(意見書)強制執行妨害罪の強化・新設(刑法一部改正)に対する意見

2003/4/15

強制執行妨害罪の強化・新設(刑法一部改正)に対する意見

2003年4月14日

衆議院議長 綿貫民輔 殿
衆議院法務委員会委員長 山本有二 殿
参議院議長 倉田寛之 殿
参議院法務委員会委員長 魚住裕一郎 殿

日本労働弁護団   
幹事長 鴨田哲郎

 第156回国会には、犯罪の国際化及び組織化に対処するための刑法等の一部を改正する法律案(閣第85号)が提出されている。同法案の中には、強制執行を妨害する行為に対する構成要件を拡張し、罰則強化を目的として、封印等破棄罪(刑法第96条)並びに強制執行妨害罪(同法第96条の2)の改正及び強制執行行為妨害罪(同法第96条の3)等の新設規定が含まれている。これらの規定は、倒産時における労働組合等の正当な活動が処罰対象とされる危険性があるので、以下、意見を述べる。

1 本法案は「占有屋」や「執行屋」等の反社会的勢力が、架空の使用権原や債権の主張、物理的な占拠、示威物件の掲示・設置、競売関係者への脅迫等により強制執行を妨害して、転売利益や立退料等の不当な利益を取得するという事態が増加していることを立法事実とするとされており、その限りにおいては特段、異論はない。
 しかしながら、企業が倒産した場合は、相当額の賃金が未払となっていたり、偽装倒産も含め、企業が雇用責任をないがしろにしている事例が多く、労働組合等が、未払賃金や退職金等の労働債権確保や雇用確保、雇用責任の追及を目的として、例えば、以下のような活動を行う場合がある。

① 不当な債権回収行為から会社財産を守り、会社財産の散逸を妨ぐためにこれを一時的に組合等の保管・管理下等に置く(改正案第96条の2第1号関係)
② 有機的組織的一体たる事業の存続を図るために生産の継続等の目的で事業場を占有する(改正案第96条の2第2号関係)
③ 労働債権の優先性を実効的に確保するため差押え等がなされる前に会社財産の譲渡を受ける(改正案第96条の2第3号関係)
④ 現況調査等で臨場した執行官に対し、自らが行っている占有行為や労働組合の会社財産の保管・管理行為の正当性について説明や要請をする(改正案第96条の3第1項関係)
⑤ 事業の存続を図るために強制執行の申立てに反対して、申立権者又はその代理人に対し、要請乃至示威行為をする(改正案第96条の3第2項関係)

 本法案においてこれらの行為は、外形上、強制執行妨害目的財産損壊罪等の構成要件に該当すると捜査当局に判断されかねない危険を有するが、本改正法によりこれらの行為が広く処罰対象となるとすれば、労働組合等が唯一の生活の糧である賃金を確保する手段が奪われ、憲法第27条及び第28条の労働基本権が侵害されることになりかねない。賃金不払いは犯罪行為であり(労基法120条1号)、労働債権保護について一定の法規定(民法306条、商法295条等)はあるものの租税債権や担保付債権には劣後するなどその保護は未だ極めて不十分であり、大半の倒産事例においてはこれら規定に実効性がなく、早い者、力の強い者が会社財産をさん奪していってしまうという実態が想起されねばならない。

2 労働組合法第1条第2項は、暴力の行使にわたる行為を除き、労働者の地位を向上させ、労働条件を交渉することを目的とした労働組合の団体交渉その他の行為については刑法第35条が適用されると規定しており、労働組合の団結活動・争議行為は刑法第35条の正当業務行為として違法性が阻却されるものである。したがって、生命、身体、自由若しくは財物等に対する不法な有形力の行使又は不法な実力の行使にわたらない限り、労働組合が、労働債権確保や雇用確保等を目的として行う、上記各行為は、団結権・争議権等労働基本権の行使として刑法第35条の正当業務行為であり、処罰対象とされてはならないものである。
 また、労働組合法第1条第2項が憲法第28条が保障する勤労者の労働基本権の行使の正当性を注意的・確認的に規定したものであることからすれば、労働組合の正当な組合活動にとどまらず、同法第2条本文の要件を欠く労働組合、争議団などの労働者の一時的な団結体の行為はもとより、未組織の労働者集団についても、同法第1条第2項及び刑法第35条が適用されるものである。
 さらに、労働者個人の行為であっても優先債権たる賃金の確保を目的とするものについても、社会的に相当なものとして十分な配慮がなされなければならない。

3 本法案の審議にあたっては、上記の点が十分に審議され、捜査当局による改正法を適用しての不当な権限行使を妨ぐために、政府から本法案が正当な組合活動等を抑圧するものでない旨の明確な答弁が行われるとともに、立法府として、法の適用にあたっては労働組合等の正当な活動を抑圧してはならないことなど本法案の適正な運用を図るための必要かつ適切な付帯決議が付されるよう要望するものである。

以 上