担保法制の見直しにあたって労働債権保護を論点として加えること等を求める声明

2021/7/21

担保法制の見直しにあたって労働債権保護を論点として加えること等を求める声明

2021年7月21日
日本労働弁護団幹事長 水野英樹

 

 現在、法制審議会は、動産や債権等の不動産以外の財産を目的とする担保に関する法制の見直し等についての諮問を受け、担保法制部会を設置し、当該諮問について審議している。この諮問は、主として動産や債権を目的とする担保取引(譲渡担保や所有権留保等)について、その法律関係を法制化することによって、法律関係の明確化、安定性の確保を期し、それら取引を活性化することを目的とするようである。なお、法制審議会に先立ち、法務省も関与する形で公益社団法人商事法務研究会「動産・債権を中心とした担保法制に関する研究会」が設置され、2020年4月には同研究会の報告書(以下「研究会報告書」という)が公表されており、法制審議会における審議の前提となっている。

 動産・債権を目的とする譲渡担保は、現在の実務等において、一般先取特権として保護される労働債権より優先して取り扱われている。また、破産時においては、別除権として破産手続によらずに権利の実行が認められるなどして、財団債権として一部保護される労働債権よりも結果として優先して回収されるなどしている(取戻権として保護されるという見解もある)。これらの担保等を利用する取引が活性化(拡大)することは、労働債権の引き当て財産を減少させ、労働者の生活等にも大きな影響を与えることは明らかである。また、法制化の内容によっては、労働債権に対する法律上の影響もあり得るところである。

この点、法制審議会において、どのような議論等が行われるのかは現時点では分からない点が多く、労働債権との関係が審議されるかも不明な状況にあるが、審議される様子は見受けられない。少なくとも、法制審議会における議論の前提となっている研究会報告書では労働債権への影響等には言及がない。

 労働債権の保護は重要な課題である。かつて、労働省「労働債権の保護に関する研究会報告書」(2000年12月)においても、①労働者の生活の保護、②労働者の交渉力の弱さ、③個々の労働者にとってみた労働債権の重み、④労働者の貢献の評価、⑤情報のギャップなどを根拠に特別の保護の必要性が強調されていた。

また、ILOが1992年に採択した173号条約(使用者の支払不能の場合における労働者債権の保護に関する条約)も、労働債権は特権的地位にあること(国及び社会保障制度の債権よりも高い順位の特権であること)、労働債権を保障するための機構をもつべきことなどを定めている(日本は未批准)。

 雇用関係の先取特権について改正が行われた「担保物権及び民事執行制度の改善のための民法等の一部を改正する法律」(平成15年8月1日法律第134号)が成立した際には、「倒産時における賃金債権、退職金債権等の労働債権、担保付債権、租税債権、公課債権等の各種の債権の優先順位について検討を進め、所要の見直しを行うこと。」(衆議院)、「倒産時における労働債権と他の債権との調整について、労働者の生活の保持に労働債権の確保が不可欠であることを踏まえて検討し、所要の見直しを行うこと。また、ILO173号条約について早期に批准するよう努めること。」(参議院)との附帯決議が行われている。また、「破産法」(平成16年6月2日法律第75号)の成立の際には、「労働債権の保護については、多様化する労働形態に対応した配慮及び債権者に対する情報提供努力が十分なされるよう周知徹底するとともに、企業倒産に伴うセーフティネットの必要性から、労働債権と他の債権との調整について引き続き検討すること。また、ILO173号条約を早期に批准するよう努めること。」(参議院)、「倒産時における賃金債権、退職金債権等の労働債権の優先順位については、労働者の生活保持に労働債権の確保が不可欠であることに鑑み、ILO条約や諸外国の法令を勘案し、引き続き検討に努めること。」(衆議院)との附帯決議が行われている。

 以上のとおり、特別の保護が必要な労働債権については、その担保付債権等との優先関係、調整に関する議論の必要性、さらにはILO173号条約の早期の批准の必要性が国会においても確認されてきたところである。

しかし、動産・債権等の担保法制について議論する法制審議会においては、上述のとおり、当該担保と労働債権との関係について議論される様子がない。これは、上記4の国会による附帯決議に反する状況にあると言うほかない。そもそも、会社財産は労働者による労働の果実である。その会社財産である動産や債権への担保設定を拡大することによって、労働債権の保護が後退することはあってはならない。

日本労働弁護団は、法制審議会に対し、担保付債権と労働債権の優先関係、調整について議論を行うことを求める。その際、労働債権のうち賃金の一部について、担保財産の換価額等の一定割合を限度に、抵当権や動産・担保等の譲渡担保等の担保物権に優先して配当を受けられるものとする法定担保物権制度(仮称「優越的一般先取特権」)の創設、賃金支払いの確保等に関する法律を改正して、国による労働債権補償制度の拡充などを検討することを求める。また、政府に対しては、早急にILO173号条約を批准するように議論を進めることを求める。

これらが論点として加えられないまま動産・債権譲渡担保に関する制度が構築されると、労働債権保護が後退することは明らかであるため、そういった検討方法には反対する。

 なお、法制審議会の第2回部会では、統一的な担保制度の構築によって「近時議論されている事業全体の担保の必要性にも対応することができる」としたり、仮に統一的な担保制度を構築しないとしても「設定者の総財産や設定者が行うある事業のために用いられる財産全体を一括して担保の対象とし、実行も一括して行うというニーズに対応する包括的な担保制度を、別途、設けることは考えられる」とする資料が配付されている。これらの「事業全体」、「総財産」、「ある事業のために用いられる財産全体」には、労働契約の契約上の地位も含まれる可能性がある。

しかし、使用者が労働契約上の地位を譲渡するには、労働者の合意が必要となる(民法625条1項、民法539条の2)。民法の原則によれば、契約の一方当事者が債権を譲渡するのは自由であるが(民法466条1項)、労働契約は、その一身専属性によってこのような特別の規制が設けられているのである。法制審議会において指摘されている上述のような「担保制度」が、このような労働契約の一身専属性を害することになるのではないかと強く危惧される。また、事業譲渡事案においてみられるように、一部労働者の労働契約のみ譲渡の対象外とされた場合、当該労働者のみ労働契約の承継が実現されないことも見られるとことである(不当労働行為に該当するような場合を除いて労働契約の承継を強制させることは困難なのが実情である)。この点からしても、労働契約の契約上の地位も担保の対象に含めるような担保制度の構築には労働者保護との関係で危険という他ない。

以上から、日本労働弁護団は、法制審議会に対し、労働契約の契約上の地位も対象に含みうる担保制度の創設については慎重に議論することを求める。