非正規雇用の「入口規制」と「不利益取扱い禁止」に関する 立法提言骨子案

2016/10/7

日本労働弁護団では、非正規雇用の「入口規制」と「不利益取扱い禁止」に関する立法提言骨子案を策定しました。

日本労働弁護団 非正規労働・立法提言骨子案.pdf

非正規雇用の「入口規制」と「不利益取扱い禁止」に関する

立法提言骨子案

 2016年10月7日

日本労働弁護団

【本立法提言の趣旨】

 安倍政権は、本年6月2日閣議決定した「ニッポン一億総活躍プラン」において、「同一労働同一賃金の実現など非正規雇用の待遇改善」の実現を宣言し、その具体的な施策の一つとして、「不合理な待遇差に関する司法判断の根拠規定の整備」、「待遇差に関する事業者の説明義務の整備など」を含めた労働契約法、パートタイム労働法、派遣法の「一括改正等を検討し、関連法案を国会に提出する」ことを掲げている。

 しかし、非正規雇用の弊害を直視するのであれば、まず何よりも非正規雇用を増やさない、非正規雇用それ自体を規制する法政策が必要となるが、基本的に安倍政権にこの観点は無い。むしろ、「ニッポン一億総活躍プラン」では、「女性や若者などの多様で柔軟な働き方の選択を広げるためには、(中略)非正規雇用労働者の待遇改善は、待ったなしの重要課題である」としており、「多様で柔軟な働き方」である非正規雇用が増えること自体は問題にしていない。そもそも、安倍内閣は、2015年に強行採決し成立させた派遣法改正のように、非正規雇用労働者を増やす政策を採り続けてきた。また、安倍内閣は、上述の派遣法改正時、野党提案のいわゆる「同一労働・同一賃金推進法」を骨抜きにして成立させ、派遣労働者と正規雇用労働者との待遇格差をこれまでと同じように放置する立法政策を取った。

 安倍政権のこのような政策に鑑みれば、非正規労働者の増加に歯止めをかけることはないであろうし、真に非正規労働者の待遇改善が実現される実効的法案が作成されるかも疑わしい。そこで、日本労働弁護団は、非正規雇用問題の真の解決のため、非正規雇用の拡大に歯止めをかけるための「入口規制」に関する規定、非正規雇用の労働条件格差是正のための「不利益取扱いの禁止」に関する規定の立法提言骨子案を作成したので、政府に対し、このような立法をなすことを求める。

 

 

【有期労働契約に関する立法提言骨子案】

第1 有期労働契約の締結【労働契約法に新たに次の2条文を規定する】[1]

 1 有期労働契約の締結[2]

使用者は、次の各号に定める場合を除き、期間の定めのある労働契約(以下「有期労働契約」という)を締結することができない。

休業又は欠勤する労働者に代替する労働者を雇い入れる場合

業務の性質上、臨時的又は一時的な業務に対応するために、労働者を雇い入れる場合

一定の期間内に完了することが予定されている事業に使用するために労働者を雇い入れる場合

2 前記1に反する有期労働契約の法的効果

  前項に反し、有期労働契約が締結された場合、その労働契約の期間の定めは効力を有しない。 

第2 有期労働契約と不利益取り扱いの禁止(労働契約法20条の改正)[3][4]

 1 合理的理由のない労働条件の不利益取扱いの禁止[5]

   使用者と有期労働契約を締結している労働者又は締結していた労働者は、その労働条件について当該使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者より不利益に取り扱われてはならない。

ただし、労働者が従事している職務の内容、労働者の個別の事由又はこれらに準じる事情を考慮して、その労働条件の相違及びその相違の程度に合理的理由があると認められる場合は除く。

2 規定遵守のための労働条件不利益変更の禁止[6]

   使用者は、前条の規定を遵守するためにいかなる労働者の労働条件も不利益に変更してはならない。

3 不利益取扱いの法的効果と救済[7]

合理的な理由があると認められない労働条件の不利益取扱いについては、その労働条件の定めは無効とし、不利益取扱いがなければ処遇されていたと合理的に考えられ得る労働条件となるものとする。この場合において、労働者は、使用者に対し、不利益取扱いがなければ処遇されていたと合理的に考えられ得る労働条件の確認とその履行(賃金支払いを含む)、あるいは不利益取扱いについての損害賠償を請求することができる。

 

【派遣労働規制に関する立法提言骨子案】[8]

第1 労働者派遣の利用可能事由と期間制限

1 労働者派遣の利用可能事由[9]

   労働者派遣事業は、次の各号に定める場合を除き、行うことができない。

休業又は欠勤する労働者に代替する場合

業務の性質上、臨時的又は一時的な業務に対応する場合

一定の期間内に完了することが予定されている事業に使用する場合

 2 期間制限

   派遣先は、前条の場合について、派遣元事業主から3年を超えて労働者派遣の役務の提供を受けてはならない。

   ただし、前条各号に定める事由が終了したときは、本文の期間にかかわらず、その終了したときを超えて労働者派遣の役務の提供を受けてはならない。

 3 派遣先の労働契約申込みみなし制度の整備

   第1項及び第2項に違反して労働者派遣の役務の提供を受けた場合について、派遣先による直接雇用申込みみなし制度の適用がなされるように、現行派遣法第40条の6を整備する。[10]

第2 派遣労働者の労働条件に関する基本原則

 1 派遣元事業主の義務-派遣労働者の不利益取扱いの禁止[11](現行派遣法30条の3第1項を改正)[12]

   派遣労働者の労働条件は、その派遣先への派遣の期間中、同一職務に派遣先によって、直接、期間の定めなく採用されていれば適用されたものを下回らないものとする。

 2 不利益取扱いの禁止の法的効果と救済

前項に反する労働条件の定めは無効とし、同一職務に派遣先事業主によって、直接、期間の定めなく採用されていれば適用された労働条件となるものとする。この場合において、派遣労働者は、派遣元事業主に対し、当該労働条件の確認とその履行(賃金支払いを含む)、あるいは前条違反についての損害賠償を請求することができる。

 

第3 派遣先事業主の義務1-情報提供義務[13]

 1 労働者派遣契約締結申込時の情報提供義務

派遣先は、派遣元事業主に対して、労働者派遣契約の締結の申込を行うに際しては、派遣労働者と同種の業務に従事する派遣先に雇用される労働者の賃金その他の労働条件に関する情報を文書にて申告しなければならない。 

2 派遣元事業主及び派遣労働者の請求による情報提供義務(現行派遣法40条5項及び6項の改正)[14]

派遣先は、派遣労働者の労働条件が適法に決定されるようにするため、派遣元事業主もしくは派遣労働者の求めに応じ、当該派遣労働者と同種の業務に従事する当該派遣先に雇用される労働者の労働条件に関する情報を提供しなければならない。

 

第4 派遣先事業主の義務2-教育訓練へのアクセス、福利厚生施設の利用(現行派遣法40条に関する改正)[15][16]

1 教育訓練へのアクセス

派遣先は、その指揮命令の下に労働させる派遣労働者と同種の業務に従事するその雇用する労働者が業務の遂行に必要な能力を付与するための教育訓練については、当該派遣労働者に対しても、これを実施しなければならない。

2 福利厚生施設の利用

派遣先は、その雇用する労働者に対して利用の機会を与える福利厚生施設については、その指揮命令の下に労働させる派遣労働者に対しても、利用させなければならない。

以上


【有期労働契約に関する立法提言骨子案に関する注釈】

[1] 日本労働弁護団「有期労働契約法制立法提言案」(20091028日)の条項内容を基本としている。

[2] フランス労働法典L12422条参照。

[3] 現行労働契約法20条は、以下のとおりである。

 「有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。」

[4] 「短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律」(パートタイム労働法)第8条についても、同内容の条文に改正することを提言する。

[5]  この法文の趣旨は以下のとおりである。

合理的理由の立証責任:現行労働契約法20条は「不合理と認められるものであってはならない」と定めて労働者にも一定の立証責任を課しているものと解されるが、合理的な理由が認められる場合以外は労働条件の不利益取扱いが禁止される規定にし、合理性の立証責任を使用者側に明確に負わせることとする。不利益取扱いが許されないことが原則であり、その例外として許容されることは使用者側で立証されなければならない。

現行労働契約法20条は、「期間の定めがあることにより」期間の定めのない労働者の労働条件と相違する場合と規定しているが、本立法提言では、使用者側に当該労働条件の相違が期間の定めがあることによるものではないことについての立証責任を課している。なお、ここでいう「期間の定めがあることにより」とは「期間の定めの有無に関連して生じたものである」という程度のもので足り、それを超えて「期間の定めを理由としたもの」という厳格なものではないことに注意が必要である。

合理的な理由の判断要素:「職務の内容」を基本要素とする。現行労働契約法20条の「職務内容・配置の変更の範囲」については「人材活用の仕組み」と俗称されて有期雇用労働者は「人材活用」の対象外で不利益取扱いは当然とされかねないので、条文から削除する。また、労働条件の相違だけでなくその相違の程度にも合理的な理由が認められるべきことを明記する。

有期契約から無期契約になった場合も適用:前記第1の2(有期労働契約規制に反して締結された有期労働契約について、その「期間」が効力を有しないとされた場合)や現行労働契約法18条(無期転換権)により有期契約から無期契約になった場合にも、「期間の定めがあったこと」による不利益取扱いとして本条文が適用されるようにする。

[6] この法文の趣旨は、同一の使用者に雇用される無期労働者等他の労働者の労働条件切り下げ防止である。使用者が本規定を口実に期間の定めのない労働者等他の労働者の労働条件を切り下げることのないように、本規定を遵守するためにいかなる労働者の労働条件を不利益に変更することを禁止する。米国同一賃金法(公正労働基準法6(d)(1))と同様の内容である。

[7] この法文の趣旨は、不利益取扱いの法的効果と救済である。合理的理由のない労働条件の不利益取扱いについては、その労働条件の定め(就業規則、労働協約、労働契約における当該定め)は無効とし、不利益に取り扱われなければ処遇されていたと合理的に考えられ得る労働条件となる補充的効果を条文で明記する。また、労働者は、使用者に対し、不利益取扱いがなければ処遇されていたと合理的に考えられ得る労働条件の確認請求を行うことができ、裁判所はその労働条件の判断を行って確認判決や給付判決を出せること、あるいは労働者は使用者に対し損害賠償請求を行うこともできることを条文で明記する。

 

【派遣労働規制に関する立法提言骨子案に関する注釈】

[8] 本立法提言は、「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律」(現行派遣法)の改正という形をとる。もっとも、現行派遣法は、基本的には派遣元事業主の規制を対象とする行政的取締法規(いわゆる「業法」)と解されている規定が多い。本来であれば、本立法提言における内容のうち派遣労働契約に関する部分は、派遣労働契約を規制するものとして、現行派遣法とは別に立法されるべきものである(たとえば、労働契約法に派遣労働契約の章を設けること等が考えられる。)。

[9] 有期雇用契約の利用可能事由と同様の制限である。フランス労働法典L.1251-6条参照。

[10] 現行派遣法第40条の6は、①禁止業務への派遣受入れ、②無許可の派遣事業者からの派遣受入れ、③事業所単位の派遣期間制限違反に抵触しての派遣受入れ、④個人単位の派遣期間制限に抵触しての派遣受入れ、⑤偽装請負の違法派遣について、労働者派遣の役務提供を受けている者は、派遣先が①~④に該当することを知らず、かつ知らなかったことにつき無過失でない限り、同役務の提供を受け始めた時点で、同事業主が派遣労働者に対して当該派遣就業に係る労働条件と同一の労働条件で直接雇用の申込みをしたものとみなされる、ことを定めている。

[11] EU派遣労働指令第5条1項参照。この法文の趣旨は、以下のとおりである。

比較対象は、「同一職務に派遣先事業主によって、直接、期間の定めなく採用」されていれば適用されたものである(仮装比較対象)。派遣先事業主において、現実に同一職務に直接採用されていた者がいなくても、そのような者を仮装しなければならない。また、同一職務に就いている他の労働者がいる場合には、比較対象とされるべき労働者は、派遣先に直接雇用される無期雇用労働者である。

     禁止されるのは「下回る」ことであり、むしろ派遣労働が例外的な一時的業務であることに鑑みれば、派遣労働者の労働条件が派遣先の直接雇用無期労働者の労働条件を上回ることが想定されなければならない。

[12] 現行派遣法30条の3第1項は、以下のとおり規定されている。賃金に関する「均衡処遇」の配慮規定である。

「派遣元事業主は、その雇用する派遣労働者の従事する業務と同種の業務に従事する派遣先に雇用される労働者の賃金水準との均衡を考慮しつつ、当該派遣労働者の従事する業務と同種の業務に従事する一般の労働者の賃金水準又は当該派遣労働者の職務の内容、職務の成果、意欲、能力若しくは経験等を勘案し、当該派遣労働者の賃金を決定するように配慮しなければならない。」

[13] ドイツ派遣法の以下の制度を参照した。

・派遣先に、派遣元との労働者派遣契約書のなかで、派遣先において比較可能な労働者の基本的労働条件を申告すべき義務(AüG12条1項3文)

・派遣労働者による、派遣先に対する「比較可能な労働者の基本的労働条件」に関する情報請求権(AüG13条)

[14] 現行派遣法第40条5項及び6項は以下のように定め、既に派遣先の労働者の賃金水準の情報提供配慮義務等を定め、派遣元事業主が派遣労働者の賃金を適切に決定できるようにしているが、本骨子案ではかかる義務を強化した。

「5  派遣先は、第30条の3第1項の規定により賃金が適切に決定されるようにするため、派遣元事業主の求めに応じ、その指揮命令の下に労働させる派遣労働者が従事する業務と同種の業務に従事する当該派遣先に雇用される労働者の賃金水準に関する情報又は当該業務に従事する労働者の募集に係る事項を提供することその他の厚生労働省令で定める措置を講ずるように配慮しなければならない。

  6 前項に定めるもののほか、派遣先は、第30条の2及び第30条の3の規定による措置が適切に講じられるようにするため、派遣元事業主の求めに応じ、その指揮命令の下に労働させる派遣労働者が従事する業務と同種の業務に従事する当該派遣先に雇用される労働者に関する情報、当該派遣労働者の業務の遂行の状況その他の情報であつて当該措置に必要なものを提供する等必要な協力をするように努めなければならない。」

[15] 現行派遣法第40条1項~4項は以下のように定め、既に派遣先事業主の派遣労働者の教育訓練や福利厚生施設の利用に関する配慮義務等を定めているが、本骨子案では配慮義務ではなく、明確に使用者の義務として強化した。

「1 派遣先は、その指揮命令の下に労働させる派遣労働者から当該派遣就業に関し、苦情の申出を受けたときは、当該苦情の内容を当該派遣元事業主に通知するとともに、当該派遣元事業主との密接な連携の下に、誠意をもつて、遅滞なく、当該苦情の適切かつ迅速な処理を図らなければならない。

 派遣先は、その指揮命令の下に労働させる派遣労働者について、当該派遣労働者を雇用する派遣元事業主からの求めに応じ、当該派遣労働者が従事する業務と同種の業務に従事するその雇用する労働者が従事する業務の遂行に必要な能力を付与するための教育訓練については、当該派遣労働者が既に当該業務に必要な能力を有している場合その他厚生労働省令で定める場合を除き、派遣労働者に対しても、これを実施するよう配慮しなければならない。

3 派遣先は、当該派遣先に雇用される労働者に対して利用の機会を与える福利厚生施設であつて、業務の円滑な遂行に資するものとして厚生労働省令で定めるものについては、その指揮命令の下に労働させる派遣労働者に対しても、利用の機会を与えるように配慮しなければならない。

 前三項に定めるもののほか、派遣先は、その指揮命令の下に労働させる派遣労働者について、当該派遣就業が適正かつ円滑に行われるようにするため、適切な就業環境の維持、診療所等の施設であつて現に当該派遣先に雇用される労働者が通常利用しているもの(前項に規定する厚生労働省令で定める福利厚生施設を除く。)の利用に関する便宜の供与等必要な措置を講ずるように努めなければならない。」

[16] 労働安全衛生法における安全衛生管理態勢(同法第三章)や労働者の危険・健康障害の防止措置等(同法第四章20条~27条)については、もっぱら派遣先事業主が責任主体となる。また、厚労省の通達「派遣労働者に係る労働条件及び安全衛生の確保について」(基発第0331010号)は、「派遣先の使用者が実施すべき重点事項」として、「派遣労働者を含めた安全衛生管理態勢の確立」(労安法10~13条、17~18条)、「危険又は健康障害を防止するための措置の適切な実施」(労衛法20条、22条)、「危険性又は有害性等の調査及びその結果に基づく措置の実施」(労衛法28条の2)、「安全衛生教育の実施等」(労衛法59条)、「安全な作業の確保」(労衛法61条など)、「特殊健康診断の実施及びその結果に基づく事後措置」、「ストレスチェック結果に基づく集団ごとの集計・分析」(労衛則52条の14)、「健康に関する情報に基づく派遣労働者に対する不利益な取扱いの禁止」などについて定めている。