法律により独立行政法人職員の雇用を奪うことは違憲である(声明)

2010/10/28

     法律により独立行政法人職員の雇用を奪うことは違憲である(声明)

                                                                                               2010年10月28日

                                                                                               日本労働弁護団 
                                                                                               幹事長 水口洋介

1 菅内閣は、2010年10月12日、独立行政法人雇用・能力開発機構(以下「能開機構」という。)を解散する法律案(以下「本法律案」という。)を閣議決定した。
 本法律案によれば、独立行政法人雇用・能力開発機構法(平成14年法律第171号)を廃止して、能開機構は2011年4月1日に解散し(附則1条)、その一切の権利及び義務は独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構及び独立行政法人勤労者退職金共済機構(以下総称して「承継法人」という。)が承継するが、承継の対象から「職員の労働契約に係る権利及び義務」が除外されている(附則2条)。また、能開機構の職員は解散時に解雇され、承継法人に再雇用されるが、その手続は、①承継法人の理事長は、能開機構を通じ、その職員に対し、承継法人の労働条件及び採用の基準を提示して職員の募集を行い、②能開機構は、承継法人の職員となることに関する能開機構職員の意思を確認し、承継法人の職員となる意思を表示した職員の中から、採用の基準に従い、承継法人の職員となるべき者を選定し、その名簿を作成して承継法人の理事長に提出し、③名簿に記載された職員は承継法人の理事長から採用する旨の通知を受けた者であって2011年4月1日に能開機構職員であるものは承継法人の職員として採用されるとされている(附則15条)。
 厚生労働省によれば、本法律案の成立・施行により、2010年度の能開機構の職員数3,588人のうち承継法人が採用するのは3,095人であり、493人を削減するという。
2 しかし、労働者・労働組合と解散法人、承継法人との交渉や意思決定の機会が排除されているにもかかわらず、国会において、解散法人から承継法人に労働契約上の権利義務を承継しないとの条項を入れて、事業譲渡時の労働契約不承継を認める法律案を可決し、その成立した法律に基づいて能開機構職員を解雇することは、同職員の、労働契約上の権利はもとより、憲法上保障された勤労の権利(憲法27条)及び労働基本権(憲法28条)を侵害するものというべきである。
3 国会は、国権の最高機関として、上記憲法の趣旨から、労働者の雇用につき既得の権利を奪い、一方的に不利益を課す立法行為をしてはならない責務を負っているというべきである。
 わが国には、ある組織から他の組織に事業が承継される際に労働契約も承継されるか否かについては、会社分割における労働契約承継法以外には立法措置がなく、講学上も訴訟においても争われており、学説も裁判例もいまだ確定していない。他方、労働契約承継法は、会社分割では分割される事業に主として従事する労働者の労働契約は承継会社に承継されるのが原則とされている。
 また、EUの企業譲渡指令では、事業の全部又は一部が同一性を保持して移転する場合には労働契約も当然に移転(承継)するとされ、また、事業の移転それ自体としては解雇理由とはならないとされている。
 事業の承継における現行法に照らし、能開機構の解散時においても職員の労働契約は承継法人に承継されるべきである。
4 能開機構の解散時に職員は解雇されるが、この際に労働契約法16条の解雇権濫用法理が適用される。労働者を解雇するには、客観的に合理的な理由が必要であり、社会通念上相当でなければならない。
 しかし、独立行政法人雇用・能力開発機構法を廃止することによって、法律施行の結果として、能開機構職員の解雇が当然にその効力を有するというのであれば、それは労働契約法16条の趣旨に悖ることになる。
  また、本法律案では、承継法人に採用されなかった職員について、能開機構及び厚生労働大臣は、速やかな再就職を図るため、必要な措置を講ずるよう努めるとの努力義務が課されている(附則6条)。しかし、現段階で雇用確保の具体策は示されておらず、勤労者にとって唯一の生活の糧である賃金収入を奪うことを回避する担保は全くないのである。
  さらに、完全失業率が5%を超えている現状において、就職率の高い離職者訓練を拡充するのが離職者の勤労の権利(憲法27条)を保障するために国に課せられた責務であり、職業訓練を担っている能開機構職員の人員削減をする必要性は乏しいこと、離職者の職業訓練事業自体は承継法人に引き継がれ事業は存続すること、現段階で承継法人の具体的な採用基準は示されておらず、厚生労働省によれば、「希望、意欲及び能力のある者」とされているが、これではあまりにも抽象的であり、合理的な人選基準とはいえないことをも併せ考えれば、立法をもって能開機構職員全員を解雇することに、客観的に合理的な理由があるのか、社会通念上相当であるのかについては、多大な疑義がある。
5 したがって、国会が、独立行政法人解散時の事業承継に際して労働契約の不承継を認めて職員を解雇する本法律案を可決することは、能開機構職員の雇用につき既得の権利を奪い、一方的に不利益を課す立法行為に当たるから、立法府としての裁量を著しく逸脱するものというべきである。
 よって、国会は、本法律案を否決するか、少なくとも労働契約不承継条項を削除し、能開機構職員の「労働契約に係る権利及び義務」を承継法人が承継するよう修正すべきである。
6 当弁護団は、国会及び政府に対し、能開機構職員に対する失職を回避し、全ての職員の雇用を確保するよう強く求めるものである。

                                                                                                                                                                              以上