パートタイム労働法改正にあたっての意見書~均等待遇の実現に向けて

2012/1/26

 

パートタイム労働法改正にあたっての意見書

~均等待遇の実現に向けて

 

2012126

     日本労働弁護団

                   幹事長 水 口 洋 介

 

第1 はじめに

  いわゆるパートタイム労働法(2007改正、200841日施行)についての改正論議が、「今後のパートタイム労働対策に関する研究会」報告(2011915)をベースに労働政策審議会雇用均等分科会にて行われている。

しかし、労働法制の規制緩和の流れの中で、いわゆる正規労働者(パートタイム労働法では概ね「通常の労働者」に該る)との対比で非正規労働者と総称され、その多くが有期契約の不安定雇用と低処遇を強いられ、格差や貧困の原因になっていることからすれば、非正規労働者の一形態であるパートタイム労働者だけを切り出して「働きや貢献に応じた公正な待遇」を目指しても、実効的な改善は期待できない。また、正規との関係における非正規・パートなのであり、現在の全く無限定・無定量な(労働時間や転勤に限られるものではない)正規労働者(通常の労働者)の働き方・働かされ方を前提に、教育・訓練や正規社員への転換を論じてみても実効性がない。雇用形態の違いを理由に非正規労働者という身分として差別されている労働者の処遇の改善は、人権保障の確立、男女共同参画社会の実現、社会経済の活性化に不可欠であるが、正規労働者の働き方・働かせ方を含めた我が国における雇用の在り方と税制・社会保障政策を総合的に捉え、その相互関係もよく見ながら立法政策を検討しなければならない大きな課題である

とはいえ、現時点ではパートタイム労働法の改正作業が進められているので、当面のパートタイム労働者の雇用の安定と地位向上のために、以下、パートタイム労働法改正に即して、各論的な意見を述べる。

 

第2 パートタイム労働法8条(差別禁止規定)の適用対象者を大幅に拡大すべきである。

1 非正規労働者が正規労働者に代替する形で急増し、一部では非正規労働者の基幹化が進む一方で、まだまだこれを雇用の調整弁としか位置づけない使用者も多く、その双方において待遇格差に対する不満が顕在化している。パートタイム労働法(2007年改正)は、非正規労働者が、雇用・就業形態の違いを理由に一律に低い待遇を受けている実態を直視し、パートタイム労働者について、雇用・就業形態の区別に基づく差別をなくし「働きや貢献に応じた公正な待遇」を法によって実現しようとする視点を明確にした法律である。

 なかでも「差別的取り扱いの禁止」を定めたパートタイム労働法8条は、いわゆる同一労働同一賃金の原則の理念に基づき、雇用・就労形態の異なる労働者間の賃金はもとより全ての労働条件における処遇格差を違法としうる実定法上初めての根拠規定である。すなわち、同は行政法規でありながら同法8条違反が明らかな差別的処遇を無効とし、またそれ自体として不法行為を構成し、損害賠償責任を発生させうる、という私法的効力を有している。

 しかし、パートタイム労働法8条の適用対象となるのはパートタイム労働者の0.1パーセント程度と言われるとおり、本条は事実上、死文化しており、待遇格差を是正する救済規定として全く機能していない。本条を格差是正の救済規定として実効化するためには、法文上の要件を緩和するなどして、同法8条の適用対象を広げることが必須である。

パートタイム労働法8条の死文化の原因は、本条が定める3要件にある。すなわち、パートタイム労働者がこの差別禁止規定を援用するためには、①パートタイム労働者の「職務の内容」が通常の労働者と同一であること(職務内容の同一性)、②期間の定めのない労働契約で雇用されていること又は反復更新されることにより期間の定めのない労働契約と同視することが社会通念上相当と認められる労働契約で雇用されていること(期間の定めのないこと)、③職務の内容と配置の変更の範囲が雇用の全期間において通常の労働者のそれと同一であると見込まれること(人材活用の仕組・運用の同一性)の3要件である。しかし、パートタイム労働者の待遇を公正で適正なものにしようという法の趣旨に照らせば、差別禁止・待遇是正の要件は職務の厳格な同一性ではなく、実質的に同一であることで足りるというべきである。

2、具体的には以下の点が検討されるべきである。

(1)要件①「職務内容の同一性」は実質的な同一で足りる

 パートタイム労働法8条に言う「職務の内容」とは業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度を言うが、同一性の判断基準は、基本的、全体的に実質的に同じ職務と評価できれば十分なのであって、同一労働同一賃金の原則の趣旨に適うものであることが要請される。しかし、現在の職務の同一性についての判断基準」は厳格に過ぎる。わずかな職務の違いで同一性が否定され、比較対象たる通常の労働者が不存在とされ、同条による救済は極めて制限され、実効性を失っている。また、「責任」を果たすために無限定な労働を強いられている正規労働者との同一性を求めることは、パート労働者にも無限定な労働を求めることになり、法の趣旨に反する。

したがって、パートタイム労働法パートタイム労働者の労働条件の改善という趣旨を実現させるためまた同一労働同一賃金の原則にも適うものとするためには、同法8条は、「厳格な職務の同一性を要求するのではなく、実質的な同一性で足りるものに改正するべきである。具体的な法文については、EU等の諸外国の立法例で、「同一の又は類似の職務」と定めていることも参照されるべきである。

(2)要件②「無期契約」要件は削除すべきである

 労働の価値は、現に担当している職務について判断されるべきであり、契約期間の有無や長短は、本来、待遇是正の判断基準となり得ない。有期労働契約の利用に対する法的規制が施されていないなかで、パートタイム労働者の8割が「有期雇用」労働者であること、恒常的業務を担当しているパートタイム労働者が多数であるという現状に鑑みれば、「無期契約」の要件を課すことは不当な差別処遇を許容する「抜け穴」となりかねず、かえって差別処遇を助長・温存し、有期契約労働者のバッファー機能を積極的に容認することになる。したがって要件②「無期契約」要件は削除すべきである。同時に、転勤や時間外労働を事実上、無限定で義務づけられている「正社員」の働かせ方こそ見直されるべきである。

(3)要件③「人材活用の仕組・運用要件」は削除すべきである。

 労働の価値は、現に担当している職務について判断されるべきである。人材活用の仕組・運用と言った将来の見込みや企業の労働者に対する将来の期待は待遇是正の判断基準とすべきではない。また、パートタイム労働者の約7割を占める女性パートタイム労働者の多くが育児や介護など家庭の事情等からあえて転勤や残業のないパートタイム労働を選択せざるをえないことを考慮すると「人材活用の仕組・運用要件」、特に、転勤要件を課すことは、男女共同参画社会やワークライフバランスの実現と逆行する効果をもたらすことになる。したがって、要件③「人材活用の仕組・運用要件」は削除すべきである。

 

第3 パートタイム労働法9条の定める「均衡待遇」の私法的効力を明確にすべきである。

 パートタイム労働法9条1項は、同法8条が定める「通常の労働者と同視すべきパートタイム労働者」に該当しないパートタイム労働者についても、事業主に対し、通常の労働者との「均衡」を考慮しつつ、その職務の内容、職務の成果、意欲、能力または経験等を勘案し、その賃金を決定するよう努める「努力義務」を課している。

しかし、努力義務では違反した場合の効果が不明確である。雇用形態による差別を解消し、働きに見合った公正な待遇を実現するという立法趣旨を実現するためには、より実効的な義務を課すべきである。そのためには、すくなくとも現行の「努力義務」を「措置義務」とし、事業主が講じるべき義務の内容を具体化、明確化し、措置義務に違反した場合において損害賠償責任を問いうるものとすべきである。併せて、行政指導による措置義務の履行確保を図ることが必要である。

 

第4 労働契約法に「雇用形態の違いを理由とする不合理な差別禁止規定」を定めるべきである

 冒頭に強調したとおり、雇用形態の違いを理由に身分として差別され、雇用の調整弁として扱われている非正規雇用労働者の待遇改善は、正規・非正規を含めた、雇用の全体像を、そして正社員の働き方・働かせ方をも見据えて、日本における雇用のあり方全体の問題として検討しなければならない。

 現在、労働政策審議会は、「有期労働契約の在り方について」を建議し、その中で、「期間の定めを理由とする不合理な処遇の解消」を提言し、今通常国会での労働契約法の改正が立法課題となっている。有期労働契約法制において、この期間を理由とする不合理な処遇を解消するための実効性のある法的規制をどう実現するのかが喫緊の課題となっている。

 しかし、本来、短時間労働という側面だとか、有期雇用であるという側面だとか、一部分だけを切り出して検討するだけでは、日本の職場で人間らしい働き方を実現するには大きな限界がある。非正規労働者だけでなく、正社員の無限定・無定量な働かせ方自体の改善進めることで、両者の格差も縮まり、非正規労働者の待遇の改善もより容易になる。

 そこで、将来的には、労働契約の原則を定めた「労働契約法」に「雇用形態の違いを理由とする、合理的な理由のない不利益な取り扱いを禁止する」旨の規定を設けるべきである。そして、合理的な理由についての立証責任は使用者に課すべきである。

 この雇用形態を理由とする差別の有無に関する「合理性」の判断基準は、今後の検討課題である。ただ、この合理性の基準は、正社員の無限定・無定量の働き方を前提とするようなものではあってはならず、パートタイム労働者の労働条件・処遇が適正かつ公正な水準となるようなものでなければならない。

以上