「解雇の金銭解消制度」は不要であり導入に強く反対する

2016/11/4

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日本労働弁護団では、「解雇の金銭解決制度は不要である」(幹事長声明)を発表しました。


「解雇の金銭解消制度」は不要であり導入に強く反対する

2016年11月4日
日本労働弁護団幹事長 棗 一郎

1 はじめに

本年8月31日に開催された第8回「透明かつ公正な労働紛争解決システム等の在り方に関する検討会」(以下「検討会」)において、土田道夫委員から突如解雇の金銭解決制度の導入に賛成する意見が述べられ、これに賛同する意見が複数の委員から出された。
しかし、日本労働弁護団は、以下の理由で、これらの導入賛成論を断じて容認することはできないことを表明する。「解雇の金銭解消制度」は労働者の利益に真っ向から反しており、制度導入の必要性など全くない。

2 土田意見の論拠

土田委員の同制度導入賛成の根拠は、次の4つに要約することができる。すなわち、①申立権者を労働者に限定すれば、使用者申立てによる不当な解雇が誘発されるという懸念はクリアされる。2申立権者を労働者に限定しても、なお金銭解決制度によって不当な解雇が誘発されるという懸念があるが、不当な解雇の誘発を防ぐための制度設計と運用によって懸念を払拭することができる。3労働契約法16条の解雇権濫用法理は違法な解雇の効果を無効と定めているが、解雇の不法行為の処理があるから金銭解決を許容しないわけではない。4現行制度でも既に解雇の金銭解決は行われているから不要だという理由には賛成できない。労働局のあっせんは補償金の水準がかなり低く、裁判上の金銭解決は解決の水準が不明で当事者にとって予測可能性がない。労働審判は非公開であり一般市民には不明である。一般市民からみて分かりやすい解雇の金銭解決水準を定め、市民が利用しやすい制度を作るべきであるというものである。
しかし、これらの金銭解消制度導入賛成の根拠は、いずれも実際の解雇事件における裁判や労働審判の解決過程を正しく理解しないものであり理念的な反論に過ぎず、不当な解雇を受けた労働者の雇用維持の強い要望や事件解決のためのニーズへの配慮を欠くものであり、説得力のある根拠足りえない。

3 上記1の導入賛成の根拠について

同じ検討会の席上で直ちに使用者側代理人の立場で委員を務めている弁護士の中山委員が、「使用者側に申立権がない片面的な金銭解決制度には反対である。解雇の紛争解決の選択肢を考えるときは労使対等の理念から両面的な制度にすべきである。」と発言したように、使用者側の本音は使用者側にも申立権を付与するべきだというものである。この制度は元々使用者側の要求に基づくものであり、ひとたび解雇の金銭解消制度が導入されてしまえば、当初は申立権者を労働者に限定したとしても、必ず使用者側の申立権を認めるべきだという要求が強く出され、近い将来使用者側の申立権を認める立法がなされる危険があることは火を見るよりも明らかである。
解雇の金銭解消制度は、民事訴訟において解雇が無効だと判断された場合でも、使用者が一定の解決金さえ払えば、雇用を終了させることができる労働者にとって雇用保護を形骸化させる極めて危険な制度であり、使用者側に実質的に解雇の自由を認めることになりかねないものである。それ故に、あらゆる潮流の違いを超えて日本の全ての労働組合と労働者がこの制度に反対しているのである。
また、民事訴訟において解雇が無効と判断された場合に、一定の低額な金銭の給付で満足するような労働者は存在しない。労働者が不当な解雇に納得できずに民事訴訟まで提起している場合には、原則として職場復帰を望む場合がほとんどであり、その労働者側のニーズを充たすためには、解雇の金銭解消制度の導入ではなく、職場復帰が実現できるような法制度を整備することこそが求められているのであり、これに相反する解雇の金銭解消制度は全く不要であり、労働者側がこのような制度を望んでいないことは明らかである。

4 上記2の導入賛成の根拠について

現状においても日本の職場では不当な解雇が多数蔓延しており、仮に申立権者を労働者に限定したとしても、労働者の雇用を一定の金銭で解消できるということになれば、使用者の労働者に対する雇用責任が軽くなり、現在よりも多く使用者による不当な解雇が誘発される危険がある。
この危険性は、不当な解雇の誘発を防ぐための制度設計と運用によって払拭することは現実的に不可能である。なぜなら、労働者がひとたび解雇通知を受けて就労不能となれば、それがどんなに不当な解雇であっても、現実的には短期間で職場に戻ることは極めて困難であり、たとえ法的手段を取ったとしても長い時間がかかり、収入の道を奪われ経済的に困窮してしまうことから、わずかな金銭で諦めてしまう労働者が続出することになりかねない。このような現状の中で、解雇の金銭解消制度を導入すれば、より一層不当な解雇を助長しかねない。
問題の根本は、解雇無効の場合でも職場に戻れないこと、すなわち就労請求権を認めないことにある。金銭解消制度の本質は、使用者が嫌いな労働者を(僅かな)“手切れ金”による職場からの放逐を可能にすることであり、これを阻害する制度(設計と運用)などない。
不当解雇を抑制する有効な手段は、解雇の金銭解消制度ではなく、不当解雇を行った使用者に懲罰的な多額の金銭賠償責任を負わせるなどのペナルティーを課すなどといった他の方法によるべきである。

5 上記3の導入賛成の根拠について

そもそも労働契約法16条は、解雇無効の場合の法的効果として労働契約上の地位を認めて賃金を支払うことしか規定しておらず、金銭支払による労働契約の解消を想定していない。日本の解雇法制は、解雇無効の場合においては、雇用継続が大原則である。
土田意見は解雇の不法行為の処理があるから労契法16条が金銭解決を許容しないわけではないというが、現実には解雇無効を争わないで不法行為に基づく金銭賠償だけを求める労働者は極めて少数であり、そのようなごく少数の例外事例を根拠に労契法16条の原則を否定するかの如き見解にはとうてい賛同できない。
前述したように、解雇無効の場合の法的効果として、労働者に原職復帰の就労請求権を認めて元の職場に戻ることができる権利を保障すれば、退職前提の金銭和解に応じる労働者は圧倒的に少なくなるはずである。それと合わせて、不当解雇にあった労働者が法的手続きを取りやすいようにするために、訴訟費用や代理人の費用、生活費などの経済的な援助を充実させれば、より多くの不当解雇を受けた労働者が退職前提の金銭解決に応じなくて済むようになる。

6 上記4の導入賛成の根拠について

土田意見は、現行制度でも既に解雇の金銭解決は行われているから不要だという理由には賛成できないというが、従来の裁判上の和解、労働審判での調停、労働局でのあっせんでの金銭解決はいずれも労使両当事者の合意が基本であるのに対して、解雇の金銭解消制度は、労働者の合意や納得がなく、裁判所が一方的に「この金額で辞めろ」と命令できる制度であるから、現行制度における金銭解決とは異なるものである。
また、土田意見は、労働局のあっせんの補償金の水準の低さや労働審判が非公開で解決水準が不明であることも導入賛成の根拠として挙げて、一般市民の予測可能性が必要というが、法的な手続きを取った場合、解雇無効の金銭給付について労働者に説明される内容は、「賃金のバックペイと将来の賃金支払いを得られることになるが、もし退職を前提とする解決を望むのであれば、バックペイに加えて希望する将来数年分の賃金を要求することができる。」ということが通常であり、金額は十分予測可能である。労働者は予測可能だからこそ、法的手続きに進むことを決断するのである。
それに、難波孝一元裁判官(労働審判導入時から東京地裁労働集中部である民事36部の部長裁判官)が検討会でヒアリングを受けた際に述べた意見にあるとおり、解雇事件における解決金決定の判断要素として、解雇の効力の確定(解雇無効の裁判官の心証)を前提として、会社と労働者の経済状況、会社が当該労働者に辞めてもらいたい気持ちの強さ、当該労働者がいてもらうと困る事情の程度、労働者が会社に勤務したい気持ちの強さ、会社の支払額と労働者の提示額、在職期間など、さらには解雇に至る経緯(解雇無効だが労働者にも問題点がある、逆に、解雇有効だが会社の行動が酷い場合など)、在職期間や過去の勤務成績など、様々な判断要素を考慮して個々の事案ごとに当該事件にふさわしい解決金額を決めているのだから、解決金の水準を一律にルール化することは困難であるし、また適切でもない。

7 結論

以上の理由により、解雇の金銭解消制度の導入賛成論は、その根拠を欠くものであり、同制度の導入は不要である。日本労働弁護団は、解雇の金銭解消制度は日本の労働者の雇用保障を重大な危険に陥れるものとして、その導入に強く反対する。