(意見書)解雇ルール等の周知に関する意見書

2003/10/17

 
解雇ルール等の周知に関する意見書

2003年9月26日

厚生労働大臣    坂口 力  殿
労働政策審議会労働条件分科会 御中

日本労働弁護団          

幹事長   鴨 田 哲 郎

1 はじめに(本意見書の趣旨)
(1) 今次労基法改正に関する国会審議における総括答弁として、「(解雇に関する)判例及び整理解雇4要件に関するものを含めた裁判例の内容の周知を図ってまいりたいと思います」(6月4日の衆議院厚生労働委員会・坂口大臣)とされ、昨年末の「建議」においても同旨の指摘がある。
(2) また同様に、解雇事由を就業規則の記載事項として明確化するという点に関し、「モデル就業規則を新たに作成し、その普及を図るとともに、労働基準監督署における就業規則の届け出の受理に当たっては、解雇の事由ができる限り明確に記載されるよう、モデル就業規則を活用する等により、使用者に対して必要な相談、援助を行ってまいります」と総括答弁されているところである。
(3) 本意見書は、①解雇ルール(改正労基法18条の2)に関して周知されるべき判例の内容、②解雇に関するモデル就業規則の在り方の2点についての意見を述べるものである。

2 周知されるべき裁判例について
(1) はじめに
 従来より、厚生労働省は、労働関係法令、労働条件に関する裁判例等を記載したリーフレット(「厳しい経済情勢下での労務管理の留意点」)を作成し、これを労働基準監督署などにおいて配布してきた。しかし、このリーフレットに掲載されている解雇関係の裁判例は余りにも不十分である。例えば、平成14年3月作成のリーフレットにおいては、「解雇が無効とされた例」として日本食塩事件(昭和50年4月25日最高裁第2小法廷判決)、「整理解雇の要件が示された例」として東洋酸素事件(東京高裁昭和54年10月29日判決)の結論や骨子が掲載されているに過ぎない。
 実際の労働現場では、解雇はさまざまな理由に基づいて行われ、裁判例もそれに応じて一定の類型ごとの法理を形成してきている。これを大別すれば、①労働者の非違行為(職場規律違反・業務命令違反等)を理由とするもの(その中には、懲戒解雇とされるものもある)、②労働者の能力・適性欠如を理由とするもの、③傷病による労働能力欠如を理由とするもの、④経営悪化など使用者側の事情を理由とする整理解雇、⑤懲戒解雇がある。そこで、これらの類型ごとに代表的な裁判例を紹介する必要がある。
 また、紹介するに際しては一般国民がある程度、具体的な事情を想定できる記述にすべきである。

(2) 労働者の非違行為を理由とする解雇
職務懈怠、勤怠不良(無断欠勤、遅刻等)等、労働者の非違行為(落ち度)を理由とする解雇については、合理的理由があっても、「社会通念上相当」でなければ解雇は無効とする判例が確立されている。しかし、この相当性の原則については、いかなる基準によって相当性を判断・評価するのか、具体的事情を踏まて周知しなければ一般国民にとっては役に立たない。また、相当性の原則は、労働者の非違行為が就業規則所定の解雇事由に該当しても、なお、「当該具体的な事情のもとにおいて、解雇に処することが著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することができないときには、当該解雇の意思表示は、解雇権の濫用として無効になる」という法理であるから、この点も周知すべきである。相当性の原則により解雇を無効とした裁判例は多数あるが、その代表的な判例として、同原則を明らかにした最高裁判決である高知放送事件判決を掲げるべきである。

高知放送事件(最高裁判決昭和52.1.31労判268号)
 
宿直勤務であったラジオ局のアナウンサーが寝過ごし、二度にわたり定時のニュースを放送できない事故を発生させて解雇された事案で、このような労働者の行為は就業規則所定の解雇事由に該当するとしつつ、「普通解雇事由がある場合においても、使用者は常に解雇しうるものではなく、当該具体的な事情のもとにおいて、解雇に処することが著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することができないときには、当該解雇の意思表示は、解雇権の濫用として無効になるものというべきである」とし、本件が悪意ないし故意によるものでないここと、先に起きてアナウンサーを起こすべき担当者が寝過ごして原稿を渡さなかったのに、同担当者はけん責処分にとどまっていること、事故について謝罪の意を表していること等の事情から、当該解雇は社会通念上相当ではないとして無効とした。

(3) 労働者の能力・適性欠如を理由とする解雇
 勤務成績の不良を理由とする解雇が有効とされるのは、不良の程度が著しい場合に限られるとするのが裁判例の一般的傾向である。また、能力や適性に問題がある場合でも、いきなり解雇するのでなく、教育訓練や本人の能力に見合った配置(配置転換)をするなどの改善措置をとり、解雇回避の努力を尽くすことが必要とされている。そこで、これらに関する判例を周知すべきである。具体的な判例としては以下のようなものがある。
○セガ・エンタープライゼズ事件(東京地裁決定平11.10.15労判770号)
 就業規則の「労働能率が劣り、向上の見込みがないと認めたとき」との規定は、平均的な水準に達していないというだけで解雇を許容する趣旨ではなく、著しく労働能力が劣り、しかも向上の見込みがない場合に限って解雇を認める趣旨であるとし、人事考課が低位であったとしても、考課が絶対評価でなく相対評価であることから、前記人事評価から直ちに当該労働者の労働能力が著しく劣り、向上の見込みがないとまでは言えず、さらに体系的な教育、指導を実施することで当該労働者の労働能力の向上を図る余地があるとして、解雇を無効とした。
○エース損保事件(東京地裁決定平13.8.10労判820号)
 長期雇用者に対する勤務成績不良を理由とする解雇は、単なる成績不良では足りず、企業から排除しなければならない程度に至っていること等を要するとし、53歳、50歳の労働者に対する解雇を無効とした。

(4)
傷病による労働能力欠如を理由とする解雇
 私傷病やその後遺症により従前と同一の職務に復帰することが困難な場合に、労働者を解雇できるかが問題となる(実際のケースでは、休職期間満了時点で復職困難としてなされた解雇の効力が争われている)。片山組事件最高裁判決(平10.4.9労判736号)以降、従前の職務に復帰できずとも他に就労可能な職務がある場合に、そのような職務への配置可能性を検討せずになされた解雇、あるいは段階的な職務復帰の配慮を欠いた解雇は無効とするのが裁判例の流れである。具体的な判例としては以下のものがある。
○全日空事件(大阪高裁判決平13.3.14労判809号)
 スチュワーデスにつき、復帰準備時間を提供するなどの企業の配慮義務を認め、短期間のうちに客室乗務員に復帰できるとし、解雇を無効とした。
○(参考)片山組最高裁判決
 
建設工事の現場監督に従事していた労働者が私病を理由に、事務作業への配転を求めたところ、会社がこれを拒否して、自宅療養命令を発し賃金カットをした事案で、当該労働者の配転が可能であるか否か(労働者の能力、経験、地位、使用者の規模、業種、労働者の配置・異動の実情及び難易度等に照らし配置転換の現実的可能性の認めらる業務の有無)を検討して、賃金請求権の有無を決すべきとした。

(5) 整理解雇
 現在配布されているリーフレットでは、「整理解雇の要件が示された例」のタイトルのもと、以下の記述がなされている。
「 整理解雇する場合には、
① 人員削減の必要性(特定の事業部門の閉鎖の必要性)
② 人員削減の手段として整理解雇を選択することの必要性(解雇回避のために配置転換等をする余地がないこと)
③ 解雇対象者の選定の妥当性(選定基準が客観的、合理的であること)
④ 解雇手続の妥当性(労使協議等を実施していること)
が必要であるとされた。
(東京高裁 昭和51年(ネ)第1028号 昭和54年10月29日判決等)」
 しかし、この記述は余りに不十分であり、判例上確立された要件を満たさなくとも整理解雇が認められるかの誤解を招きかねないものであって、極めて不適切である。
 ①「人員削減の必要性(特定の事業部門の閉鎖の必要性)」という記述は、判例上も判断が分かれている論点(「特定の事業部門の閉鎖の必要性」で足りるのか、「事業全体での人員削減の必要性」の観点から検討すべきか)について、あたかも前者の見解が確立されているかのごとき誤解を招きかねない。整理解雇に関しては、いわゆる「整理解雇の4要件」が確立されていることは争いのないところであるが、個々の要件については、裁判例によって微妙に判断が異なっているのが実情である。そこで、ある特定の判例の判示内容で4要件のすべてを説明するのでなく、それぞれの要件について、判断指標となる要素を掲げてその周知を図るべきである。
 ②「人員削減の手段として整理解雇を選択することの必要性(解雇回避のために配置転換等をする余地がないこと)」という記述については、解雇回避努力の具体的な内容として配転の可否しか例示されておらず極めて不十分であり、一般国民は、配転の余地さえなければ解雇は正当化されるとの誤解をもちかねない。解雇回避努力の内容としては、役員報酬を含む経費削減、新規採用の停止、労働時間短縮や賃金カット、配転・出向・一時帰休、希望退職募集などが判例上指摘されているのであるから、これらを具体的に列挙した記述とすべきである。その例示のための判決として、最高裁判決であるあさひ保育園事件を掲載するのは不可欠である。
○あさひ保育園事件(最高裁判決昭58.10.2労判427号)
 整理解雇した後1年内に2名が退職し、その後その補充のために2名を採用している事案で、「(指名解雇決定の)事前に、職員に対し、人員整理がやむをえない事情などを説明して協力を求める努力を一切せず、かつ、希望退職者募集の措置を採ることもなく、解雇日の6日前になって突如通告した解雇は、無効」とした。
○同事件高裁判決(福岡高裁判決昭54.10.24労判427号)。
 同事件の原審は「人員整理の方針を決した段階で何らかの有利な退職条件を付した上で希望退職を募っていれば、応募があった可能性がないではなく、仮に応募がなかったとしても、使用者としても信義則上一応その程度の措置は尽くすべきであった」としている。

 ③の人選の合理性に関しては、選定基準の合理性とともに、その当てはめの合理性も要件であるから、その旨の指摘もなすべきである。また、バブル崩壊後、給与水準が高いというだけの理由で中高年労働者が解雇や退職強要の対象とされており、整理解雇基準としても安易に高年者(一定以上の年齢の者)とする例が見受けられる。しかし、そのような基準が常に合理性を有すると判断されるものではないので、高齢者切り捨てに対する警鐘を鳴らす意味でも、以下の判例を掲載すべきである。
○ヴァリグ日本支社事件(東京地裁判決平13.12.19労判817号)
 解雇基準とされた53歳という年齢は、定年年齢までの残存期間における賃金に対する被用者の期待も軽視できず、再就職が事実上困難な年齢であるといえるから、早期退職の代償となるべき経済的利益や再就職支援なしに上記年齢を解雇基準とすることは、解雇後の生活に対する配慮を欠く結果になり、加えて、幹部職員としての業務が、高齢になるほど業績の低下する業務であることは認められないことからすると、幹部職員で53歳以上の者という基準は必ずしも合理的とはいえないとされた。

 ④の解雇手続に関しては、必ず解雇の決定・通告前に説明・協議義務が求められることを指摘しなければならない。さらに、どの程度の協議や説明をすべきかについて、ある程度明らかになるように、具体例を掲げるべきである。具体例としては、説明協議義務についての先駆的な判例であり、説明内容が企業の実情に基づく具体的なものでなければならないことを明らかにした北斗音響事件を掲げることが考えられる。また、上記ヴァリグ日本支社事件なども参考になる。
○北斗音響事件・盛岡地裁判決昭54.10.25労判333号)
 工場閉鎖・全員解雇のケースで、工場閉鎖の理由、解雇の必要性等につき経理資料を開示して十分な説明をすべきところ、不況を乗り切るためにやむを得ない措置であるなどといった抽象的説明に終始したことは、説明義務を尽くしていないものとして整理解雇は無効とされた。
○ヴァリグ日本支社事件
 解雇通告当時、業務量の増加が予想され、当年もベースアップが実施され例年どおりの賞与支給がなされたことから、日本支社においても人員整理を断行する必要があるとの事情は、会社からの具体的かつ明確な説明がない限り、退職勧奨・整理解雇の対象となった職員が納得することは困難であったにもかかわらず、支社長が人員削減の必要性にはじめて言及したのが本件解雇通告の約3か月前であり、それ以降会社は人員削減の規模や退職勧奨・整理解雇の基準を終始明確にしなかったから、会社の対象職員への説明は、誠実なものではなかったとした。

(6) 懲戒解雇
 上記リーフレットにおいては、懲戒権の限界についての一般原則を明らかにした「ダイハツ事件」最高裁判決が掲載されている(昭和58年9月16日最高裁第2小法廷判決)が、懲戒権(懲戒解雇)については、①罪刑法定主義類似の原則(就業規則上の根拠に基づくこと、不遡及の原則、一事不再理法理)、②平等取扱いの原則、③相当性の原則、④適正手続などの諸原則が妥当することが一般的に承認されている(菅野和夫「労働法(6版)」414頁以下)。また、処分対象とされた行為が就業規則の禁止規定に該当するか否かは、形式的な判断ではなく実質的な判断によるべきことが最高裁判決によって明らかにされている(倉田学園事件)。さらに、懲戒解雇通告当時、使用者が認識していなかった事由は、懲戒解雇の有効性を基礎づける理由とはならないとする最高裁判決もある(山口観光事件)。従って、これらに関する判例も周知する必要がある。
○相当性の原則について
 西武バス事件(東京高裁判決平6.6.17労判654号。最高裁判平7.5.30労判672号)
 深夜酒気を帯び、同僚が運転する最終バスをバス停に呼びとめ、同バスに乗車し、発車を遅らせたバス運転手に対する懲戒解雇が、社会通念上の相当性を欠くものとして無効とされた。

○一事不再理の法理について
  学校法人栴檀学園(東北福祉大学)事件(仙台地裁判決・平9.7.15労判724号)
 大学の専任講師に対する懲戒解雇につき、すでに教授会出席停止及び講義担当停止という不利益処分の対象となっている事由を、重ねて懲戒解雇の理由とすることは一事不再理の法理から許されないとし、それ以外の懲戒解雇理由のみを検討したうえで、懲戒解雇を無効とした。

○適正手続きについて
 メレスグリオ事件東京高裁判決(平12.11.29労判799号)
 配転命令自体が権利濫用と言えない場合でも、懲戒解雇に至るまでの経緯によっては配転命令拒否を理由とする懲戒解雇は、なお権利濫用となりうるとして、配転に伴う利害得失を労働者が判断するのに必要な情報を提供せずになされた本件配転命令は、労働者が受ける影響等に対する配慮を著しく欠くもので、その拒否を理由とする懲戒解雇は権利の濫用として無効とした。

○就業規則の懲戒事由該当性に関する判断について
 倉田学園事件最高裁判決(平6.12.20労判669号)
 高校の職員が職場ニュースを校門外で配布したことが就業規則の禁止事項(「書面による許可なく、当校内で業務外の掲示をし、若しくは図書又は印刷物等の頒布あるいは貼付をしないこと」)に該当するなどとして懲戒処分(訓告、戒告)された事案で、ニュース配布行為が形式的には就業規則の禁止事項に該当するとしつつも、その内容、配布の態様等に照らして就業規則の目的(職場規律、教育的配慮)に反しない特別の事情があるときは、実質的には就業規則の規定違反になるとは言えないとした。

○懲戒解雇当時の根拠事実について
 山口観光事件最高裁判決(平8.9.26判例時報1582号)
 業務命令違反、無断欠勤を理由とする懲戒解雇に関して、その効力を争う訴訟で後に発覚した経歴詐称を処分理由に追加したケースで、懲戒当時解使用者が認識していなかった非違行為の存在をもって当該懲戒の有効性を根拠づけることはできないとした。

(7) 雇い止めについて
 改正労基法18条の2は、直接には雇い止めについては言及していないが、判例により確立されている雇い止めの制限法理(解雇権濫用法理の類推適用)についても、広く周知する必要がある。これを周知することは、「解雇は制限されるが、雇い止めは自由にできる」との誤解を解く意味でも重要である。
 なお、雇い止めの制限法理については、「実質において期間の定めのない労働契約と異ならない状態で存在する」ことを理由として解雇権濫用法理を類推適用する類型(東芝柳町工場事件)と、「雇用継続に対する合理的な期待が認められる」ことを理由に同法理を類推適用する類型(日立メディコ事件)とに分類されるのが一般的である。
 そこで、判例としては、雇い止めの有効性判断に用いられる基礎的事情を詳細に論じている東芝柳町工場事件の最高裁判決を掲載すべきである。と同時に、「合理的期待」に基づく解雇権濫用法理の類推適用をを明らかにした日立メディコ事件判決も掲げるべきである。
○東芝柳町工場事件(最高裁判決昭49.7.22労判206号)
2カ月の労働契約を反復更新していた基幹臨時工が、雇い止めされた事案で、判決は、①従事する仕事の種類・内容の点において本工と差異がないこと、②基幹臨時工の数が景気変動と関係なく増加の一途をたどり、総工員数の平均30%を占めていたこと、③基幹臨時工が2カ月の期間満了で雇い止めされた事例がなく、自ら希望して退職する者の外、そのほとんどが長期間にわたって雇用継続されていること、④臨時従業員就業規則の年次有給休暇の規定が1年以上の雇用を予定していること、⑤労働契約書には期間2カ月と記載してあるものの、採用に際して、会社側に長期継続雇用、本工への登用を期待させるような言動があり、労働者側も継続雇用されるものと信じて契約書を取り交わしていること、⑥5回ないし23回にわたって契約更新されているが、会社は必ずしも契約期間満了の都度、直ちに新契約締結の手続をとっていたわけではないことなどの事情から、本件各労働契約は、期間の満了毎に当然更新を重ねてあたかも期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存在していたものとして、本件雇い止めには解雇に関する法理を類推すべきであるとして、雇い止めを無効とした。
○日立メディコ事件(東京高裁判決昭55.12.16労判354号、最高裁判決昭61.12.4労判486号)
 雇用期間を当初20日と定めて臨時工として雇用された労働者が、その後、期間2カ月の労働契約を5回にわたり更新してきたところ、不況にともなう人員整理のために、正規従業員(正社員)に対して希望退職募集をすることなく、1工場の臨時工を全員雇い止めする措置がとられ、その効力が争われた事案で、
高裁判決は、労働関係全体が期間の定めのない契約が存在する場合と同視すべき関係であるということはできないとしつつ、「柏工場の臨時員は季節的労働とか特定物の製作とか臨時的作業のために雇用されるものではなく、従事する作業もそのようなものではなかったこと、また右臨時員の雇用関係はある程度の継続が期待されており、現に被控訴人と控訴人との間においても5回にわたり契約が更新されていることも前示のとおりであるから、このような労働者を期間満了によって雇止めにするにあたっては、解雇に関する法理が類推され、解雇であれば解雇権の濫用、信義則違反又は不当労働行為などに該当し、解雇無効とされるような事実関係の下に、使用者が新契約を締結しなかったとするならば、期間満了後における使用者と労働者の法律関係は従前の労働契約関係が更新されたのと同様の法律関係となるものと解せられる」とし、最高裁もこの判断を維持した。

(8) 使用者には解雇理由を明らかにする義務があること
 改正労基法18条の2によって、「合理性」及び「相当性」のない解雇は無効であることが制定法上も明らかにされた。すなわち、解雇には合理性と相当性が必要であり、その具体的内容は前記(2)~(7)で論じたとおりである。従って、解雇訴訟においては、使用者が解雇の「合理性」と「相当性」を立証できなければ、当該解雇は無効となる。衆参両院の付帯決議においても、「本法における解雇ルールの策定については、最高裁判所判決で確立した解雇権濫用法理とこれに基づく民事裁判実務の通例に則して作成されたものであることを踏まえ、解雇権濫用の評価の前提となる事実のうち圧倒的に多くのものについて使用者側に主張立証責任を負わせている現在の裁判上の実務を変更するものではないとの立法者の意思及び本法の精神周知徹底に努めること」としているところである。この付帯決議自体は、裁判実務における立証責任について言及したものであるが、解雇には合理性と相当性を要し、その立証責任は使用者が負うとの法理は、労働現場においても当然に妥当するものである。
 使用者は、解雇に先立ち、解雇の合理性と相当性を基礎付ける十分な証拠資料を収集・検討しなければならない。そして、その結果を具体的に解雇理由証明書に記載しなければならない(労基法22条)。
 このように、十分な証拠資料を検討したうえでなければ解雇は許されないことを周知することによって、労働現場で蔓延している安易な解雇を抑制する効果が十分に期待できる。従って、「解雇に先立ち、十分な調査・検討をせずに解雇した場合、そのような解雇は裁判所によって無効とされる可能性があります」といったかたちで、解雇に先立ち十分な調査をすべきことを周知徹底することが必要である。

3 周知されるべきモデル就業規則について
(1) はじめに
 モデル就業規則については、従前より厚生労働省の外郭団体である(社)全国労働基準関係団体連合会が厚生労働省より委託を受けて、これを作成し、希望者に配布してきている。現在配布されているモデル就業規則には、「小規模事業場モデル就業規則(平成15年度作成版)」、「建設工事業モデル就業規則(平成11年4月労基法改正対応版)」、「パートタイマーモデル就業規則(平成11年4月労基法改正対応版)」があるようである。
 これらのモデル案の小規模事業場に関するものをみると、解雇については、「第7章 定年、退職及び解雇」のなかの第40条に、以下の規定があるのみである。
「1 従業員が次のいずれかに該当するときは、解雇するものとする。ただし、 第46条第2項の事由に該当すると認められたときは、同条の定めるところによる。
① 勤務成績又は業務能率が著しく不良、その他従業員として不都合な行為があったとき
② 精神又は身体の障害については、適正な雇用管理を行い、雇用の継続に配慮してもなお業務に耐えられないと認められたとき
③ 事業の縮小その他事業の運営上やむを得ない事情により、従業員の減員等が必要となったとき
④ その他前各号に準ずるやむを得ない事情があったとき
 2 前項の規定により従業員を解雇する場合は、少なくとも30日前に予告をするか又は平均賃金の30日分以上の解雇予告手当を支払う。ただし、(以下引用省略)」
しかし、このような規定の仕方では余りに不十分というべきである。

(2) あるべきモデル例(解雇事由について)
 上記モデル例では、解雇事由が余りにも抽象的に過ぎる。解雇に関する就業規則の規定は、解雇事由を明らかにすることで、労働者を保護する機能を営むものであるから、できる限り解雇事由を明確にするとともに、具体的に規定すべきである。
例えば、上記モデル例の中に付された解説文では、「なお、第1項①の『不都合な行為』とは、企業秘密の漏洩、二重就職等が該当します」とされているが、これらが解雇事由とされるのであれば、「不都合な行為」などと記載するのではなく、「企業秘密の漏洩」、「二重就職」と明記すべきである(但し、「二重就職」に関しては、当該企業での就業時間外に行う場合は、就業時間外にどのような活動を行おうともそれは労働者の自由であるから、単なる「二重就職」を解雇事由とすることは許されないというべきである。少なくとも「当社における業務に支障を来し、もしくは当社の利益を阻害するおそれのある同業他社での二重就職」などとすべきである)。

(3) あるべきモデル例(解雇手続について)
 また、上記モデル例では、解雇の手続には全く触れられていない。しかし、解雇手続を具体的に定めることは、使用者による恣意的な解雇から労働者を保護するのみならず、使用者をして解雇権の行使を慎重ならしめることにより、無用な紛争を回避することにも繋がる。モデル例のなかの解説文には、「解雇をめぐって労使間でのトラブルが生じないよう、就業規則において解雇の理由や手続き等を明確に定めておくことが必要です」との正しい指摘がなされているのであるから、これをモデル例の条文の中に盛り込むべきである。
 すなわち、告知と弁明の手続(解雇しようとする労働者に対する文書による理由告知、それに基づく弁明手続、弁明手続で聴取した労働者の言い分を踏まえた上での処分決定)をモデル例として条文化すべきである。
 また、整理解雇については、労働者もしくは労働者代表に対する事前告知と、協議条項をいれるべきである。このような説明・協議義務に関しては、整理解雇法理により判例上確立されている(仮に、就業規則に明記されていなくとも当然に認められる義務である)のだから、無用の紛争を未然に防止する観点からも必ずモデル例に書き込み、その周知を図るべきである。

(4) 懲戒解雇についてのモデル例について
上記モデル例における懲戒解雇に関する規定は、以下のようなものである(第46条)。
「1 従業員が次のいずれかに該当するときは、情状に応じ、けん責、減給又は出勤停止とする。(以下、引用省略)
 2 従業員が、次のいずれかに該当するときは、懲戒解雇する。ただし、情状により減給又は出勤停止とすることがある。
① 正当な理由なく無断欠勤○日以上に及び、出勤の督促に応じないとき
② しばしば遅刻、早退又は欠勤を繰り返し、○回にわたって注意を受けても改めないとき
③ 会社内における窃盗、横領、傷害等刑法犯に該当する行為があったとき、又はこれらの行為が会社外で行われた場合であっても、それが著しく会社の名誉もしくは信用を傷つけたとき
④ 故意又は重大な過失により会社に重大な損害を与えたとき
⑤ 素行不良で著しく会社内の秩序又は風紀を乱したとき
⑥ 重大な経歴詐称をしたとき
⑦ 第11条及び第12条に違反する重大な行為があったとき
⑧ その他この規則に違反し、又は前各号に準ずる重大な行為があったとき
普通解雇に関する規定である前述の第40条に比べれば、懲戒解雇事由はより詳細にはなっている。しかし、特に⑧号「その他この規則に違反し、又は前各号に準ずる重大な行為があったとき」のごとき、抽象的で使用者の裁量の余地を広く認める条項は、前述した罪刑法定主義法理に照らし許されないと言うべきであり、削除すべきである(解説文は、「なお、本条…第2項の⑧に該当するかどうかについては、慎重な判断が必要です」としているが、許されないというべきである)。
 また、解説文のなかには、「懲戒の対象者に対しては、規律違反の程度に応じて過去の同種の事例や処分の程度を考慮して公正に扱わなければなりません。公正を欠く場合には、懲戒権の濫用として無効とされる場合もあります」、「懲戒規定が設けられる以前の行為に対して遡って懲戒することや1回の事由で2回の懲戒処分を行うことはできません」という正しい指摘が盛り込まれているが、モデル例の中には条文化されていない。前述したとおり、就業規則にこのような条文を盛り込むことは、使用者による恣意的な解雇から労働者を保護するのみならず、使用者をして解雇権の行使を慎重ならしめ、無用な紛争を回避する機能を営むのであるから、これらについてもモデル就業規則に盛り込み、その周知を図るべきである(例えば、「懲戒は、懲戒の対象とすべき事実関係を慎重に調査したうえ、慎重かつ公正に行う」などといったものが考えられる)。
 さらに、解説文では、「懲戒を行うときは、例えば弁明の機会を与え、事情をよく聴取するなど、適正な手続きによることに努めてください」とされているが、モデル例の条文の中には、その旨の規定がなされていない。普通解雇について述べたのと同様、これをモデル就業規則そのものに記載すべきである(例えば、「懲戒を行うにあたっては、懲戒対象者から直接事情を聴取するとともに、懲戒対象者に弁明の機会を与えなければならない」などといったものが考えられる。

以 上