労働契約法の審議にあたっての意見

2005/9/30

 

労働契約法の審議にあたっての意見

2005年9月30日

日本労働弁護団     
幹事長 鴨  田  哲  郎

労働政策審議会  御中
労働政策審議会労働条件分科会  御中

はじめに

 貴審議会・分科会において労働契約法の制定に向けての審議が始まるにあたり、日本労働弁護団は審議の進め方等に関し、以下の通り意見を述べる。本意見の趣旨、内容を十分に参酌され、あるべき労働契約法の実現のため、十分かつ実りある審議がなされるよう強く要望する。

1 労働契約法の必要と基本的性格

 当弁護団は、94年に「労働契約法制立法提言」を公表して以来、労働基準法と両輪となって労働者保護法制を形成する、民事法としての労働契約法の制定の必要性を訴えてきた。今日ようやく、立法化に向けた検討が始まることを率直に評価するものである。
 我々は、現在の労働者が置かれている状況の最大の問題は、本来、労使対等の立場で決定されるべき労働契約(労働条件)の内容が、労使の非対等性を背景に使用者によりあるいは使用者が制改定する就業規則等により、一方的かつ有無を言わせぬものとして決定されていることにあると確信する。
 かかる状況を本来の対等の立場にできるだけ近づけ、さらには適正な労働条件を確保するものとして、労働契約法の制定の必要を主張してきたものであり、これから検討される労働契約法も、かかる視点に基づくものでなければならない。具体的には、民事法たる労働契約法は強行規定でなければならず(私的自治を排除する)、かつ、契約の展開全般にわたって「対等の立場」での交渉・協議等をできる限り可能とするシステムを有するものでなければならない。

2 「報告」にとらわれず、十分な審議をされたい

 貴審議会・分科会には、「今後の労働契約法制の在り方に関する研究会」の「報告」が資料として提出されていると思われるが、「報告」は厚労省内の私的な研究の結果にすぎず、貴審議会・分科会の審議における叩き台となるものではないし、叩き台として取扱うべきものでもない。
 「報告」が検討した項目には、我々の主張と重なる部分も多いが、前提たる現状認識やこれに基づく問題意識には大いに疑問のある部分も多々あり、ことに、具体的な解決策(立法提案)の内容については、一つの見解にすぎず、これにとらわれることなく、改めて貴審議会・分科会における十二分な審議・検討が必要である。「報告」が提起した解決策の是非だけを審議するようなことではなく、改めて基本のところから議論をし直すべきであり、このことが貴審議会の任務であると考える。

3 労働契約と労働者集団との係わり方を抜本的に検討されたい

 現在の労基法では過半数組合又は過半数代表者(以下、総称して過半数代表という)に、一定事項についての労使協定等締結権と就業規則に対する意見聴取が定められている(更に、育介休法や改正高齢法における労使協定もある)。労使協力の効力は免罰効であるが、現実には労使協定内容が就業規則化されるなどして、集団的な労働条件が形成されているのであり、まさに、労働契約(労働条件)設定機能を有している。
 労使対等な立場を実現する視点に立つならば、過半数代表、労使委員会、さらに労働者(従業員)代表制度等と労働契約全般についての係わり方が、現行制度の持つ問題点をふまえたうえで、抜本的に論議されねばならない。ことに、後述のように、労働時間法制においても上記制度は重要な位置を占めるのであるから、現行過半数代表制の見直し・検討は、契約法においても不可欠のものである。
 また、この点は、団結保障法制に基づく集団的労働条件決定システムとの関係が避けられないテーマであり、二つのシステムをどう併存させるかなどが、重要な検討課題となる。

4 労働契約に係わる全ての問題を審議されたい

 労働契約の成立・展開・終了にあたっては様々な問題が発生しうる。「報告」でも相応の事項に言及があるが、決して十分ではない。例えば、労働時間を例にとれば、残業義務の考え方、始終業時刻の繰上げ・繰下げ等々、労基法では対応できない、まさに契約法としてルールを示すべき事項が多々存在する(当弁護団「2005年版労働契約法制立法提言」参照)。
 貴審議会・分科会の審議においては、契約法上の全ての問題について検討されたい。

5 労働時間法との連関

 前述の通り、現行労基法における労使協定等の大半は労働時間に係わるものである。さらに、「報告」は、「実質的に対等な立場で自主的に決定できるようにすることを担保する」法制が労働契約法に不可欠と提起する(但し、その具体的内容には全く触れていない)。この点は、「今後の労働時間に関する研究会」(諏訪康雄座長)においても検討されるのかもしれないが(同研究会報告をきっかけとする労働時間法改正も、貴審議会・分科会の所轄事項である)、日本経団連は、労使協定又は労使委決議による適用除外者の私的拡大を提起するに至っている。
 刑事法・行政法たる労基法と民事法たる契約法との相互関係をどう調整するのが、最も労働者保護法としてふさわしいか、労働時間規制にかかわる基本的問題をふまえて貴審議会・分科会で真剣な討議がなされなければならない。

6 「指針」の多用は契約法を歪める

 民事法に係わる法的トラブルについては、司法(裁判所)が関係条文の解釈を通じて判断を示し解決するものである。代表的民事法たる民法、商法、会社法等については多様かつ厖大なトラブルが予測されるが、これらについて所轄省である法務省が「指針」を示すなどということはない。法の解釈は司法の専権だからである。
 しかるに、「報告」は、本来立法化すべきと思われる内容を多くの項目で「指針」に委ねようとしている。
 貴審議会・分科会においては、「指針」に安易に頼ることなく、民事法としての契約法に取込む立場で審議をされたい。

7 法が現場に与える影響の検討も不可欠である

 要件や手続において十分な配慮がされているはずの立法が現場において十分に理解され、これに沿った運用がなされるとの保障はない。
ことに労働現場においてはそうである。例えば、様々に要件・手続が規定された裁量労働におけるみなし時間制(労基法38条の3、38条の4)を例にとれば、法が定めた要件・手続など無視し(あるいは無知の故)、“裁量労働者に残業(代)はない”“完全フリー勤務だから手当は一切ない”などと過酷な業務量と納期を押しつけ、時間配分に関する裁量の余地など全く持たされていない労働者が多数存在する。
 貴審議会・分科会においては、その法が現場で実際にどのように機能しうるかについても十分に検討すべきである。

8 おわりに

 当弁護団は、現在の法令や判例法理を斟酌しつつ、ILO条約等国際的公正基準(グローバル・スタンダード)にも留意して、本年5月、「2005年版労働契約立法提言」を公表している。
 貴審議会・分科会が上記立法提言も含め、各界各層から十二分に意見を聴取し、何よりも労働現場の実状を認識理解し、真に労使の対等性を実現し、適正な労働条件の確保に資する労働契約法の制定に向けて、拙速に陥ることなく十二分に時間をかけて審議されんことを強く要望する。

以 上