最高裁判所の不当判決に抗議し、偽装派遣の受入先に使用者責任を求める決議

2006/11/11

 

最高裁判所の不当判決に抗議し、偽装派遣の受入先に使用者責任を求める決議

  1. 1985年に成立した労働者派遣法は、職業安定法によって禁止された労働者供給の一部を労働者派遣として合法化した。しかし、派遣労働は、労働の商品化を典型的に示すものであり、労働の買い叩きと権利の否定をもたらす特質があり、格差を利用した正規常用代替を鋭く推し進める危険がある。そのため、正規常用代替を許さない、市場原理に委ねても買い叩かれることはないと考えられる「専門性が確立された技能」や「特別な雇用管理が必要」な業務に限って派遣を容認することとなったが、そうした制度の枠組みも、受入先(派遣先)の濫用に濫用を重ねた違法行為によって突き崩され、先行する違法派遣を合法化する形でずるずる労働者派遣の規制緩和が進んできた。拡大する違法派遣は、当然のことのように正規労働者を職場から押しのけて常用代替を促進し、派遣で働く労働者の権利を否定してきた。これを許したのは、法律の枠組みをこえて労働者派遣を受け入れた派遣先の雇用責任を確立していない制度の不備にあり、そのために、違法派遣は製造現場はもちろん、建築、港湾運送、医療のような派遣が禁止された職場にまで広がっている。
  2. そうしたなか、二つの訴訟で労働者の働き続ける権利と派遣先の雇用責任が最高裁で問われることとなった。
    一橋出版=マイスタッフ事件は、教科書出版社、一橋出版が設立した人材派遣会社「マイスタッフ」から一橋出版に派遣された労働者を2003年5月に一方的に雇い止め(実質解雇)した事案である。一橋出版は本来正社員に担当させるべき教科書編集に、「派遣」の形を借りて労働者を配置し文部科学省の検定や著者との折衝等すべてを担当させた。労働者が雇用を打ち切られたのはそうした一連の教科書作成が完了した矢先のことであった。派遣先を自称する一ツ橋出版は、採用時に役員が派遣法で禁止されている事前面接を行い、賃金・一時金も決定して雇用管理の一切を仕切っていた。「労働者派遣契約」とは名ばかりの利益など出ない派遣料やおよそ「派遣元」事業主としての体をなさない名ばかりの形骸化された企業、そして、派遣先の正規雇用労働者と全く同じであるという労働実態をからすれば、「派遣」とは形式的・名目的なもので、実質は一橋出版に雇用責任があることは明白な事案というべきである。
    また、伊予銀行事件も、正規労働者とまったく同じ仕事に従事して13年にわたって働き続けてきた労働者が、上司のハラスメントに謝罪を求めたところ雇用を打ち切られたことが問われたケースである。伊予銀行が雇用打ち切りの理由としたのは、労働者が伊予銀行100%出資の派遣会社伊予銀スタッフサービスに雇用される派遣社員であり、伊予銀スタッフサービスとの労働者派遣契約は終了したというものである。しかし、労働者は、伊予銀行の支店長との面接で採用が決定され、労働条件通知書も交付されず、伊予銀行の指示のもとで派遣対象業務を大きくこえた、為替や預金、金融商品の販売、給与袋詰、メール便の処理など銀行の基幹業務に従事し、勤務場所である支店間異動も行われてきた。そして、派遣元と自称する伊予銀スタッフサービスは、企業としての独立性はまったくなく、労働者の権利を守るために定められた派遣元事業主としての責任体制などまったく整備することなく、「賃金」(派遣料金ではない!)の決定についてさえ派遣先を自称する伊予銀行の決定によっていた。労働者は「契約の更新」もまったく意識することなく、13年も当然のこととして勤務を継続してきたというものであった。
    一ツ橋マイスタッフ事件東京高裁判決は、黙示の意思表示による派遣先との雇用関係の成立を認めた安田病院事件判決の判断基準を無視し、上記の事実関係にもかかわらず、一ツ橋出版の雇用責任を認めず、労働者派遣関係は実体を伴うものであったとして雇用打ち切りを容認した。他方、伊予銀行事件高松高裁判決は、労働者派遣関係にある場合においては、派遣先が労働者を雇用しないものとされる法律関係にあるのだから、派遣元と派遣労働者との間で雇用契約が存在する以上は,派遣労働者と派遣先との間で雇用契約締結の意思表示が合致したと認められる特段の事情が存在する場合や派遣元と派遣先との間に法人格否認の法理が適用ないしは準用される場合を除いては,派遣労働者と派遣先との間には黙示的にも労働契約が成立する余地はないとし、労働者に明らかにされてもいなかった派遣関係にあるという書類のみをもって、伊予銀行の雇用責任を否定した。そして、あろうことか、特定労働者派遣事業を営む派遣元事業主に雇用される労働者の雇用関係を「登録型派遣関係」にあると解釈し、およそ登録型派遣労働者には雇用継続への期待や解雇権濫用法理の類推適用などあろうはずもなく、労働者派遣契約が終了してしまえば雇用が打ち切られても当然であるとして、労働者がハラスメントを受けることなく働き続ける権利を否定した。
  3. しかし、黙示的に労働契約が成立したとするには、特段の事情ないし法人格否認と認められるような事情がなければならないとする判断は、労働者派遣を合法化し、あわせて労働者の雇用の安定化をはかるという労働者派遣法の趣旨を逸脱すること著しいものであり、この間派遣先の雇用責任を法制化してきた流れにも逆行するものといわざるを得ない。しかも高松高裁判決が説く、労働者派遣法の常用代替防止の趣旨ゆえに派遣労働者には雇用継続への期待権などなく、また解雇権濫用法理の類推適用もないというのは驚くべき本末転倒の論理であって、このような解釈論が許容されるとすれば、登録型派遣を許容する法制度自体を根底から問い直さなければならない。
  4. にもかかわらず、最高裁は、上告・上告受理申立から4ヶ月も経っていない本年11月2日、一ツ橋出版事件について、三行半の上告不受理・上告棄却の決定をした。
    業者間の派遣契約の終了を雇用打切りの正当な理由として容認するとすれば、労働者には何の責任もないにも拘らず、派遣先企業の思うままに雇用を打ち切られて仕事を失うことになるのであって、これに対して労働者には何の権利もないなどということは到底許容できない。
    派遣を装っていとも簡単に労働者の生活を奪い、労働法上の雇用責任を免れようとすることは許されない。派遣であろうとなかろうと、その日その日を働いて生きなければならない人間にとって、正当な理由なく職場を奪われることなど、あってはならないことである。このような判断を容認することは、「派遣労働者には生存権はない」ことを容認するようなものであり、同時に正規常用代替の拡大に手を貸すことを意味する以外のなにものでもない。
    最高裁に対し強く抗議するとともに、①派遣労働者が生活の担い手であり、働いて生きる人間であることを認識して、当然の権利を認めるよう、そして、②労働者派遣法が貫こうとした常用代替防止の本来的な意義をふまえ、法を逸脱した派遣先の雇用責任を正しく認めるよう強く要求する。

2006年11月11日

日本労働弁護団 第50回全国総会