サマータイム制度に反対する意見

2008/7/14

 

サマータイム制度に反対する意見

2008年7月14日

日本労働弁護団

幹事長 小島周一

第1 意見の趣旨

サマータイム制度は、日本の国土で暮らす全ての人々の日々の生活に直接影響を及ぼす。したがって、国民的コンセンサスを得てから国会が取り上げるべき問題であって、安易に立法すべき問題ではない。
当弁護団は、2005年3月、ゆとり創造と省エネ実現のために全国民的論議を行い、その中でサマータイムについても十分に検討することを強く求める意見を表明した。
しかし、この間そのような論議がなされないまま、洞爺湖サミットを控え急浮上したものであるが、サマータイム制度導入によって逆にエネルギー消費量が増えたとの研究結果が発表される一方、ゆとり創造のために必要な実効的な労働時間規制についてはほとんど論議がされていない。
当弁護団は、サマータイム制度導入によるエネルギー消費節減が科学的に証明されておらず、実効的な労働時間規制がなされていない以上、サマータイム制度の立法に反対するものである。

第2 意見の理由

1 はじめに

サマータイム法案の通常国会への上程は、見送られたが、福田首相は、洞爺湖サミットを控えてなされた「『低炭素社会・日本』を目指して」と題する6月9日スピーチ(福田ビジョン)において、サマータイム制度に対する期待を表明し、経済財政諮問会議も、経済財政改革の基本方針(骨太の方針)2008において、サマータイム制度の導入を目指すとしている。
サマータイム法案が浮上するのは、ここ10年で1999年及び2005年に続き3回目である。当弁護団は、1999年4月及び2005年3月、労働時間延長の危険及び省エネ効果試算への疑問の点からサマータイム制度導入に反対するとともに、省エネ及び労働時間規制の抜本対策の必要を訴える意見を表明した。然るに、これらの点について、今回も説得力ある説明はなされておらず、当弁護団は、サマータイム制度の立法化に
反対するものである。

2 労働者の視点からのサマータイム制度導入の弊害

(1) 労働時間延長の危険
当弁護団が指摘したとおり、日照を前提とする屋外作業が中心の業態では、サマータイム制度導入により就労時間が延びることは確実であろうし、サービス業でも、需要を期待して営業時間が延長されることは必至である。
今日、正社員の労働時間の増加、「名ばかり管理職」をはじめとする地位・肩書による無限定な労働、時間単価が低いが故に生活のために長時間労働を余儀なくされる非正規労働者の増大などが指摘されているが、総務省労働力調査によっても男性の35~49歳層では、週の労働時間が60時間以上の労働者は4人に1人に及ぼうとし、その割合が増えているのであって、仮にサマータイム制度が導入されても、法案要綱が目的に掲げる「昼間の時間の有効活用」に結び付く状況にはない。
この点、法案要綱では、「労働時間の増加等の事態が生ずることのないよう十分に配慮する」ことを政府に求めており、1か月あたり80時間を超える法外残業時間に対する割増賃金の率を現行の25%から50%とする労基法改正案について、この割増率が適用される労働時間を60時間超に修正する案が取り沙汰されるなどしている。しかしながら、過労死認定基準によっても1か月60時間を超える法外残業時間も、これが継続すれば過労死と認定されうる危険な長時間労働であり、そもそも「昼間の時間の有効活用」とはほど遠い規制である。
実効的な労働時間規制(日、週の実労働時間の上限規制、週休の確保など)や、EC労働時間指令のような勤務間隔時間制度の創設をしない限りは、労働時間延長の危険を払拭することはできず、到底「ゆとりと豊かさを実感できる社会の実現」などできはしない。
サマータイム制度は、1時間の早出におわりかねないのである。

(2) 健康被害の危険
加えて、サマータイム制度導入により仮にライフサイクルが前に1時間ずれるだけであるとしても、健康被害が生じる危険性がある。
この点、日本睡眠学会は、「サマータイム制度は睡眠や生体リズムに対する影響を通じて、健常者の健康に悪影響を与える可能性があり、健康弱者には辛い制度」であるとして、同制度に反対する声明及び意見を発表している。

3 サマータイム制度導入の必要性が欠如していること

今回のサマータイム法案要綱では、「昼間の時間の有効活用を促進し、もってエネルギーの消費の節減及びこれによる地球環境の保全に寄与するとともに、地域社会の安全の向上及びゆとりと豊かさを実感できる社会の実現に資すること」が目的とされている。

(1) 制度導入目的の変遷に表れた立法の必要性の欠如
サマータイム制度導入の目的について、1999年には省エネとされていたところ、2005年にはゆとり創造・ライフスタイル変更とされ、今回は再び省エネが筆頭に掲げられている。この変遷自体、制度導入の必要性に疑問を抱かせるものである。

(2) エネルギーの消費の節減に資するとする科学的根拠の欠如
内閣府が2007年8月に行った世論調査では、サマータイム制度導入に賛成する者の割合は56.8%であるが、賛成する理由として「エネルギーの節約になるから」を挙げた者の割合が62.9%で最も高かった。世論はサマータイム制度が省エネに資するとの認識に基づき、その導入を支持しているのである。
しかしながら、サマータイム制度導入による省エネ効果の試算については、科学的根拠を欠くとして、疑問が呈されていたところであるが、アメリカ合衆国カリフォルニア大学サンタバーバラ校のMatthew Kotchen教授らが、2005年にサマータイム制度を導入したインディアナ州での調査に基づき、サマータイム制度導入によってエネルギー消費量が増えたとの報告を発表するなど、むしろ増エネとなるとの科学的データが示されている。
しかも、省エネ効果試算では、活用される明るい夕方における増エネについては全く触れられていないのである。

(3) サマータイムによってゆとりと豊かさが生まれるものではない
今回の法案要綱では、サマータイム制度導入目的として「ゆとりと豊かさを実感できる社会の実現」を掲げ、政府に対し、昼間の時間の有効活用のためにレクリエーション等に関する諸施策の充実について配慮するよう求めている。
しかしながら、サマータイム制度を導入しても、1日24時間であることに変わりがない以上、例えば睡眠時間を削る等しない限り、新たにゆとりの時間が創出されるわけではない。
新たにゆとりを生むためには、これを阻害している要因を分析し、これを除去することが必要である。仮に、サマータイムによる労働時間延長が生じないとしても、真にゆとりを生むために必要なことは、実効性のある労働時間規制である。

(4) 「地域社会の安全の向上」は疑問
また、今回の法案要綱では、サマータイム制度導入目的として、「地域社会の安全の向上」も掲げられている。
しかしながら、サマータイム制度導入がなぜ地域社会の安全の向上に資するのか、十分に論証されていないし、逆に交通事故が増えるとの調査結果もある。

4 篠原孝民主党衆議院議員の試案について

なお、篠原孝民主党衆議院議員は、「始業及び終業の時刻をそれぞれ1時間繰り上げるよう努めるものとすること。」という試案(以下「篠原案」という。)を公表している。
しかしながら、篠原案では、同一家庭であっても所属する組織によって始業時刻を繰り上げる者と従来どおりの者とが生じる。繰り上げに参加しない取引先の対応で労働時間が長くなったり、家族との時間が合わなくなる等の弊害が生じることは必定である。また、官庁等が主導することになれば実質的にはサマータイム法を成立させたと同様の結果となる。

5 結論

よって、意見の趣旨のとおり、サマータイム制度の立法に反対するものである。

以上