雇用分野に係る国家戦略特区法に対する声明

2013/12/20

雇用分野に係る国家戦略特別区域法に対する声明

 

20131220

日本労働弁護団 会長 鵜飼良昭

 

1 声明の主旨

    本年127日、参議院において、国家戦略特別区域法が自民・公明、みんなの党、日本維新の会などの賛成多数により可決され、成立した。本法は参議院内閣委員会で自民党などにより民主党の委員長が解任された挙げ句、極めて不十分な審議のまま委員会で可決される経過を辿り成立した。本法の雇用分野に係る内容についても、有期雇用の特例についての検討(附則21~3)は、有期雇用の濫用的利用の防止を定めた労契法18条が施行されて間もない中で、この規制を緩和することは時代に逆行するものであるし、また、「個別労働関係紛争の未然防止等のための事業主に対する援助」(37)は、二重行政による非効率及び全国一律に適用されるべき労働関係法規の適用関係の混乱の懸念等がある。

    日本労働弁護団は、民主主義国家であるにもかかわらず、数の横暴により市民・労働者の意見を踏みにじり時代に逆行する法律を国会が成立させたことに対し抗議するとともに、有期雇用の特例に関する立法の動きに対し、今後も強く反対していくものである。

 

2 有期雇用の特例について

    国家戦略特別区域法の附則21項ないし3項は、一定の期間内に終了すると見込まれる事業の業務(高度の専門的な知識、技術又は経験を必要とするものに限る。)に就く労働者で、有期労働契約を締結する者(その年収が常時雇用される一般の労働者と比較して高水準となることが見込まれる者に限る。)その他これに準じる者についての無期転換申込権(労働契約法18条)の雇用通算期間の在り方等について、全国で実施することが適当であるものについて検討を加え、その結果に基づき必要な措置を講じるとし、労政審の意見を聴いて、政府は法案を2014年通常国会に提出することを目指すとされている。

    まず、労働政策立法は公労使の三者協議を経て決められるべきが大原則である。これはILOの諸条約にも規定されている国際常識である。しかるに、有期雇用の特例を含め、本法は日本経済再生本部の本年1018日付「国家戦略特区における規制改革事項等の検討方針」に基づく。労働者の利益を代弁する者が誰も入っていない日本経済再生本部の決定により、有期雇用の規制緩和を図るべく大枠を予め定め、労政審での今後の議論を縛るものであって、労働政策立法の公労使三者協議の原則に違反し許されない。

    また、「国家戦略特区における規制改革事項等の検討方針」によれば、「例えば、これからオリンピックまでのプロジェクトを実施する企業が、7年間限定で更新する代わりに無期転換権を発生させることなく高い待遇を提示し優秀な人材を集めることは、現行制度上はできない」として、有期契約労働者の無期転換申込権発生に必要な雇用通算期間を現行の5年から10年等に伸張することが念頭に置かれている。

    しかしながら、この例えは明らかに誤っている。労働基準法は、労働契約の期間について、「一定の事業の完了に必要な期間を定めるもの」については契約期間の上限を設けていない(労基法141項)。よって、オリンピックまで7年間プロジェクトを実施することが見込まれているのであれば、7年間の有期労働契約を締結することができる。

    また、そもそも無期転換申込権が労働契約法181項に置かれ、雇用通算期間が5年を超えることになった場合に無期の労働契約に転換する権利を労働者に認めたのは、長期の業務に対して有期労働契約が細切れ的に使用され、労働者の雇用が不安定になることを防止し、もって有期労働の濫用的利用の防止を図ることにある。よって、使用者が、7年間を上限として有期労働契約を更新し5年を超えて利用できるようにすることは、有期労働契約の濫用的利用を認めることになる。7年間に限り有期労働契約で使用したいのであれば、やはり上記のとおり、期間が7年間の有期労働契約を締結すべきなのである。

    労働者の無期転換申込権を規定する労働契約法18条は、有期労働契約の濫用的利用を防止するために、20134月に施行されたばかりである。非正規労働者が増加し続け、全労働者の約4割となっている現在、法の趣旨を減殺する規定を設けることは時代に逆行し許されない。日本労働弁護団は、有期雇用の特例として無期転換申込権発生のための雇用通算期間を伸張する立法の動きに対し、これからも断固として反対していく。

 

3 「個別労働関係紛争の未然防止等のための事業主に対する援助」について

(1)国家戦略特区における相談等援助事業について

    国は、国家戦略特別区域において、個別労働関係紛争を未然に防止し、産業の国際競争力の強化又は国際的な経済活動の拠点の形成に資する事業の円滑な展開を図るためとして、「国家戦略特別区域内において新たに事業所を設置して新たに労働者を雇い入れる外国会社その他の事業主に対する情報の提供、相談、助言、その他の援助を行うもの」としている(371項)。

    個別労働関係紛争の未然の防止のために、企業からの要請に応じて具体的事例に則した相談や助言サービスを実施すること自体は、企業が労働者との間に無用な紛争を招かないよう予見可能性をもつことができ、また、労働関係法規や判例に則した労働環境が整えられることに資するものである。

    しかしながら、既に、「個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律」は、「都道府県労働局長は、個別労働関係紛争を未然に防止」するために、労働者、求職者又は事業主に対し、情報の提供、相談その他の援助を行うものとし(3条)、地方公共団体も、国の施策と相まって、当該地域の実情に応じ、「個別労働関係紛争を未然に防止」するため、労働者、求職者又は事業主に対する情報の提供、相談、あっせんその他の必要な施策を推進するように努めるものとされている(201)。そして、これを受けて、全国各地に総合労働相談コーナーや各自治体の労働相談窓口が設けられ、相談等の援助事業が実施されている。

    それにもかかわらず、これとは別に、特区内に相談センターを設け相談等援助事業を行うことは、厚労省とは別に同一の相談等援助事業を行わせるものである。これは、二重行政であり、非効率かつ無駄である。

    かえって、厚労省とは別の機関が相談等援助事業を特区においてのみ行うことにより、特区に指定された地域とそれ以外の地域とで、事業主が相談等援助を受けられる機会に不平等を生じる。また、厚労省の相談等援助事業とは相談に対する回答の方針やその内容が異なることもありえ、全国一律に適用されるべき労働関係法規の適用関係に混乱をもたらす懸念もある。更に、国家戦略特別区域における相談等援助事業は雇用指針を踏まえて行うものとされ、後記のとおり、雇用指針が事業主の利益に偏るものとなれば、かえって労働者の権利・利益を害し労働紛争を誘発することになる。

    国家戦略特別区域における新たな事業主からの労働相談のニーズや労働紛争の未然防止は、むしろ、既に行われている厚労省の相談等援助事業を拡充・強化し、労働法等をより広く事業主に周知させることにより実現できるものである。

(2)「雇用指針」について

    国家戦略特別区域法372項は、前項に規定する相談等援助事業は、雇用指針(個別労働関係紛争を未然に防止するため、労働契約に係る判例を分析し、及び分類することにより作成する雇用管理及び労働契約の在り方に関する指針であって、国家戦略特別区域諮問会議の意見を聴いて作成するものという。)を踏まえて行うものを含むものでなければならないと規定している。

    確かに、裁判例を分析・類型化したものに基づき相談等に応えることにより、個別労働関係紛争の未然防止・予見可能性の向上につながるとも思われる。

    しかしながら、国家戦略特区諮問会議の意見を聴いて作成された雇用指針が、現在の裁判例の分析・類型として誤ったものであったり、国家戦略特別区域における産業の促進等を図ろうとするあまり、その指針の内容が事業主の利益に偏るものとなれば、かえって労働者の利益・権利が害され労働紛争を誘発することになりかねない。

    現に、規制改革会議の雇用ワーキンググループでは、いわゆるジョブ型正社員の整理解雇ルールにおいて、整理解雇四要件(人員削減の必要性、解雇回避努力義務、人選の合理性、説明協議義務)のうち、解雇回避努力義務と人選の合理性は、状況によって必要となるポイントなどと誤って整理されている。

    よって、雇用指針の作成に当たっては、国家戦略特区諮問会議に労働者の利益代表者を入れ、公労使三者協議原則を踏まえた慎重な手続の下でなされなければならない。

                                                                         
以 上