社会保険庁職員に対する分限免職処分は違法であり、全ての職員の雇用確保を求める(声明)

2009/12/21

社会保険庁職員に対する分限免職処分は違法であり、全ての職員の雇用確保を求める(声明)

2009年12月21日
日本労働弁護団
会長 宮里邦雄

当弁護団は、過去に懲戒処分を受けた社会保険庁職員を日本年金機構に全員採用しないという旧政権の政府方針につき、2008年7月25日付意見書及び同年11月15日付全国総会決議を採択し、国家公務員の身分保障原則及び雇用保障法理などの労働法理に反する違法なものであるから、直ちに撤回し、社会保険庁職員の身分保障を行うよう要請してきた。

しかし、政権交代してからも、長妻昭厚生労働大臣は、このような基本方針を踏襲するとしているのは極めて遺憾である。同大臣が示した免職回避策は、①懲戒処分を受けていない職員を対象に170人程度の準職員の募集を行う、②懲戒処分歴のある職員等については、厚生労働省の非常勤職員として200~250人程度の公募を行う中で採用することがあるというものである。しかしながら、現状では、準職員への応募は予定の半数にも届かず、また社会保険庁職員が優先して非常勤職員に採用されるわけではないことから、報道によれば、このままでは100名超の分限免職処分を受ける職員が出る見通しとされる。

任命権者が分限処分をするときに、どの職員に対し、いかなる処分を選択すべきかを決するについては、公正でなければならず(国家公務員法74条1項)、平等取扱いの原則(同法28条)に違反してはならない。

また、信義誠実原則の法理(民法1条2項)及び権利濫用禁止の法理(同条3項)は、公法上の法律関係においても適用がある普遍的法原理であり、国家公務員の任用関係が公法的規律に服する公法上の法律関係であるとしても、これらの法理が適用されるものである。

最高裁昭和48年9月14日判決は、地方公務員の地方公務員法28条に基づく分限処分につき、「任命権者にある程度の裁量権は認められるけれども、もとよりその純然たる自由裁量に委ねられているものではなく、分限制度の上記目的と関係のない目的や動機に基づいて分限処分をすることが許されないのはもちろん、処分事由の有無の判断についても恣意にわたることを許されず、考慮すべき事項を考慮せず、考慮すべきでない事項を考慮して判断するとか、また、その判断が合理性をもつ判断として許容される限度を超えた不当なものであるときは、裁量権の行使を誤つた違法のものであることを免れない」とし、特に「免職の場合には公務員としての地位を失うという重大な結果になる点において大きな差異があることを考えれば、免職の場合における適格性の有無の判断については、特に厳密、慎重であることが要求される」と判示しているところである。

これらの法律及び判例に照らせば、任命権者は、職員に対する分限処分権を行使するに当たっては、信義に従い誠実にこれをなすことを要し、また分限処分権の行使を濫用してはならないことは明らかである。特に分限免職処分が対象者の雇用と生活の基盤である給与収入を喪失させる等の厳しい効果を有するものであり、公務員も勤労の権利を有する勤労者である(憲法27条1項)ことをも鑑みれば、分限免職処分の事由が「官制若しくは定員の改廃又は予算の減少により廃職又は過員を生じた場合」(国家公務員法78条4号)であったとしても、公務員に対する免職が著しく正義に反して社会通念上是認しえない場合は、信義誠実原則の法理ないし権利濫用禁止の法理により、任命権者は、当該職員に対する分限免職処分をすることは許されないというべきである。

伝えられるところによれば、日本年金機構は民間から1000人超の職員を新規採用することを予定しており、実質的に廃職又は過員が生じたわけではないのであり、社会保険庁職員を分限免職処分にする必要性は全くないばかりか、分限免職処分について「厳密、慎重」な判断を求める最高裁判例に違反する。しかも、日本年金機構の準職員は最長7年、厚生労働省の非常勤職員は2年3か月間の範囲で、いずれも有期雇用であり、特に非常勤職員については多いもので年収が半額程度になることからすると、厚生労働省の雇用確保策は極めて不十分であるといわざるを得ず、信義誠実原則の法理から要求される免職回避努力を尽くしたとは到底いえない。また、懲戒処分を受けたことを日本年金機構の不採用基準としているが、懲戒処分の理由、対象となった行為を行った時期、懲戒処分の種類、懲戒処分を受けた時期などを一切問題とすることなく、懲戒処分歴があるということのみをもって、画一的に不採用とするのは明らかに不公正であり、平等取扱原則にも反する。ましてや「無許可専従」を理由とした被懲戒処分者は非常勤職員としても採用せずに分限免職処分をするというのであれば、最高裁判決が禁ずる他事考慮をしているとのそしりを免れない。

憲法31条の定める法定手続の保障は行政手続の場合にも保障が及ぶ(最高裁大法廷平成4年7月1日判決)ところ、行政手続法は「行政運営における公正の確保と透明性(中略)の向上を図り、もって国民の権利利益の保護に資することを目的とする」(1条1項)ものであり、この趣旨は公務員に対する不利益処分にも妥当する。とりわけ、免職は当該職員に対して重大な経済的不利益をもたらすものであるから、信義誠実原則の法理に照らしても、十分で詳細な説明を行うなど慎重かつ適正な手続が履行されなければならない。しかるに、任命権者である社会保険庁長官は、職員及び職員団体との間で、十分な説明も誠実な協議も行っていない。これでは、免職に先立って求められる公正性と透明性は何ら確保されていないというべきである。

社会保険庁の多数の職員に対し、本年12月28日に同月31日付で分限免職処分が発令されようとしているが、以上述べたとおり、かかる分限免職処分は、「裁量権の範囲をこえ又はその濫用があった場合」(行政事件訴訟法30条)に該当するものであり、違法というべきである。

当弁護団は、政府に対し、社会保険庁職員に対する裁量権濫用の分限免職処分を回避し、全ての職員の雇用を確保するよう強く求めるものである。

以上