(意見書)内部告発者保護法制についての意見書

2003/4/14

内部告発者保護法制についての意見書

2003年4月3日

日本労働弁護団  
幹事長 鴨田哲郎

国民生活審議会消費者政策部会 御中

1 内部告発者保護法制の必要性
 企業はその社会的有用性の故に法人格を認められ、活動の自由を与えられているのであって、社会的存在として、その活動においては各種法令を遵守することが前提とされている。しかるに、企業の不正行為、違法行為は日常茶飯事であり、労働法関係においても、労働者の最低労働条件を守り、労働者の健康・安全を確保すべき労働基準法や労働安全衛生法の違反や無視、団結権侵害などの労働組合法違反は枚挙にいとまがない。さらには、最近の佐世保重工事件のように各種助成金の不正受給も後を絶たない。また、行政は国民の付託に応え、法に基づき公正・透明に、過不足なくその職務を果たすべき職責を負っているが、職権の濫用や職務怠慢も後を絶たない。
 近時、ようやく「雪印食品牛肉偽装事件」、「東電原発検査隠蔽事件」などにおいて、企業の不正行為・違法行為が、労働者や取引関係者の内部告発を契機として公にされ、世論の厳しい批判の下に是正が図られるようになったが、これらはまだまだ稀有な事例であって、企業や行政(以下、企業等という)の隠蔽体質に基本的な変化はない。このような状況のもとにあって、法令遵守を求める労働者などの内部告発は、企業等の不正行為・違法行為や怠慢を是正させるための重要な手段となっている。
 しかし、企業等の不正行為等を告発する者のほとんどは、これまで企業や行政組織内では企業社会・組織社会に対する「裏切り者」あるいは「秩序破壊者」などとして非難され、解雇などの不利益な取り扱いあるいは陰湿ないじめや冷遇を受けてきたし、今もそのような惧れは大きい。
 労働者が企業等の不正行為等を内部告発したことを理由として、当該企業等から解雇などの不利益な取り扱いをされた場合には、その不利益取り扱いは人事権の濫用等として違法・無効とされるべきであるが、内部告発を理由とする不利益取り扱いを明確に禁止する法律はなく、内部告発者を保護する判例法理も未成熟であって、内部告発者は、未だに十分な保護を受けられていない。
 そこで、後顧の憂いなく、知り得た事実を公表できることを保障する内部告発者保護法制が創設されることが必要不可欠である。
内部告発者こそが企業等の不正行為等を直接かつ具体的に認識・体験しており、いわば社会の病理を身をもって糺さんとしているのであり、その保護は健全な社会の実現にとってきわめて有用である。

2 公益通報保護法制では不十分
 内部告発者保護に関して、国民生活審議会消費者政策部会は、2002年12月26日付「中間報告」にて、消費者利益の保護のための「公益通報者保護制度」の必要性を提唱し、現在、公益通報者保護制度検討委員会にて検討されている。
 しかし、企業等の不正行為等は、直接消費者利益を侵害するケースだけではない。公共団体に対する詐欺、市場に対する情報操作、取引先の権利・利益の侵害、労働者の健康・安全や労働条件の侵害などその類型は様々であって、全ての類型を網羅しうる一般的な内部告発者保護法制が創設されなけれならない。「公益通報者保護制度」はその重要な第一歩たりうるものと思料するが、他方、一般的な保護法制の枠組みとして固定され、いわば保護の上限を画してしまう危険も指摘しないわけにはいかない。
 当弁護団は、労働者・労働組合の権利擁護のために活動してきた法律家団体として、上記認識に基づき、一般的な内部告発者保護法制として確保されるべき内容について、以下の通り意見を述べるものである。

3 あるべき内部告発者保護法制の内容
(1) 目的
 内部告発者保護法制は、「消費者利益の侵害」だけでなく、環境破壊、汚職、脱税、横領、行政の職権濫用など企業・行政のあらゆる不正行為・違法行為や職権濫用、怠慢などを是正し、法令遵守(コンプライアンス)を実現することを目的とすべきである。
(2) 対象者
 企業等の実状を知りうる内部者には、取引業者や子会社の関係者らも多い。したがって、保護される内部告発者の範囲は、当該企業等と労働契約関係のある、又はあった労働者に限らず、取引業者及び子会社等の関係者、これらの者に雇用もしくは使用される労働者も広く含まれるとすべきである。
(3) 保護の対象
 内部告発者保護法制が企業等の不正行為等の是正を目的とするものである以上、保護されるべき内部告発は、客観的に不正行為等を公表するものであれば足り、かつ、それだけで十分である。なお、主観的目的を考慮するのは妥当ではなく、これを問うことによって内部告発が抑圧されてはならない。
(4) 保護の内容
 企業等は、不正行為等を公表した労働者その他の関係者に対し、公表を理由として解雇その他不利益な取り扱い(不作為を含む)や人格や人としての尊厳を侵害する行為をしてはならないとすべきである。この「解雇その他不利益な取り扱い」とは、解雇、配置転換、降職、賃金切り下げ、人事考課の低下、取引の打ち切り、いやがらせなど経済的、社会的、精神的な不利益な取り扱いをすべてを含むものである。
(5) 立証責任
 不利益取り扱い禁止の実効性を確保するためには、訴訟において当該不利益取り扱いに合理的理由があることについて企業等に主張・立証責任を課すべきである。

4 公表の手続 -
内部通報前置は絶対反対
 経営側の一部には、外部に公表する前に企業内部に通報しなければ保護を与えないこと(内部通報前置)を主張する向きがある。しかし、この内部通報前置には断固反対である。
 内部通報によって、不正行為等が自主的・自律的に是正される保障はなく、ましてや内部通報者が不利益にさらされない保障など全くない。企業統治が進んでいるとされるアメリカにおいてすら、例えば、ワールドコムの不正会計を内部通報したアンダーセン会計事務所のカール・バスは担当から外され、1年半後にようやく疑惑が表面化したし、同事務所でエンロンを担当していた主任会計士デビッド・ダンカンはSECの調査を予知して関係文書の破棄を指揮したのである。
 ましてや、わが国の企業等は、法令の遵守や公益の保護よりも、企業・組織の利益を優先する傾向がより根強く、「風土に反する異端者」とみなした労働者に対しては、賃金差別、査定差別、配置転換、職場内村八分、退職強要などのあらゆる陰湿な不利益取り扱いを行うのが常態である。
 また、同様に、企業内に受け皿としての部署(セクション)を組織したとしても、そこに内部通報をした者に関する情報が秘匿される保障も全くない。いわゆる「犯人捜し」が横行している事実が如実にこれを示している。企業等から完全に独立し、十分な権限と通報者保護の手法についての専門的教育を受けた担当者が事案を処理する組織でない限り、内部通報前置は不正行為等の通報を阻害することになってしまう。内部通報前置を導入することは、内部告発の道を狭めることになり、極めて有害な措置である。

5 公表の方法
 保護されるべき公表の方法を限定するべきではない。あらゆる表現行為が保護されねばならない。
 内部告発は、労働者の表現の自由の行使でもあり、ことにマスメディアに通報した場合に保護を受けられないとすることは、憲法違反と言うべきであろう。企業等に不正行為等を是正させる力は世論であり、これを形成するマスメディアの役割は非常に大きい。この行為を保障しないのであれば、内部告発保護制度の実効性を大きく損なうことになる。

6 企業の社会的責任と内部告発者の保護
 内部告発者保護の果たす役割は、個別具体的に、正当な権利を行使した労働者の保護と企業等の不正行為等を是正して公益を守るだけではない。法令遵守(コンプライアンス)を求めることで健全な企業経営、公正・透明な行政運営を確立するためにも必要な制度でもある。早急に実効性のある内部告発者保護法制を立法化することを求めるものである。

以 上