労働契約法及び労働時間法に関する「答申」に対する見解

2007/1/17

 

労働契約法及び労働時間法に関する「答申」に対する見解

労働政策審議会
労働条件分科会 御中

07年1月17日

日本労働弁護団
幹事長 鴨 田 哲 郎

はじめに
06年12月27日、労働政策審議会は労働契約法および労働時間法に関する「答申」を厚生労働大臣に提出した。厚生労働省は「答申」に基づき07年通常国会に法案を提出するとされる。
「在り方研」中間報告(05.4)以来、当弁護団は節目毎に見解や意見を公表してきた。「在り方研」の提起に対し当弁護団が厳しく批判した、労使委員会構想、変更解約告知制度、解雇の金銭解決制度及び有期雇用の固定・拡大構想等が「答申」の対象から外れたことは一定の成果である。しかし、今日「労働ビッグバン」なる掛け声の中、「答申」が提起する日本版エグゼンプションや契約法における就業規則条項に加え、派遣法の「改正」による派遣の完全自由化などの更なる規制撤廃が構想されており、これでは正規・非正規を問わず、働き方が改善されないばかりか、様々な格差は拡大するばかりである。その一方で、ほとんど訓示規定にすぎず、企業社会の法化にも格差の是正にも全く役に立たない労働契約法や実効の全く期待できない「長時間労働抑制」策など、労働者とその家族の日々の生活を、明確な権利義務に基づいた人間らしい、差別・格差のない生活として保障するための政策・立法は――その標榜する「仕事と生活のバランス」の実現とは逆に――ほとんど中味がない。
かかる情勢の中、人間らしい、法化され差別のない生活と労働を実現するために、そして引続く規制撤廃を阻止するためにも、日本版エグゼンプションを断固阻止して、真に人たるに価する生活を保障しうる労働時間法の制定と企業社会を法化社会に変える労働契約法の制定を強く求めるものである。

第1 労働時間法

1 今、必要な労働時間法と「答申」の内容

今日、日本の労働者は、産業、業種、職種、性、年齢、雇用形態を問わず、長時間過密労働にさらされている。実労働時間を直接規制するはずの労働基準法がありながら、である。その原因は、法的には労基法が遵守されていないからであり、実態的には1人当たりの業務量や責任が重すぎるからである。長時間労働を解消し、人間らしい、文化的な、バランスのとれた生活を実現するためには、規制の緩和・撤廃など無用であり、まず、原因を実効的に除去しうる制度や法的措置が採られなければならない。長時間労働の解消は、労働者の心身の健康や家庭生活を保全するばかりでなく、少子化対策、失業対策、環境対策としても極めて有用であり、生産性の向上をも生む。
今、必要な労働時間政策は、まずは今の労基法を日本の隅々まで徹底する政策――例えば、36協定の締結率はわずか27.2%にすぎず、違法にも課長以下を管理監督者と処遇する企業は8割を超えている――である。そして、業務量や責任を法で直接規制しえないとすれば、労働時間制度が遵守されるような実効ある法的措置――労働時間の上限規制、完全週休2日制の法定、休息時間(勤務間隔時間)の導入など――の強化である。
しかるに、「答申」はこの要請をほとんど全く受入れないばかりか、逆に、「自由度の高い働き方にふさわしい制度」と称する適用除外の拡大(日本版エグゼンプション)や企画型裁量労働制の対象拡大など、規制の撤廃・緩和を提起し、長時間労働の抑制を標榜するものの、実効性はほとんどない。

2 適用除外の拡大(日本版エグゼンプション)

「答申」は、「働き方の多様化に対応するため」として、変遷を重ねた末、「自由度の高い働き方にふさわしい制度」(以下、新・適用除外という)を提起したが、その想定は結局、「時間研報告」(06.1)と同様である。「時間研報告」及びその後の提起に対してはその都度、当弁護団は実態を踏まえ厳しく批判してきた。これらの批判で指摘した事実、問題点、疑問に対し、「答申」においても、労政審労働条件分科会での審議においても、真摯な検討がなされず、初めに結論ありきで、新・適用除外の導入を是としたことは極めて遺憾である。働き方そのものを変更・改善しうる法的措置を採らないまま、法制度だけ変更しても何ら実態は変わらないばかりか、規制撤廃された部分だけが一人歩きし、現状からさらに悪化することは明らかである。
新・適用除外に対しては、これまでの意見・見解でるる批判してきたところであるが、主要な問題点は、まず第1に、立法事実がないこと(具体的で納得しうる立法事実は、遂に全く示されなかった)、第2に、業務量や責任を規制しない限り、長時間労働は不可避であり、これを実効的に規制しうる法的措置が提起されていないことである。

(1)立法事実がない

立法事実とは、現在の制度では法的に実現不能な働き方を実現するためにその障害となっている制度を指し、これがなければ法改正・新制度の必要はないのである。この点につき、「例えば、徹夜労働の翌日は1時間だけ出勤」が可能(06.12.27日経)あるいは「今日は休んで、明日は残業」(06.12.29朝日での八代尚宏発言)とある。このような働き方・働かせ方は現行法の下では不可能なのか。断じて、否である。残業と勤務免除の組合せ、コアなしフレックスタイム、みなし時間制、どれでも対応できる。新・適用除外との違いは、36協定と割増賃金の支払が必要なだけである(分科会において労側委員が残業代削減が狙いと指摘したのは、誠に尤もである)。また、みなし時間制の対象業務外だとすれば、まず対象業務の拡大の当否が検討されるべきで、いきなり適用除外に進むのは、自ら制定した弾力的時間制度の無視も甚だしい。
このように、「答申」がなされた今となってすら、答申も新・適用除外推進側も立法事実を全く説明できないのである。新・適用除外導入の法的必要性が存在しないことは明白である。

(2)長時間労働を規制しえていない

「答申」は、4週4日以上かつ年104日以上の「休日を確実に確保しなければならない」とし、その担保(法的措置)として罰則を付すとする。
「確保」とは、事前に契約上休日が付与されるだけではなく、結果としても休日を取得することの意と善解するとしても、「確保」のための法的措置は罰則しかないのである。これを読んで、安心・納得する労働者がどこにいるであろうか。労働時間規制に関する罰則が「抜かずの宝刀」にすぎないことは周知の事実であり(労働時間条項違反に対する送検率はわずか0.15%にすぎず、起訴率は更に大きく下がる)、労働時間法違反が「犯罪」であると認識・自覚している経営者も日本にはまずいないであろう。罰則に実効性も威嚇力も全くないことは明白である。
なお、仮に、罰則が発動されるとしても、その時期は労働者が働かされてしまってから相当後のことであり、使用者が刑罰(現状からすれば、せいぜい数十万円の罰金にすぎないと想定される)を受けたとしても既に働かされた労働者の健康確保には何ら資さないのである。
また、年休を取得しながら「今日はユウレイ」と称して働いている例など、形式上は法を遵守するも実態は違法行為を半ば堂々と行っている事例は枚挙にいとまがないが、休日は「確保」したが労働者が「勝手に」「自発的に」働いたにすぎないとの言い逃れを許さない方策も不可欠である。根本的には業務量が適正に設定されない限り、休日を「確保」することは不可能であろう。「履行確保」策を検討するにあたっては、出退勤の自由があるはずの現行管理監督者の労働実態を把握し、これらの者の長時間労働の原因を正確に分析するのが第一歩である。しかし、「答申」も厚生労働省もこの作業をサボタージュしたままである。
実効ある休日確保のための「履行確保」策は、使用者に対して休日労働を禁止すると共にその違反に対する強力なサンクションを設定することである。まず、休日労働政策(現行告示(03.10.22厚労告355号)では、年52回の全法定休日に休日労働させても何ら問題はない)が抜本的に改革されねばならない(他方、「答申」のままでは、新・適用除外者と管理監督者及び一般労働者との制度枠組みはあまりにいびつなものとなろう――「管理監督者一歩手前」の者は休んでいるが、その上司と部下である管理監督者と一般労働者は休日出勤する)。
さらに、形式的に休日が与えられる(会社には行かないあるいは、会社が物理的に出社不能状況を作る)だけでは、不十分である。休日に自宅等で仕事をしている、せざるをえない管理職は約8割に上るのである。精神的にも完全に業務から解放される状況をいかに作るか、十分に検討されねばならない。
また、4週4日の休日の「確実な確保」を求めるのであれば、何故、法35条まで適用除外とするのであろうか。

(3)想定される対象者と他の制度

「答申」は、「管理監督者の一歩手前に位置する者」が新・適用除外の対象者として想定されるとする。では、管理監督者と新・適用除外者は明確に区別しうるのか。管理監督者の判断基準(昭22.9.13基発17号、昭63.3.14基発150号)は、「職務内容、責任と権限、勤務態様、待遇」であり、新・適用除外の要件は「業務、地位、時間の裁量性、年収」であって、その実質はほとんど同じである。また、スタッフ管理監督者は「経営上の重要事項に関する企画・立案等の業務」を担当する者(「答申」)であり、企画型裁量労働者は「事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析の業務」に従事する者(法38条の4第1項第1号)である。これら4種の制度は錯綜し、混乱しており、労働現場では明確な区別もできないまま、使用者による恣意的な格付けが横行するであろうことは容易に想像される。結局、他の要件は無視されて年収額だけが一人歩きすることになろう。そして、定められた年収額(なお、中小企業については異なる額が定められる可能性も十分にある)を満たす者は管理監督者か新・適用除外者、これを満たさない者は企画型裁量労働者として、大半のホワイトカラーが事実上、時間規制から外される危険性が高い。なお、「答申」が管理監督者を現行基準で判断しているのか(この場合、概ね課長以下が「一歩手前」である)、現在の違法な企業実務を前提としているのか(この場合、概ね課長代理以下が「一歩手前」である)は不明である。

(4)4要件は、要件たりえていない

①業務

労働時間では成果を適切に評価できない業務」とは、あまりに抽象的であって、余程の定型業務だけを担当する者を除き、ほとんど全てのホワイトカラー労働が対象となろう。到底、法的要件とは評価できない。

②地位

「業務上の重要な権限及び責任を相当程度伴う地位」も、「相当程度」というあまりにも不明確な形容詞が付されており、要件たりえていない。これでは監督官による監督も不可能である。

③時間の裁量性

「業務遂行の手段及び時間配分の決定等に関し、使用者が具体的な指示をしないこととする者」は、現行企画型裁量労働制(法38条の4)と同一であるが、問題は表面上は「指示しない」とされていても実際には「指示された」と同様の状態におかれ「時間配分の決定に関する裁量を(労働者が)事実上失っている」こと(03.10.22厚労告353号)である。その原因は、過大な業務量や不適切な期限設定であり、この点について裁量を与えられている労働者などほとんどいない(06.11.21経済同友会意見書)のであって、これを要件とするのは実態を見ない、言葉遊びである。

④年収

「相当程度高い」とするのみで、具体的な額は労基則に先送りされた。前述のとおり、年収額だけが一人歩きする危険が高い。仮に、年収額を要件にするのであれば、その額は労基法本則で定めるべきであり、また、ダブルスタンダードは容認できない。なお、国税庁調査によれば、700万円以上の民間労働者は14.5%の650万人、900万円以上は6.8%の307万人、1,000万円以上は4.7%の210万人である。厚労大臣等は、年収要件900万円を提起し、その対象者は年収900万円超の540万人のうち、わずか20万人(「全労働者の0.4%」)で、同意して、新・適用除外となる者は2万人との宣伝を始めた。そもそも20万人との算定はあまりにいい加減、恣意的で課長以上を管理監督者として除外するなど法的にも問題がある上、同意する者が1割とはいかなる感覚であろうか、企業社会に対する無知も甚だしい。
また、年収は総賃金を指すもの(法14条1項1号の専門職基準(平15.10.22厚労告第356号)5号では「労働契約の期間中に支払われることが確実に見込まれる賃金の額」とされ、「所定外労働に対する手当等その支給額が予め確定されていないものは含まれない」(平15.10.22基発1022001号)とはされているが、最低保障額が定められている場合は含まれるともしており、本制度においてどう定められるかは不明)とも想定される。基準内給与550万円の者が年間1,000時間残業すれば(総実労働時間3,000時間)残業代は343万余円であり、略900万円を満たすことになる。

⑤小括

4要件はいずれも要件足りえていない、あるいは無用のものであって、新・適用除外者を他と明確に区別する基準とはなっていない。即ち、なし崩しに新・適用除外が職場に導入される危険が極めて高いのである。

(5)導入、断固阻止

新・適用除外は、使用者は何時間働かせても、休憩、休日を与えなくても何ら責任を問われない制度(休日については、実態として)である一方、成果主義賃金の制度や風潮と結びつくことにより、労働者には今以上の成果を求め、その過程は問わないものであって、通常の労働者にとっては、今ならば法的根拠として使える「8時間労働制」が適用されなくなるのであるから、脱出の法的術を奪われるものである。
このような制度は百害あって一利ないばかりか、最も基本的な労働者保護法たる労基法の根幹を崩すものであって、断固、阻止しなければならない。

3 画型裁量労働制の拡大

「答申」は、中小企業に対し、対象業務(事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査、分析の業務)に「主として」従事する労働者をも企画型裁量労働制の対象とすることを認め、対象労働者は全業務がみなし時間で処理されることとなる。
あたかも中小企業に対する特例のようにみえるが、規模100人未満の企業で働く民間労働者は2580万人、52.5%であり、労働者に占める割合は多数派なのであって、その意味では、「主として」従事する者も含むことが原則となる。この拡大は単なる特例や量の拡大ではなく、制度そのものの規制緩和である。
人たるに価する生活を保障するための最低基準を定める労基法にダブルスタンダードは本来、ありえない(法40条の特例も廃止の方向で縮小されてきている)。到達点(原則)を確定した上での経過措置ならばともかく、対象者の範囲の拡大は経過措置ではない。
いずれ大企業をも「主として」でよいと規制緩和されることは十分に予測され、この点からも、本拡大には反対である。

4 管理監督者の明確化

「答申」は、上記タイトルの下に「スタッフ職の範囲の明確化」を挙げるが、まずは、ライン職の範囲の明確化がなされなければならない。既述の通り、現行判断基準から大きく逸脱した企業実務が横行しており、その原因はこれを60年にわたって放置してきた厚労省にあるのであるから、この点が正されねばならない。この点は、新・適用除外者の範囲を明確にすることでもあり、あいまいなまま済まされるべきことではない。
スタッフ職については、現行通達(88.3.14基発150号)を改訂し「ライン管理監督者と企業内で同格以上の者」で「経営上の重要事項に関する企画立案等の業務を担当する者」との要件(都市銀行に関する通達(77.2.28基発104号の2第7項と同旨)を挿入するものと思料される。しかし、そもそも管理監督者とは部下を管理し監督する者が想定されていたはずであり、今回の検討の経緯もこれに沿ってスタッフは管理監督者には該当しないとの前提で行われてきたところである。そして、その業務要件は、企画型裁量労働者の業務要件と実質的に同一である。スタッフ職は企画型裁量労働で整理されるべきである。
その上で、ライン・スタッフ問わず、新・適用除外者と同等の健康確保のための実効ある法的措置が採られなければならない。
なお、賃金台帳への明示は、無意味であり、違法な取扱いの隠ぺいを助長するだけである。

5 事業場外みなし制度の見直し

答申」は、「必要な場合には適切な措置を講ずる」とするのみで何ら具体的内容を示さない。
想定されるのは、事業場内労働と混在する場合の時間算定の合理化であるが、物理的に時間管理が困難な故に設けられた制度であり、制度趣旨からして、管理可能な時間までみなしうるとすることは矛盾であり、容認しえない。
むしろ、今必要なことは、所定時間では終了しない業務であるにも拘らず、所定時間とみなされてしまった場合の、労働者の権利確保措置――いわば、通常必要時間請求権――の確立である。

6 長時間労働対策

(1)「答申」の無内容

「答申」は、長時間労働対策として、(1)時間外労働削減のための法整備 イ.時間外労働の限度基準についての努力義務規定の導入、ロ.長時間労働者の割増賃金率の引上げ、(2)長時間労働削減のための支援策の充実、(3)助言指導等の推進、(4)労使協定による時間休制度を挙げる。(4)を除き、(1)ロ以外は何ら民事的効力のない施策であって、長時間労働の抑制に効果があるとは全く思えない。「答申」は、お題目として長時間労働の抑制というが、実効ある対策を実施する意思があるとは到底思えず、使用者に対する及び腰は目に余る。

①特別協定

そもそも、36協定における特別条項付き協定(しかも、何と「臨時の必要」で認める)は速やかに廃止すべきものであり、これに対して「延長時間をできる限り短くするように努めること」との条項を置くなど、およそ時短に取組む意思などないことの表明でしかない。

②割増率の引上げ

唯一、民事的効力を持つ(1)ロにしても「一定時間」を超える時間外労働に対する割増率を「現行(25%)より高い一定率」に引上げるというにすぎない。しかも「一定時間」は、現行基準時間よりも長い時間と想定される(特別条項による時間外労働に対する「割増賃金率は法定を超える率とするように努めること」とされている)。厚労省は、新・適用除外の該当者2万人に対し、割増率引上げの対象者は数百万人と宣伝するが、基準時間を超える残業を数百万人が行っており、これに有効な対策を行ってこなかったことを(何の反省もなく)自認するものであって、厚顔無恥も甚だしい。
既に割増率を50%まで引上げる権限は国会から国(厚労省)に与えられているのであるから(労基法37条1、2項)、少なくとも休日労働に対しては50%、基準時間内の時間外労働に対してもこれに近い率に引上げることは即座に可能なのであって、要は政府、厚労省のやる気の問題である。
また、既に触れたところであるが(2(2))、現行限度基準に休日労働の限度回数を規定すべきである。

③代償休日

なお、割増率の引上げ分についてのみ、労使協定による代償休日制度が提起されている。対象となるのは極くわずかな部分にすぎないが、総労働時間短縮につながる制度ではある。問題は、代償休日が現実に付与されるか否かである。基準時間を超える残業を行わせている事業場は概ね恒常的に長時間労働下にあるものと想定され、法定休日すら十分にとれないと推定される。現在の代休制度でもとても代休などとれず数十日もたまっているとの例はよく聞くところである。代償休日制度の導入にあたっては、休日付与期間を法定すると共に、同期間内に代償休日が付与されなかった場合には速やかに割増賃金を支払うことが法定されねばならない。

(2)すぐにできる時短促進策

「答申」によれば、労基法が改正されるのは(1)ロのみで、(1)イの関係で限度基準(03.10.22厚労告355号)が改正されることになる。
労基法を改正せずとも、政省令等の改正で、以下の時短促進策が可能である。

[イ] 限度基準

基準時間の削減、1日の基準時間の設定、休日労働の基準回数の設定、残業・休出事由の限定

[ロ] 政令

50%までの割増率の引上げ

[ハ] 基礎賃金の改定

労基則21条の改正により、ボーナスも基礎賃金とする

(3)労規則等の格上げ(立法化)

「答申」は助言指導をことさらに取上げるが、36締結率27.2%が端的に示すように、労基法自体が周知されていないのであり、労基則、通達となれば、一般人が購入する「小六法」には掲載すらされていない。労働者の人たるに値する生活を保障するための最低基準の具体的内容が多くの労働者・使用者に知らされていないのである。労基則や通達において、最低基準の具体的内容が定められている条項や通達部分(例えば、基礎賃金に含まれる住宅手当の基準など)は、労基法に取込むべきである。

第2 労働契約法

1 契約法は契約法たれ

日本の企業社会は、労使の間の圧倒的な力の格差(それは単に、情報力に格差があるとか、組織率の低さも相まって交渉力に格差があるとかの程度のいわば、量の問題ではなく、労働者が権利主張をすればクビが飛び、クビを飛ばされた労働者が泣き寝入りせざるをえないという従属状況にある、いわば質の問題である。今日の社会学では社会的資源を、富・威信・権力・情報の4種類で分析するが、労働者が使用者に対し前3者で圧倒的に劣る、あるいは完全に従属していることは明らかである。)の中、「経営権」、「人事権」などの名の下、無限定で使用者の裁量権ばかりが強調される「権利」(労働者からみれば「義務」)が横行し、労働者は労働法上の権利主張すらままならない状態にある。
この状況を労使対等の立場で、法化――権利義務の要件を明確に定める――することが、労働契約法の意義である。
しかるに、「答申」は、労働契約の合意原則と極くわずかな権利濫用規定等を設けるだけで、「労働契約の原則」に関しては精神条項(契約上の民事的効力は生じない)を4項目置き、他方、使用者が一方的に制改定できる就業規則に関しては、一転して個別合意が存在しないにも拘らず民事的効力を定めるとする。
「答申」の通り労働契約法が制定されるとすれば、それは契約法(合意に関する法)ではなく、就業規則万能法(一方的決定を法認する法)である。「答申」は、労使が非対等である現実を全く見ておらず、そもそもの出発点が誤まっていると評さざるをえない。
「答申」もタテマエとして定める労働契約の合意原則を基本に、労使対等の立場で交渉・合意がなしうる条件を整備し、これを補完する、権利義務の発生・変更・消滅についての要件を明確に定めた労働契約法が制定されねばならない。

2 合意原則と労働契約の原則

①合意の実質化

労働契約は、「答申」も指摘するように、合意によって成立・変更されるものである。問題は、労使の圧倒的な力関係の違いの下、対等な立場での合意は望めず、使用者の意図した通りの「合意」が成立したことにされてしまう現状を、どう実質的な労使対等に近付けるか、そのための法的措置をどう整備するかである。

②「理解を深める」

「答申」が触れる「契約内容について労働者の理解を深めるようにする」とはあたかも既に成立した契約内容を教育せよというもので、合意前の契約の交渉過程において、使用者が十分な情報を提供し、真摯に説明して初めて対等な立場での合意が可能となることが全く意識されていない。

③「書面化」

契約の書面化の努力は、具体的で明確な要件・効果が定められていて初めて意味があるのであり、抽象的内容の書面では意味がないばかりか、書面の存在が安易に合意の存在を証明することになりかねない。

&#9315信義誠実と権利濫用

信義誠実原則と権利濫用規定は、労働契約も民法の規定に従うものである以上、当然の規定であり、民法(1条2、3項)と同一の規定とすべきである。

⑤安全への配慮

「労働契約の原則」で最大の問題は、安全な「職場となるよう、労働契約に伴い必要な配慮をするものとする」の規定である。「素案」の改訂経緯からも、事務局(厚労省担当者)の説明からも、あるいは、有期雇用関係の規定(5、②)との対比からも本規定は判例上確定している、労働契約上の信義則から当然に使用者が負う安全配慮義務(義務の不履行に対しては、損害賠償、さらには義務履行を労働者が使用者に対し、請求しうる)を定めたものではなく、労基法136条と同様、安全への配慮を(国が使用者に)要請する訓示規定にすぎない(労働者の使用者に対する請求の根拠規定とはならない)ものと考えられる。労働契約がモノのやりとりではなく、生身の労働者が労働を提供するという、人格に基づく精神・肉体活動である以上、その過程で心身の健康を確保することは人たるに価する生活を保障するための当然かつ最低限の使用者の義務であり、労働者の権利である。確定した判例(民事上の契約の履行(労務の提供)だけでなく、公法上の任務の履行(公務の提供)にも、確定している)に則り、民事上の請求権を根拠付ける規定として、安全配慮義務が定められねばならない。
なお、労働契約の上記特質から、労働契約過程での人格の保護・尊重、就労請求権、労働契約終了後の労使の権利義務関係等についても明確な規定が置かれるべきである。

3 就業規則

「答申」は、①既に存在する就業規則については、「合理的な労働条件を定めて労働者に周知させていた」ものは、「就業規則に定める労働条件が労働契約の内容となる」、②変更就業規則については、「変更が合理的なものであるかどうかの判断要素を含め、判例法理に沿って、明らかにする」としたうえ、労基法上の手続(意見聴取、届出、周知)が「変更ルールとの関係で重要であることを明らかにする」とする。他方、就業規則の制改定に重要な位置を占める意見聴取の相手方たる過半数代表者については何らの改善も提起されていない。
要するに現行過半数代表制を前提に、合理性だけを要件に就業規則に契約上の効力を与える方向で立法化し、労基法上の手続の履行は就業規則の効力要件とはしないというものである。

(1)総論――一方的決定と合意との解決不能な矛盾

就業規則の制改定については現行法上、上記3つの手続が定められているのみで、個々の労働者が、合意はおろか、その制改定の過程に関与することは全く予定されていない。使用者が一方的に、個々の労働者の合意なく、制改定できるのである。しかし、「答申」が原則として述べるように、労働契約は労使の個別の合意により成立・変更されるものである。一方的に改定される就業規則に現行法のまま契約上の効力を付与する(「労働契約の内容となる」旨規定する)とすれば、明らかに「合意原則」と矛盾するのである。「答申」は、この矛盾を実体的な「合理性」のみで乗り切ろうとする。「判例法理に沿」ったものと「答申」は主張するであろうが、今回は、新たな立法としていかなる内容が適切かが真剣に検討されるべきところであり、個々のケースについて現行法の解釈を通じて妥当な結論を出さざるをえない判決の集積は、その参考となるにすぎないものである。

(2)真剣に検討されたのか?

仮に、現在の企業実務の実状、秋北バス最判からも40年を経ようとしている状況等、就業規則がそれなりに定着してきているとの認識に立ち、これを大きく変えるのは不適切との立場に立つとしても、個々の労働者の意思・意向が全く問われない現行システムにおいて、契約上の効力付与を指向するとすれば、個別「合意」との評価にできるだけ近づける検討が十二分になされなければならない。しかるに、「答申」においても、労政審労働条件分科会での議論においても、誠実かつ建設的な議論は全くなされなかったと断ぜざるをえない。例えば、労基法立法当時は、意見聴取とは、「限りなく同意に近い、協議」と理解され、意見聴取の相手方たる過半数代表は大半が過半数組合であると想定されていた(過半数組合であれば、団交権があり、協約化されれば規範的効力がある)のであるから、その想定と現実が大きく乖離している以上、意見聴取のままではなく、就業規則の制改定には過半数代表との誠実な協議を要することとする(EU一般協議指令からも少なくとも労働者の権利義務に係わる重要な事項については従業員代表との誠実な協議が必須であることは、グローバルスタンダードといえよう)とか(それでも、集団的協議を経れば、どうして個別合意となるかとの疑問は残る)、過半数代表者の民主性や機能・権限をできるだけ過半数組合に近づける措置を工夫するとか、あるいは、就業規則の不利益変更に限っては、個々の労働者の同意を効力要件とする(韓国・勤労基準法97条1項)との立法例もあるのであるからこれをも参考に検討をするなど努力・工夫は大いにありえたはずである。
これらを真剣に議論しないままの「答申」は、検討不足であり、再度時間をかけ、労使関係者はもちろんのこと、もっと幅広い国民からの意見も聴いたうえで、労働者国民の納得の下に、立法化されるべきである。

(3)就業規則の民事上・契約上の手続的効力要件

「答申」は、就業規則の効力要件として、実体としての合理性と、手続としての周知を指摘するのみである(変更就規の手続要件については、現時点では不明)。
この点は、学説上は就業規則の契約内容規律効として論じられているところであり、就業規則に民事上の効力を認める立場においても、労基法上の3手続の履行を要件とし、周知以外を「考慮の外に置いてしまっている(多くの裁判例は)、妥当ではない」としており(例えば、注釈労働基準法(下)1030頁など)、「素案」においても「労基法の手続を遵守した」として3手続の要件化が指向されていたところである。
しかるに、「答申」は、制定については周知のみを要件とし、不利益変更については3手続が「重要である」(要件ではない)とするにすぎないものであって、前述の集団的協議の必要の要請から逸脱するばかりか、同じ厚労省が所管する法において労基法では3手続を求めるが、契約法ではこれを欠いても民事上の効力を認めるとするもので、実質的には労基法の改訂とも評しうるものである。何ら改善が指向されない過半数代表者制度(後記6(2))と相まって、協議はおろか、意見聴取すら増々形骸化していくであろう。

(4)変更就業規則の合理性

①原則は、不利益変更できない

「答申」は、合理性があれば、就業規則の変更により個別の労働条件を変更でき、変更就業規則が契約内容となるとするようである。これでは、前回の労基法改正において、解雇の自由を定めた上で濫用法理を但書として規定しようとした法案が、解雇自由との誤ったメッセージとなると指摘されて修正されたのと同様、変更就業規則が効力(拘束力)を有することが原則であると誤解されかねない。
「答申」が「沿う」とする判例法理は、無限定な変更権限を認めていた三井造船玉野分会事件判決(最2決昭27.7.4)を変更して、まず原則として、就業規則の変更によって「既得の権利を奪う」ことはできないと高らかに宣言している(秋北バス最判)のであるから、仮に、「判例法理に沿って」との立場に立つとすれば、まず、この原則を規定し、例外として合理性ある場合に限り、統一的画一的決定の要請上やむをえない事項についてのみ変更就業規則が効力を有しうるとすべきである。

②合理性の判断基準

判例法理がいう合理性とは、就業規則変更の必要性及び内容の両面から見て労働者が被る不利益を考慮してもなお当該条項の法的規範性を是認できるだけのものであり、重要な権利、労働条件においては、不利益を労働者に法的に受任させることを許容できるだけの高度の必要性に基づく合理性(大曲市農協事件最判88.2.16)であって、その判断基準は、労働者が受ける不利益の程度と使用者にとっての変更の必要性の内容・程度、変更内容の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合又は他の従業員の対応、同種事項に関する我が国社会における一般的状況等(経過措置を含む)との比較考衡である(第四銀行事件最判97.2.28)。しかも個々の労働者の不利益を変更の必要性等が上回る場合に限って、変更就業規則の個々の労働者に対する拘束力を認めるとしている(みちのく銀行事件最判00.9.7)。
仮に、「判例法理に沿って」の立法化を指向するのであれば、以上に沿った内容でなければならず、判例法理に比して労働者の権利を弱化させることは許されない。

③手続

判例法理の基礎となる秋北バス最判は、労基法上の3手続につき、「(就業規則の)内容を合理的なものとするために必要な監督的規制に他ならない」と判示しているのであり、3手続は単に「重要である」にとどまらず、就業規則の効力要件、少なくとも合理性を判断する前提条件と規定されるべきである。
「判例法理に沿」う内容とは、上記の全てを満たすものである。

④就業規則未制定事業場について

「答申」は、就業規則未制定事業場(10人未満か否かは問わない)において就業規則を作成することによって従前の労働条件を不利益に変更する場合にも(就規の作成とその内容に)合理性があれば、就業規則の契約上の効力を認めるとする。
就業規則が存在しない以上、従前の労働条件は個別合意によって定まっていたはずであり、これを意見聴取すら要件としない就業規則の一方的制定によって不利益に変更しうるとすることは、「答申」がタテマエとして指摘する合意原則との矛盾は増々決定的と評せざるをえない。

4 主な労働条件に関するルール

(1)総論

「答申」は、出向、転籍及び懲戒についてのみ、規定を置くとする。企業生活において様々に生起する権利義務関係上の事象の極く一部について、しかも、要件は定めずに権利濫用規定を置くのみで、極めて不十分であり、また、使用者は就業規則に規定さえあれば、自由に「できる」との誤まったアナウンスとなる危険が高いものであって、あまりにも貧弱である(「答申」が民事上のルールとして定めるのは、有期契約においてはやむをえない理由がない限り解約できないとする民法628条と同様の規定を含め、以上の4項目のみにすぎない)。

(2)出向

「出向を命じることができる場合」の要件を、出向の必要性の存在、人選の相当性、業務内容や勤務場所の異同、出向中の社員の地位、賃金、退職金、各種の出向手当、昇格・昇給等の査定その他処遇等に関する規定が定められ、生活関係、労働条件等において著しい不利益がないこと、発令手続が相当であることなど新日鉄事件(最判03.4.18)に沿って定めるべきである。

(3)転籍

「合意」とは、転籍先の労働条件及び退職条件を明確に示した上での個別具体的な書面による合意でなければならないことを定めるべきである。

(4)懲戒

「懲戒することができる場合」の要件(就業規則での具体的・明確な根拠規程、弁明機会の付与等)を定めると共に、平等取扱いの原則、相当性の原則、遡及の禁止、一事不再理などの懲戒に関する原則が定められるべきであり、また、懲戒解雇における退職金につき、判例法理に沿って、勤続の功を抹消・減殺するほどの著しく信義に反する行為に見合う部分に限り減額・不支給としうるとの規定を置くべきである。

5 有期労働契約

(1)「答申」の内容と評価

「答申」、①やむを得ない理由がない限り解約できないこと、②「不必要に短期の有期労働契約を反復更新することのないよう配慮しなければならない」こと③有期雇用基準(平成15年10月22日厚労告357号)の雇止め予告(2条)の対象の拡大の3点を提起する。
民事上、直ちに効力を有するのは①のみであり、この規定は民法628条と同旨であって、雇用保障に通ずる(1か月、2か月の短期雇用ではほとんど実効性はないが)と共に契約拘束にも通じるものであって、「やむを得ない理由」の解釈次第では、退職の自由(法137条)を侵害することになりかねない。少なくとも同条と同様の規定も合わせて規定されるべきである。
②は、配慮義務を定めるものであるが、配慮を怠った場合、どのような法律効果が生じるのか、「答申」の文言だけでは不明であるが、損害賠償請求にとどまるものとすれば、雇用の安定に資さない。有期雇用の契約上の最大の問題の1つは、恒常的業務を担当させながら、「不必要に短期の」期間が一方的に設定され、使用者がいわば更新権を完全に握っていることである。6月素案では極めて不十分ながらも優先応募機会付与義務が提起されていたが、これからも大きく後退したもので、極めて遺憾である。

(2)有期労働契約の「良好」化のために

「答申」は、上記3点以外の事項については「有期労働契約が良好な雇用形態として活用されるようにするという観点も踏まえつつ、引続き検討」と述べるのみである。
当弁護団は、日本において有期労働が「良好な雇用形態」であると把握することがそもそも基本的な誤まりであり、最大の問題は、有期契約と期間の定めのない契約との間の「身分格差」を放置していることであると指摘してきた。「労働契約の原則」において「均衡」処遇の配慮(12月8日「答申案」1、⑥)すら立法化されず、「有期労働」の項においても現状を少しでも改善しうる施策が一切先送りにされたことは極めて遺憾である(なお、同様の問題は、同じく今通常国会に上程が予定されているパート法改正法案にも存在する)。
今日、いわゆる非正規労働者が雇用労働者の3分の1(女性については2分の1)を超え、さらに高まる傾向にあることが非常な危惧をもって指摘されている。
非正規労働者のほとんど全てが有期雇用労働者である。有期雇用労働者の中に自らの意思で有期を選択している者が一部存在するのは事実ではあるが、多くは、正規の就職口がないためやむをえず選択しており、正社員化を強く望んでいる(平成17年有期労働契約に関する実態調査。なお、同調査によれば、常用労働者の24.5%が有期労働者である)。
有期労働者は概して雇用が不安定なだけでなく、賃金が低く、法定内外の福利厚生もほとんど享受していない。例えば、時給1,000円では、年3,000時間労働しても300万円の収入にしかならないのである。生活を維持するための長時間労働者・ダブルジョバー(労基法38条1項が適用される例など、全くないと断言しても誤りではなかろう)や深夜労働者も多い。
仮に、有期労働を「良好な雇用形態」と位置付けるのであれば、「良好」を実現するための具体的で実効ある方策――雇用(身分)の安定、法定時間で生活できる賃金の保障(最賃の抜本的改正を含む)、社会保険制度の改善(健保・厚生年金の加入資格や雇用保険受給資格(現行法では、6ヶ月勤務していなければ資格がない)など――が合わせて提起されねばならない。雇用の安定のためには、労働側委員が指摘する通り、入口規制、出口規制と均等(均衡ではない)待遇が法制度として不可欠である(韓国では、06年11月30日、非正規職保護法――勤続2年以上の非正規職の正社員化義務付け――が成立した)。
少子化対策だの、再チャレンジだの、ワークライフバランスだの、いくらお題目を並べても、将来が見通せる、安心して働き生活できる環境条件が整備され、かつ、十分なセーフティネットが構築されていなければ、掛け声倒れに終わることは明らかである。
格差を是正・改善するためにも、まずもって、有期労働の身分格差を改善・解消する、実効ある規定が、労働契約法(及びパート労働法)に定められねばならない。

6 労基法関係

(1)即時解除規定の移行

当弁護団は、11月契約法素案(2)で提起された標記項目につき、労基法20、21条をも含むとの理解で、断固反対の意見(06.12.7付)を表明したが、標記項目は法15条2項(明示条件違反の契約の即時解除)を指すとの説明が、分科会において事務局よりなされたので、上記意見は撤回する。

(2)過半数代表者

「答申」は、「選出要件について明確にする」とするのみで、「答申(案)」では、「民主的な手続にすることを明確にする」とされていたが、「民主的手続」については引続き検討として、先送りした。

①過半数代表者の権限と責任に見合う制度を

当弁護団は、労働契約法及び労働時間法の検討にあたって、過半数代表者制度の抜本的改革が前提条件であることを重ねて強調してきた。「答申」による改正項目との関連だけでも、労働契約法では、契約上の効力が付与される就業規則の制改定にあたっては過半数代表者に意見を聴かねばならず、労働時間法では、適用除外の拡大(日本版エグゼンプション導入)にあたっては、労使委員会決議を要し、同委員会の労働側委員は過半数代表者が指名し、36協定、代償休日制度、時間休制度は過半数代表者が労使協定を締結する。過半数代表者は、最早、単なる意見聴取の相手方、単に免罰効を有する労使協定の労側当事者などという位置にあるのではなく、明らかに、労働条件決定・変更機能を付与されているのである。
であるとすれば、労使対等決定にふさわしい、地位・権限・機能が過半数代表者に法的に保障されねばならない。同一の権限を有する過半数組合と同等の権限とこれを恒常的に行使しうる体制が早急に整備されねばならない。

②「自己契約」は容認できない

今日、過半数代表の9割以上が過半数代表者である。過半数代表制度は、制度設計時の立法者の見通しに大きく反し、過半数組合ではなく、過半数代表者によって、運営されている。そして、過半数代表者が民主的に選出される例は極めて稀れであって、投票で選出される例も含め、そのほとんどが使用者の意向を受けて選出されている。労使対等はおろか、労働側の集団意思によるチェック機能すら有しておらず、今日の過半数代表者制度は、60年の放置の結果、使用者の下請機関になり果てていると言って過言でない。この実情を契約の観点で評価すれば、労使協定や就業規則の契約上の効力は使用者の「自己契約」にすぎない。
使用者の自己契約に、労働契約としての権利義務設定・変更を委ねることは断じて許されない。契約法を指向し、その重要なアクターとして個々の労働者に「代わって」過半数代表者を措定するのであれば(それが契約法上の問題解決とはなっていないことは、前述)、その責務を果たしうると労働者国民が納得しうる過半数代表者が選出され、十分に心おきなく活動しうる条件が整備されねばならない。

③早急に整備されるべき制度の内容

「選出要件について明確にする」――現行労基則6条の2における「投票・挙手等の方法」や現行通達(09.3.31基発169号)における「話合い、持回り決議等の方法」の「等」を明確にする――などでは到底済まないのであり、ILO135号条約(1971年採択)やEU一般労使協議指令(02/14/EU第7条等)という先行する立法例や米・被雇用者自由選択法案などを十分に参酌し、①無記名秘案投票による選出②活動保障――情報・資料請求権、時間内活動の保障、事務上の便宜供与、誠実協議義務の法定など③身分保障(不利益取扱いの禁止)④恒常的活動の保障(現行の事項毎の過半数代表者制度の改革、複数代表者制、専門的サポートを受ける権利の保障等)が真摯かつ早急に検討されねばならない。
この実現なくして、時間法・契約法の制改定はありえない。

7 国の役割

「答申」は、契約法について国(厚労省)が「解釈」を行うとの役割を有すとした点(答申案7、①)はさすがに削除した。当然である。
また、「答申」は、「個別労働関係紛争解決制度を活用して紛争の未然防止及び早期解決を図る」とする。この提起は無用とはいわないが、現在の同制度が有効・有用に機能しているとの認識に立つものとすれば、それは誤まりである。同制度(具体的には、紛争調整委員会による「あっせん」と労働局長による「助言・指導」)を評価する向きが多いようだが、まず、契約関係の相談が解決手続に持込まれる割合が極めて低いこと、解決手続で解決する割合が極めて低いこと、解決内容も極めて低レベルであること、そして、未解決のケースが司法(仮処分、本訴、労働審判)に持込まれる割合が極めて低いこと、これらの事実を直視し、これを抜本的に改善する有効な施策が講じられねばならない(なお、「答申」通りに法制化されれば、就業規則に係わる相談は相当減少するであろうし、労働時間や未払割増賃金の相談は持込まれても解決不能であろう)。
日本の企業社会を法化社会化するためには、シッカリした労働契約法とこれをシッカリとサポートする体制が不可欠である。

以上