからこそ、高度プロフェッショナル制度の危険性周知の取り組みを今後も進め、社会の共通認識として「高プロ導入企業は『ブラック企業』だ」という評価を確立させることは重要だ。企業イメージや労働市場への影響を考えて、使用者が制度導入を躊躇するよう、今後も労働組合において、高度プロフェッショナル制度の広報・啓発が重要となる。

18 要件などに違反した場合の効果

高度プロフェッショナル制度が適用された場合の法的効果は、上記の導入要件を満たし、対象労働者を対象業務に就かせたとき「この章で定める労働時間、休憩、休日及び深夜の割増賃金に関する規定は、対象労働者については適用しない。」というもので、1日8時間・週40時間の規制(法定労働時間制)、休憩時間の規制、時間外労働・休日・深夜も含めた割増賃金の規制など、全ての労働時間規制が適用除外となる。
かかる重大な効果を生じさせる高度プロフェッショナル制度であるから、上記の通り厳格に適用要件等が踏まれることが要求されるのは当然であり、万が一これを満たさない場合には、高度プロフェッショナル制度の効果を一切生じさせてはならない。
この点、法文上は、使用者が、41条の2第1項の3号から5号までの健康確保措置を講じていない場合には、適用除外とはならない(41条の2第1項ただし書)とされている。
しかしながら、上記の要件等に違反があった場合に、高度プロフェッショナル制度が適用されないという効果は、健康確保措置にとどまらないのは当然であり、上記規定は、高度プロフェッショナル制度適用において、健康確保措置の重要性にかんがみて、注意的に規定されたに過ぎない。
具体的に高度プロフェッショナル制度の適用要件を欠いている場合については(例:対象業務外であったのに、決議されて高度プロフェッショナル制度対象者とされてしまっていた場合)、少なくと、違反があった時点以降については、高度プロフェッショナル制度が適用されなかったものとして取り扱われねばならず、使用者は、休日・時間外賃金なども遡及的に支払義務を負う。先の例でいえば、対象業務であると決議された時点当初から、遡及して取り扱われる。
こういった効果については、政省令にも明記が必要である。
このように解釈しないと、裁量労働制にみられるように、要件を欠くのに適用されてしまうケースが蔓延しかねないので、違法状態が判明した後には是正させ使用者がリスクを負う運用を確立し、「やった者勝ち」とならないような指導・監督を徹底されねばならない。

19 指導監督の徹底

高度プロフェッショナル制度が濫用された場合には、過労死等の重大な健康被害を引き起こす可能性が高いことを考慮すると、労働基準監督署において、厳格な指導監督が求められる。
この点、参議院附帯決議23条では、高度プロフェッショナル制度を導入する全ての事業場へ、労働基準監督署が立入調査を行い、法の趣旨に基づき、適用可否をきめ細かく確認し、必要な監督指導を行うことを要求する。このことに留意した運用を確立するよう、労政審においても審議を尽くす必要がある。
また、実際の職場では、同一使用者において、同様の職務を遂行する複数の労働者が、高度プロフェッショナル制度の適用対象とされるケースが多いと考えられる。こういったケースでは、そのうち労働者1人が要件を欠く場合、他の労働者も要件を欠く蓋然性は高いのであり(例えば、対象業務外であった場合など)、他の労働者に対しても、より慎重に適用の可否を確認して、必要な監督指導を徹底する必要があり、労働基準監督署において、一部労働者のみ違反取りあげて使用者全体の違法を放置するようなことは断じて許されない。
なお、こういった高度プロフェッショナル制度の誤った運用を防ぐには、対象事業主や労働者に対して十分な周知・啓発を行うだけで無く、監督指導する労働基準監督官等に対しても十分な教育・訓練を行うことが必要である(参議院附帯決議30条)。

20 まとめ

以上述べたとおり、高度プロフェッショナル制度が成立したとはいっても、今後、職場単位での導入阻止や脱法利用阻止に向けて、取り組むべき課題は無数にある。
当弁護団においても、今後も継続的に、高度プロフェッショナル制度による健康被害を生まないようにするため、さらには制度廃止に向けて、積極的な取り組みが求められる。

以上