「労働契約法制及び労働時間法制に係る検討の視点」に対する意見と当面の立法提言

2006/5/17

 

「労働契約法制及び労働時間法制に係る検討の視点」に対する意見と当面の立法提言

06年5月17日

日本労働弁護団
幹事長 鴨 田 哲 郎

はじめに

厚生労働省は、本年4月11日、労働政策審議会労働条件分科会に「労働契約法制及び労働時間法制に係る検討の視点」(以下、「視点」という)を提示し、同分科会は、6月13日に中間報告素案を、7月18日に中間報告を公表するスケジュールを定めた。
「視点」には、「就業規則をめぐるルール等の明確化」として、就業規則の定めが労働契約の内容となる旨の合意推定効、変更就業規則に関する変更合意推定効、労使委員会、「重要な労働条件に係るルールの明確化」として、重要な労働条件変更の書面明示の法的効果、「労働契約の終了の場面のルールの明確化」として、解雇の金銭的解決制度、「有期労働契約をめぐるルールの明確化」として、締結時の明示事項、「年次有給休暇制度の見直し」として、使用者による時季指定、「その他の現行労働時間制度の見直し」として、自律的労働時間制度の創設等々、労働者生活にとって極めて重要・重大であり、かつ、労使の意見対立が激しい事項が多数含まれており、しかも、これらの点に関する「今後の労働契約法制の在り方に関する研究会報告」(05年9月、以下、「在り方研報告」という)及び「今後の労働時間制度に関する研究会報告」(06年1月、以下「時間研報告」という)の内容とも異なる部分も相当数存在する。しかるに、これだけの重要事項をわずか2ヶ月・4回(時間法制関係はうち1回)で素案にまとめあげるとは、拙速の謗りを免れないばかりか、最早、意見を聴く意思すらないのではないかとの疑いを持たれてもやむをえないであろう。
当弁護団は、94年に「労働契約法制立法提言」(第1次案)を公表して以来、雇用の入口から出口まで網羅した民事法かつ強行法としての労働契約法の制定の必要性を強く訴えてきた。また、労働時間法についても労基法改正の折毎に、実労働時間の上限規制、過半数代表制度の抜本改正を含む36協定の強化等を中心とする抜本的な労働時間法の改正を訴えてきた。それは、「企業社会」において企業の一方的決定によって労働者生活が規定されてしまっている雇用をめぐる実状を、労働者とその家族の尊厳を確保し、人間らしい生活に変革することが必要不可欠と考えるからである。いうまでもなく、労働契約法・労働時間法は、5300万人の日本の労働者とその家族の日々の生活に関わるものであり、その内容如何はこれに重大な影響を及ぼす。かかる意義を有する労働契約法・労働時間法は、できる限り多くの国民の論議のうえで制定されるべきであり、決して、一官庁の一部局の、社会の実態から離れた机上の空論で論議が進められてはならない。まず、スケジュールありきの如き現在の論議の進め方に重大な危惧を表明する。
貴分科会においては、契約法及び時間法の重大な意義を再確認し、十二分な審議を尽くすべきであり、「視点」のままでの立法化には強く反対する。
以下では、第1として、「視点」の中の骨格と想定される事項を中心に、当弁護団の意見を述べ、第2として、当面制改定されるべき契約法・時間法についての提言を行う。貴分科会が本意見・提言を真摯に検討され、論議を尽くされるよう、強く申し入れる。

第1.「視点」の重大な問題点

1.現状認識――労働者像のとらえ方等
  
―「検討の趣旨」及び「基本的な考え方」について―

労働契約の当事者たる労使の間の力関係の格差は今日でも大多数の労働者にとって厳然と存在し、かかる非対等性の故に、労働条件内容は使用者によって一方的に決定・変更される。その結果、労働契約内容は不適正・不公平、あるいは極めてあいまい(使用者に大幅な裁量権の行使を許す結果となる)になりがちである。
使用者と労働者個人の関係を契約=合意に基づいて規定するとするならば、実質的な対等性確保の為にあらゆる法的手法が駆使されねばならず、労働契約法には、その役割が期待されている。それ故、労働契約法は両当事者間の権利義務関係を明確に定めるとともに、その内容を適正・公正なものとすることに資するものでなければならない。「視点」はこの視点が極めて弱いと言わざるをえない。
また、労働契約法と称する以上、雇用の入り口から出口までの様々な問題(そのほとんどは使用者の一方的な決定による)につき、要件と効果が明確かつ強行的に規定されねばならない。しかるに、「視点」が提示する項目はこれらのうちの極く一部にすぎず、「在り方研報告」が不十分ながらも提示していた事項が多数触れられていない。「視点」が提示する項目だけの法だとすれば――しかも任意規定だとすれば(「視点」では不明確である)なおさら――、それは到底、「労働契約法」と呼ぶに価しない。法制定の意義そのものが疑われることになる。
さらに、「視点」は、もはや法の保護を必要としない、あるいはそれを桎梏と考える労働者が増えている、「自律的な働き方をする労働者」が見られるとの現状認識に立つが、これは基本的に誤りであり、極々わずかな労働者をとらえて針小棒大な評価をなし、これを前提に立法のあり方を検討することがあってはならない。なお、「視点」は労働者の「選択」ばかり指摘するが、他方当事者たる使用者が受ける利益も公正に検討評価すべきである。

2.就業規則法制等

(1) 「視点」の骨子

「視点」は、就業規則により労働条件が決定されることが慣習として定着しているとの認識を示したうえ、(1)労働契約締結の際の周知手続の実施を手続要件として、「労働契約の内容は就業規則(内容が合理的でない場合を除く)の定めるところによるとの合意の成立を推定」し、(2)就業規則変更による労働条件変更の際の周知手続の実施を手続要件として、「従来の労働条件の変更に係る合意の成立を推定」する(変更が合理的である場合に限る)と提言する。そして、過半数組合(又は特別多数組合)が変更に合意した場合は「変更が合理的なものとして変更に係る合意の成立を推定」し、特別多数組合ではない過半数組合の合意及び過半数組合が存在しない場合の労使委員会の決議又は調査審議に一定の法的効果を与えることを検討する一方、重要な労働条件の変更の際に、変更(就業規則)内容を「書面で明示の上説明する」手続を課し、これに一定の法的効果を与えるとする。

(2) 「就業規則万能法」の導入か?

そもそも就業規則の法的性質については法規説と契約説を軸に4派13流といわれるように学界で定説をみず、現在でも秋北バス事件最高裁判決の解釈を巡り論争が続いているところであり、また、従って当然のことながら、変更就業規則の効力乃至拘束力についても激しく論争されているところである。これは、個別事件の妥当な解決を図る使命を有する裁判所が法理論を突き詰めないところに主因があると思われ、現在の判例法理は、就業規則が合理的であれば、何故その内容が個別労働契約の内容となるのか、あるいは、変更就業規則の内容が合理的であれば、何故労働者を拘束する(労働契約の内容になるとは判示しない)のかの極めて重要な論点について、労働者国民を十分に納得させうる根拠を示せていない。
「視点」の提言は、その点の立法的解決を図ろうとするものであるが、学界で定説をみず、また、労働者の納得を得られていない中、特定の学説をベースに、しかも「合意の推定」という強力な効果を実現しようとするものであり、十分な論議を欠くものと断ぜざるをえず、「合意の推定」効は一方的決定という現実とあまりに乖離し、労働者国民の常識に反し、フィクションと言わざるをえない。「視点」の認識を前提とすれば、就業規則は事実上労働条件決定の万能法となり、使用者が一方的に制改訂する就業規則(しかも、その効力要件として、「視点」は意見聴取すら挙げていない)によって労働契約内容が事実上決定される(合意したものと扱われてしまう)ことを、労働契約法が使用者に「保障」することになりかねない。

(3) 就業規則自体の形式的有効要件の定めが大前提

にも拘らず、「視点」は、労働契約を規律することとなる就業規則自体の形式的有効要件には何ら触れず、契約内容となる要件(契約内容規律効)を周知手続の実施のみにとどめている。
現在、就業規則の制改定に課されている意見聴取義務及び周知義務の実施状況は憂うべき状況にあり、わずかな監督官では到底監督による是正、労基法の実現は期待できない。その要因の一つは、労基法が就業規則それ自体の有効要件を何ら定めていない点にある。就業規則内容を労働契約に取り込む方向を検討するのであれば、まず前提として、就業規則それ自体の効力要件(形式的要件)を明確に定めるべきである。この点、「在り方研報告」は、労基法上の3つの手続の履行を要件と提起していたところであり、これだけで十分とは言い難いが(周知手続ではなく、就業規則自体の交付(「視点」も重要条件の変更に限ってではあるが、書面明示を求めている)、関係者の閲覧・謄写権などが必須と考える)、少なくとも就業規則自体の有効要件として労基法上の手続の全ての履践を定めるべきである。この点の定めをしないまま、就業規則の契約内容規律効を論ずることは到底認められない。

(4) 意見聴取義務の見直しの必要性

さらに、就業規則の契約内容規律効を論ずるには、意見聴取義務の抜本的見直しがなされなければならない。契約即ち合意と法的に評価しえ、労働者の納得も得られる手続が存在しなければ、法が一方当事者の意見を無視・抑圧して合意を創出し、当該当事者に契約上の義務を課すことになるからである。この点、「視点」は「慣習として定着している」との評価を示すのみである。しかし、日本の多くの労働者は、労働組合が十分な協議の上包括的な労働協約を締結し、これと同内容の就業規則が制改定されているようなわずかな例を除き、消極的にもこれを受容しているわけではなく、事実上従うことを強いられているのである。

(5) 協議義務とすべきである

就業規則について、「合意」を媒介として契約内容規律効を認める方向を検討するのであれば、意見聴取義務の内容及び相手方についての検討は不可欠である。
そもそも労基法立法当時は、今後ほとんどの事業場に過半数組合が存在するようになるとの認識の下に、意見聴取義務や過半数代表制度が設計されたのであり、通常は過半数組合が団体交渉によって就業規則について十分に協議しうると想定され、意見聴取も限りなく「同意」に近いものと考えられていた(野川忍「立法史料から見た労働基準法」、土田道夫「労働基準法とは何だったのか?」学会誌95号)。従って、労働契約法において就業規則の契約内容規律効を検討するにあたっては労基法立法時の理念を最大限取り込むべきであり、例えば、一般的な協議義務を課したうえ「労働者代表と合意をするため努力したにもかかわらず協議が調わないとき」(改正高齢法付則5条1項参照)に限り、有効要件の1つである協議義務を満たす、あるいは、労働者代表が反対の意思を表明した事項については、(個別の合意がない限り)契約内容とはならない等の規定が置かれなければならない。

(6) 過半数代表者の抜本的改革の必要性

意見聴取の相手方についても抜本的改革がなされない限り、たとえ意見聴取義務に止まるとしても、有名無実の要件、即ち、要件を課したことにはならない。
最近のJILPT調査(05年5月「労働条件の設定・変更と人事処遇に関する実態調査」)においても、過半数代表者の少なくとも9割以上は、使用者の意向を受けた、代表者にふさわしい者とは到底言えない従業員であることは明らかである(05、9、30「労働時間法検討にあたっての意見」労働者の権利262号84頁参照)。即ち、現行過半数代表者の実態は使用者の下請機関と化しているといわざるを得ず、使用者の一方的決定の本質を隠す隠れ蓑として利用されているのである。
この実態にメスを入れず、抜本的改革を怠ったままの労働契約・労働時間法は断じて容認できない(詳細は第2,2(1))。

(7) 変更の合理性と変更合意の、数による「推定」は許されない

就業規則の法的性質や効力に関し、上記のような問題がある以上、変更就業規則の効力等に関しても、同じ問題点が解決されねばならない。
ここでは、過半数組合等の合意等による変更合意の推定について述べる。 「視点」には不明な部分もあるが、「一定の法的効果」とは、「合意の推定」と同等のものを想定していると考えざるをえないので、細かく区分しては論じない。
要するに「視点」は、多数の従業員が合意しているとみられる以上、少数者・反対者の個々の意思に拘泥していては、予測可能性、法的安定性を害するという考え方に立つものである。
しかしながら、いわば数の論理で押し切るという「視点」の提起は、自らがよって立つ「就業形態・就業意識の多様化」した多種多様の労働者の「納得」を得られるものであろうか。「十分な話合い」に合致するものであろうか。その手法は決して、望ましい、妥当な解決方法でもない。
「視点」は、第四銀行事件最高裁判決を拠り所にしていると思料されるが、最高裁自身、多数組合の合意を大きな要素などとしていないことは、みちのく銀行事件判決及び函館信金事件判決により明白である。
提起のような強引な解決を妥当とする論拠は全くないのであり、「視点」の趣旨は予測可能性の獲得ではなく、多数意見による少数意見あるいは個々の労働者の意思の無視・抑圧を容認するものであり、「視点」も標榜する「実質的に対等な立場」での労働契約の締結という考え方に完全に反するものである。
なお、「視点」は、重要な労働条件の変更に限り、変更内容の書面明示義務を定めるとする。しかし、重要な労働条件のほぼ全ては就業規則事項であるから、就業規則変更手続を要することなり、この場面で要件とされる周知手続と上記書面明示義務とはどのような関係に立つのであろうか。過半数組合等の合意に代替しうるような「一定の法的効果」を検討しているのであろうか(過半数組合等の合意が得られない場合に威力を発揮する)、あるいは、就業規則ではなく個別契約で定められた労働条件の変更をも含むものであろうか(であるとすれば、その旨明示のうえ、検討する「一定の法的効果」の内容を明らかにすべきである)。

(8) 労使委員会

「視点」は、「労使委員会の設置を促進することが必要」とし、「過半数組合がない事業場においては、労使委員会の決議又は調査審議に一定の法的効果を与えること」を検討し、「労働者代表の委員の民主的な選出手続を確保することが必要」とする。
「在り方研報告」が提起した労使委員会の位置付づけ(過半数組合との関係)、権能等を変更したものか不明確であるが、いずれにしても、ストライキ権を行使しうる過半数組合と同等の権限付与を検討する以上、それに見合う組織、構成、権限、権利等が確保されねばならず、何よりも使用者からの独立が保障された組織でなければならない。これを欠く労使委員会は現行過半数代表者と同様、使用者の下請機関にすぎないものとならざるをえない。
労働者代表制度については、十分に時間をかけ、検討すべきである。

(9) いずれにしても、極めてわずかな論議の機会しか設けず、あいまいな提起が散見されることは極めて遺憾である。

3.解雇の金銭的解決制度の創設

本事項は、02年12月の労政審建議以来、労働側からの厳しい批判がなされ、「在り方研報告」においても、「法理論上の検討」にとどめざるをえなかった経緯があるにも拘らず、その必要性と「論点、手法の整理」が「視点」に掲げられた。
無効な解雇であるにも拘らず、使用者の申立によって、労働者の意思に反して、復職ではなく雇用関係の終了によって紛争を解決しうる制度を創設することが、労働契約法制の根幹である解雇規制(労基法18条の2は権利濫用論の規定ぶりとはなっているが、最早、日本に使用者の解雇の自由が認められないことは明らかである)を揺るがすものであることは、当弁護団がつとに指摘してきたところである(05、4、27「『在り方研中間とりまとめ』に対する見解」(労働者の権利260号52頁)、05、9、30「『在り方研』報告に対する見解」(同262号64頁))。今日、解雇法制に関わる検討課題とされるべきことは、当弁護団がかねてより強調してきた、使用者の意思に反しても解雇無効とされた労働者が復職しうる法的仕組みを制定することであり、この点について何らの検討をしないまま、解雇を助長させる本制度についてのみ検討されることについては到底納得しうるものではない。

4.有期労働契約ルールの明確化

「視点」は「在り方研報告」と同様、有期労働契約が「良好な雇用形態」であるを前提に、これが「活用される」べくルールを明確化するとする。
しかし、有期労働者が一般的に、有期なるが故の「身分差別」の下におかれ、労働条件が劣悪であるばかりか、その身分の不安定性―即ち、使用者の意向に反すれば簡単に解雇・雇止めされる―故に労基法上の権利すら主張しえない状況におかれていることはつとに当弁護団が指摘し、有期労働問題はこの点の抜本的な解決がまず先決であると主張してきたところである(「『在り方研中間とりまとめ』に対する見解」(労働者の権利260号53頁)、「『在り方研』報告に対する見解」(同262号65頁))。
今日の有期雇用問題でまず規制されるべきは、有期雇用契約の締結自体であり、その上での均等待遇の実現である。
なお、「視点」1項目と5項目との関係、これらと現行労基法14条2項及び有期労働契約基準(平15、10、22厚労告357号)1条との関係が不明確であるが、仮に、「有期雇用とする理由」及び「更新の有無」が、契約締結時の労働条件明示事項として労基法14条(又は15条)に規定されるとしても、その法的効果は何ら摘示がなく、「在り方研報告」に照らせば、その明示内容を雇止めの効力判断の考慮要素とするとするものと想定される。かかる考え方が長年に亘る裁判の積重ねによって形成されてきた雇止め法理の崩壊につながるものであることは明らかである。

5.自律的労働時間制度の創設

「視点」は、「時間研報告」を概ね踏襲して、「自律的労働時間制度の創設」を提起する。

(1) 基本的考え方及び要件

  1. しかし、まず、同制度が「米国のホワイトカラー・エグゼンプションをそのまま導入する」ものではないとしても、職務(勤務態様)要件と収入要件を基本的要件とするなどホワイトカラー・エグゼンプションを多いに参考にした制度であることは、制度の検討過程からしてもまぎれもない事実である。直接個々の労働者の労働時間を規制するという思想も実定法も欠く(即ち、法律上は無限定に労働させうる)米国公正労働基準法上の制度を参考とすることは、まさに木に竹を継ぐ考え方であり、日本の労働基準法に、その基本思想と対立する制度を持ち込むものである(05、9、30「労働時間法検討にあたっての意見」(労働者の権利262号76頁以下))。
  2. そして、そもそも「自立的な働き方」を現実にしており、その故に労働時間法の保護が不要、更には「保護」が邪魔だという労働者が本当に、あるいはどれだけ存在するのかが立法事実として実証的に検討されねばならない(「視点」では、後述のとおり現行適用除外者について何らの検討もなしていない)。我々が知りうる限り、「自律的労働時間制度」を必要とする労働者も、これを適用しても憂いのない労働者もほとんど全く存在しない。全ての労働者が与えられた業務量と責任にあえいでいるのである(ホワイトカラー・エグゼンプション対策プロジェクトチーム「過労死過労自殺事例の分析から見た『新しい自律的労働時間制度』の問題点」・労働者の権利264号参照)。
  3. 次いで、「視点」は「対象労働者の要件」につき、
    A.勤務態様要件として「具体的な労働時間の配分の指示がされず、業務の調節ができる」こと
    B.健康確保として、「相当程度の休日確保が確実に見込まれる」こと等
    C.支払見込賃金が「一定水準以上」であること
    D.上記3点につき個別の書面合意があることとする。
    我々が「その必要も、効果も全くないばかりか、現在最も法的対処が必要とされる労働者層について何らの改善も図られず、逆に、これらの層から、労働時間規制の法的手掛りを奪い去ってしまうもの」(06.2.22「労働時間法改正論議にあたっての意見」)と厳しく批判した「時間研報告」ですら、I ) 勤務態様要件として職務遂行手法・時間配分及び自己の業務量について裁量があること(具体的には、「職務遂行の手法や労働時間の配分(使用者による一律の出退勤時刻の設定がなされないことだけでなく、あらかじめ決められた出勤日数の枠内での出勤日と休日の設定についての選択も含む。)について、幅広くその労働者の裁量に任されていること」及び「自己の業務量のコントロールができること(上司からの過重な業務指示があった場合の対応について、自らの判断にゆだねられていることや、個々の業務のうちどれを優先的に処理するかについて判断することができるなど)」) II ) 賃金と労働時間との切断(「労働時間の長短が直接的に賃金に反映されるものではなく、成果や能力などに応じて賃金が決定されている」こと) III ) 一定水準以上の年収が確保されていることの3点を「基本的要件」とした上、制度適用についての本人同意を要件としていた。これだけの条件が満たされなければ労働時間規制の適用除外を認めるわけにはいかない、即ち、対象労働者の生活、健康さらには人格の尊厳を守れないとしていたのである。
    これに対して、I ) の裁量権を有し現実に行使しうる労働者などほとんど存在しないという批判が労使から広範になされた。このような経緯を踏まえれば、「自律的労働時間制度」については抜本的に再検討すべきであった。しかるに、あろうことか、「視点」は全く逆に、要件を緩めてあくまでも新制度を創設するとするもので、そもそもその見識を疑わざるをえない。
    勤務態様要件について若干付言すれば、第1に、「職務遂行手法・時間配分」について指示を受けないから「職務遂行手法」が削除されている。今日「時間配分の指示」を受けない労働者はいわゆるホワイトカラー労働者の大半に及ぶことは明らかであって、これは適用対象労働者の範囲を限定するための要件にはなりえない。第2に、「自己の業務量についての裁量(業務量をコントロールできること)」が「業務の調節(業務量を計画的に調節する仕組みの設置)」に変更されている。業務を断る自由から業務量調整制度の存在に変わったのである。これが本質的変更であることは明白であり、例えば、月1回の調整会議の定例化などで要件を満たし、その内容や結果は問われないのであるから、これも適用労働者の範囲を限定するための要件などとは到底評価できない。
    また、個別合意の内容が大きく変更されている。「視点」によれば、業務の裁量性、休日制度、賃金見込額について合意があれば、制度の適用それ自体についての合意(同意)は不要となる。労働者本人の同意を要件として機能させるには相当の環境整備が必要であり、それがなされたとしても自由に拒否しうる労働者がどれほどいるかという点は大いに危惧されるところではあるが、「視点」はそれすら不要とするものである。 仮に、適用除外対象者の拡大を検討するとすれば、勤務態様要件は基本中の基本である。これを欠くあるいは緩和した要件の下に適用除外者を拡大すれば、健康確保措置(その実効性のなさは、あえて論証するまでもなかろう。なお、ホワイトカラー・エグゼンプション対策プロジェクトチーム「過労死過労自殺事例の分析から見た『新しい自律的労働時間制度』の問題点」(労働者の権利264号23頁以下参照))等がいくら定められようが、対象労働者が無限定に労働させられることは火を見るよりも明らかである。「業務の調節」などというあいまいで明らかに実効性を欠く「要件」を以て適用除外制度の拡大を図ることは断じて許されない。
  4. さらに、導入手続について2点触れておく。
    第1に、「視点」は、「労使の実質的な協議に基づく合意(労使合意)」により「対象者の範囲を具体的に定める(明確にする)」とするが、この「合意」の労働者側当事者は誰なのであろうか。現行法によれば、過半数代表又は労使委員会(労基法38条の4)となろうし、「視点」が提起する新「労使委員会」であろうか。
    前者とすれば、過半数代表者に対する批判(第1、2、(6)及び第2、2、(1))がそのまま、そっくり当てはまる。現行労使委員会についても労働者側委員は、使用者の下請け機関にすぎない過半数代表者が指名するのであり、労働者側委員の過半数の賛成により決議が成立するとされており、更に、当該制度が適用される(可能性のある)者の意思を反映する法的保障は全くないことからして同様である。
    また、後者としても、新「労使委員会」に対する批判(第1、2、(8))がそっくり当てはまるし、適用対象者の意思を反映するものとは構想されていないと思われる(「在り方研報告」)。そもそも、「視点」自身、新「労使委員会」は「労働者が意思表明できる仕組み」というレベルでしか構想していないのであって、労使合意のための機関ではない。
    前者、後者いずれにしても、極めて重大な効果を付与する「労」使合意の当事者としては、明らかに不適格である。
    第2に、「自律的労働時間制度」を企業(事業場)に導入するためには、就業規則事項(労基法89条1号)であるから当然に就業規則の制改定を要す。従って、就業規則自体の効力要件に関する批判(第1、2、 (3)以下及び第2、2、(2))が、これまたそっくり当てはまる。
    導入手続の面だけ見ても、重大な効果を付与することを正当ならしめる適格な労働者側当事者の抜本的改革がなされなければならないことは明々白々である。
  5. 効果に関して、深夜業規制の削除(管理監督者についても同様)にだけ触れる。
    深夜業規制は一定の長時間労働規制効果を有するものであり、かつ、これを撤廃すべき必要性もなく、これを撤廃すべきではない(06.2.22「労働時間法改正論議にあたっての意見」労働者の権利264号127頁)

(2) 検討の出発点

適用除外制度については、まず何よりも現行法で対象者とされている労働者が「時間配分等について具体的指示を受けず、幅広く裁量権を現実に行使しえている」か否か及び「自己の業務量をコントロールできる」権限を与えられ、これを現実に行使しえているか否かが検証されねばならず、かつ、現実に管理監督者と扱われている労働者(課長以上とする事業所85.9%、課長代理以上とする事業所93.5%)が「労務管理について事業主と一体的な立場にあ」り、労働時間法の保護を受けずとも人たるに価し、人間らしい生活を享受しえているか否かが検証されねばならない。
この点、厚労省「裁量労働制の施行状況等に関する調査」(05年)によれば、事業場で管理監督者と扱われている労働者のうち、「一律の出退勤時刻がある」者42.5%、遅刻について「賃金カットされる」者6.8%、「勤務評定に反映される」者24.1%、仕事の目標・期限等を「会社・上司が決定する」者19.3%、業務の遂行方法を「会社・上司が決める」者10.1%、業務につき「具体的な指示がある」者9.5%、追加の仕事が命じられることが「たまにある」58.3%、「日常」28.7%に及んでおり、その結果、月間最長労働時間が190時間未満の者は22.8%にすぎず、220時間以上の者は32.7%に及び、月間最多休日労働回数3回以上の者は38%(8回以上が3.5%)、月間最多深夜労働回数3回以上の者は32.4%(10回以上が9.9%)にも及んでいる。かかる状況は裁量制適用労働者においても大同小異である。
適用除外制度の見直し、拡大の検討には、まずこの事実を直視し、これをいかに規制・改善するかが出発点にならねばならない。かかる視点を完全に欠落させ、あえて無視したままの「視点」は断固、容認しえず、適用除外制度の拡大には強く反対する(06、2、22「労働時間法改正論議にあたっての意見」(労働者の権利264号123頁以下))。
なお、「視点」が提起する使用者による年休時季指定については、当弁護団「労働時間法改正論議にあたっての意見」を参照されたい(労働者の権利264号127頁)。

第2.当面の契約法・時間法の内容に係わる提言

1.基本的な考え方―当面の立法課題への対応と引続いての検討

厚労省は来07年通常国会への、労働契約法案・労働時間法案(労基法改正)の上程を目指している。しかし、そのベースとして提示された「視点」は前記のとおりあまりにも問題点が多く、論議も極めて不十分である。
労働契約法制定の必要性は当弁護団がつとに提起してきたものであるが、それは、労使の対等性を保障し、公正な契約ルールを設定するものであってはじめて、その意義が認められるものである。換言すれば、労働者の自由な意思による労働契約関係の対等な設定・展開に資する労働契約法の制定という基本理念が明確にされねばならない。拙速かつ不十分な論議のまま立法されるならば、契約法に期待される本来の意義に悖り、重大な禍根を残すことになる。
そこで、労働契約法における基本的論点(労働者の範囲、労働者代表制度、就業規則と労働契約との関係、個別労働契約変更法理、有期雇用制度等)及び労働時間法の抜本的改正については、今後引続き時間をかけ、労働界のみならず、各界各層からも論議に参加してもらって十分な国民的コンセンサスの上で立法化を図ることとし、当面は、喫緊の立法課題のみ改革を図ったうえ、現行判例法理をベースとして、労使が一致しうる範囲で、労働契約法を制定し、労働基準法を改正することが現実的であり、かつ望ましいと考える。

2.喫緊の課題

上記の趣旨で、今、労働契約法・労働時間法を制改定するとすれば、絶対に避けて通るわけにはいかない、最低限の、まず改革・改善されるべき喫緊の立法課題は次の4点である。もちろん、すでに第1でも触れたように、改革・改善がされるべき、あるいは見直し・検討されるべき課題は多岐にわたるが、限られた時間の中でも検討が不可欠な立法課題として提起するものである。これら(特に(1)と(2))の改革がなされない限り、「円満かつ良好な労働契約関係が継続される」ことにはなりえず、この点の改革を放置したままでの立法には強く反対する。

(1) 過半数代表者の抜本的改革

現行労基法等は、過半数組合が存在しない事業場では、「過半数代表者」個人に過半数組合と同一の権限を付与している。

1) 過半数代表者の実態

前述の通り、労基法制定時には、過半数代表の任務は36協定の締結と就業規則への意見表明だけであり、この任務は、過半数組合が担うものと期待され、「過半数代表者」についてはほとんど論議らしい論議もされないまま、いわば、ほとんど利用されることはないが念の為という程度で、第2順位の過半数代表として法定されたものである(過半数代表者の資格と選出手続が労基則に挿入されたのは法施行後56年目の2003年であった)。
しかし、現在民間の組織率は16.4%にすぎず、民間労働者(約4800万人)の過半数(約2500万人)を占める規模100人未満の事業場の組織率は1.2%であって、過半数組合が存在しない事業場の割合も、かかる事業場で就労する労働者の割合も、恐らく9割を超えるであろう。今日、過半数代表は、過半数代表者によって担われているのである。
そして、過半数代表者となる者のほとんどが、使用者の意向を反映した者である実態は前述のとおりである。

2) 過半数代表者の権限

にも拘らず、このような実態の改革が放置されたまま、過半数代表者が有する権限は飛躍的に増加しており、(1)様々な労使協定の締結 (2)意見表明 (3)委員の推薦・指名 (4)通知の受領・意見陳述等60項目を超え(2000年時点のものとして、小嶌典明「従業員代表制」21世紀の労働法第8巻58頁)、改正高齢法上の継続雇用の基準協定のように、労働条件の内容ではなく、労働契約の存否を決するものや雇用保険上の助成金受給資格に係わる労使協定のように、文字通り労働条件を定めるものにまで拡がっている。
これまで労基法上の労使協定を中心に、労使協定は免罰的効力を有するのみで、直接契約上の権利義務関係を生じさせる(労働を義務づける効力まで有する)ものではないと説明され、検討もここで止まっていた。しかし、ひとたび労使協定が締結されればこれに沿った就業規則の改訂が行われるのであり、今日、労使協定が事実上労働条件設定機能を果たしていることは紛れもない事実である(渡辺章「労働者の過半数代表法制と労働条件」21世紀の労働法第3巻151頁)。

3) 抜本的改革の緊急の必要性

このような強大な権限を有するに至った過半数代表者の実態が前述の如き為体である現状は一刻も放置できないものであり、これを民主的選任の保障に基づき対等決定の理念に沿うべく抜本的に改革することは、労働契約法及び労働時間法論議の最優先の課題である(改革された過半数代表者に「視点」が提起する権限付与を認めるものではない)。
改革の内容は、第1順位にあり、ストライキ権を有する過半数組合と同一の権限を行使することを正当ならしめるに足るものでなければならない。民主的選出(無記名秘密投票による選挙)は当然のこととして、活動・身分の完全な保障、十分な情報享受(使用者からのものに限らない)と全従業員との協議の場の保障などが当面考えられるべき事項である。

(2) 就業規則自体の効力要件(形式的要件)の法定

現在、労働契約において就業規則が一定の役割を果たしている現実を前提とせざるをえないとすれば、現行労基法に規定を欠く、就業規則それ自体の効力要件を明定すべきであることは前述の通りである。その要件としては、少なくとも労基法上の3つの手続の履践である。

(3) 労働契約変更申出に対する留保付承諾の法定

個別労働契約によらねば変更しえない労働条件の変更の法理・手続については多いに論議のあるところであるが、現在、使用者の優越的地位のもとで労働条件の低下に応じなければ、たとえそれが不合理なものであっても、解雇・雇止めされるケース、あるいは退職を強要されるケースが横行している。これは、解雇の脅威の下に不当な労働条件変更を強いるものである。もとより、法的には、使用者による一方的不利益変更は契約論として認められる余地がないものであり、かかる申出の拒否が正当な解雇理由となるものでもない。かかる事態(無用の紛争)を防止するための手段として留保付承諾の制度(民法528条の特則)を設けるべきとの点は概ね一致するところと考える。
使用者による契約変更申出に対し、(1)留保付承諾をなしうること、(2)留保付承諾及び申出拒否は正当な解雇理由とはならないことを労働契約法に定めるべきである。

(4) 管理監督者の定義規定

労基法41条2号の管理監督者の定義、解釈は、多くの判例と通達により固まっていると評価できる。しかるに、現在でも、管理監督者性をめぐる紛争は多発しており、その相当部分が使用者が上記判例通達に無知なことが要因となっていると言わざるをえない。
無用な紛争を防ぐべく、管理監督者の定義規定を労基法41条2号に置くべきである。仮に、適用除外者の範囲について今後検討するとしても、その出発点の状況を明確にすることは不可欠であり、その意味でも定義規定が必要である。

以上